第236話  謀略!策略!攻略!


 本来であれば静かな筈のルクセンとアルム公国を繋ぐ街道。

 魔族の国と言う忌まわしき国と街道が繋がれている事に良く無い顔を浮かべる者も多々いるが、アルムでしか生産されていない交易物も多い為、商人達が密かに通したと言われるケモノ道のような細い道。

 ルクセン側ではそのように隠されたかのような街道も、アルム側に差し掛かれば舗装された立派な物へと変化する。アルム公国が国として他国との交易を歓迎している証拠とも言える街道が今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 そこら中で湧き上がる悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 地獄の釜の蓋が開いた――誰もがそう感じるほどに悍ましく、冒涜的な光景が広がっていた。


 串刺しにされた死体の林。

 言葉を聞くだけでも悍ましいそれが、まるで街路樹のように街道の両脇に立ち並んでいた。

 どの死体も顔の皮は剥され、局部が焼け爛れた、あきらかに拷問の痕を思わせる体。傷はまだ新しく、またその全ての死体が人族のもの。

 それはこの場所が『魔族の国』であることを如実に物語っているものと感じられた。


 だが、この世界で死体など珍しく無い。

 拷問の痕も一般の農民や町民であれば恐れ戦くのだろうが、普段から荒事を担っている兵士が恐れを抱くほどでは無いはずだった。

 特に為政者――地位が高い者ほどそういった残酷なモノに対して耐性がある。

 処刑、見せしめ、情報収集――凄惨さがもたらす効果は有用であり、またその死体が持つ恐怖を活用することも為政者の手腕と考えられていた。


「ぎゃああああああああ!!」

「ひゃぁぁぁぁぁああああ!!」

「ひいっ! ひぃぃぃぃぃっ!!!」


 しかし今、アルムとルクセンを繋ぐ街道では悲鳴の渦が巻き起こっていた。

 大の男が泣き叫び逃げ惑う恐ろしい光景。荒事に長けた兵士が溢しているとは考えられない泣き声。

 生者が溢す嗚咽と悲鳴は昼間でも暗い森の中に木霊し、今や森そのものが慟哭しているかのように感じられるほどだった。


「怖気付くなっ! ええい、進めっ! 進めぇぇぇ!」


 混乱の坩堝と化してしまった集団の中、一行の中でも一際立派な鎧を着こんだ男が声を荒げていた。

 ルクセン辺境伯。アルムとの国境を擁するルクセンに於いて、ルクセンの防人と称される貴族の一人だった。

 混乱した兵を整え、平静を保つのが将の役割。しかし今の彼の言葉は誰にも届いていなかった。

 何故なら彼の顔は他の兵士と同じように、恐怖と焦燥にまみれ、引きつっていたのだから――。



☠ ☠ ☠



 通常貴族の中では下位に見られる辺境伯と言う名であっても、彼の地位は低くは無かった。

 政治の中枢からは外れる事になってしまうが、人族の敵と称される忌み嫌われた国と隣接した領地を守っていると言うその一点で、税も軽く国から補助金までせしめる立場にあった。

 アルムが侵攻を企てたと言う話は何代記録を遡っても見受けられない。しかしそれは辺境伯家だけが認識している事実であり、ルクセン中枢の認識とは違っていた。


 辺境伯爵家は何代にも渡ってアルム公国の脅威を謳い、また小競り合いをねつ造してその地位を守っていた。

 人族国家にとって不倶戴天の敵とまで称される魔族の国、アルム。

 その国と国境を接しているルクセンとしては、例えアルムに侵略の兆しがなくても、多くの兵を配備しておかなければ安心できない。その心理を利用し、脅威を煽り、魔族の恐ろしさを喧伝することで、彼らの一族は私腹を肥やしていた。


 恩は数えきれないほどあっても、被害を受けた事は一度も無いアルム公国。

 その場所に彼が軍を率いて攻め入っているのには、様々な思惑が絡んでいた。


(何が革命だ! 飯事ママゴトの戦で我が家がこれまで上げてきた功績を忘れるとはっ!)


