第071話  恋心

「本当にどうしようもない親で申し訳ありません……」


 黒い煙でも吐き出すかのように疲れた顔でレイアが愚痴る。

 火曜サスペンス並みの衝撃的な幕引きで、レイアの両親との面談を終えた九郎達であったが、犠牲者となったレイアの両親を部屋に残したまま、今日から暫く滞在する部屋へと案内されている。


「レイア、負けないでね。一緒に頑張りましょう!」


 結婚する事が嫌で家を飛び出したベルフラムはレイアが何度も望まぬ婚姻を結ばされそうになっていながら、それを尽く実力で退けてきたのだと知って、レイアの株が急上昇中のようだ。

 胸元で両拳を握りしめ、フンスッと気合を入れている。


「手加減を具申する次第であります! レイア様!」


 きりっとした顔で手を上げて情けない言葉を放つ九郎。

 いきなりレイアとの婚姻を勧められて驚きのあまり動けなかった九郎だが、この後予測される事態に冷や汗が流れる。

 いきなり結婚と言われて戸惑う年齢ではあるが、九郎はレイアには惚れている。

 しかし乗る気を見せた場合に待ち受けているのはレイアとの勝負であり、九郎には一度もレイアに触れる事すら敵わぬまま打ち据えられる未来しか見えていない。

 レイアの両親は九郎の体に傷が無い事を理由に、九郎がレイアとの訓練時に手加減をしてレイアに花を持たせていると考えているようだが、そんなことは無い。

単に九郎の『神の力ギフト』、『フロウフシ』の能力で傷が直ぐに治るだけで、もしこの能力が無ければ、九郎の体は常時ミイラ男の有様だ。

 勝てないと分かっていても、惚れた女の両親の前でボコられる様はあまりにみっともない気がして、九郎は程々の力で打ち据えてくれるようレイアに頼む。

 それはそれで情けないとは思わないでもないが――。


「それですよ。クロウ様は今迄私との鍛錬では手加減されていたのですか?」


 九郎達の前を歩いていたレイアが立ち止まり振り返ると、半眼で九郎を睨んで来る。どこか拗ねたような怒っている様なレイアに、九郎が両手を前に焦った様子で振る。


「手加減なんかできるほど俺は剣が得意じゃねーよ。買いかぶり過ぎだっ!」


 こと木刀での対決で九郎がレイアを倒せる未来が思い浮かばない。

 力は人並み以上に持ってはいるが、魔力で体を強化したこの世界の戦士に九郎は触れる事も出来ない。

 例えレイアでは無く、親の仇だったとしても自分が傷つき血を流さなければ相手に有効打を与える事が出来ない九郎にとって、攻撃力の低い木刀同士では手も足も出ないだろう。

 相手を殺す覚悟さえあれば毒や炎で何とかなるかも知れないが、レイア相手にそんな事を思う訳も無く、結果『試合の形式』である以上、九郎は無尽蔵の体力に任せて相手が疲れるのを待つ方法しか無いのが現状である。


「レイアはクロウとは結婚したくないのよね? ならクロウが負けてあげれば良いじゃない」

「負けてあげなくても負ける自信があんよ……」


 結婚などは考えた事も無いが、惚れた女が頑なに結婚を拒んで来るのには、多少来るものがあり九郎が眉尻を下げる。


「別段クロウ様を嫌っている訳では無いのですが……結婚となると早急すぎて……」


 落ち込む九郎の様子にレイアが消え入りそうな声でそう呟く。本人に婚期が遅れて今の状況になっている自覚は無いようだ。


 殆んど聞こえない程のか細い声だったが、九郎の耳にやけに大きく残るレイアの呟きに九郎のテンションが奈落から天上へと急上昇する。

 嫌われているとばかり思っていただけに、レイアの少し怒ったような照れた様な赤い顔が殊更眩しく見えてくる。

 そう思えば、レイアの態度は以前と比べてかなり温和になってきている。

 どこか壁があると感じていた距離がここ最近はぐっと近くに寄って来た感じがする。


(何がきっかけだった? 蜂蜜のシャーベットの時か? それとも湖の件か? 何処でフラグがたったんだ? しっかし、これはチャンスだ! 焦んじゃねえぞ俺! ゆっくり、ゆっくりと攻略していかねえとレイアの気質じゃ直ぐに逆戻りしちまう可能性もある! ……しっかし体張った甲斐があったなぁ……)


