第182話  所在の行方


「「…………で…………」」


 カクランティウスの迫力から解放された九郎とアルトリアは同時に顔を見合わせた。

 襲って来た野盗は朝日の光の中バラバラになってその屍を晒している。

 いまだに彼の本気の実力をしっかり見た事は無いが、その光景だけで恐ろしさは充分伝わっていた。


 それは野盗の中での唯一の生き残りとなった目の前の女性も同様だったようで、座り込みフルフル震えたまま顔を強張らせている。


「どうしよ……?」


 アルトリアが困ったように首を傾げた。

 九郎も渋面したまま天を仰ぐ。

 目の前で潰えそうになった命に思わず飛び込んでしまったが、二人してその先の展望を全く考えていなかった。


「このまま解放する……てのも問題有りそうなんだよなぁ……」


 天を仰いだまま腕組みして九郎が呟く。

 カクランティウスの言う通り、目の前の女性も野盗の一味であることは変わらない。一刀両断された自分の首のことを考えるに、人を殺める事も初めてでは無いだろう。

 カクランティウスが言った通り、自分達が見逃した後、再びこの女性が人を殺して行くのならそれはそれで寝ざめが悪い。どうしたものかと渋面したまま、九郎はしばし考え込む。


 朝日の中に座り込み、全く動かず震えている女性をもう一度良く観察してみる。

 汚れた黒髪を片方で束ねた若い女性だ。

 釣り目がちの大きな金色の目を一杯に見開き、口元を引きつらせている。

 首に鉄の首輪のようなものを付けているがその首輪から短い鎖が垂れている。

 胸は先程感慨に耽ったように、普通の大きさ。チューブトップのような衣装かと思っていたが、単に幅の狭い布を胸に巻いただけの、すぐポロリとなってしまいそうな危うい胸当てでしか無かったようだ。

 そのギリギリ胸を隠している布の下には、褐色の肌がまた続く。へそどころか鼠蹊部まで日に焼けた肌を晒し、ギリギリに継ぐギリギリの部分から褌のような前掛けが伸びていた。

 女の子座りとでも言えばいいのか、ペタンと座り込んだ女性の太腿が両方から伸びている事を考えれば、アルトリアよりも扇情的な格好だと言ってよいだろう。


「あ~! クロウがえっちな顔になってる~」

「!? ち、ちっげーよ!?」


 九郎が女性を観察しているとアルトリアがプクッと頬を膨らませた。

 彼女が触れないようにしながらも長い袖で覆い隠すようにしていたから、覗き込むようにしないと見えなかっただけだ。決して邪まな思いで鼻の下を伸ばしていたのでは無いと九郎は反論する。ただ、視線は泳いでしまうのは仕方が無い。

 女性を庇うようにしていたアルトリアの零れ落ちそうな胸の谷間が目に入ってしまうのだから。


「むぅ……! そうだっ!」


 九郎が自分の胸に照れているとは思ってもいない様子。頬を膨らませて九郎を上目使いで睨んでいたアルトリアが突然ポンと手を叩いた。


「この子使おうよ!」

「はぁ!?」


 突然何を言い出したのかと九郎が素っ頓狂な声をあげる。

 妙案を思いついたと顔を輝かせているアルトリアは、九郎に一度ウィンクをすると座り込んだままの女性に向き直る。そしてニコニコしながら女性に問いかけはじめた。


「ねえねえ、キミ名前は?」

「ひっ……」


 今迄全く蚊帳の外に置かれていた女性が、突然アルトリアに話しかけられ息を飲む。瞳孔が広がり、カチカチ歯を打ち鳴らしている所を見るに、相当に怯えている。


「ぬ~ん……。なんだか怖がられてる……」


 アルトリアが悲しそうに眉を下げ、それはそうだろうと九郎は引きつった笑みを浮かべる。

 パーティ全員が『不死者』であったから、アルトリアも自分の異常性をあまり意識しなくなっていたのかも知れないが、客観的に見れば自分達の晒した光景は出来の悪いホラー映像でしかない。

「カクさんがいっぱい殺しちゃったから……」とカクランティウスに責任を擦り付けようとしているアルトリアも、自分も恐れられる存在である事も少しばかりは思い出したのか、不安そうな顔で九郎を見上げてきた。