 ルクセン王国の王権が革命によって倒れ、彼がこれまで仕えていた王家が無くなった事が発端だった。

 王家転覆の以前から、辺境伯である彼の元にもどちらの陣営からも協力の要請は何度も来ていた。

 他の貴族達は王家側と革命軍側に分かれ、国内で血なまぐさい紛争が始まっていた。しかし彼はどちらの側にも与する事は無かった。

 アルムからの侵攻に備える為――その言葉を掲げ、彼は自国の中の争いに関与しなかった。

 それが詭弁であることなど、彼自身が一番良く分かっている。

 しかし戦いと言うものは多くの財を食いつぶす。加えて自国内の地位を廻る争いなど、勝っても得られる益などたかが知れている。

 ――得られる益も少なく、赤字になることが目に見えている戦いにはせ参じる等ありえない。――

 それが彼の本心だった。


 しかし革命と言うものは持たざる者が持てる者を廃すると言う事。

 革命が成功し、王家が倒れたということは、それまでの権力構造がひっくり返されると言う事なのだと彼が気付いた時は、もう後の祭りだった。

 あまりにも長い間辺境伯と言う地位にかまかけ、中枢の権力抗争から離れすぎていた事もそれに気付かなかった一因であり、そもそも何代にも続いている辺境伯の地位も、王家から任命されて就いていると言う根本的な認識が、彼の中からはすっぽりと抜け落ちていた。


 だからこそ彼は慌て、中枢の承認も得ぬままアルムの侵攻を企てた。

 長年アルム側から攻撃してくる事など無く、密かに交易すら行っていたと間柄であっても、何の呵責も抱かなかった。魔族の邪悪性を説き続けていた彼は、自らの嘘を信じ込み、魔族相手であればどんな非道も許されると考えるようになっていた。


 とは言え数多の恐怖の代名詞であり、個人としては唯一『災害級』と称される『不死の魔王』カクランティウスの国アルム。

 そこに攻め込むには幾多の勇気が必要だと考える者も多いだろう。

 しかし辺境伯はアルムと隣接した領地を治めていたからこそ、アルムを恐れていなかった。

 自ら恐怖を煽り、その凶悪さを謳うことで地位を盤石なものとしてきた辺境伯だが、実際のアルムは拍子抜けするほど大人しい。

 ルクセン側でも商人達が密かに街道を通していたのが何よりの証明だろう。

 時折どこぞの国が戦を仕掛けて返り討ちにあったという噂が流れるが、どれも信憑性に欠け、その噂もここ数十年の間耳にしていない。


 辺境伯はアルム公国の脅威を唱える第一人者である。

 しかし同時にアルムを一番見くびっているのもまた辺境伯であった。


(領土の拡大を成し得れば、我が物顔でのたまっていた中枢も我が家の担ってきた力を思い知る筈……)


 新たな為政者に有用性を示す為の生贄。手近に存在していたアルムは彼の目から見れば、ただの張り子の虎。しかも今の辺境伯は思わぬ戦力も手に入れていた。


(ルクセン最強の『勇者』が我が軍にいるのだ……。例え『魔王』が相手でも……)


 様々な思惑と欲望が絡み合い、吸い込まれるようにアルムに入った辺境伯軍はその後――地獄を見ていた。



☠ ☠ ☠



(ホンマに王子さんがゆうた通りになってしもとったなぁ……)


 周囲のどこかしこでも聞こえる悲鳴。

 蜂の巣を突いたような有様の中でルクセンの『勇者』、龍二が溜息を吐き出していた。


 尋問が終わり裏切る約束をした後、龍二の元にこの国の王子であるルキフグテスが単独で尋ねて来た時には驚いた。龍二の暗殺の第一の標的はルキフグテスであり、いくら寝返る約束をしたからと言っても、単身で部屋を訪れて来るとは思ってもいなかった。


 『不死の魔王』カクランティウスの帰還の情報を得てアルムに侵入した龍二だったが、ここ何十年も姿が見えなかった『魔王』の確認はただの口実だった。

 これまで何度かカクランティウスの帰郷の噂は流れて来ていたが、そのどれもが不確かな情報であり、長きに渡って姿が見えない事で、今回も周辺国家に対する牽制と考えられていたからだった。


 ――これからお伝えする事は私の予測であり確定しているものでは無い。しかし150年以上の月日を人族に割いてきた私の出した結論だ。私は妹が暴いたそなたの書物が、そなたを縛れるとは考えておらぬ。だからこそ忠告し、私自らの信用を勝ち得ようと思う――


