94話 みんなどうして人の努力を自分の努力であるかのように思えるのだろう回
……それから、また長い長い試行錯誤の時間があった。
人族を覚醒させ、なおかつ安定的に戦争を続けられる、そういうバランスで世界を調整しなければならなかったのだ。
しばらくは実を結ばなかった。
『人族を追い詰め、しかし殺さず、そこで覚醒者が出ても魔王軍が滅ぼされない』という、奇跡のようなバランスが必要になったのだ。
しかも、魔王軍の側からは、かつての六王……力により各種族を支配していた絶対的強者が排出されることがなかった。
……創造主が『魔族は覚醒しない』と述べていたこと、そして軽く洗い出した六王の来歴から想像するに……
おそらく、魔族は世代を重ねるごとに、次第に弱くなっている。
六王は古代から生き続けていた強者であり、魔族は基本的に長く生きた者ほど強い傾向があった。
これは『生存年数を積み重ねたことによる強化』ではなく、単純に『生まれた世代が古いほど強い』というものなのではないか、と、このころにはすでに、ほとんど確定と言える予想が立っていた。
それでも魔族は人族より強かったのだけれど、次第にバランスをとるのは難しくなっていっている。
『戦争』……というか『戦場』という場所での調整に限界を感じたドッペルゲンガーは、もっと広い範囲でのバランス調整を試みた。
すなわち、戦場以外の場所で人族を追い詰めることである。
中央集権、なおかつ、腐敗。
末端の民を搾取させ、飢えさせることにより、末端より覚醒者が出るように試みたのだった。
ドッペルゲンガーは、人の世で生きることで、学習していた。
人を追い詰めるのがもっともうまいのは、人だ。
戦場において無敵と思われた覚醒者でさえ、日常において社会というものに追い詰められ殺された。
しかも、それは戦力によるものではないのだ。
覚醒者は本気を出せば一瞬で絶滅できるであろう弱い人々の、差別などの
試みはしばらくすると成功した。
久々に出た『覚醒者』は、勇者パーティーという集団となって、魔王軍に敵対したのだ。
しかもやや遅れてリッチまで
つまり━━
魔王の種族名はドッペルゲンガー。
無限に分裂を繰り返して生き続ける不滅の新人類にして、創造主により『新しい人類たれ』と生み出された生物。
なぜ、魔王は現代のリッチと過去のリッチを同一人物であるかのように扱うのか?
それは、転生しているからだ。少なくとも、魔王はそう信じており、同じ魂を持つリッチを創造主と同一人物だと認識している。
それは実際に襲撃があったから。
戦争をコントロールし継続させる最大の理由。
戦争の中でしか自分は創造主に望まれた『強さ』を発揮できないから。
そして……
なぜ、『昼神の子しか転生しないと言えるのか?』
それは━━
◆
「創造主がなんで『死霊術は昼神の子にしか使えない』って言ったのか、あたしなりに考えてみたんだよね」
「ふむ」
すでに冷めたお茶が載ったテーブルに肘をつき、リッチは身を乗り出した。
現代である。
現代ッチにはまあ色々言いたいことはあったけれど、相手の話を遮るのを良い文明だとは思っていないので、まずは相手がすべてを語り終えるまで拝聴するマナーがある。
このマナーは『現在がどういう状況なのか』をかんがみることなく発揮されるため、戦闘中などの緊急時においては人に『早く! 用件を早く!』とめちゃめちゃ言われるやつであった。
魔王はすごくなにげない動作で頭の左右につけていた角を『カポッ』と外しながら、
「たぶんだけど、魔族には魂がないんじゃないかなって」
「いや、それはおかしい」さすがに突っ込んでしまった。「魂がないなら、俺が蘇生していた連中はいったいなんだったんだ」
「蘇生において、魔族には『対話』のフェイズが必要ないんでしょ?」
「人族にも必要でなかったことがあとから発覚した」
「この場合考えるべきは、『人族には蘇生前の対話が必要』と思っていた当時のリッチでさえ、魔族の蘇生には対話がいらなかったこと、じゃね?」
「ふむ?」
「魔族は人族を改造して生み出された生命体っていうのは……」