「クロウ、手を繋いでてね?」


 自分の存在を思い出し、寂しい気持ちにでもなってしまったのだろうか。

 アルトリアの言われるままに手を差し出した九郎。その手をいつものように胸に抱くのではなく、ギュッと不安を押さえ込むようにアルトリアは強く握った。九郎は僅かな立ち眩みを覚え、


「は? お、おいっ!?」


 次に彼女が取った行動に思わず声を上げていた。

 怯えて竦んでいる女性の頭をアルトリアが撫でたのだ。恐る恐るといった風ではあるが、アルトリアはゆっくりと女性の頭を触っていた。

 折角助けた命を『魔死霊ワイト』にしてしまうのかと九郎が顔を青褪めさせる。


「ひっ、ひぃ……」


 アルトリアの凶行を止められなかったと、顔を背け自責の念に苦面を浮かべた九郎の耳に、女性の慄いた声が聞こえた。

 驚いて女性を見ると、顔を引きつらせてはいたが、女性は黄色く変色している訳でも無く、ましてや虚ろなアンデッドに変わっている訳でも無さそうだ。その目に明らかな感情が見て取れて、どういう訳だとアルトリアに視線を移す。


「ほら~……。ボク怖く無いよぉ~。安全な『魔死霊ワイト』だよぉ」


 アルトリアはホッとした表情を浮かべて、震える声で女性に語りかけていた。

 自分の中に命が溢れ、女性の命を吸い取ることは無いと確信していても、カクランティウスのように『不死』でない者に触れるのは勇気がいったのだろう。

 その確認に罪を犯したであろう女性を使う・・ことに決めたのだろうか。

 なかなかに恐ろしい事を考えると九郎は顔を強張らせる。現在カクランティウスから生殺与奪を任された状態だとは言え、自分に相談も無く命のやり取りを行うアルトリアが少し怖く感じてしまう。


「アルト……相談も無しに、んな怖い事すんなよぉ……」


 思わず声にも出てしまっていた。共に行動する事を決めたのだから、簡単に人を殺すアルトリアは見たくはない。ところがアルトリアは九郎を見上げ、心外だといった表情を浮かべ、


「ボクはちゃんと確信あったもん! それにもしボクが抑えが利かなかったとしても大丈夫なように、ちゃんと保険も掛けてたもん!」


 握りしめている手をかざして反論してきた。

 強く握っている九郎の手を見せつけてきたアルトリアに、九郎はやっと納得する。

 保険――アルトリアは自制が効かなくても大丈夫なように、九郎の手を握っていたようだ。

 常に九郎に触れていれば、例え『吸収ドレイン』を抑えきれなくなってしまっても九郎ですぐに補充される。常に満タンどころか、常に溢れる状態にして女性に触れているのだから誤って女性を『魔死霊ワイト』にしてしまう可能性は無いと確信していたと――。


「触れるのは分かったケド、そっから先どうするつもりなんだ?」


 納得はいったが、自分の命を水道水のようにジャブジャブ垂れ流すのは……と九郎は憮然とした表情を浮かべる。しかし水道水よりも安価で、尽きることの無いモノなのだからと直ぐにその考えは無くなり、再度アルトリアに尋ねる。