 暗殺者である自分の元に、単身で訪れてくる王子そのものにもビックリしたが、それに加えて王子の言葉に何の嘘も含まれていなかったことに、龍二は重ねて驚愕していた。

 心を読める龍二の力を以ってしても、最初に目にしたルキフグテスの頭の中は、殆んど見通す事が出来なかった。

 それはルキフグテスの思考の速さが並はずれており、また幾つもの思考を並列して動かすと言う、器用な考え方をしていた為だ。龍二が思考を読もうにもスピードが追いつかないのである。

 だがこの時の彼は、わざわざ心が見透かされるのを望むかのように、ゆっくりとした思考で龍二の前に表れていた。


 ――俺はこのままアンタの首を持って逃げるって手もあるんやけど? ――

 ――ははっ。ルクセンほどの大国の要注意人物に選ばれた事は光栄だが、それは少々買いかぶりすぎだな。私はそこまで重要な人物では無いよ。まあ、そう各国に思われている事こそが、私の役目であるのだが……。そなたは実力を数値化して見る事ができるのだろう? ならば私がそこまでの実力者で無い事も分かってしまうのではないか? ――


 龍二の剣呑なセリフにも、ルキフグテスは爽やかな笑みを返していた。

 自らの力の無さを自嘲気味に語る目の前の王子の力量は、確かに逆立ちしても龍二に害を成せる実力では無かった。特殊な力も持っておらず、なぜ彼がアルムの代表と思われていたのか不思議に感じた程だった。

 しかしだからと言っても帯刀すらしていないのはどう言うつもりか。

 心が読めていると言うのに、逆に読めていたからこそ龍二は更に困惑を深める事になっていた。


 龍二の首に九郎の首枷が嵌っているということは、九郎は他の人には言っていなかった。

 だからこそ彼はこの場で龍二が襲い掛かってくる可能性も考えていた。

 なのにその心は波の立たない湖のように静かだった。自分の命が失われる可能性を考えていると言うのに、彼の心には何の憂いもなかった。

 

 ――心を読めるのだろう? ならばクロウ殿がいなければ私がどう考えていたのかも分かるのではないか? 父上とは違い私は本当に軽い神輿でね? いや、張子かな? ――


 そう言って笑っていたルキフグテスだったが、その割り切り様が龍二には末恐ろしい物にも感じられた。

 折角助かった自分の命を、次の瞬間平気で敵対者だった者の目の前に放り出す。

 今迄龍二が見て来た為政者達とはまったく別物の、滅私の王族と言う珍獣のような男を目にした気分だった。


 ルキフグテスが自らの命を晒して伝えて来た事。それは彼が予測した、龍二にこれから予想される未来に対する忠告だった。

 ただの親切心からでは無い。彼は最初に理由を述べている。

 しかしただ個人的な信用を得る為に、自分の命を鑑みない彼の行動は、龍二からしてみれば馬鹿げており、初見時に驚愕した彼に抱いたイメージとは真逆の物だった。


 心を見透かしていると言うのに、真意が掴めた気がしない。

 初めての経験に目を見開いていた龍二に、ルキフグテスがした忠告は二つ。


 一つはルクセン側が『勇者』である龍二の存在を疎ましく感じているだろうと言う事。

 人の心の奥底を覗ける龍二にとって、自分が色々と疎まれているのは分かっていた。

 心の奥底まで覗けてしまう龍二にとっては、ルクセンの為政者達は信用するに値しない。

 しかしどれだけ厚遇してもどの陣営にも靡かない龍二は、相手からしても面白くない。

 そこまでは龍二も把握していたことだ。

 しかしまさか、為政者側に利益を与え続けてきた自分が、「いずれ自分達の敵になるのでは?」と思われ、消されようとしていたとは、ルキフグテスの忠告を聞くまで龍二は考えてもいなかった。

 敵国に少人数で送り込まれた現状を考えれば、ルクセン側の思惑も分かろうものだが、自らの実力を過信していた龍二はそこまで考える事は出来なかった。


(陰キャは自分の事を鑑みれんから陰キャなんやで……)


 自分を俯瞰して見る事が出来るようになった今でも、客観的な自分の立ち位置に気が付かないのはもう笑うしかない。過去に自分がやらかした痛い行動。それが切っ掛けでイジメに発展した事を思い出して龍二は自嘲の笑いを溢す。


(しっかし、幾ら心が読める言うても謀略の類には全然役にたたへんなぁ……)


