102話 話が通じない想定でいたのに話が通じるとそれはそれで困るよね回

 魔王討伐のために必要なことは━━


一、死霊術研究による『初代リッチとの対話』の成立。


二、人族社会に深く根ざした『魔王たち』の根絶。


三、対魔王戦において魔王を倒すまでに立ち塞がる魔王軍を倒すための戦力。


 ━━この三つだ。


 一番目はどうにかするしかない。

 が、糸口もない状態では『できるだろう』という予断を述べることもできない。これはリッチの研究者としての矜持の問題だ。


 いくらかの仮説めいたものはもちろんあるが、どれもこれもまだまだ説として提唱する段階にさえいたっていない。

 もちろん、『太古の魂との対話』はリッチの最大目標であるからして、そのために必要なことは積み上げてはいたが……

 まだまだ、遠いことには違いがないだろう。



 二番目はランツァとエルフの仕事だ。

 そもそもエルフはリッチの手駒を自認しているはずなのだが、最近はめっきりランツァと仲良しになっており、リッチもエルフの動向を把握していない。


 が、なんかやってるらしい。


 リッチ的にはその程度の認識で充分だった。

 なにせ政治も商売もわからないし、今は研究を急いでいるのでかかわっている余裕もない。

 ランツァならうまくやるだろうし、ランツァでもうまくやれないなら、リッチの周囲に『うまくやれる』人材は一人もいないと断じていい。そのぐらいには信頼している。


 というわけで二番目の問題についてはノータッチだ。



 三番目……

 そもそも。人は、魔族より弱い。


 訓練した兵でさえも死霊軍の侵攻を一瞬でさえ止められなかった。

 魔王軍全軍が相手ともなれば現在人族の総人口が少なすぎることもあって、戦いにさえならないだろう。


 が、人命というのは生産に時間がかかるものであるし、鍛錬にも時間がかかる。

 まして生まれた人命をすべて兵士として鍛え上げられるわけでもない。


 人には向き、不向きがあるし、それ以上に『魔王を倒すために人族のすべてを賭ける』というわけでもないからだ。


 人は魔王を倒したあとも社会を維持しなければならない。


 そういうわけで農民やら商人やらを『そんなのいいから戦争しろ!』と徴用するわけにもいかない。


 そもそも、商人として人族領域に深く根ざした『魔王たち』の影響力を下げるためにも、商業・農業面で人族に強くなってもらわないと話にもならないのだ。


 なので、戦争に使う戦力は、少数精鋭が望ましい。


 たとえば、かつて『勇者パーティー』と呼ばれた四人のように……


 だからこそ、レイラの捜索と、ロザリーの説得は急務なのだが……


 レイラはマジで見つからない。


 だから、リッチはため息をつく。


「……しょうがない。やるかあ、ロザリーの説得……」


 なんのヴィジョンも見えないが、いつかはやらなければならない。

 なるべく先延ばしにしたいのだが、ロザリーの宗教的権威……というのか、威光……というのか、そういうものは早いところ使ってもらって、国内をまとめ上げるのに利用したいと女王陛下も仰せだ。


