第68話 レストランの構想
結婚式に来てくださったお客様も帰られて、ラザフォード侯爵邸にまた日常の穏やかな日々が戻って来た。
セリカは日課の散歩や勉強、刺繍やピアノの練習の他に、ディクソン料理長たちとの試食会を頻繁に行うようになっていた。
毎日、変わった料理が出て来るので、ダニエルは食事の時間が楽しいと喜んでいる。
そんな折、続々と朗報が飛び込んできた。
エクスムア公爵家の義妹たちの婚約の話だ。
アナベルは、ディロン伯爵の第一夫人として嫁ぐことが決まったらしい。
ディロン伯爵というのは、以前ビショップ公爵の孫娘のオリヴィアとの婚約が噂されていた人だ。
オリヴィアの起こした事件後に、その話はなくなったと聞いていたが、まさかアナベルがそこに嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。
よく考えてみると、いいお話だ。
ビショップ公爵がダニエルの代わりに孫娘にと選んだ縁談だけあって、ディロン伯爵家は裕福なお家らしい。
アナベルは第一夫人向きなので、大人しいと言われている伯爵様を引っ張って、良い家庭を作っていけるのではないだろうか。
そしてカイラの嫁ぎ先には驚いた。
セリカの結婚式の時にシンシアにプロポーズをしていると言っていた、ジェフリー・コールマン公爵との婚約なのだ。
これには多分に、ダニエルが策略を巡らせたと思われる。
あの日、コールマン公爵と二人でどこかに消えてから、どんな話をしたのかは知らないが、蓋を開けて見ればこういうことになっていた。
その次に公表されたのは、シンシア・サウザンド公爵令嬢とクリフ第三王子の婚約発表だ。
長きに渡って自国民であるアデレード第一王妃派、ひいてはビショップ公爵派だと思われていたサウザンド公爵が、シオン第二王妃派に鞍替えしたともとれるこの婚姻は、ファジャンシル王国に大きな波紋を呼んだ。
東西南北の四つの公爵家の内、三家がジュリアン王子に近しい姻戚関係を結んだといえる。
完全に今までとは体制が逆転している。
これって客観的に見ると、ビショップ公爵側の人間を一挙にジュリアン王子サイドに引き込んだことになるのだろうか?
こうしてみると、あのオリヴィアが起こした事件は、国の政治バランスを変えてしまったことになる。
思い込みの激しい女性の執念って、怖いねぇ。
そしてそんなマイナスな事件をことごとくチャンスに変えた、ダニエルというのも油断できない男だ。
◇◇◇
日課になった朝の散歩をしている時に、セリカはダニエルに聞いてみた。
「ランデスの街でレストランをやってみたいんだけど、侯爵の奥さんがそんなことをしても許される?」
唐突な質問だったにもかかわらず、ダニエルは驚くどころかセリカを捕まえて頭の上にキスを一つ落とした。
「やっと私に言う気になったんだね、奥さん。」
「わかってたの?」
「結婚式以来、君が何かを考えてるようだなとは思ってたよ。普段の食事も急にバラエティー豊かになったしね。領地管理人のヒップスが、ディクソン料理長におかしな質問をされたと言っていたから、そろそろセリカから話があるのかなと思っていたんだ。」
さすがにそこまでダニエルに把握されているとは、セリカの方は予想してなかった。
でも、わかってくれているのなら話が早い。
「で? どうかしら?」
「そうだな、侯爵夫人が料理屋を経営するというのは聞いたことがないが、私も魔法科学研究所を立ち上げる時に色々と言われたからね。私としてはのめり込み過ぎないなら、やってもいいと思っている。」
「ふふ、ダニエルがそれを言うのね。」
ダニエルも苦笑しながら、セリカと手を繋いで歩いて行く。
「ああ。私はずっと仕事だけに生きてきた男だ。その寂しさもよく知っている。私との三度の食事や散歩を
ダニエルの目が、どうだできるかい?と問いかけてくる。
受けて立とうじゃないですか。
「十年ね。よし、挑戦してみますっ!」
なんだかワクワクする。
長年、飯屋で
― ダニエルも甘いんだか厳しいんだかわからない
条件ね。
十年で借金が返済できないようじゃダメだよ。
できたら十年以内で利子をつけて返済して、ダニエルを驚かせたいな。
― はいはい。
私も知識をフルに提供して、協力するからね。
よろしくね、奏子。
◇◇◇
セリカは朝食の後で部屋に戻って、テーブルに新しいノートを一冊出した。
「セリカ様、今日は音楽室に行かれないんですか? 」
いつもの日課を変えたので、護衛のシータが尋ねてきた。
「ええ、机仕事に疲れたら、気分転換にピアノを弾きに行くことにするわ。」
まずは店でどんな料理を出すかだね。
― それも含めて、コンセプト作りじゃない?
コンセプト?
― ええ、セリカの店の目的や目標をどうするかということ。
そしてそれをどう具体的に実現していくか、
色々と提案を出して構想を練っていくのよ。
ふーん。
……………。
私はねぇ、あの図書室で見つけた本が気になってるの。
奏子が住んでた日本みたいに、世界各国の美味しい料理を提供出来たら、楽しいと思わない?
― そうね、それは楽しいと思うわ。
でもそうすると、世界各国の調味料も必要になってくるわ
よ。
調味料か…。
「ねぇ、シータ。オディエ国の調味料って、この国で手に入る?」
セリカは部屋の戸口付近に立っていたシータに聞いてみた。
シータはセリカの突飛な質問に慣れてきていたので、少し考えただけですぐに答えてくれた。
「手に入れることはできます。限定された店にしか置いてませんけど。」
「やった! どこで売ってるの?」
「そうですねぇ、東部帯のオディエ国との国境付近と南部のシーカの港には大きい店があります。シオン第二王妃が時たまオディエ国の料理をご所望になることから、王領である中央帯のレイトの街にも確か一件、調味料を取り扱っている店があったと思います。」
「そうか…ランデスの街にはないんだね。オディエ国だけじゃなくて、世界各国の調味料って手に入らないのかな?」
「それでしたら、シーカの港の店にいらっしゃるのが一番ですね。あそこなら港町なので何でも揃うと思いますよ。」
「おー、歴史の授業で習った『ファジャンシル王国発祥の地』か。」
セリカは自分が考えたことや、シータからの情報などをノートに書きだしていった。
その夜、ダニエルにこんなことを相談された。
「セリカ、結婚式で屋敷の従業員に世話になったから、何か礼をしようと思ってるんだが、何がいいと思う?」
これを聞いて喜んだのが奏子だ。
― 有給休暇よ!
セリカ、二人でシーカの港街に『新婚旅行』に行きなさい
よ!
世話をする二人がいなくなったら、みんな暇になるで
しょ。
交代で連休をあげたら喜ばれるんじゃない?
なるほどー、いい考えだね。
日本式の新婚旅行の話は、ダニエルも気に入ったようだ。
この奏子の提案から、一石二鳥ならず三鳥や四鳥にもなる新婚旅行が計画されることになった。
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