 万感の思いに九郎が打ち震える様を見て、ベルフラムが怪訝そうに九郎を見上げる。


「クロウ? 大丈夫よ。あなたは私の英雄よ?」


 どうやらベルフラムにはレイアの呟きは聞こえなかったらしい。

 九郎がレイアに勝てない事を悔しがっているように思えたのか、ベルフラムは慰めるように九郎の手を握る。

 少女の健気な気遣いに九郎は苦笑しつつ、くしゃっとベルフラムの頭を撫でる。

 ベルフラムは九郎の『神の指針クエスト』である『10人分の真実の愛』を集めるなければならない事も知っているので、レイアとの仲が上手く行かなくて九郎が落ち込んだと思っている様子だ。

 慕う素振りを見せているし、時折嫉妬も覗かせるが、ベルフラムは九郎が多くの人に『想いを寄せられる事』には協力的な姿勢を見せる。

 どういった心情から来ているのかは分からないが……ベルフラムなりの恩返しのつもりなのかも知れない。

 そんな考えを思い浮かべながらベルフラムの顔を見ると、ベルフラムはまた子ども扱いされたと言わんばかりに剥れていた。


「こちらがベルフラム様のお部屋になります。クロウ様は右隣りの部屋、クラヴィスさんとデンテは左の部屋を使ってもらう事になっています。私は自室が残っていましたので、奥の部屋となりますが御用が有ればなんなりとお呼び付け下さい。屋敷のメイドにも言い聞かせて有りますので……」


 広い屋敷を進んで暫くするとレイアが立ち止まり扉を開ける。

 ベルフラムの部屋と言われた場所は、客室だと言っていたがかなりの広さの部屋のようだ。

 暖炉も備えられており、清潔そうなシーツをかけられた大きめのベッドと、ガラスを被せられた暖かな光を放つランプ、小さな丸いテーブルと椅子まである立派な部屋であった。

 普段廃屋で、隙間風の吹き込む閑散とした部屋にキングサイズのベッド一つだけと言う環境で暮らしている九郎は眼を丸くする。

 急遽整えられた為装飾の類は見受けられないが、昨日泊まった宿など比べ物にならない。

 そして何より久しぶりの一人の部屋に九郎は興奮を隠せぬ様子で隣の扉を開ける。

 九郎の部屋は暖炉こそ無かったが、その他はベルフラムの部屋と何の遜色も無い立派な物だ。

 寒さなど何の痛痒も感じない九郎にとって、暖炉は使わないので無くても何の問題も無い。


「レイア……私クロウと一緒がいい……」


 久しぶりの一人部屋に歓喜の表情を浮かべる九郎とは反対に、ベルフラムは不満気な顔でレイアに訴えていた。長年孤独を募らせていたベルフラムは、未だ一人では熟睡できないといった所だろうか。

 九郎とレイアが困った顔を見合わせる。


「まあ、ベルやあいつらクラヴィスたちくらいなら問題ねえか……」


 九郎が頭を掻きながら、上目使いで見上げてくるベルフラムの頭に手を置く。

 クラヴィス達も見知らぬ屋敷で寝るとなると、不安を募らせるだろう。

 レイアと同衾しているなら九郎も熟睡出来る気はしないが、九郎は少女趣味ロリコンでは無いので別段ベルフラム達と寝た所で問題など起き様が無い。

単にベッドが狭くなる位なのでと肩を竦める。


「ベルフラム様、ダメです」

「どうしてよ!」


 しかし、同じく困った顔をしていたレイアは九郎の言葉を却下した。

 いつもならベルフラムの希望は叶えようと奮闘するはずのレイアから、否定の言葉が出た事にベルフラムは驚きの声を上げる。


「ここには私達の他にも人が大勢勤めております。私はクロウ様がベルフラム様達に不埒を働くとは思っていませんが、事情を知らないこの屋敷の者達にはそうは見えません。せめて屋敷に滞在している間は自重してください。そもそもここへ来たのはクロウ様の無実を証明する為に来たのですから……」


