第14話 出会
六花代学園高等部校舎、第一学年の教室が並ぶ階層。
「細道桜子の欠席がどう受け止められているのか分からない以上、表立って聞くわけにはいかない。鈴によって結界からは守られるが、内部の人間の違和感からは逃れられない」
焔のそんな言葉で、二人はその階層を巡り、噂話に聞き耳を立てることで情報を集めることになった。そして、それによって知り得た話を纏めると、こうだ。
――細道桜子は、『大罪人』に優しく接したことで、クラス全体から――否、殆どの教師を含む学年全体から、いじめを受け続けていた。
「――何だよ、それ……っ!」
二人は人に溢れた校舎から離れ、再び人気のない裏庭に戻ってきた。そして漸く、耐えていたものを吐き出すように荒川が叫ぶ。ガンッ、と壁を殴り付ける音が虚しく響いた。反して、焔の様子は冷静だ。
「まあ六角だしな。細道桜子ってのがお前みたいなお人好しなんだったら、予想の範疇だ」
「っどういう事だよ!? 何だよ大罪人って! 誰かに優しくして何で責められんだよ!」
「煩ぇ、俺に当たんな」
面倒そうに顔を顰めた焔に切り捨てられ、荒川はぐっと口を噤む。はぁ、と焔が溜息をついた。
「……この土地が今の状態に――『六角』として創立した頃に、七人、怪奇を食った。そうして成り立った六角特有の『怪奇堕ち』――」
言葉が、落とされる。
「――怪奇堕ち。人間や動物が、怪奇をその身に取り込むことで変質したもの。生き物でありながら怪奇の力を持つイレギュラー。
六角の創立日、そういうハレの日にそんなモノが出来たことが当時の夜桜当主の気に障ったか、それとも他の理由か――それは知らんが、この町で、その日に生まれた七人の怪奇堕ちを、この町は『大罪人』と定めた。それのことだろうな」
「創立の日……って、昔の話だろ……?」
「大罪人は、この町にまだ生きている」
淡、と、焔は言葉を落とす。荒川の息を飲む音が、嫌に大きく響いた。
「怪奇を食った、始まりの七人。そいつらは、来世の自分が罪から逃れぬよう、償うように、生まれ落ちる時に始まりの大罪の冠と記憶、そして容姿を受け継ぐように怪奇との間に制定した――って言われてる。産まれる前から罪を背負って、町中の軽蔑と差別を受けるのが、この町の大罪人。
……裁判者機関っつうか、この『世界』全体から見れば全然大罪じゃないんだがな。まあ、それが六角の事情だ」
焔が荒川を見やる。その顔を面倒そうに顰めた彼を見て、荒川は、自分が酷く苦渋の顔を浮かべていた事に気が付いた。
「大罪人の扱いをどうにかしようなんて考えるなよ。六角創立から続いてきた因習だ。そんなことより、ここに来た目的のことだけ考えておけ」
溜息混じり、本当に、ただ面倒臭いとだけ思っているような、そんな声音で焔は言った。だがその言葉は荒川にも理解はできる。だから、心にモヤを抱えながらも頷いた。
「……兎も角だ。細道桜子がどういう状況だったかは理解が出来た。もっと詳しい話は当事者に聞くのが一番早い」
「当事者?」
「さっきの探索で大体の当たりはつけた」
荒川の問いへの答えになっていないことを言って、焔はさっさと歩いていく。そういう性格にも慣れてしまった自分に呆れつつ、荒川は黙って後を追った。
焔を追い掛けて、辿り着いたのは屋上に繋がる階段の、踊り場だった。その場所に備え付けられた鏡――その前に、両手をズボンのポケットに突っ込んで、一人の男子生徒が立っている。
――こいつが『当事者』なのか?
そう、荒川が考えたと同時に、その生徒が振り向いた。右側だけ、肩につくかつかないかまで伸びた髪は暗い赤みを帯びた茶色をしている。瞳は青。その色の明るさとは裏腹に、焔と荒川を――警戒と言うよりむしろ、既に敵とみなしたような棘を潜ませていた。
「お前が例の怪奇堕ちだな」
その棘をものともせずに、相変わらず焔はしれっとそんなことを言う。その言葉にさらに生徒の空気は重みを纏い――
「……は、『大罪人』をそう呼ぶとは、お前さては六角の住人じゃないな」
瞳を眇め、彼の口角は嘲るように上がった。鏡に向けていた体をこちら側に振り向けて、焔よりは高い身長で、見下している。
「やけに『美味そうな』匂いがするが、さっさと出て行くことを勧めてやる。バレて夜桜に粛清されるか、怪奇に食い散らかされるか、どちらが先だか見ものだな?
