第053話  処刑場へ続く道


 早朝のアルバトーゼの街の東、崩れかけた屋敷の玄関で荷物を運ぶ者達の影が長く伸びる。

 うっすらと雪が積もった玄関先に一台の荷車が置かれていた。


「ベルフラム様……」


 次々と荷物が運ばれる中、クラインは不安気にベルフラムに声を掛ける。

 メイド服の上から毛皮の服を着せられた小さな少女達に指示を出しながら、自身も荷物を積み込んでいた赤い髪の少女が、胡乱げな瞳をクラインに向ける。

 その辺の街娘の様な格好の上から同じく毛皮の服を着こんだベルフラムの姿はとても領主の姫君とは思えない格好で、クラインは吐き出される息が胸の奥底から漏れ出ている感覚を感じる。


 九郎の死刑の報告を聞いてから2日目の早朝、ベルフラム達は旅に必要な物を買い集め出発の準備に取り掛かっていた。

『風呂屋』で稼いだ金で防寒具を揃えるのは中々手痛い出費だったが、毛皮の服は布の服程高価で無かったのは幸運だった。


 クラインが馬車の用意をとベルフラムに提案したが、「屋敷を出たのだから援助は受けない」と却下している。これから父親に絶縁状を叩きつけるのに、そこまでの道中に屋敷の馬車で向かえる筈が無いと徹底的に拒否した形だ。


 レミウス城までは馬車を使った旅でも3日、徒歩でも5日はかかるかといった距離だけに十分徒歩で問題ないとレイアも言っていた。

 荷車の金は新しいベッドの為にと貯めていた九郎とレイアが出し合って急遽買って来たものだ。

 その荷台に、毛布や食料、鍋などが積み込まれている。荷台を占める大部分は藁なので農村の収穫物の様にも思える。


「せめて冒険者だけでも……」


 クラインの言葉にベルフラムは首を横に振る。

 ベルフラムは冒険者の斡旋を申し出たクラインに「何処にそんなお金があるのよ?」と睨みつける。

 この危険な世界、魔物や危険な植物も多いこの地方で冒険者も付けずに旅をするなど自殺行為と言わずなんと言うのかとベルフラムに説得を試みるが、ベルフラムの考えを変える事は出来なかった。


 ベルフラムとしては父が避暑地から城までの間にと遣わした冒険者達は、たった4人の野盗に蹴散らされてしまい、その後ピシャータの街からの道中に付けられた冒険者には『大地喰いランドスウォーム』の腹の中で見捨てられたと言うか、殺されかけたので冒険者自体に信用を置いていないといった理由も含まれている。

「九郎とレイアがいれば大丈夫」と言ったベルフラムの言葉で、レイアが喜びの表情でいそいそと装備の再確認を始めている。

 武力だけならクラインたちを一人で抑える事が出来るベルフラムを見てしまっただけに、クラインは自分たちも護衛にと言い出す事も出来ない。


「食料もこの程度では……」


 しかし不安の尽きないクラインは、尚も心配を口に出す。

 詰み込まれた食料はとても5日の道中に耐えられるほどの量では無いように思えていた。

 クラインからしてみれば余程少なく見える食料ではあるのだが、日頃の九郎達が食べている量だと十分5日は賄える量ではあったのだが……。

 大量の料理を作っては、余れば捨てている貴族と違い、九郎達の屋敷で食べ物を粗末にする事だけはベルフラムも九郎も許さない。

 食べられる物は例え不味くても残す事など許されない。

 薄く焼いたパンの様な物が多くを占め、残りは調味料と少しの芋や野菜、小さな干し肉しか無い。牛や豚の肉とは思えないそれらを見て、クラインは孫娘に確認を取るかの様に視線を向ける。


「…………慣れればそれ程悪くはありませんから……」


 レイアが視線を反らしながら自分の装備の確認をしている。

 少しだけ誇らしげにしているのは、食事に対して一番苦労したのはレイアだからだ。


 何でも食べられるか確認しようとするベルフラムと、危ないからと先に毒見をする九郎を筆頭に、孤児でずっと飢えていた経験のあるクラヴィスとデンテも食べ物を残す事などしない。

 屋敷に居ついてから数日間は怒られ泣きながら食事をしていたレイアも、この頃は全ての物を口に入れられるようにはなっていた。慣れてしまえば鼠の肉は柔らかく、蛙の肉も想像さえしなければ鶏肉と左程変わらない。

 この歳になって「好き嫌いを克服した」と言いたげな事にクラインは気付いていない。レイアも口に出来たそれらの食物が、自慢できる類の物では無い事に気付いていない。


「どうです? クラヴィスさん。騎士らしいでしょ?」

「あの……私騎士を見た事無いので分かりませんです……」

「そうですか……」


 レイアは装備の確認を終え、くるりと一回転してクラヴィスに感想を求め、返ってきた言葉にしょんぼり項垂れていた。

 いつもの黒色の服の上から、胸部を覆う鎧を着け腰に細身の剣を差している孫娘にクラインは眉を更に下げる。腕には銀色の鉄鋼を着け、メイドと騎士の格好の半々といった格好で、とても旅の装束とも思えない。一応その上から毛皮のコートを着ているので寒さに対してだけは何とかなる、といった最低限の格好だ。


