第62話 解決

 お昼の十二刻過ぎ、セリカは喫茶室でお茶を飲みながら平和な庭を眺めていた。


こんな風に何もないというのが一番ね。


― 本当に。

 昨日は大変だったわ~。



コールは頭を五針縫う怪我だったが、昨夜遅く意識を取り戻すことができて皆で一安心した。


ダニエルはコールがこんな怪我をしていることを知らなかったので、あの犯人たちをもう一度殺しに行くと言って怒り狂っていた。


昨日の事件があった時、最初にコールを人質にとられ、ダニエルがそちらに気持ちを向けている時に眠り薬を注射されたらしい。

昨夜はその薬の影響もあったのか、ダニエルは頭痛をかかえていた。


コールはダニエルを抱えて逃げようとしている犯人たちを追いかけようとして、自分を捕まえていた人ともみ合っていた時に、頭を何かで殴られたと言っていた。


ガタイがいい男だったそうだから、セリカが壁にめり込ませたあの男だったらいいんだけど…。

もしもそうなら、少しでもコールの仇をとれた気持ちになれる。



セリカが昨日の事件のことを思い返していると、執事のバトラーが喫茶室に入って来た。


「奥様、王都警備局のドイル課長がお会いしたいと言って来ておりますが、いかがいたしましょうか…。」


「あれ? 十三刻にダニエルに事情聴取をしにくるんじゃなかったの?」


「それが…別に奥様からも伺いたいことがあるとのことで…。」


バトラーも困っているようだ。


― セリカ、あれじゃない?

  複数から事情を聞いて、齟齬そごがないか

  擦り合わせていくんでしょ。


なるほどね。


「いいですよ。これからの予定は後に回せるものだから。」


「申し訳ございません。第二応接室へ通しております。」


「わかったわ。すぐに行きます。」


セリカは紅茶を飲み干して、席を立った。




◇◇◇




 第二応接室に入ると、昨日会ったドイルさんだけではなくて、茶色の髪をした若い女の人も一緒に座っていた。

二人ともセリカを見て立ち上がる。


「あ、どうぞお座りください。お疲れ様です。私はセリカ・ラザフォードです。よろしくお願いします。」


「私は昨日お目にかかった警備局のドイルです。こっちは、奥様の身代わりをしましたうちの課のブロックマンと言います。」

「刑事をしております、ブロックマンです。」


二人はお辞儀をして、椅子に座った。

ブロックマン刑事の髪の色を見て、セリカも納得した。


「危ない役を頼んでしまってごめんなさいね。とっさの思いつきだったから、後のことをあんまり考えてなくて…。」


「いえ、賢明なご判断でした。おかげで早期の解決ができたと思っています。」


「事件が解決して本当に良かった。ダニエルのことを思うと…心配でたまりませんでした。」



ドイル課長は、セリカの顔色をうかがいながら言いにくそうに口を開いた。


「…その、怒らないで聞いていただきたいんですが。」


「はい。」


「こればかりは、きちんと裏をとらなければならないもので…。」


何のことだろう?

まわりくどい言い方だな…。


「あの、奥様とコルマの間には以前、何か関係があったのですか?」


「…はあ?!」


セリカの顔色が変わったのだろう。

二人ともビクリとして椅子の背に身体を押し付けている。



「何を想像されているのか知りませんが、私はコルマという人を見たこともありません。名前はダニエルから聞いて知っていましたけど。」


「侯爵閣下から? それはどういう経緯で聞かれたんですか?」


セリカが暴れないことがわかったからだろう。

ドイルは冷静に質問を始めた。


セリカはダレーナの街でダニエルから聞いた話を二人に伝えた。

ドイルはふんふんとメモを取りながら聞いていたが、「なるほどそれでですか。」と納得していた。


「どういうことなんですか?」


「それがコルマは『あの女は私のものだったのに。侯爵の若造が横から出てきてさらって行きやがった。だから私が同じようにやり返すのは当然だ。』と開き直っていましてね。」


どういう頭の回路をしているんだろう。

わけがわからん。


「まさかそんな狂った犯罪者心理を、警備局の方が信じられたんですか?」


「…いえ…そんなことは。ただ、一応の裏をとらせていただかなくてはならないもので。」


「この話はダニエルだけでなく、うちのダレーナの家族も、たぶんダレニアン伯爵家の方も知っています。もしかしたら、ジュリアン王子殿下もご存知かもしれません。コルマが以前、女性を襲ったとかいう事件共々、いくらでも裏を取ってくださいな。」


「…王子。」


「ただ、ドイルさん。ダニエルとうちの父にそのことを聞く時には、今みたいに注意して尋ねられたほうがいいですよ。昨日のことで私の魔法を恐れられているのかもしれませんが、この二人の方が血の気が多いですからね。」


「あの冷静な侯爵閣下がですか?」


「人は見かけによらないものです。」


コールの怪我を知った時のダニエルの様子を、この男に見せてやりたい。


― 逆上してたもんねー。



しかしその後、昨日壁に吹き飛ばした男のことを聞いて、セリカもポリポリと頭を掻いた。


その男は、あばら骨が何本も折れて、脊髄もズレた所があり証言を取るために緊急手術をしたらしい。


どうりでこの二人がビクビクしてるはずだよ。



ダニエルはこの警備局の噂を利用して、ファジャンシル王国中にセリカの恐ろしさを知り渡らせた。


「これでうちの奥さんやこれから生まれてくる子どもたちを狙って来る者はいなくなるだろう。」


ダニエルはそんな風に自慢げに言っていたけれど、その噂が独り歩きをし始めて、セリカはこれからパーティーなどで遠巻きに恐れられることになる。


どうも男の人が近寄ってこないということも、ダニエルを満足させることになったようだ。

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