93話 既知の事象の組み合わせだけでは予想外の新要素には対応できなかった回

 大陸東にある外海そとうみから出現したのは、最初、敵対的な存在だとは思われなかった。


 なにせその船はマストが折れ、かろうじて張られたセイルはボロボロ、船体に穴が空き、あとで改めたところ、竜骨さえ折れていた。

 しかも船員がただの一人とあれば『海を渡る船』の存在を初めて見る者たちからしても『漂着』『遭難』としか思われず、魔王軍は最初、『漂着者』を手厚く看病しようとした。


 ところがそいつは大陸に降り立つと、途端に敵対行動を開始した。


 そいつの力は異常だった。


 魔法を跳ね除け、剣や槍、矢を弾き、腕のひと振りで千の軍勢を吹き飛ばし、まばたきのあいだに長大な距離を駆け抜けた。


 だが、そういったわかりやすいものよりなお異常だったのが、そいつの能力だ。


 どれほど時間が経とうが、その能力を説明することはできない。


 当時を知る者以外にはきっとわからないが、とにかくそいつの能力は異質だった。

 起こす現象自体は魔法でも劣化再現はできただろうが、とにかく違う・・のだ。どれほど精緻に再現しても、絶対にそいつの能力と同じにはならない━━


 法則の違い。


 そいつを殺すことには成功したが、代償として魔王軍は全軍の三分の二を失った。


 余波に巻き込まれて大地は荒れ、当時の『平和な戦争』における主戦場だった大陸中央部においては草木の一切が枯れ、大地は乾いてひび割れ、百年以上あとになってもその状態が続いている。


 そいつに対して主に抗戦したのは魔王軍ではあったが、そいつが瞬間的、超長距離移動を繰り返したせいで戦場は大陸全土におよび、人族側にも甚大な被害が出た。


 そいつがもたらしたのは、甚大な破壊と被害。

 そして━━


 覚醒者。


 絶大なる脅威を前に、人族の中に、再び覚醒者が現れた。


 覚醒者はそいつ……『漂流者』を倒すと、そのまま魔族への苛烈な攻撃を開始した。


『漂流者』が魔族の一員であると勘違いし、報復のために活動を開始したのだ。


『漂流者』により全軍の三分の二を失っていた魔王軍はこの時、かなり追い詰められた。


 魔王の居城付近にまで攻め入った覚醒者は、このまま魔族を絶滅させるのではないかという勢いで、これを戦力により止めることは不可能だった。


 だから、魔王は搦手を使うしかなかった。


 人族側の領土で情報工作をして『覚醒者』を『人類の敵であり、先ごろ破壊を撒き散らした漂流者は、こいつの仲間だったのだ』という風聞を流した。


 人族は流言に弱い。


 もちろん覚醒者にも味方はいたが、そいつらはすべて『漂流者の手先』とされた。


 そもそも覚醒者は報復のために立ち上がった者である。

 情にあついのだ。


 仲間や友人、家族などを標的にされると、覚醒者はあっさりと自分の命を差し出した。


 こうして人族への工作は成功し、魔族は絶滅の危機を脱した。


 そうして、魔王ドッペルゲンガーは学習したのだ。


 ━━この大陸せかいの『外』にも世界が存在する。


 大陸内で形成された『安定』は、『外』からの襲撃に対しあまりにも脆すぎる。


 必要なのは不確定要素。


 ドッペルゲンガーたる自分の想定しえない、コントロールしえない、多様性。

 掌中におさまりきらないものこそが、想定外の事態に対する切り札となる。


 この時からドッペルゲンガーは、大方針を変更した。


 すなわち、安定していた戦争の激化。


 覚醒者、リッチなどの『操作しえない存在』の発掘を目指すようになった。

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