006

 その後、俺は数日をその川の近くで過ごした。

 日中歩き回ってみたものの、やはり安全そうな場所は存在しなかった。

 川を背に出来るここだけが、一番の安全地帯と言えたんだ。

 あれからモスフロッグを見かける事もなくなった。

 もしかして俺が倒したから、あの川が俺の縄張りになって他のモスフロッグが近付かないのかもしれない。

 そして、人里とやらにも近付いてみた。

 しかし、そこには高い外壁があり、正門の方には確かに人通りがあったが、俺はコディアックヒグマだ。流石に近づけなかった。

 その高い外壁と川を背にするという事も考えたが、やはり俺が人に狙われては元も子もない。

 だから俺は大人しくここを拠点にしているのだ。

 今日も大変だろう。

 まぁ生き抜くためには仕方ない。そう思って枯れ木を集めようとしていた矢先だった。


「あれーっ?」


 遠くから女の声が聞こえた。

 接近に気付かなかったのは、女の声が風下から聞こえたからだろう。

 これもヒグマというかクマの特性なのだろうが、やはり嗅覚が鋭い。実験してみたが、置いてある魚の品種が遠くからわかる程だ。

 まぁ、それでモンスターとの戦闘も避けられたんだけどな。

 さて、あの女は確か、初日に会ったジジではないか?


「やっぱりこの前のヒグマ君だね。ずっとここにいたの?」

「ばう」


 俺は一度頷くと、ジジは目を丸くさせた。


「……もしかして私の言ってる事わかるの?」

「ばう」

「ま、まさかね? でも、もしかしてって事もあるよね。じゃあ、私の周りを一周まわってみて。なーんて――っ!?」


 俺はジジの言われた通り、その周りを一周する。


「ふぇっ!?」


 物凄く驚いた様子のジジ。

 まぁ遅かれ早かれ人とのコミュニケーションは必要だ。

 だったら、接点のあるジジと仲良くなっておく事は重要だと思う。


「は、反対回り!」


 まぁ、まだ信じられないか。反対回りだ。


「……はぁ~。君ってかしこいんだね」


 感嘆の息を漏らし、ジジは俺を見つめた。

 ふむ、子グマでよかったかもしれないな。

 もし成体のクマだったら、人間は俺に近付いて来ないだろう。


「その様子じゃ、やっぱりお父さんとお母さんはいないみたいだね」

「ばう」

「うんうん。悲しいね」


 それは違うな。

 実際に親がいて、いなくなったらそれは悲しいが、最初からいないからな。悲しがりようがない。

 寂しいというのが適当だろう。

 まぁしかし、美人が撫でてくれるんだ。ここは大人しく甘えておこう。


「ごめんねぇ。今日はこれから魔物討伐なんだー。だからあまり構ってあげられないの」


 なんだと?

 ゴブリンに対して手こずっていたジジが、魔物討伐?

 それは無理なんじゃなかろうか?


「それじゃあ、また来るから。気を付けるんだよー!」


 大きく手を振りながら、ジジが遠ざかっていく。

 うーむ、ちょっと心配だ。

 …………パンの礼もあるしな。付いて行くか。


「あれ? 付いて来ちゃったの? んー、確かに君がいてくれたら心強いかも……」


 顎に人差し指を置き、ジジはそう言った。


「うん、それじゃあ手伝ってくれる?」

「ばあう」


 そんなこんなで、俺はジジと共に歩き始めた。

 やがて――


『そるぁっ!』

「嘘……」


 二匹のゴブリンに囲まれた俺たちだったが、ジジが片方のゴブリンと戦い時間を稼いでいる間に一匹を倒す。

 そして、鍔迫り合いをしているジジの前にいるゴブリンもはたきき倒す。


「つ、強いんだね、君……」

「ばうぅ!」


 うーむ、何とか人間の言語も覚えたいところだが、中々難しいものだ。

 もう少し時間かけてやるしかないな。


「えーっと、次は~……」


 ジジが何やら紙を取り出している。なるほど、あれがきっと依頼書か何かだな。

 背伸びしてみようとするも……届かない。


『ぬっ、くくくくっ! この!』

「んー? 何? 見たいの?」


 ジジは俺を見た後、しゃがんでそれを見せてくれた。


「次はねー、ほら、オーク討伐だね。それでここが数。三匹だね」


 何が書いてあるのかさっぱりわからなかったが、ジジは一つ一つ説明してくれた。

 優しい子だな。人間だったらこういう女の子と一緒にいたいものだ。


「なーんて、流石にこれはわからないかー」

「ばう」

「それじゃー、オーク退治に行こー! おー!」


 快活な掛け声に、俺は楽しくなり、


「ばーう!」


 こんな返事をしてしまった。

 その日から、俺とジジは行動を共にするようになった。

 ジジは昼近くになるとあの川の場所にやって来て、俺を魔物討伐に誘った。


「そっちお願いね! たぁ!」

『ふんがぁ!』


 俺に頼るというより、良いパートナーを見つけたという印象をジジから感じた。

 決して手を抜く子じゃなかった。朝から晩まで努力し、色々な魔物を倒した。

 そして、やがて俺が目を離しても大丈夫なくらいに強くなった。


「ねぇ聞いて? 昨日冒険者ランクがDになったんだよ!」

「ばうわうあー!」


 俺も身体が大きくなり、立てばジジより大きくなったであろう時期。俺の身体に変化が起きた。


「ジ……ジ、ジ……」

「ふぇ!?」

「……ジジ」


 そう、人間の言語を喋れるようになったのだ。

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