 だからリッチは説得に挑むことにした。

 ちょうど研究も煮詰まってわけわからんくなってたし……



 そこは王国の外れ、魔王城とは逆にある西の端にあった古城の中で、朽ちて隙間風が吹き抜けるその場所には家具らしい家具もなかった。


 だからそこにぽつんと置かれた一脚の真新しい椅子はやけに浮いて見える。


 ましてそれに座らされているのが目の覚めるような美女であるならばなおさらだろう。


 紫色のさらさらとした髪。瞳の閉じられわずかに下がった顔はまるで熱心に祈りを捧げるような静謐せいひつにして荘厳な雰囲気があった。


 まとうものは戦闘用の神官服であり、すらりと長い手足をだらんと垂らしている姿だというのに、なにか脅威が近付けばすぐにでも動き出しそうな静かな躍動感がうかがえる。


 この美しく神聖で触れ難い雰囲気を持つ女性はもちろんロザリーであり、その彼女の前に立つ人骨の化け物こそがリッチだった。


 リッチは杖をついてたたずんだまま、椅子に座るロザリーの肉体をじっと見下ろしている。


「……やだなあ。やだなあ。どうしてリッチがこいつを説得しなきゃいけないんだ……言葉通じないよこいつ……」


 黙っていれば文句なく聖女であるロザリーは、一度口を開くと筋肉宗教最先鋒の凄女せいじょになるのだ。


 その話の通じなさは言葉を交わした数より拳を交わした数の方が多いと言えば理解が及ぶかもしれない。

 とにかく人の話を理解する気がないし、自分の宗教で崇める以外の神を殲滅対象だとしか思っていないし、自分と違う考えをする相手にとる行動はまず『殴る』だし、ロザリーに殴られるとチリになって死ぬ。


 リッチは彼女の『ナントカカントカ信仰拳』というふざけた拳を受けたことはないが、あれを受けると物理無効のリッチ体もどうなるかわからない凄みがある。


 つまり命懸けの説得をしなければならない。


 本当にできればとりたくないリスクだし、分の悪い賭けなのだが、魔王退治はそんな賭けをしなければならないほど困難なことだし……


 やるべきだと、思っている。

 なにせ、魔王のしていることは、人格と尊厳に対する侵略だからだ。


「はぁ」


 ため息を一つつき、ボロのローブから手のひらにすっぽり収まるサイズの黒い球体を取り出す。


 それはロザリーの命……魂が宿されたものであった。


「強制的によみがえれ〜」


 もうどうにでもなれ、という思いを込めて術を行使する。


 説得にプランなどはない。


 ランツァがいくつか提案してくれたのだが、リッチには相手の顔色や反応をうかがいながら複数のプランを切り替えつつ相手を説得するコミュ力がないのだ。


 人任せにするという提案もなされたが、ランツァからのそういった提案は、説得プランも含めてすべて断っている。


 なにせ目覚めたロザリーは本当に危険で、人にこんな生き物の説得を任せるわけにもいかないし……


「……まあ、がすべき対話だよなあ、これは」


 ━━かつて、勇者パーティーと呼ばれた四人がいた。


 一人の司令塔と三人の手足を擁するその集団は、間違いなく、対魔王戦争を終わらせうる戦力だったはずだ。


 その崩壊に一端の責任を覚えなくもないのだ。


『対話していれば』というのは、最近コミュ力が鍛え上がっているリッチの脳裏によぎる、『もしも』なのであった。


 まあ。

 それでも、『対話さえすればお互いに納得し、協力できる』だなんて思ってはいないけれど。


 対話という行為を検証さえせず、仮説段階でその選択肢を捨て去ったことは、研究者としてどうかなと。その程度は、思うわけ、なのだった。


 最後の葛藤の時間は、そんなことを考えているあいだに終わってしまったらしい。


 椅子に座らされたロザリーの肉体がぴくりと動き、整った顔にある瞳がゆっくりと開かれていく。


 輝ける紫色の瞳はしばらく焦点の合っていない様子だったが、だんだんとその目に意思が宿り始め、リッチへと照準を合わせ始める。


「……」


 手足に力がこもったようで、だらりとしていた姿勢がだんだん美しく整っていく。


 リッチは杖を構えていた。

 なぜなら、目覚めると同時に殴りかかられる想定があったからだ。


 けれど、ロザリーは完全に肉体の操作権を取り戻しても、おとなしく座ったまま、リッチを見上げているだけだった。


 だから、聞いてしまう。


「…………殴りかかって来ないのかい?」


「あなた、わたくしをなんだと思っているのですか?」


 格闘タイプだと思っている。


 しかし殴りかかって来ない。油断を誘うというようなことをするタイプでもないので、これにはリッチも困った。

 なにせ殴りかかられる前提でいて、まさかこんなに落ち着いて椅子にかけたままだという可能性は想定していなかったのだ。


 暴力を振るってこないロザリーとどう話していいかわからず、リッチはただ沈黙してしまった。


 だから、ちょっとした静寂のあと、先に口を開くのはロザリーだった。


「魔王を倒すのでしょう?」


「……なぜ知っているんだい? 君のおさまっていた『人体』に、話を聞く機能はないはずなのだけれど」


「わたくしの肉体がそういう話を聞いたことを覚えているのです」


 ロザリーの肉体は健康状態を維持するため、たまにランツァが入って動かすこともあった。

 その時に魔王退治についての話をまったくしなかったかと言うと、さすがにそこまで気をつかってはいなかった気がする。


 ……いちおう、魔王をガチで退治しようというのは、今のところ、ランツァとリッチのあいだだけで言われている国家機密なのである。

 なにせ下手に話を広めると魔王の耳にも届くからだ。


 しかし……


「なるほど。肉体の記憶か。たしかに記憶が脳の機能にも紐付いている以上は体そのものにも記憶を溜め込む作用があるのは既知の事象ではあったね。ただ死霊術において『記憶』というものは━━」