「理解している。初代……君が観測した中で最初のリッチの発言だね。……というか! 資料を! 燃やすなよ!」
そこが言いたくてたまらないところだったので、ついにこらえきれず、話の途中ですが叫んでしまいました。
リッチは拳を握りしめてわなわな震えさせ、
「古代から残存を続けた、おそらく本当に初代のリッチの、貴重な記憶の記録を燃やすんじゃあない! 君には情報に対する敬意がないのか!?」
「や、でも
「親の言うことだからって従う必要はないんだよ! 親だって人なんだから、間違う!」
「んーでも、ほら、当時のあたしは従順なキャラだったし?」
「というかそれもだ! 話の中の君が、どうやって今の君になったんだ!?」
「そりゃもちろん多様性の獲得の成果っていうか? この人格が一番『魔王』には向いてたっつーわけ」
「どこが!?」
「一番責任感が薄いかんね〜」
あっけらかんと笑う魔王の言葉に、勢い込んでいたリッチは言葉を止める。
目の前に疑問をぶらさげられるとそれの解消をしたくなってしまうのが、リッチの百以上ある悪癖のうち一つであった。
「……王なんだから、責任感はあった方がいいのでは?」
「責任感のある指導者なんて精神破壊コースっしょ。大陸全土のコントロールなんていうの、人を人と思ってたらやってらんないし。だいたい━━
「しかし、ランツァはがんばっている」
「そ。だからあの子も早晩壊れるよ」
「……」
「分裂も複製もできない、自己客観視もたった一つの性格の中でやるしかないただの人間が、国家に対して責任を負うなんて、不可能なんだよね。だいたい、自分より偉い人に責任を負わせるなら、国王程度のもので『自分がすべての責任を負わなきゃ』って思うこと自体がおこがましい」
雑談でもするような軽い笑顔のまま、口調だけが変わりつつあった。
リッチにもその微細な変化がわかるのは、リッチ自身の成長ゆえか、それとも、それだけ魔王の変化が大きいのか。
魔王は軽そうな笑顔のまま、
「すべての頂点におわすのは、創造主であって王じゃない」
「……つまり、人族のあれこれの責任を負うのは、昼神だということかな?」
「それより前っしょ。昼神は……ま、うちの
「神話より前かあ……しかしね、現実問題、人は責任を誰かに求めるし、求められる誰かは生きてないといけない」
「魔族はヤガミって人が、人族を改造して生み出した」
「ん? ああ、そこは理解している。完全に鵜呑みにするわけではないけれどね」
「昼神・夜神よりも以前に『神』はいた。そして、その神は、うちらが今知っている神さえも創造した、ハイパーすごい神なわけよ」
「ハイパーすごい神」
「ハイパーすごい神が生み出した創造物が創造した魔族ってさ━━ぶっちゃけ、人族の劣化じゃんね」
「……」
「性能はいいかもしんないけど、たぶん、オリジナルよりもなにかが劣化してて、なにかが欠けてる。それは目には見えない、生きててもわからない、そういうものだと思うんだよね。んでんで、リッチはうちの創造主の転生者なわけじゃん?」
リッチはうなずけなかった。
魔王の発言には熱心な宗教家によくある『前提』の色合いがふんだんにあった。
すなわち他者とコンセンサスがとれているわけでもない話を、『みなさんご存知、こういう真理がありますが……』みたいに語るあの感じだ。
それは研究者を自認するリッチにとって、とてもじゃないか受け入れられない思考であり、とてつもない忌避感を伴う口ぶりなのだった。
だけれどそこに対して異を唱えても押し問答にしかならず、しかも永遠に平行線をたどることになる。
だから、宗教は苦手なのだ。
リッチが反応しないでいると、魔王はにこやかなまま、勝手に続きを語り出す。
「リッチは死霊術を、断片的な
違うと思う、という言葉を飲み込んだ。
それを言ってしまうと『違わない』という反論が来て話がどこまでも横道に逸れることになるし……
魔王がどう話を落着させようとしているかに興味があったからだ。
だから、リッチは黙る。
魔王は語る。