 貴族の娘の純血を散らした罪で処刑されようとしている九郎と、共に寝ていれば言われぬ誤解を生む。仮に九郎に全くその気が無くても、周りからすればそう見られてしまう。


「………そ……そうよね……」


 ベルフラムはレイアの言葉に不満そうだが、それでも納得はしたようだ。

 ドレスの裾をギュッと握って俯き加減に声を絞り出す。

 他人が嫌な噂するのなら聞こえない所へ行けば良いとばかりに、屋敷を飛び出し廃墟に居を構えたベルフラムだったが、その結果九郎に謂れの無い罪を被せてしまった。

 その事はベルフラム自信が一番痛感しているので、我儘は言わないとばかりにコクンと頷く。

 ベルフラムの言葉にレイアは小さく息を吐き、優しげな眼を向ける。


「なので……夜は部屋の壁下にある暖気用の穴を使ってください。くれぐれも他の者に見つからないようお願いします」


 レイアの言葉にベルフラムが顔を上げる。

 レイアはベルフラムに与えられた暖炉のある部屋に入ると、九郎の部屋との壁の一部に手をかける。

 カコンと小さな音と共に壁の一部が外れ、四角い穴が出来た。

 ベルフラムの部屋を中心に両隣の部屋にも暖炉の熱を分けるための小さな穴が作られていたのだ。

 薪の貴重なこの地域ならではの部屋の構造なのだろう。

 大人では到底潜り抜けることは出来そうにないが、ベルフラムやクラヴィス、デンテ等の小さな少女なら通れる大きさだ。


「レイアっ!!」


 ベルフラムが嬉しそうにレイアの首に抱きつく。

 今迄一度もベルフラムからは抱きつかれた事の無いレイアが、驚いた顔で狼狽えていた。叱られ諭されてばかりだったレイアにとってベルフラムの抱擁は驚きと共に万感の思いだったのだろう。

 あわあわと宙を舞う手がゆっくりとベルフラムの背中に回る。


「クラヴィスさんに感謝ですね……」


 小さく呟いたレイアの顔には、万感の思いが見て取れた。


☠ ☠ ☠


「よかったですねレイアさん」


 ベルフラムに感謝されたと嬉しそうに話すレイアに、クラヴィスも嬉しそうに微笑む。

 先程ベルフラムから初めての抱擁を味わう事が出来たと、レイアはクラヴィスに報告した。パタパタと忙しそうに大量の薪を運んでいたクラヴィス達は、足を止めてレイアの報告を聞いている。

 最初、屋敷のメイドが仕度した部屋は、レイアの隣の部屋にベルフラム。今のベルフラムの部屋が九郎。クラヴィス達はメイド達が住む三階の部屋だった。

 普通に考えて未婚の女性と男の部屋を隣同士にするとは屋敷のメイドも思いもしないのだろう。

 しかしベルフラムの事を誰よりも良く見ているクラヴィスは知っていた。

 ベルフラムは自分たちといる時は毅然とした態度を見せるが、九郎の傍でのみ安心した表情を見せる事を。自分たちと午睡していても何処か気を張っていると言うか、物音一つで目を覚ますほど眠りが浅い事を。一人になるととたん誰かを探すような素振りを見せる事を。


 クラヴィスはベルフラムの強さに尊敬の念を抱いていたが、同時にベルフラムを何処か儚げにも感じていた。

 ずっと浮浪児として人の感情に縋って生きぬいたクラヴィスは、人の感情の機微に聡かった。

――ベルフラム様はクロウ様と一緒でないと眠れない―――

 部屋を仕度する為にメイド達に連れられたクラヴィスは、レイアにそれとなく何とかならないか聞いていたのだった。


「あなた達にも窮屈な思いをさせてしまいます……」


 微笑むクラヴィスにレイアが頭を下げる。

 クラヴィスもデンテも今は頭に白いヘッドドレスを付けている。

 いつもなら外に出されている尻尾も今はスカートの下に収められ、穴の部分は白いリボンで隠されていた。


 獣人蔑視の強いこの国で、上流階級に勤めるストレッティオ家のメイドに侮蔑的な視線を受けた事もクラヴィスはレイアに伝えていた。

 クラヴィス自身は別に誰に蔑まれても気にはしない。

 今迄散々蔑まれて生きてきたのだ。この国の獣人蔑視には嫌気がさすほど晒されてきた。ベルフラムや九郎が自分たち姉妹に全く蔑視の感情を見せない事の方が稀有な事も良く分かっている。この二人がいればクラヴィスは誰に蔑まれようとも気にすることは無い。


 なのに自分たちが晒された視線をレイアに伝え、窮屈な思いをして尻尾や耳を隠すのは当然ベルフラム達の為だ。ベルフラムも九郎も自分が侮られる事など一向に気にしないが、逆に屋敷の者を侮辱される事には怒る。

