第51話 菜園

 セリカたちは、エレナがお勧めだと言うハナミズキの並木を通って、湖が見える方へ向かうことになった。


ピンクや赤、白色のハナミズキが満開の並木道は、小鳥たちのさえずりがあちこちで聞こえていた。

湖から吹いて来るそよ風に、新緑の庭の木々が揺れている。


「なんて綺麗なの?! これは毎日散歩をしないともったいないね。」


「そうでしょう。もう少し行くと、芝桜が咲いているんですよ。」


エレナの言う咲いているという表現はおとなしすぎた。

木々の間からひらけた場所に出ると、芝桜が絨毯じゅうたんのように一面に広がっていた。


「うわぁーーーーっ!」


ピンク、赤紫、ブルー、白色に混じって、縞模様があるもの、花びらの形が変わっているものなど、様々な種類の芝桜が咲き揃っている。


「これはダニエルを連れてこなくっちゃ。あっ、そうだ。」



セリカは早速、バッジを使ってみることにした。

五秒間押さえると、後ろにいたシータが飛んできた。


「セリカ様、何があったんですか?」


「ほら、見て! 芝桜が綺麗でしょ!」


「は…?」


『どうした? 何があった?!』

胸につけているバッジからダニエルの慌てた声が聞こえてくる。


「ダニエル、ちょっと仕事の手を止めて、芝桜を見に来ませんか? 今が見ごろのようですよ。」


「……そうか。今そっちに向かっている。」



ダニエルの返事が聞こえた時には、空を飛んできているダニエルとタンジェントの姿が見えた。

二人はセリカたちの側に、スーッと降りてきた。

ダニエルは苦笑いをしているし、タンジェントは憮然とした表情だ。


「ごめんなさい。二人にも綺麗な景色を見てもらえるし、この機械を試してみるいい機会だと思ったの。」


「確かにいい眺めだ。最近は忙しくて庭の散歩もしてなかったな。」


「これからは朝か夕方に、短時間でも庭を散歩しませんか?」


「…ああ、そうしよう。」


やった。

ダニエルと話ができる時間が増えたわ!



「ねぇ、タンジェントとシータは夫婦なの?」


「違います!」


あら、二人とも全否定ね。


「タンジェントは護衛の技術を教えてくれた教官です。二人ともオディエ国出身ですが。」


「セリカ様、私たちのことはどうでもいいのです。しかしこれからは試し・・にこの機械を使うことはおやめください。緊急時の対応にゆるみが出ます。」


「はーい、わかりました。でも、さっきの対応で私が気が付いたことを言います。私がもし捕らわれていたと仮定します。その時に私がボタンを押した後にすぐ、シータやダニエルがしたようにこちらに『どうした?』と声をかけたら、敵にこの通信機のことを知られてしまうと思うんです。」


「そうだな。心配して声をかけたことが返ってマイナスになるな。」


「それに私が押したことが何かブザーのような音でわかったのかしら?」


「ああ、小さい音が鳴るようになっている。」


― それはマナーモードにしたほうがいいわね。


だよね。


奏子の意見を伝えると、ダニエルが改良版を作ってみると言ってくれた。


その後、敵が声が聞こえるところにいて注意が必要な時は、セリカが「芝桜」という言葉を最初の会話に入れるという、暗号の取り決めをした。




◇◇◇




 ダニエルとタンジェントが屋敷の方に帰って行ったので、セリカたちは散歩を続けることにした。


「奥様は、護衛や犯罪対策にも詳しいんですね。」


エレナはさっきのセリカの話に変に感心している。


犯罪に詳しいのは日本の文化だよね、奏子。

スリルやサスペンスもののマンガや本もいっぱいあるし。


― 文化っていうのとは…ちょっと違う。

  でもよく考えたら、そう言う情報は無駄に知ってるね。

  ほとんど本からの受け売りだけど。



セリカがエレナの家を見たいと言ったので、そちらのほうを回って帰ることになった。

すると、木も何もない広い空き地が見えてきた。


「あら? ここの草が生えている一角は何に使うの? 」


「奥様の夢の話を聞いて、主人がもう一度、ここを畑にしたらどうかと言ってました。また手が空いたら耕しておくそうです。」


「もう一度ということは、ここは前は畑だったのね。」


「ええ。前のラザフォード侯爵は家族が多かったそうで、こちらで自家製の野菜を作られていたようです。けれどダニエル様はずっと独身でしたし、野菜を作る手間よりも平民から買い上げたほうが早いということで、こちらは手を入れないままになっていたんです。」


「そうなの。ブライスさんも忙しいでしょうから、私が少し耕しておきましょうか。」


「は?」


セリカはサッと手を振って、土を耕す魔法を使った。

すると広い一角が一面、ぼこぼこと土が耕されていって、ふかふかの土になった。


うねもいるわね。」


セリカの言葉に土が動いて、何列もの畝が出来た。


「これで苗が植えられるかしら? 夏野菜の種や苗をご主人に頼んでおいてね、エレナ。」


セリカが振り返ると、エレナは目の前のできたばかりの畑を見て、呆然としていた。

シータの顔にも動揺が見える。


「どうかした?」


「セ、セリカ様。…あの、こういう魔法はどこで覚えられたんですか? ダルトン先生に? …でも貴族学院では習わないし…。」


エレナは独りでブツブツ言っている。


「えっと、森で独りで使ってたんだけど…。」


― もしかしてこの世界には土魔法はなかったのかも…。

  私が本で読んでて、セリカに教えちゃったからね。


あっちゃあ。

そーだったのか。



またお喋りクルトンに化け物と言われるのも嫌なので、この事はブライス家の人たちとここにいる三人だけの秘密にしてもらった。

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