003

「ギ、ンギギギギ……!」


 くそ! やっぱりまともなグーが作れない。

 そういえばさっきゴブリンを倒した時、平手に近いパンチだった気がする。自分としては真っ直ぐ突いたつもりだったんだが、人間の身体との違いによる弊害……って事だろうか。

 まったく、なんという不便さだ。

 いやでも、少しは動くみたいだし、今後色々訓練して何か変わるかもしれない。様子見って事でいいだろう。


『とりあえずパンだけじゃお腹一杯にはならなかった。仕方ない、やっぱり魚獲るか』


 先程のように集中してアメマスを狙うと、意外にも簡単に獲る事が出来た。

 もしかして才能があるのでは?

 いやいや、単純にヒグマの能力が高いだけだよな。

 三枚におろし、ようやくアメマスの刺身と対面する。


『どれ、あむ』


 爪でアメマスの身を刺して口に運ぶ。

 咀嚼し、口に広がる味に集中する。


『んー……期待してた割には淡白な味だし水っぽい。こりゃパンの方が美味かったな。まあ人間が作るものだからしょうがないけど』


 獣の被害とかニュースでよく見たけど、人間が作る味に寄り付いてしまうのがわかる気がするな。

 パンの甘みや過多な塩分も、今の俺にとっては魅力的だしな。


『ふぅ。まあ腹は膨れたし別にいいか。今度は出来れば鮭がいいよなー。脂たっぷりのサーモンはきっと絶品だろうしな』


 さぁ、腹も膨れたところでどうしたものか。

 ここは川沿いとはいえ、見通しのいい場所だ。

 ここが異世界ならばヒグマといえども外敵や天敵は多いはず。勿論それには人間も含まれるかもしれない。

 ならここにいては危険だ。先程のジジは幸いにも良い人間だったが、全ての人間がそうとは限らない。元人間だし、そういうのはわかっているつもりだ。

 ともなるとやはり……、


『住処が必要だな』


 とりあえず川を下るか?

 いや、ジジは下流に向かって行った。

 という事は、そちらに人里がある可能性が高い。

 だったら……、


『上流か』


 俺はそう呟き、川の上流に向かうため走った。

 歩くという案も勿論あったが、これから野で暮らす事になるであろう俺が出来る事は、あまり多くない。ならば子供のうちから鍛えておくのは間違いじゃないだろう。

 ストイックに……何事もストイックにいこう。


『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ』


 しばらく走ると、ちょっとした深い林に出た。遠目に見えるのは森。

 うーん、ちょっと心配だけど、身を隠すならやっぱり森だよな。

 慎重に、少しビクつきながら俺は林の中に入って行く。

 しかし直後、俺の眼前には巨大な豚が現れたのだ。

 木の陰からひょこりと。

 大きさは恐らく立った俺と同じくらい。

 何より恐ろしいのは、その豚は二足歩行で、斧のような物を持っていたのだ。


「ブヒヒ……」


 俺を見てニタりと笑った豚。

 も、もしかしてあれはファンタジー世界ではお馴染みの「オーク」というやつでは?


「ブヒヒー!」


 瞬間、嬉々とした顔になったオークは、俺に向かってその斧を投げつけてきた。


『うぉおっ!?』


 正に斧白刃どり。

 両前脚で挟むようにして捉えた斧は、俺の眼前で止まり、早まる心臓の音が俺の身体に響いた。


『くそ、躊躇なく殺しにくるな……!』


 そんなオークの行動に、恐怖と焦りを感じながら俺はじりりと後退した。

 すると、俺の弱気を読み取ったのか、オークは殺気を纏って俺の方へ駆け始めた。


『く、でもこれなら……俺の方が速い!』


 斧を咥え、四足歩行で駆けた俺の速度は、明らかにオークより速かった。

 あっという間に引き離し、豆粒程になって見えるオーク。

 その場で地団駄じたんだを踏み、オークは俺に背を向けた。

 そして、林の方へ戻って行くように歩き始めたのだ。

 これはもしかして……諦めた?


『ふ、ふふふふ……チャーンス!』


 きっと、俺の目は獣のように光っていただろう。実際獣だしな。

 足音を静かに、慎重にオークの背後に迫る俺。

 そして、ある程度まで近付き、また武器にされては困ると思い、咥えていたオークの斧を……両手で投げた。

 人間の時は感じられなかった強力な身体のバネを感じ、投げられた斧は正に凶器。

 ドンという鈍い音を立て、それはオークの頭部に当たった。いや、深く刺さったといった方が正解だろう。


『おっしゃ!』


 握れない拳を開いたままぐっと意気込んだ俺。

 なるほど、戦いようによってはヒグマもモンスターと渡り合えるって事だな。

 そしてもう一つわかった事がある。

 あのオークが住めたのならば、俺もあの林や森に住める可能性が高いという事だ。


『やってやる。やってやるぞっ!』


 俺はそう呟きながら、のそりと身体を動かした。


 林はやはり視界がいいせいか、何かがいるという事もなかった。

 先程のオークは、もしかしたら外部のモンスターだったのかもしれないな。

 だが、俺が森へ一歩足を踏み入れた瞬間、そんな考えを払拭するかのように、俺の視界には絶望が広がったんだ。


「ブヒ?」

「ブヒヒ?」

「ブヒヒヒー!」


 目の前に広がる巨大な豚たち。

 それは先程のオークよりも大きなオークたち。

 数にして二十匹以上。

 オークたちは俺を見つけるやいなや、俺を指差して叫んだのだ。


「「ブヒヒヒィー!!」」


 オークの言葉がわからなくても、何て言ってるかわかった。


『どうも、美味そうな餌です』

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