062

「ういー、ただいま」

「ただいまー!」


 俺は疲れた顔で、ディーナは嬉しそうな顔で帰宅する。

 そんな俺たち二人を迎えたのは、ずぅんと暗い顔をするアッシュ、陽気に挨拶をするダニエル、未だ気絶しているヴェイン。

 そして、手鏡で髪を整えていたら俺が帰って来た事に気付き、慌ててそれを隠し赤面するジジであった。

 見張りのためヴァローナはいるが、当然皆の拘束はしていない。するはずもない。何故なら彼らは友人で、敗北を素直に受け入れられる人間だから。

 因みに、捕虜真っ最中のゲラルドとシェインはニッサの小屋へ移している。ゴリさんとシロネコもそこにいる。


「俺の……俺の剣……」

「アッシュ、後でまたミスリルやるからそんなに落ち込むなよ」

「ほんとっすか!? ほんとっすよね!? 言質とりましたからね! ダニエルさんが証人です!」


 と、肉薄しながら言うアッシュの顔を、俺はぐいとおしのける。


「いやぁ、しかし参りました。まさかディーナちゃんが戦闘に出張ってくるとは、流石ですね、コディーさん」

「褒めても何も出ないよ、ダニエル。それに、ディーナの協力がなければ出来なかったしね」

「はははは、まぁ、これでアビーさんはライオス国にいるリードルード様に報告に行くしかないでしょうな」


 そういう事だ。問題はそれで手を緩めてくれるかが問題だが、流石にそこまでは読めない。

 さて、先程からチラチラと見てくるジジには何て話そう。

 かく言う俺も、ジジの事が気になって仕方ないのだが……。


「コディー」


 すると、ジジではなくディーナが俺に声を掛けた。


「ん? どうしたディーナ?」

「あの人がコディーのお友達?」


 ジジを見てディーナが言う。

 ……これはもしかして、ディーナが俺たちの視線に気付いて気遣ってくれたのか?

 いやいや、ディーナはまだ五歳…………だけで済まないところがディーナなんだよな。

 特に、ここ最近のディーナの成長は凄いものだ。この作戦の協力然り、今の気遣い然り……な。

 俺はディーナの頭にぽんと手をのせ、出来るだけ落ち着いて言った。


「あぁ、コディーの、俺の大事な相棒だよ」


 瞬間、ジジは華が咲いたかのように明るい顔をして俺に飛び付いてきた。


「コディーッ!!」

「とっととっ! おい、ジジ危ないぞっ」


 抱きつかれた俺は、ふわりとジジの身体をキャッチしてそう言った。

 懐かしい。本当に懐かしい。ジジの匂いだ。あの時のまま。たとえ半年近く離れていたとしても、それが変わる事はない。


「久しぶりだな」

「うん! うん! コディーは立派になったね!」

「それはジジも一緒だろう」

「コディーが言うと皮肉に聞こえる……」


 ジジは俺の胸に顔を埋めながら籠もった声で言う。

 まぁ、戦力としての差は出来てしまったかもしれないな。


「でも、ジジももうすぐランクAなんだろう?」

「……たぶん」

「なら、ランクAになったらお祝いだな」

「でも、今回の失敗で遠のいたかも……」

「大丈夫、それも一応考えてるよ」


 背中をとんとんと静かに叩きながら、俺はジジに言った。

 すると、意識を取り戻した男がその言葉を拾った。


「なるほどな、そういう事か」

「気付いたか、ヴェイン。ゴリさんはどうだった?」

「あぁ、強かったよ。やっぱり、コディーの周りは規格外の獣ばかりだな……」


 ヴェインの言葉を受け、ジジが振り返って聞く。


「ヴェイン、『そういう事か』って……?」

「コディーが捕らえている二人の冒険者、これを俺たちで救出して帰れって事だろうな」

「さっすが勇者様、わかってるぅ」


 俺はヴェインの解を褒め称えた。


「まぁ、失敗には変わりないが、損害がない分、責は軽い。それに、まだあるんだろう?」

「おう、ディーナの手紙も持ってってくれ」


 俺が言うと、ディーナは机の上から一枚の手紙をとり、ヴェインに渡した。


「はいっ、ヴェインのお兄ちゃん!」

「これを?」

「私のお爺ちゃんに渡してくださいっ」

「なるほど、陛下に……」


 すると、ヴェインはちらりと俺を見た。

 俺はその目を真っ直ぐに見てヴェインに言った。


「いいか、絶対に渡してくれ」

「……まったく、こっちのが難度が高いんじゃないか?」

「それだけ責任重大ってこったっ! はははは!」


 ヴェインの悪態にダニエルが笑い、続きアッシュとジジ、そしてディーナも笑う。


「しかしいいのか? これを受け取ってしまうと俺たちは『逃げ出した』というより『逃がされた』という事になってしまうが?」

「構わないさ。殺さないって事と、俺たちが人語を解するって事は、ゲラルドとシェインが証言してくれるだろう」

「何から何まで、手回しのいい事だな……まったく」


 呆れた様子のヴェインは、肩を竦めながら溜め息を吐いた。


「帰るのは明日でもいいだろう。今日はご馳走を用意するから是非食べてってくれ」


 正直、俺が準備していたのは今回の作戦以上に、今夜の宴の事だったのだ。

 野菜や果物、木の実や魚で埋め尽くされた野性味溢れる食事だ。

 さぁ、明日か明後日には魔王軍のルピーも戻って来るだろう。

 そうなった時、俺はおそらく……いや、今は考えないでおこう。

 今はこの時を楽しむべきだ。

 そう、今はまだ。

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