 心を読めるとは言っても相対した人物に限り、また大勢がいる場所では役に立たない『諦観モノローグ』。自分の与り知らない場所で計画される、謀略、策略には無力である。


 今回龍二にアルムの王族の暗殺指令が出されたのは、彼がアルム公国に入る直前。しかも人づての手紙だった。

 それではいくら龍二でも思惑を暴くことなど出来ない。手紙の出し主は端から信用出来ない人物だったが、それでも世話になっていた手前、協力しようとその依頼に乗った形だった。

 そもそも一介の高校生でしか無かった龍二が、政治的な駆け引き、謀略の類に後手を取るのも仕方のない事と言える。


 思えばルクセンの為政者、特に付き合いが長い人物は、龍二の『心を読む能力』に気が付いている節が感じられた。何故なら龍二を長く知る者ほど、直接龍二とは会おうとはしなくなっていたからだ。

 偉くなれば忙しくなるのだろう――そのように考えていた過去の自分が口惜しい。

 ルクセンの新たな為政者達にとって、後ろ暗い謀略すら見抜く龍二の存在は、国を手に入れた今となっては邪魔以外の何物でも無いのだろう。

 死んだら死んだで別に良い――今回の暗殺指令に込められた真相を鑑み、龍二はもう一度溜息を吐き出し、後ろを振り返った。


「なんでっ……なんでっ! お父様……」

「やはりルクセンは汚い……」

「はあ……お尋ね者とはねぇ……。元々大手をふって歩ける身じゃ無かったけど……」


 後ろでは三人の少女が口々に泣き事を呟いていた。

 三者三様の愚痴を溢す仲間の少女達の表情は、皆揃って曇っている。

 無理も無いと龍二も思う。

 王女様に自分達の出生の真実を知らされ、それだけでかなりのショックを受けていただろうに、その少女達を更に追い詰める今の状況。少女達に対しての情が薄かった龍二であっても憐れに感じてしまう。


「だいたいリュージがあんな報告書を書くから……」


 盗賊の少女、ピュッケが珍しく龍二に対して否定的な感情をぶつけて来た。

 この世界に電話などと言う便利な伝達方法など無い。しかし人の足の何倍も速い鳥送と言うものが存在していた。所謂伝書鳩のような物で、ルクセンの首都からアルム公国まで人の足では10日以上かかる距離も3日程度で飛ぶことが出来る。

 龍二はアルム公国の道すがらに書いた報告書は、既にルクセンに届いていることだろう。

 その内容は任務の失敗を告げるものであり、『不死の魔王』よりも恐ろしい者達の登場。流石に裏切りを持ちかけられている事は伏せていたが、あれ程の存在がいる国へと攻め入ろうとしているルクセンに考え直させる為にも、龍二は感じたままの恐怖を報告書にしたためていた。


「他にどう書けっつーねん……。まあ、報告書の返答がこれってのが、あの姫さんの言葉が正しかったつー証明なんやろなぁ」

「…………」


 龍二の言葉に、不満を口にしたピュッケは悔しそうに唇を噛んで俯く。

 龍二が嫌味と共に掲げたその手には、一枚の羊皮紙が揺れていた。

 先に報告書を飛ばし、ルクセンへと帰って来た龍二達を待ち受けていたのは、国中に張り巡らされていた手配書だった。


 ――あの『勇者』が魔族如きに恐怖し、逃げ帰って来る筈が無い! そもそも魔族に敗れたのなら、彼らが生きて戻れる筈が無いではないか。きっと彼らは魔族の邪悪な呪法により、操られてしまっている死者に違いない! 彼らの魂の安寧の為にも、彼らは見つけ次第、土に返さなければならない! ――


 ルクセンに入った龍二達一行が、最初の街で見たその張り紙。

 正直、龍二は乾いた笑いしか出て来なかった。


「何かの間違いですっ! お父様が私達を亡き者にしようとするだなんて……。きっとあの邪悪なアルム側の策略です!」

「ユーリも見たやろ? コレ……。発行元どこか、もう一度ゆうたろか?」


 仲間の中でルクセンの今の為政者を肉親に持つ神官の少女、ユーリが大声で泣き出していた。

 自身は真面目で敬虔な神官であり、父親も尊敬できる人物だと信じ切っていたユーリにとっては、父親から見捨てられたと言う現実は、今になっても受け入れがたい物なのだろう。


(まあ、別の奴らの仕業っちゅう線もあるけど……あの狸じじいの事やからなぁ……)


 ユーリの言う通り、疑った見方をすれば、ルキフグテスが龍二の信用を得る為に仕掛けていた謀略と考える事も可能だろう。

 しかしユーリの父、赤蹄神殿の神官長を思い浮かべて、龍二は自然と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまっていた。