……隣のは見るからに不味いから、前者だろうが」
後半は荒川に向けて、彼はわらった。そんなに臭いのか俺は、と複雑になる荒川の隣で、焔は表情も変えずに肩を竦めた。
「生憎と目的を果たさねぇと帰れねぇ」
「目的だと?」
「苑源寺宋閑。細道桜子の行方について教えろ」
ぴくり、生徒――宋閑の眉が動いたのは、本名を言い当てられたからか、否か。その手はポケットに入れたまま、彼は焔に牙を剥く。
荒川は改めて宋閑に視線を向けた。彼は、この町で『大罪人』と見なされた、怪奇堕ち。
桜子がいじめを受けることとなった――原因だ。
「……成程な、お前達、あの女を助けに来たわけだ」
宋閑は歪に笑って、ポケットから片手を引き抜いた。そのまま、その手に握っていた何かを二人の足元に投げ捨てる。
ぽとん、と軽く落ちたのは――荒川はよく知る、桜子が携帯につけていた、可愛らしい桜色の竜のストラップ。
「馬鹿な女だ。善人ヅラで大罪人に関わったばかりに、『鏡の悪魔』に囚われた」
「――っテメェ! 何だよその言い草は!」
嘲るような声に、ストラップを拾い上げた体勢のまま、荒川は宋閑を睨み上げた。
「アイツはお前を差別したくなくて! 普通に接したくて……!」
「頼んだ覚えはない。人間なんて嫌いなんだよ、俺は」
荒川の言葉にそう吐き捨て、宋閑は彼を鼻で笑う。ふいと顔すらそっぽを向けて、口角は上げたまま。
「だからあの女も嫌いだ。毎朝声をかけてくるのも、俺が人間達に破られた教科書の代わりに自分のものを見せてくるのも、恩着せがましくて鬱陶しかった。居なくなって清々したよ。馬鹿な女だ、奴等に盗られたのは俺の私物の、ただのカメラであって、あの女には関係無かったのに、奴等の、返してやるって言葉を信じて、都市伝説を実行した。あいつらが返すわけないだろうが。結局あの女は囚われて、カメラは俺が自力で、そうだ、全部無駄だったんだよ、あの女が俺にしたことなんて、何も――」
「そうか」
ずっと溜まっていたような、堪えていたような、止まらない言葉の羅列。それを止めたのは、相変わらず温度の無い、焔の声だった。
「そんな鬱陶しい女の持ち物を、ずっと持ってたんだな、お前」
宋閑の動きが止まる。そっぽを向いたまま、荒川達から宋閑の顔は見えない。口角は上がっていないようだった。
焔はと言えば、変わらない。その顔は相変わらず面倒臭そうに、肩を竦めている。
「まあいい。要は鏡の悪魔とやらの都市伝説を実行させられて見事に捕まったわけだ。で、例の鏡がこれか」
宋閑の横を通り過ぎて、焔は鏡に触れた。何かブツブツ言いながら鏡を吟味しているような彼に、宋閑が、振り向かずに口を開く。
「……まだ、生きてるのか、あの女」
「生きてるだろ。信の天災だとかは除いてだが、怪奇や人外に殺された人間は――六角は知らんが、基本的に人間界から存在記録が抹消される。裁判者によって記憶も消されるからな、死んでたら荒川からも幼馴染みの存在は消えてる」
「!?」
しれっと言われた初情報に荒川が顔を青くするが、そんなことは焔も宋閑も気にしていないようだった。宋閑は目を合わせない。だが――何か、決意したように、拳を握りしめた。
「俺は人間が嫌いだ」
「そうか」
「……だが、仕方ない。恩を着せられるのは鬱陶しい。だから仕方ない。
――仕方ないから、あの女を、共に助け出してやる」
ふん、と宋閑は顔をこちらに向けて、鼻を鳴らした。腕を組み、そう――何かを隠すようにふんぞり返る彼に、焔は漸く顔を向ける。そして、首を傾げた。
「いや別に、来なくていいが……?」
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