 クラインに侮辱されたクラヴィスとデンテを庇い怒りを露わにしたベルフラムや、ベルフラムの蔑称を口にした客に剣呑とした表情を見せた九郎。

 陰口などは聞かなければ問題無いだろうが、レイアの両親であるストレッティオ夫妻から自分達を貶める言葉を聞いたベルフラムは間違いなくこの屋敷を出て行く決断をすると容易に想像がついた。

 だから多少窮屈だろうが、尻尾を隠し耳を隠すようにしているのだ。


「気にしないでくださいです。私達の部屋も隣にしてくれたんですから」


 頭を下げたレイアにクラヴィスが嬉しそうに答える。

 まさか自分たちの部屋をベルフラムの隣、しかも暖気用の穴から移動できる部屋に変えてくれるとは思っていなかった。

 そもそも部屋がある生活の方が短いくらいクラヴィスとデンテは冷たい大地で生活してきた。ベッドで寝る事もベルフラムに出会ってからしか経験しなかったのだから、例え厩に案内されようとも疑問に思うことも無かったとレイアに笑いかける。


 レイアは目の前で嬉しそうに笑っている獣人の姉妹に目を細める。


(クラヴィスさんも凄い・・ですね……)


 九郎に嫉妬しクラヴィスに度々窘められていたレイアは、短い生活の中でもクラヴィスに尊敬の念を抱いていた。

 ベルフラムに向ける尊敬とは違い、ひたすらに主の為に自分に出来る事を探すクラヴィスに同じ道を志す同士に向ける尊敬の感情。

 自分の半分しか生きていない小さな少女にこれ程の念を抱くとは思ってもみなかった。

 以前口に出して尊敬の念を伝えたが、その理由にこの少女は気付いているのだろうか。

 この賢い少女はレイアが思っている以上に周りを、ベルフラムの周囲の気配に敏感に反応し、どうすればよいかを考えて行動している。

 レイアの微笑みにデンテと喜び合っていたクラヴィスは、何か気付いたのか照れくさそうに頭を掻く。

 そしてレイアの傍に寄って来ると口元に手を当て、内緒話でもするような仕草でレイアを呼ぶ。

 何か他に気に成る事があったのかと、レイアが表情を引き締めレイアの傍に屈み耳を傾ける。

 そんなレイアにクラヴィスは悪戯っぽく笑う。そのようなクラヴィスの表情など初めて見る。訝しげにしていたレイアの耳元でクラヴィスが小さな声で囁く。


「でも良いんですか?」

「何がです?」


 どこか楽しげなクラヴィスのセリフにレイアが疑問符を浮かべる。


「レイアさんは一緒じゃなくて良かったんですか? ……クロウ様と」


 瞬間レイアの顔が赤く染まる。

 この人の感情の機微に聡い少女はレイアの感情の僅かな揺らぎも捕えていたようだ。


「にゃ、にゃにおっ……」

「あれ? レイアさん猫の獣人でしたです?」


 明らかに狼狽えてしまった。レイアが動揺を見せた事を面白そうに見上げるクラヴィス。その表情は年頃の少女が見せるからかいと、興味の混じった笑みだ。


「な、何を言っているのですか?! クロウ様と寝ているのはベッドが足りないからであって、ベルフラム様のお側にいる為で……」


 レイアは自分でも何故動揺しているのかさえ分からず、上ずった声で否定の理由をあげる。

 何も間違っていない。レイアはベルフラムの側にいる為に皆で一緒に寝る事を許容したのであって、九郎と寝る事を望んでいる訳では無い。その経緯はクラヴィスも知っているはずだし、何を言っているのかと抗議の視線を向ける。


「んふふ~。レイアさんも私が言った事を実感してくれたようで嬉しいです~」

「な!なな何の事を言って……。かかかか、からかわないでください!」


 クラヴィスの言葉の意味を理解しながらも、そんな事は無いと自分の中で否定する。しかしながらレイアの瞳は嵐の海もかくやと言う程泳いでいる。


「そそ、それにゅいっ! ベルフラムしゃまはクロウしゃまの事をっっ……」


 舌が上手く回らない。動揺を必死で抑え込もうとしながら、レイアは何故こんなにも必死になっているのかと自分の心が波打つ感情に理解が出来ないでいる。


「あれ? レイアしゃんデンテとおんなじ喋り方でしゅ?」

「レイアさん、心配しなくても大丈夫ですよ? ベルフラム様はいつもクロウ様を沢山の人に好かれる英雄にしたいって私達に言ってますです」


 本人に自覚が有るのかは分からないが、3人の主であるベルフラムの九郎に対する好意と言うものは、傍から見ていると中てられるくらいに分かりやすい。しかし普通なら好きな男性を独占したくなるだろうに、ベルフラムは何故か多くの女性が九郎を好きになる事を望んでいた。

