天空の風水「悪魔のデバイス」
涼月一那
第1話「始まりのdetail」
「春日くん、次の書類をこちらへくれないか?」
静まり返ったオフィスに淀みのない明瞭な声が響く。
「はい。所長」
するとその声を受けて壁側のデスクで山のような書類のファイリングをしていた小柄な少女が駆け寄った。
少女は書類を所長と呼んだ青年に渡すと、自分の働きを褒めて欲しいというような忠犬にも似た表情で彼の反応を待っている。
…………沈黙。
「春日くん」
彼は一瞬目を書類に落とし、すぐに落胆したように息を漏らした。
よく見ると書類に添えられた指先が何かを堪えるように震えている。
「はい?どうかしましたか。所長」
「…………これは既に処理済みの書類だっ」
バサッと音を立てて青年はその書類の束を少女の頭に軽く叩きつけた。
綺麗に束ねられていた書類は紙吹雪のようにヒラヒラと舞い、床の上に広がった。
「えーっ、そんなぁ。何もばら撒く事ないじゃないですか。順番通りに纏めるのだって大変なんですからね」
「それも半人前の仕事だと思え。一人前への道はまだまだ遠いぞ」
青年は楽し気に白い歯を見せて笑った。
ふと窓の外を見やると漆黒の空には白白と輝く月が浮かんでいた。
彼女は渋々と床に散らばる書類を拾い始める。
「ほら、早く片付けないとまた残業になるぞ。半人前」
「ふぇ~ぃ」
双葉住宅環境相談センター。
一般的に耳慣れない、何とも胡散臭げな業種だが、平たく言えば住宅環境の改善やアドバイス等を主に行っている会社だ。
実際は企業や土地の繁栄を神秘的且つ統計学の力をもって占う、現代に生きる風水師の事務所である。
その所長である高羽双葉は今年24才になる類稀なる純血統の風水師だ。
実力もあり、その上容姿も秀でている。天は二物を与えずとはいうが、神は気まぐれに二物も三物も彼に与えたのではなかろうか。
しかし一つ欠点を挙げるならば、それは「口」の悪さくらいだろう。
怜悧な美貌で実に平然と辛辣な毒を口にする。
彼の華やかな容姿に惹かれ、つい騙されて泣きをみる者も少なくない。
そして大の人嫌いでもある。
そんな彼が何の気まぐれか、女の子を事務の補助として雇ったのだから不思議な事だ。
彼女の名前は春日れむ。
都内に住む春に高校を卒業したばかりの18才。
元気な以外は取り立てて秀でたものもない普通の女の子。そんな彼女がどうして選ばれたのか、いくられむが尋ねても双葉はうやむやに誤魔化し、明らかにしていない。
そのれむが半人前の所員として通いだしてから一カ月が過ぎようとしていた。
そんなある日。
「春日くん、君、今度の連休は空いているか?」
三時のおやつの「今川焼」を口いっぱいに頬張ったれむに、珍しくお茶を淹れてくれた双葉が実ににこやかに話しかけてきた。
どうやら今は機嫌がいいようだ。
「え、はい。全然空いてますけど」
「ふむ。だろうな。多分そうだろうと思っていたよ」
満足そうに頷く双葉にれむは思わず唇を尖らせる。
「所長、酷い。どうせあたしには連休に遊ぶ友達もカレシもいないって知ってて聞いたんですね」
熱々の今川焼を喉に詰まらせそうになりながら、れむは涙目で抗議する。
「………………そうなのか?」
よく見ると双葉の目が可哀想な子を見るような目になっている。
「うっ…。ひょっとして知らなかったんですか?迂闊っ」
つまらないやり取りで知られたくなかったプライベートを暴露してしまったれむは慌てて口を両手で覆うが、もう遅い。
更に双葉の機嫌がよくなったようだ。
「だったら「温泉」に行かないか?」
「えっ、温泉ですか?」
れむは双葉の長い睫毛に縁どられた淡い飴色の瞳を凝視した。
「ああ。ちょうど二泊三日もあれば片が付くと思うしな」
れむの向かいのパイプ椅子に腰かけ、軽く長い足を組むと、双葉は机の引き出しからいつも使っているシステム手帳をパラパラ捲りながられむを見返す。
れむの顔は期待に満ちたものになっている。
「それって……それって……もしかして所長、本気ですか?」
「ああ。本気だが?」
急に身を乗り出してきたれむにやや引きつりながらも双葉は即答する。
どうやら彼は本気で言ったようだ。
「本当に……その…あたしでいいんですか?」
「ああ。勿論さ。それに今ここにいるのは君しかいないじゃないか」
(あたししかいない………!所長…。あたしの事、一人前どころか女性扱いすらしてくれてないように思ったけど、今までのはただの照れ隠しだったんですね!)
れむは心の中でガッツポーズをとって唾を飲み込んだ。
「あの……有難うございてす。あたしで良ければよろしくお願いします!」
れむは立ち上がり、頭を下げて片手を双葉に差し出した。
するとすぐに温かい両手がその手をぐっと握り返してくれた。
「おいおい。礼を言うのはこちらだよ。改めて言わせてくれ。有難う。なにしろ連休返上の休日出勤な上、出張なんだからね」
「へ?………出勤?えっ、えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ~っ!」
耳をつんざくような奇声をあげてれむが静かに倒れた。
「おっ、おい。春日くん、大丈夫か?おいっ!」
耳を塞ぎつつ、双葉はわけが分からないといった様子でれむの頬を軽く叩いた。
(所長のばかーっ)
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