 ユーリの父は龍二も見知った人物であり、ここ最近は龍二に会おうともしなくなった人物の一人でもある。わざわざ危険を冒して部屋を訪れたルキフグテスと比べても、明らかに疑う余地のほうが大きい。


 そもそも今回のアルム公国王族の暗殺指令を出したのは彼なのだ。

 そして龍二が報告書を送ったのも彼の元にである。

 龍二一行がルクセンに入った時には既に手配書が回っていた現状から考えても、自分達の暗殺指令を出したのが彼なのは間違い無かった。


 正直、ムカついている部分はある。

 あれだけ協力していながら一度の任務の失敗でこの仕打ち。彼の元まで出向いて暗殺しようかとも考えた。

 しかし、任務に失敗したことは事実であり、龍二はこれから本当にルクセンを裏切ろうとしている身だ。自分の『暗殺者』の側面を見ても、この結果は理解できなくもない。


「まあ、最悪は回避出来て良かったやん? 一応、引受先もあったことやし……」

「それは辺境伯の事を言っているのか? それともアルム?」


 パーティメンバーの中で唯一ルクセンの人間では無く、手配書自体にはダメージが少なかった騎士の少女、マリーシャが眉を顰めて尋ねてくる。

 手配書が回っているとは知らずにルクセンに入った彼らが最初に訪れたのは、アルムとの国境を隔てていた辺境伯領の街になる。

 狙われるだろうとは聞いていたが、流石にこれほど早くに行動に移すとは予想していなかった龍二は、瞬く間に兵士達に囲まれる事になってしまっていた。


 ルキフグテスが忠告してきた二つ目の未来。

 龍二が暗殺を成功しても失敗しても、ルクセン側は侵攻してくるだろうと言う予測。

 戦争の名を借りた粛清。その中に自分達も含まれていた事に言いたい事は山ほどあるが、それも外れてはいなかった。


 ――粛清対象には、辺境伯爵家が選ばれるだろう。――

 これもルキフグテスは予測していた事だ。

 龍二の恥ずかしい過去を暴いたアルム公国の姫君、ミスラの能力で、ルキフグテスは龍二以上にルクセンに詳しかった。

 革命軍側にはいたが、そもそも政治に興味が無く、その日暮らしをしていた龍二が知らないルクセンの内情を、彼は驚くほど詳細に把握していた。


 ただそのルキフグテスも辺境伯の性格までは見通せなかったようだ。

 九郎に負けてしまったとは言え龍二も『来訪者』。

 一般の兵士など物の数では無く、こうなった以上アルムに引き返そうかと龍二は考えていたが、結果的に争いは起こらなかった。

 辺境伯はかなり打算的な男で、龍二を捕えようとはせず、陣営に引き込もうとして来ていた。


「辺境伯な訳無いやん……。アイツ、戦いが終わったら俺ら裏切るつもりやで?」


 龍二はマリーシャの言葉に三白眼を更に半眼にして、せせら笑う。

 出会ったばかりの権力者の思惑も、龍二にとっては白日の下。

 遠く離れた場所で企てられる謀略には無力でも、面と向かって相対すれば、龍二に嘘は通じない。


「それに……別にこいつらはこわないし……」


 だから龍二は当初、辺境伯の提案は断る心算でいた。

 単体の強さで言えば九郎よりも遥かに手練れだろうが、兵士は斬れば死ぬし、炎も恐れる。

俯瞰ビューワ』で広範囲を把握できる龍二は、対多数であっても遅れを取る事も無く、また魔力も膨大なので辺境伯爵軍は恐れていなかった。

 逆に再び九郎と敵対し、あの決して死なない男と戦う方が余程怖い。

 加えて九郎の傍にいたアルトリアと言う女性と敵対するなど、以ての外と考えていた。

 

「ならとっとと、ここから離れよう! 危険は無いと分かっていてもこう、落ち着かないのだ!」

「そうもいかへんねん……。つーかえげつないわぁ……。あの姫さん、絶対ドSやでぇ……」


 なのに何故龍二が辺境伯軍と共にアルム国境を越えて来たのか。

 先日刻まれたトラウマからか、肩を抱いて身を竦めたマリーシャの訴えに、龍二も同じように肩を抱き身震いすると、半眼のまま小さな声で呟いていた。

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