008

「ちょっとちょっと? 話が違うでしょコディー?」

「いや、まさか、一撃とは……」

「ほんと~? 実は最初から知ってたんじゃないの~?」


 じとっとした目を向け、顔を近付けてくるジジのおでこを小突く。


「あいたっ」

「本当」

「むぅ、でもまさかコディーが倒しちゃうとはなー……」


 自分の手柄になるというのも気が引けるようだが、一番は経験にならない事を嘆いているのだろう。ジジは結構負けず嫌いだからな~……ん?


「どうしようかなー、この依ら――」

「――ブォオオオオオオオッ!」


 瞬間、草むらから怒声をあげてハイオークが現れた。

 しまった、もう一匹いたのか。臭いが混在していたから気付けなかった。

 ジジの背後から迫るハイオーク。俺は振り返るジジの隣を横切り、ハイオークとの距離を詰めた。


「ばふぉ!」

「ブッ!? ブォッ!」


 くそ俺の突進を受け止めるとは流石ハイオークだな。こりゃさっきみたいにいかないか。


「ジジ!」

「うん、わかった!」


 俺は背後からジジの返事と共に剣を引き抜く音を聞いた。

 がっつりと組み合った俺とハイオークの力は拮抗していた。

 死なないために、これまで鍛えてきたのが幸いしたのかもしれない。


「ぬがぁ!」

「ブォオッ! ッ!?」


 するとハイオークの力が一瞬で緩む。

 そう、ジジがハイオークの懐を駆け抜けながら斬り裂いたのだ。


「今!」


 俺はそう叫びながらハイオークを横に倒した。


「はっ!」


 地面に叩きつけられたハイオークの隙を、ジジが見逃すはずがなかった。

 ハイオークの脳天に突き刺した剣は、確実にその命を奪った。


「ふぅ、危なかったね。ありがとうコディー」

「いい、ジジ、無事」

「もぉー、コディーは優しいなぁ~。結局助けてもらっちゃったし、何かお礼したいなぁ。うーん、よし、それじゃあ今日はここまでにしてご飯でも食べようか!」

「もう?」

「うんうん、いつもお世話になってるんだからさ。コディーには美味しい物をプレゼントしよう」


 そう言われた瞬間、俺はジジの両肩をガッシリと掴んでいた。


「塩!」

「ふぇ?」

「塩! くれ!」

「お、お塩の事?」

「いえす!」

「あ、あはははは。そんなんでいいならいつでも持ってきてあげるよー」


 神はここにいたのかもしれない。

 これで俺は塩の入手ルートを構築出来た訳だ。

 確かに最初は打算もあってジジとの接点を作ったが、すっかり仲間になって完全に忘れていた。

 しかし、飽くなき食欲は、やはり消滅させる事は出来なかったのだろう。

 その後、俺はジジを乗せ、かつてない程の速度で町の近くまで送って行く。


「それじゃあ、いつものところで待ってて。ギルドに報告と買い物したらすぐに向かうから」

「はい!」

「あ、あはは。んもう、現金だなー、コディーは」


 困った顔を浮かべながらも、ジジは笑っていたような気がする。

 塩を待つ間、俺は枯れ木を集めながら回り道をしながら寝床に帰る。

 ひと月も過ぎたが、結局俺に襲い掛かってくる魔物はいなかった。

 どうやらここら辺にはあまり強い魔物はいないのかもしれないな。

 ハイオークも戦ってみればそれ程でもなかった。

 冷静に戦えば、一対一でも勝てただろう。勿論、多対一では負けるだろうけどな。

 火をおこした俺は、火の番をしながらボーっとジジを待った。

 すると、俺の前に変な男が現れた。

 深く青い甲冑を身に纏った金髪の男だった。

 若干釣り目だが、整った顔立ちだ。これはおそらくイケメンの部類に入るのだろう。


「なんだクマか」


 こちらからすれば「なんだ男か」なのだが、男の素性がわからない以上、口をきくのはまずいよな。

 見世物用とかで売られそうだし。

 仕方ない。ここはしばらく離れておくか。ジジには後で――


「まぁ、あのサイズの毛皮と肉でもお金にはなるだろう」


 なんですと!?


「はぁっ!」


 いきなり剣を抜き、跳躍して襲い掛かってきた男。

 俺は転がってかわし、腰を低くしたまま男を睨んだ。


「へぇ、ただのクマに俺の一撃がかわされるとは思わなかった。さては魔獣、、の類か?」


 そんなものまで存在するのか、この世界は。


「なら俺も本気を出させてもらう。勇者の本気……獣には光栄だろう?」


 こいつが勇者? そう言われるとなんだかパッとしない男に見える。

 これはきっと嫉妬フィルターが目に働いているからだろう。


「ふん! はぁ!」

「がぁ! きゅっ!」


 あ、やべ。踏ん張り過ぎて変な声まで出ちゃった。


「これもかわすか」


 仕方ない、ここは危険を承知で交渉してみるしか――――


「魔獣を倒したなんて知ったら町の女は放っておかないだろうな。はははは、腕が鳴る……!」


 ――――ぶっ潰す。

 こんなすけこまし野郎が勇者だというのは俺が許さん。

 攻撃自体はかわせるから速度は同等。力では勝ってると思いたい。


「行くぞ、はぁあ!」

「ぷぁ!」


 俺は地面を叩きながら勇者との距離を詰め、振り下ろされる剣の軌道を掴んで止める。


「馬鹿な!?」

「だぁっしゃああ!」


 その勢いのまま、肩を勇者の身体に当てる。


「ぐぉっ!?」


 吹き飛んだ勇者はそのまま倒れ、大の字に仰向けとなった。

 今なら出来る! 俺は更に距離を詰め、勇者の手前で跳躍し前方宙返りをした。着地点は勇者。落とすのは足ではなく背中。


「か……はぁっ!?」


 これが……サンセットフリップ!

 プロレス技だが、成年前とはいえクマの体重だ。相当の衝撃を受けたはずだ。


「きゅ~……」


 勇者は口から変な声を出しながら伸びていた。

 まあ、きっと足を落としたら死んじゃってたしな。仕方ないだろう。


「……何やってるの?」


 振り向くとそこには、ジジが大荷物を持って俺を見ていた。


「せ、正当、防衛……?」

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