21話 新型と旧型だと新型のが強いけど『古代』と『現代』だと古代のが強そうだよねという回

 願望。

 レイラには死んでもらいたい。


 補足。

 ただし、その『死』はあくまでも『リッチの管理できる死』であってほしい。

 なぜならばレイラの肉体はもとより、その魂も希有なものであるゆえに、保存の必要性がある。

 死霊術の研究をより深奥へと進めるためには、『個性ある魂』『個性ある肉体』といった例外的な材料も不可欠であるとリッチは考える。


 結論。

 戦場で死なれると困るので、見ている場所で死んでもらいたい。

 よって、レイラを追って戦場へ向かうこととする。




 アリスはアンデッドの部隊を率いて行こうと言うが、それでは間に合わない。

 リッチは単身で巨人将軍が出向くであろう戦場――戦いの跡であるクレーターだらけの平地への急行した。


 戦場が近付くにつれ地面に揺れを感じるようになっていく。

 さらに、耳には震動に先んじて音がとどいていた。


 馬鹿みたいな大声だ。


 巨人族は、声の大きさで誠意を示す。

 依頼も、願いも、応援も、とにかく声を大きく。

 声の大きさが想いの大きさなのだ――巨人たちは、そういう文化を持っている。


 リッチが戦場にたどり着けば、すでに戦いは始まっていた。


 巨人の戦いは他の戦争とはまったく違ったルールで行われる。

 すなわち、『一対一』。

 それは巨人側、人類側での要求を煮詰めていった結果醸成された戦争形態だという。


 数多の巨人と人類に見下ろされながら、すり鉢状のクレーター内部で二人の人物が剣を合わせていた。


 一人は巨人将軍レイラ。

 黄金の毛並みの獣人で、身の丈の十倍超ある剣――『巨人の大剣』を振り回し戦っている。

 使用武器はパワータイプだが本人はスピードタイプという、相手取るにはまことに厄介な性質を持つ戦士だ。


 それに相対するのは――

 リッチの知らない人物だった。


 まとっている服装からすれば、神官系の職業だろうか?

 禿頭で、年齢は中年~老年に見える。


 武器は槍。

 丈の長い法衣を身にまとい、巨大な――レイラの獲物が規格外なせいで小さく見えるものの、本来は『巨大武器』に分類されるであろう、長く太い、ロングソードの刃ぐらいの穂先がある槍だ。


 おどろくべきは武器の大きさよりも、『レイラと打ち合っている』という事実だろうか。

 ようするに――強いのだ。



「インゲ! あれ誰?」



 ピカピカした、黒曜石のような表皮を持つ女性巨人を見かけたので、リッチは問いかけた。

 応援のために大声をあげていたその巨人は、リッチを発見すると膝をついて視線の高さを合わせようとした(合ってはいない)。



「リッチ様! 応援に来てくださったのですか!?」

「そうじゃないよ。レイラに用事があって来たんだ。勝手に死なれると困るし……あいつを殺すのはリッチだからな」

「お二人は宿命のライバルかなにかで?」

「違うよ。リッチは研究者で、あいつは研究資金を食う害獣だよ」

「なるほど、ライバルですね!」

「もう君の思いたい関係でいいよ。それで、あのツルツル頭は?」

「黙って見ていれば名乗ると思いますよ」

「……名乗りの段階は終わってない? 戦闘中なんだけど」

「まあ、まあ、まずはご覧ください」



 インゲが戦場を見下ろしやすいように手のひらの上に乗せてくれた。

 リッチはクレーター内を見る。


 ハゲとレイラが戦っている。

 激しく武器を打ち付け合い、そして、ひときわ強く打ち合ったあと、互いに距離をとった。

 そのタイミングで、



「はっはっはあ! やるな巨人殺しレイラ! だが我こそは新勇者パーティーの巨人担当、『千年殺し』のユング! 兵のみなさん! 今、旧勇者パーティーに名を連ねていたレイラと互角に戦っているのは、ユングですぞ! 新勇者パーティーのユングをどうぞよろしくお願いします!」



 ハゲ男は名乗った。

 女巨人インゲがリッチにささやく。



「あの名乗り、もう七回目です。ああやって間合いが離れるたびに名乗っています」

「……なるほど。たしかに名前は覚えにくいからね」

「……まあ、リッチ様がそう言うならそうなのでしょう。リッチ様の中では」

「それにしても……『新勇者パーティー』?」

「旧勇者パーティーは解散したという話なので、今は聖女ロザリーを中心に新たに勇者パーティーを結成しているという話です。勇者も死んだようですし、レイラはああして我らの将軍ですし、ロザリー以外にもう一人なんかいたらしいですが、行方不明だそうなので」