 確認に使ったのだから、解放するつもりなのだろうか。しかし殺人を躊躇なく行うこの女性を解放してしまって良いのか、九郎もその判断に困っているのだ。

 アルトリアはそんな九郎を見上げてニヘラと緩んだ笑みを浮かべ、また女性に向き直った。


「キミ、名前は?」

「リ……リオ……」

「そうか~、リオね~。ねえ、リオ。ボクのお願い聞いてくれる?」


 ニコニコしながらアルトリアは優しげに女性を撫でている。

 大丈夫だと確信が有っても、人に、それも普通の人に触れる事が嬉しいのだろう。

 自分の手の感触を噛みしめるように、女性の顔を撫で繰り回し、緩んだ表情のまま首を傾げた。

 その言葉にリオと名乗った女性は、強張った表情のままカクカク頷いた。


「わ~い。助けたかいがあったね?」


 蕩けそうな笑顔のままアルトリアはまた九郎を見上げる。

 リオの様子はどう見ても恐怖から頷いたようにしか見えない。ヤクザの事務所で同意を求められている様な現状のリオに少し同情してしまう。

 それはともかく、名前を聞けたことが「助けた甲斐」になるのだろうか。九郎が訝しんだ表情を浮かべたその時、アルトリアが口を開き――


「じゃあ、リオ。ここにいるクロウに抱かれたいって思ってよ! ってわぁっ!?」


 続くアルトリアの言葉に九郎は思わず手を引いた。


「アルト~?」

「な、何かな?」


 言葉が継げないといった感じで口をパクパクさせる九郎の視線から、アルトリアはツイと目を逸らす。


(――――何を言い出しやがんだっ!? このエロ娘はっ!!)


 九郎の言外の咎めに、アルトリアは素知らぬ顔で恍けていた。


☠ ☠ ☠


「そーゆーのは違うだろぉぉぉぉん!? 言われて出来るんなら、娼館でクリアになってるだろぉぉぉん!?」

「で、でもっ……ほらっ? 命の恩人じゃない、ボクたち……」

「命の脅威も俺らだよっ! こんな見え透いたマッチポンプ見た事ねえよっ!」


 朝日の照らす砂漠に九郎の情けない告白が轟く。

 アルトリアの『使う』の意味がやっと分かった。

 簡単に解放することも出来ない、目の前の犯罪者の女性。リオを九郎の『禁忌の解除』に使おうと思いついたようだった。


「だって……このままじゃクロウはずっとボクとえっち出来ないじゃない……」


 九郎の剣幕にアルトリアが悲しそうに俯く。

 言い過ぎたかと九郎が眉を下げるが、そうでは無いと気を持ち直す。


「だからって強制しても意味ねーんだよ! こーゆーのは時間をかけて、『あっ……この人良いな……トゥンクッ』ってなってからじゃねーと駄目なんだよ!」

「え~!? ボク、直ぐにクロウに抱かれたいって思ったよ?」

「お前は別だっ! このエロ娘っ!」


 九郎のセリフに真っ向から異を唱えてくるアルトリアに渋面しつつ言い返す。

 そう言えばシルヴィアも初対面では無いにしても、最初から抱かれたいと思ってくれていた。

 その時はただの行きずりとしての思いだったが、シルヴィアもアルトリアも自分に最初から悪感情を抱いていなかった事に気付く。

 対して、目の前のリオはと言うと、初対面であり、敵方から始まった出会い。そしてお互いを良く知る前に自分の『不死』を見られてしまっている。

 どう考えてもマイナススタートだ。ただでさえこの世界のモテる条件から離れている九郎に、抱かれたいと思う訳が無い。そう思っていたのだが……。


「そ、それでアタシは助かるのか……」


 言い合いを始めた九郎とアルトリアの背中に上擦った声がかかった。


「もとから殺すつもりなら、庇ってねえ……ブッ!?」


 顔を強張らせたまま、リオは胸を覆っていた布を解き放っていた。

 大きくも無く、小さくも無く……形の良い膨らみが目の前に映し出され、九郎が目を丸くする。

 難なく胸を晒したリオに九郎の目が点になる。その顔に羞恥の色は見えず、抵抗する様子も見えない。

 ただ少しの嫌悪が見えることから、またもや好感度がマイナスに減ったと九郎が渋面する。


「ほら、この子も思ってくれてるって? ねぇ?」


 自分以外の女性が意中の男に肌を見せつけて何とも思わないのだろうか。

 アルトリアは気色ばんだ顔で、ニコニコしながら九郎を見つめていた。


まだ・・俺の魅力が足りてねえなぁ……)


 この世界の倫理では男が複数の女性を抱く事が普通なのかと思ってしまうが、アルトリアが別の可能性の方が大きいだろう。彼女はまだ自分に惚れている訳では無く、ただヤリたいだけなのだ。

 自分がカクランティウスにときめいた事を浮気と称した事からも、それなりの倫理のある世界だと考えらる。男と女とではまた違うのだろうかとも考えるが、それより何よりヤリたい気持ちが先行しているようにしか見えないアルトリアに、九郎は少し消沈した。