 尊敬の念はともかく、主の思い人に対して女である自分たちが好意を向けるのはいかがなものかと思い悩んだが、「クロウにはたっくさんの『愛』が必要なのよっ!」とはベルフラムの言葉である。

 クラヴィスもデンテもこの言葉で九郎への好意を隠さずに接する事ができていた。もっともクラヴィス達の好意は男女のそれではなく、敬愛の情ではあったが……。


「たた例えベルフラム様がそう仰っていてもっ……私がクロウ様と寝たいだなんてっ……。クラヴィスさんがそう思ったのは……最近私も環境に慣れたと言うか……」


 レイアはあたふたとしながらも、この少女は何処まで気付いているのかと若干恐ろしい気持ちになっていた。

 自分の感情の変化に自分でも戸惑っている最中だというのに、その僅かな変化で年端も行かない少女に見透かされている気がして焦る気持ちが止められない。

 一見頼りない風貌の九郎。体格も雰囲気も全く強そうには見えないこの男が、自分の大事な主を何度も救い、自分さえ救ってくれた事にレイアは九郎に信頼を置くに至っていた。

 それはレイアが今まで出会った男性、親が紹介してくる許嫁の男には持たなかった感情だ。

 そして今日の親の言葉でレイアは自分の中の感情を驚きと共に自覚した。

 自ら死を覚悟した後でさえ救い出してくれた九郎に、レイアはほんの少しの恋心を抱いていたのだ。

 自分でさえ自覚できなかったほどの仄かな恋心に、クラヴィスは気が付いていたのだろうか。


 嬉しそうに微笑む腰ほどの背丈の少女が、何故かとても大きく見える。

 レイアとて主であるベルフラムが九郎に懸想していることくらい気付いている。

 と言うよりベルフラムの気持ちに気が付いていないのは当のベルフラムくらいで、アルバトーゼの街の人々すら知っているだろう。幼い少女が抱いた初めての恋心は傍から見るとそれはそれは分かりやすい。


 レイアは、剣の修行に明け暮れ恋愛などとんと興味が無かった自分も、傍から見るとそれ程分かりやすいのかと狼狽える。

 そんな焦りとも羞恥とも思える様相で顔を赤く染め、あわあわしているレイアにクラヴィスはもう一度悪戯っぽく微笑むと再度レイアの耳に囁きかけた。


「守られるって結構つらくて……嬉しいものですね……でしたっけ?」

「ぴゃっ!? ~~~~~~~~!!」


 瞬間レイアは顔だけでなく全身が沸騰するかのように真っ赤に染まる。

 声にならない声を上げ、焦りと驚きで頭が回らない。


「ききききき聞いていいいいたののののでですかかか?」


 レイアの表情は狼狽えるどころか涙目だ。

 両手が所在無く動き、目を回す勢いできょろきょろと動いている。

 クラヴィスが言ったセリフは、レイアが眠っていたであろう九郎に対して呟いた弱気になっていたレイアの小さな本音……九郎に僅かな恋心を抱いた瞬間の言葉だった。

 凍る湖に長時間さらされたレイアの命を繋ぎとめるために、肌を合わせて暖を分け合ったあの時。自分が死んでいると勘違いし、ポロリと零れたレイアの言葉をクラヴィスは聞いていたようだ。

 眠っていたとばかりに思っていたクラヴィスはどうやら起きていたらしい。

 そこから聞いていたとなると、あの時の九郎との会話や行動全てが見られていた事になる。

 そう思い至ったレイアは、涙目になりながらクラヴィスの肩を揺さぶる。


「んふふ~。あの時のレイアさんとっても可愛かったですよ?」


 クラヴィスは片目を瞑って人差し指を唇に当てると、にんまり笑ってその指をレイアの唇に添える。


「~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」


瞬間、レイアの声にならない悲鳴が屋敷に響き渡った気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る