「人は覚醒する━━覚醒はきっと、過去を思い出すことなんだと、あたしは思ってるんだ。過去の『もっとも強かった記憶』を思い出して、その当時にまで肉体や精神を引き上げるのが、覚醒」
「……」
「だけれど魔族に覚醒は起こらない。魔族はだんだん弱くなる。これはきっと、魔族に魂が欠けているからだって、あたしは思うわけよ」
「君の説は興味深い。しかし、リッチは魔族にも魂を観測している。でないと蘇生ができないからね。これについてはどう考えるんだい?」
「『魂』の定義が違う」
「…………なるほど」
リッチの死霊術研究は基本的に一人ぼっちで行われていたものだ。
他者との共有を心がけ、それを実数で……『誰が見ても同じようになるもの』で表し始めたのは、ここ最近になる。
つまるところ、多分に『主観的感覚』に頼った研究をしていた期間が長く……
リッチの操る定義は言葉遊び的であることが否めない。
リッチが魂と表現するものと、魔王が魂と思うものが、まったく別なものである可能性は、否定できないのだ。
━━ここが、学者と宗教家のもっとも違う部分であり、世間というものを相手どった時に、学者が弱く、宗教家が強い理由でもある。
学者は少しでも不確定要素があるならば、断言できない。
しかし宗教家は、断言する。
「だから、魔族には魂がない。だから、魔族は覚醒できない。だから、魔族はどんどん弱くなる。だから魔族は魂を観測できなくて死霊術を使えない」
……魔王のこの人格が魔王向きである理由は、おそらく、責任感の欠如だけではないのだろう。
断言という『強い発言』を、いかにも親しげな笑顔のまま、相手を思いやるように言えてしまうところが、指導者向きなのだろうな━━とリッチはなんとなく思った。
魔王の発言にはリッチをして『そうなのかもしれない』という謎の説得力があり、その説得力を構成するものは、ほとんど十割、表情と声と断定口調から生み出されており、エビデンスが一つもないのだ。
『と、私は思います』を省いた、『と、私は思います』というだけの発言。
精査すればツッコミどころが多数あるにもかかわらず、そこを突っ込んでもまた独自理論展開が待ち受けていることを予感させるこの口調は、学者肌の人物に『対話』という行為の無為さを予想させる。
無為なことはしたくない━━
『他者がすべての言葉を精査し、なおかつ精査前の他者の発言をいったい自分の信念から遠いところに置き、影響させないようにする』という『他者への期待』が根底にある学者肌の人物は、宗教家の間違いをどこかで相手しなくなってしまう。
リッチを絶句させたのも、この、『ああ、言っても無駄だ』という思いであった。
「魂がないんだから、当然、転生もしない。……魔族は劣化していくだけで、いずれ滅びる、新人類になれなかった生き物なんだよ」
「君の言い分は理解したよ。共感も同意もしないけれど」
「リッチはそうなんだよね〜」
「……それで? リッチはいつまで待てばいいんだっけ。今の状況はたしか、リッチが死霊軍を率いてランツァを攻めるので、死霊の集合待ちだったと思うけれど」
話を打ち切るためだけの現状確認だった。
魔王は「ま、二、三日かな」とあっさり対応し、
「あたしも、リッチの研究が『至る』のを楽しみにしてるんだ」
「……どういう話かな」
「リッチは『古代の魂との対話』を目的にしてるんでしょ?」
「そうだね」
「それができなかった時、あたしの転生論は、リッチにも理解される」
「…………」
「資金も環境も遠慮しないで要求してね。リッチの研究の結実は、あたしの夢の証明でもあるんだからさ。おわかり?」
そうは、ならない。
たとえ古代の魂との対話が不可能だと証明されても、それはすなわち転生が本当に起こっているという証明にはならないのだ。
もしかしたら転生しているかもしれないという示唆にはなるけれど、示唆でしかない。
だが━━
「……まあ、努力はするよ」
否定もせず、肯定もせず、そう応じた。
奇妙な徒労感にさいなまれながら、リッチは肺もないのにため息をついた。
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