「わたくしが殴りかかる前にその口を閉じなさい」


「━━ところで、なぜ、殴りかかって来ないんだい?」


「人を殴らないことに理由はいりますか?」


「君の場合はいると思うけれど……この会話、前もしたな……」


「ですが、あなたを殴らないことには理由があります」


「いるじゃないか、『理由』」


「あなたは、魔王を退治するのでしょう?」


「……まあ、そうだね」


「であれば、これは聖戦です。現在発動している聖戦は二つあり、うち一つはもちろんあなたの討滅ですが、もう一つは魔王討伐。……それは、かつてわたくしとレイラが仲間だったころからの悲願なのです」


「レイラ、今は仲間じゃない判定なのか」


「あれは誰の仲間にもならない生き物だと今は理解しています」


「ああ……」


 言い得て妙、というのか。

 ロザリーはレイラの生態について、思う以上に造詣が深いようだ。


 たしかに━━


「━━レイラは誰かのために行動しない。欲望に正直で、集団を率いない。なんていうか……徹底して『責任を負わない』生き方だよね」


「あれを相手にした聖戦も思案中です」


「……まあ、思案の必要性は確かに認めるところだ」


「ともあれ、魔王の厄介さについて、あなたと女王との会話をわたくしの肉体は記憶しています。あれを討伐するには人族が一丸とならねばならないことも。ですから、まずは同じ人族として、あなたにも協力しましょう」


「それは助か━━待って。君はリッチのこと人族だと思っているのかい?」


「というか、あなた、かつて『勇者パーティー』にいたでしょう?」


「…………気付いていたのか?」


「女王とそういう会話をしていたのを聞いていました。わたくしの肉体が」


 油断してめっちゃ機密をしゃべっていたらしい。


 これからは『肉体は肉体で記憶をする』ということも念頭におくべきだろう。

 ……まあ、ロザリーほど肉体のが強い生き物も他にいないとは思うけれど。


「死霊術というものはやはり神への冒涜ですが……かつて、我らは同じ目的のために手を取り合った。ならばこそ、再び仲間にもなれるでしょう」


「君が当時のことを覚えている前提で語るなら、君と俺とは『手を取り合った』と言えるほど仲良くもなかったし、協力して戦った回数も多くはなかったよ」


「そんな細かいことは覚えていません。あなた相変わらずいらいらする細かさですね……」


「相変わらずという言葉は当時を覚えていないと出て来ないと思うけれど」


「わかりました。ケンカを売られているんですね」


「……はあ。まあ━━当時は俺にも悪いところがあった。もちろん、研究者として『対話』という実験を怠った、という意味で、君に対して悪いことをしたという意味ではないけれど」


「拳がうずうずします」


「……まあこのぐらいにしておこうか。改めて……俺のパーティーに入ってもらえるかな? 魔王を倒すために」


「いいでしょう。魔を倒そうと志す限り、神もあなたという存在をお目こぼしくださるでしょう」


 ロザリーが手を出す。


 握手を求められているのだろうと思ったが……


「……手をとったとたんに握り潰そうとしてこない?」


「先ほどから言動がやけに挑発的ですけど、もしかして、わたくしとの殴り合いをお望みなんですか?」


「いや、普段の行動……まあ、いや、うん。わかった、わかった。仲間だもんな。信じるよ」


 リッチはロザリーの手をとった。


 ロザリーは笑い━━


「あなたに他者を信じる心があるとは、思っていませんでしたよ」


「最近身につけたんだ」


 力強く、けれど攻撃的ではなく、手を握り合う。


 リッチパーティーに、三人目のメンバーが加わった。

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