(嫉妬されても困るっちゃ困るんだけど……)


 そうは言ってもなぁ……と九郎は頭を掻く。5人に本心から抱かれたいと思われなければ誰とも出来ない体。思う度に難儀な『禁忌』だと苦虫を噛み潰し、溜息を吐く。


「と、とっとと抱いて終わらせてくれ……」


 リオはそんな九郎に怯えた視線を向けながらも、腰の布を外そうとしていた。


「ま、待ってくれっ! 今抱くって訳じゃねえんだっ! つーか忘れてくれっ! 俺はそんなこと望んでねぇっ!」


 九郎が思わずその手を止めようと動く。

「え~?」というアルトリアの言葉は無視する。


「ひっ!」


 怖気の走った声がリオから漏れた。

 ギュッと目を瞑り、動きを止めたリオに九郎も動きを止める。


「ち、違う……。嫌がって無いっ! ご、ご主人様……どうか汚れた体で良ければお使い下さい……」


 動きを止め、顔を強張らせた九郎の目の前でリオは腰布を解いた。そしてそのまま足を開き――。

 反射的に九郎は傍のベッドのシーツを掴み、リオの体に放り投げていた。


「アルト…………」

「ごめんなさい……」


 九郎は苦しげに呻く。

 アルトリアも自分がリオに何をさせようとしていたのかを、やっと自覚した様子だ。眉を下げ、泣きそうな顔で袖を握って項垂れている。

 悪漢からの暴行にさえ僅かな希望を見ていたアルトリアには、思い至るのが遅れたのだろう。

 望まない逢瀬。その悲惨さをまざまざと見せつけられた気分だ。


 光を失ったリオの金色の瞳が痛々しくて見ていられない。

 その光を失わせたのが自分達だと思うと、尚更に罪悪感に苛まれる。


「ごめんなさい……。ボクの言った事忘れて……。ごめんね……」


 罪に押されるようにアルトリアがリオに頭を下げた。


「ドウスルカ決マッタノカネ?」


 打ちひしがれ項垂れた二人の心にカクランティウスの声が響いていた。


☠ ☠ ☠


「フム……良イ案ダト思ウガ?」

「「カクさん!?」」


 カクランティウスの前に二人して正座し、どうすればよいのか助言を求め、同時に反省を表す。そして返ってきたカクランティウスの言葉に二人して目を剥く。

 彼の信念を曲げさせリオの命を庇ったと言うのに、先の展望が全く無く、怯える瞳にも耐えられずにどうしたものかと相談した後の事だ。


「サスレド貴殿達ハソノ女ヲ殺セヌノダロウ? ナラバ連レテイクシカアルマイ」


 あっけらかんと言い放ったカクランティウスの言葉に九郎は項垂れる。

 確かにリオがこの先殺人を犯さぬようにするには、自分達が見張っているしかない。しかしあれ程恐れを見せている娘を無理やり引きつれていくのもと顔を歪める。


「吾輩ハ慈悲ノ先ニ失ワレル命ニマデ責任ヲ感ジル。くろう殿モ後悔シタコトガアルノダロウ? ナラバ後悔セズニスム方法ヲ取ル他アルマイ?」


 至極尤もな意見だ。この先彼女が無辜の人々を殺さないようにするにはどうやっても解放するのは難しい。言い含めてその通りにしてくれるのなら問題無いだろうが、それも希望的観測でしかなく、先に失われる命を考えればおいそれとも選択出来ない。