「それもあの、頭がリッチとおそろいの人が?」

「そうですね。間合いが離れるたびにプロフィールを語ってくれます」

「なんでだろう?」

「まだ名前が売れていないからでは? 名前が売れると出世しやすいですし。私も若いころは戦いが長引くたびむやみに名乗ったりして、名を売ったものです」

「変わった文化だね」

「戦場では普通ですよ」

「戦場って変わってるね」



 雑談しながらほのぼの殺し合いをながめている。

 リッチは格闘とか戦いとかてんで興味がないので詳しいことはわからないが、なんとなく――レイラは防戦一方な感じがした。


 別に負けるのはかまわない。

 もうリッチはこうして戦場にたどり着いたのだから、今死なれても復活も魂、肉体の保存もかなう。

 むしろ流れで死んでくれたほうが政治的に? 都合がいい。


 しかし、長引かれることだけは面倒くさかった。



「はっはっはっは! やるなレイラ! さすが元我らが英雄! しかし、そのレイラと互角に打ち合っている者がいる! それは誰だ!? そう、それは――拙僧です! みなさん、千年殺しユングをどうぞよろしく!」

「……」

「しかも! ご覧ください! 拙僧、レイラと打ち合っているだけではなく、レイラを圧倒しております! その証拠に! 間合いが長いレイラが防戦一方で、攻めるのはいつも拙僧から! これは新勇者こそ旧勇者より優れているという証明ではないか!? みなさま、次なる最大神官長選挙のおりには、どうぞ我らが『新勇者』、ロザリーに清き一票を! みなさまの投票により神殿は成り立っております! どうぞどうぞ、よろしく!」



 自分で戦いながら自分で解説し、ついでに投票も募るスタイルのようだ。

 新しい。

 が、話がくどくど長いうえに中身があんまりないので、リッチは退屈になってきた。


 そもそもレイラはなぜ防戦一方なのか?

 実際に防戦一方かは戦闘に興味のないリッチには自信がなかったが、戦っている当人が『レイラは防戦一方』と言うのだから間違いないだろう。


 なんにせよ、早く終わって欲しい。

 レイラが死ぬのでも、レイラが負けるのでもいいから――


 そんな想いがあったからだろう。

 レイラに決定的な隙を作れたらいいなあ、という気持ちで、リッチは――



「レイラ! 終わったらご飯だよ!」



 そう、叫んだ。

 レイラはその瞬間、たしかに体ごと振り返ってリッチを見た――敵対者である頭がリッチ(ガイコツ)とおそろいの神官から視線を外した、どころか背面を向けたのだ。



「その尻、もらった!」



 千年殺しの槍がうなりをあげる。


 ――しかし、それより速く。

 レイラが無造作に振った剣が、千年殺しを横薙ぎにした。



「わぁい! ご飯食べる!」



 レイラがぴょんぴょんしている。

 尻尾の鈴がそのたびにチリンチリンと鳴る。


 防戦一方からの一瞬の決着。

 さすがにリッチは突っこんだ。



「……レイラ、負けそうになってたんじゃなかったの?」

「なんで?」

「防戦一方だって言われてたじゃない」

「だって、敵の中じゃ一番強そうだったから、すぐ終わらせたらもったいないじゃない!」

「……いや、すぐ終わらせられるならすぐ終わらせなよ。リッチは時間の無駄はよくないと思います」

「リッチ。戦いは時間の無駄じゃないわ。時間の無駄っていうのはね、これからよ」

「これから?」

「巨人の戦いは、一対一の勝ち抜き戦なの。でも、一番強そうなあいつでこれなんだから、これからはただの一方的な暴力なのよ。戦いにしてあげることもできないわ」

「……終わったら教えて」

「はーい。あ、リッチはやらないの?」

「それこそ時間の無駄だからいいよ」



 終わるころまで研究室においておいた勇者の肉体を利用して、研究をしようと思った。


 リッチは命を貴重な資源と捉え、それを守りたいと思う。

 そして、この戦場において兵士たちの命を守るには、『自分が戦って日が暮れるまで寝転がっていればいい』というのもわかる。


 リッチは物理無効だし相手に攻撃しなければ決着もつかない。そうして双方死傷者ゼロだ。

 それは素晴らしい――が、難点がある。


 時間がかかるのだ。

 すべては研究のためなので、研究時間を潰してまで他者の命を守る意思はないのだった。


 それに、必要なら一日以内に蘇らせればいいしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る