「ソレニくろう殿ガソコノ娘ニ惚レラレレバ良イダケダ。今ハ怯エラレヨウトモ、貴殿ニトッテモあると殿ニトッテモ必要ナ事デアロウ?」


 無い目を瞑るような仕草でカクランティウスが言う。

 そんな簡単にはと九郎が言いかけるが、カクランティウスの目の無い瞳に見据えられたような気がして口を噤む。

 その落ち窪んだ眼窩に宿る強烈な気に気圧された。

 見逃すのならば責任を持てと言う彼の言葉が聞こえた気がした。

 弱音を吐く事を許さず、選んだ命の先に対しての責任をカクランティウスは求めていた。


 朝日の前に彼が浮かべた笑みの理由が分かった気がした。

 九郎の選んだ選択は面倒臭く大変な道だと、カクランティウスは分かっていたのだろう。


「ソレトモ後腐レナクココデ始末シテイクカネ?」

「分かった! 分かったから、俺が魅力全開で何とかするっ!」


 カクランティウスが腰の剣に手を掛け、九郎が慌てて叫ぶ。

 カクランティウスの判断は殺すか、九郎が面倒を見るかの二択であるように見えた。

 最初からほっぽり出す事は許さないつもりだったのだろう。


「ソコノ娘。コチラニ来ルガ良イ」


 九郎の言葉にカクランティウスは鷹揚に頷き、シーツを被ったリオを呼ぶ。

 リオがビクリと体を竦ませ、泣き出しそうな顔でカクランティウスを見やる。

 彼女の一番の恐怖の対象は、仲間全てを一瞬で屠り、自分にも剣を向けてきたカクランティウスなのだろう。

 しかも今は顔が髑髏と、一行の中でも一番恐ろしい姿をしている。


「来イ!」

「は、はいっ!」


 震えて動けないといったリオにカクランティウスの怒気が飛んだ。

 九郎とアルトリアも同時にビクつく彼の強烈な怒気に、リオは弾かれたように飛んできた。

 逃げ出そうとしても逃げられない事など分かっているのだろう。

 顔を強張らせ恐怖に身を竦ませながら、カクランティウスの前に跪き頭を下げる。

 どうでもいいが何故シーツを持ってこないと九郎が苦面する。

 全裸の女性の土下座は見ていて心臓に悪い。


「りおト言ッタナ?」

「は……はい……」


 カクランティウスの問いにリオは消え入りそうな声で答える。

 決して地面から頭を離さないのは、畏まっているからでは無く、恐怖から目を逸らしているからだろう。


「オマエノ身ハココニイルくろう殿ガアズカル。異論ハナイナ?」

「そんな……出来る訳ないじゃない……」


 カクランティウスの決定に意外な反応が返っていた。

 リオは悲壮な顔に絶望を乗せ、顔を真っ青に染めながらもきっぱりと言い切った。

 まさかこの状況でリオが反論するとは思ってもおらず、九郎もアルトリアも目を瞠る。

 カクランティウスでさえその言葉は意外だったようで、口を開けたまま固まっている。


「ナ、何故出来ナイノカ……理由ヲ述ベミョ……」


 やっとといった体でカクランティウスが口を開いた。舌も無いのに噛んだ。

 威厳が半ば消えかけているから、彼もそれほど威張ることには慣れていないのかも知れない。


「あ……アタシはこの通り奴隷なんですっ! この男に付いて行く事が出来ません」


 九郎をチラリと身ながらリオは頭を下げて言った。

 自分の命を握られているからか、その言葉も必死さが伺える。

 首に嵌った鉄枷を晒し、必死に訴えるその意味が分からずカクランティウスが首を捻る。


「奴隷……奴隷デアルコトガ問題トナ?」

「この首輪は奴隷局で管理されてるんだっ! 街から離れすぎちまうと首が飛んじまうんだ! アタシは街から離れる事が出来ないんだっ!」


 必死すぎて言葉使いも荒っぽくなっているリオ。

 話を要約すると、彼女は奴隷の身分であり、首輪で管理されているとの事だ。

 首輪は外そうとしたり、街から逃げ出そうとするとその首を落とす仕掛けが施されているらしい。

 それどころか主人の意に逆らえば首が落ちる事になるから、早く奴隷局という場所に出向いて今の主人が死んだことを伝えなければとリオは必死で訴えていた。


「仕方ナイ……。取リアエズ、街ニ行カネバナラヌヨウダガ……。サテドウシヨウカ……ナァ……?」


 話を聞きながら、カクランティウスは困り果てた様子で徐々に小さく萎んでいるようだった。

 自分も意見を言った手前、彼もリオの命に責任を持ったのだろう。しかし街に入るには、九郎達はあまりに大きな難題を幾つもかかえている。

 自分もその問題の一つであることを自覚しているのか、カクランティウスは情けない声色で九郎へと視線を向け、今は無い眉を下げたように見えていた。

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