「これで大丈夫そうだな」


 大きな布を荷物の上に掛けた九郎が確認の声を上げる。

 クラインは九郎の姿に呆れを通り越して可哀想な者でも見るような目を向ける。

 真冬だというのに九郎の格好はまったく逆の季節の様にシャツとズボン、それに腰に布を巻いただけの薄着で見ている方が寒くなる。

 白い布を頭に無造作に巻き付け、汗を拭う仕草をする九郎の格好は周囲の最低限の冬の旅装束との絶対的な剥離が有る。馬鹿じゃなかろうかといったクラインの目を気にする様子も無く、腕まくりすらしそうな勢いの九郎に思わず目頭を押さえる。


「じゃあクライン、お父様に連絡だけはしておいてよ」

「……畏まりました……」


 クラインは脇に抱えていた鳥かごから鳩を出すとその足に手紙を括り付け空へと放つ。

 ベルフラムが父親であるアルフラム宛てに書いた手紙だ。

 家族の事で話があることと、九郎の処刑宣告についての意義申し立てをする旨が簡潔に書かれてる手紙を持って空へと羽ばたいて行った鳩を確認すると、九郎が荷車の先頭に立つ。


「んじゃちびっこ共は乗っていいぞ~。ちゃんと『湯たんぽ』は持ったな?」


 九郎の言葉にクラヴィスとデンテがベルフラムの手を引きながら荷車の荷台へと上がる。

 それぞれの手には水袋と同じ皮製の水筒が抱えられていた。


 九郎が荷車を引き始めるとゆっくりと荷車が動き始める。

 三人の少女を乗せた荷車が進むのを確認して、レイアが続く。

 収穫期の農村の風体で離れていく九郎達を見送りながら、クラインは自分の知るベルフラムもレイアももはやいない事に少しの寂しさを覚え、道中の無事を祈った。


☠ ☠ ☠


「クロウしゃまお願いしましゅ」

「おうよ」


 差し出された水袋に手を突っ込み、瞬時にお湯に変えながら九郎達は雪降る街道を進んでいた。

 はらはらと降り続く粉雪を見ながら、のんびりとした足取りでレミウス城を目指す旅。

 冬の最中に旅をしようと思う物好きはそれほどいないのか、進む先も進んできた後ろも馬車の轍の後すら無い。


「レイアは大丈夫か~?」


 後ろに続くレイアに声をかけるとレイアは少しの間手のひらを動かすと、九郎の隣へと移動する。


「すみません……お願いします」


 レイアに差し出された手を九郎は片手で握りこむ。

 レイアの手を覆う銀色の小手ごと握ると、瞬く間に小手が熱を帯びる。

皮手袋の上から装備された小手が雪をはじく程熱を帯びると、レイアは逆の手を差し出す。


「ありがとうございますクロウ様」

「しんどくなったら荷車に乗っててもいいぞ?」

「いえ、周囲の警戒は必要ですから」


 両手の小手が温められた事を確認して再び後ろに向かうレイアに九郎が声を掛けるが、レイアは首を振る。

 雪降る静かな道中では、物音がしてからでも遅くは無いのではと九郎は思ったが、後ろで誇らしげに周囲を警戒するレイアに苦笑しつつも荷車を引く手に力を込める。


 移動すると決まった時、クラインは馬車を手配するとベルフラムに提案した。

 ベルフラムが馬車を断った事については何も思わなかった。当初九郎は全員で歩いて城を目指すつもりでいた。

 だが、いざ準備をするにあたって自分の認識が甘い事に気付かされた。

 道中で水も食べ物も必要だったら買えばよかった元の世界と違って、この世界では一日ごとに村や町が有る訳では無い。

 水や食料が最悪無くても生きていける九郎と違って、女性陣は水も食料も必ず必要だ。

 寒さに関しても、『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』で慣れて・・・しまえる九郎と違い、生身のベルフラム達にはつらいに違いない。

 考えた結果、九郎はレイアと相談して荷車に藁を詰め込み、簡易のキャンピングカーを作っていた。どう見ても収穫を終えた農村の荷車ではあるが。


 風を遮る藁を防水加工された大きな帆布で覆い、水筒を『湯たんぽ』代わりにして荷台を温める。

 空気を含んだ藁を布で包む事で、驚くほど暖かくなることを九郎は知っている。

 寒い時でも段ボールさえあれば何とかなる事を、新歓コンパで潰された九郎は経験から知っている。


 荷車を引く事には何の苦労も感じない。

 暇を見て鍛えていたおかげか、九郎の力は驚くほど強くなっていた。

 少し不満があるとすると、力はついたのに全く筋肉が太くなっていない事だろうか。

 この世界に来てから髪も爪も変わらない九郎はマッチョには成る事が出来ない事には、うすうす感づいている。

 筋肉は負荷を掛けて筋繊維を鍛えて行かなければ太く成る事は無いが、『フロウフシ』の『神の力ギフト』で切れた筋繊維が直ぐに復活してしまうので成長する事が無い。

 なら何故に力が強く成っているのかと言えば、限界を超える力を常に出している九郎はぶちぶちと切れる筋繊維が『ヘンシツシャ』の『神の力ギフト』によって慣らされ、さらに限界値が上がっているからだと考えていた。

 身体ばかりが丈夫になりつつ、外見は一向に変化しない事に、やはり英雄になって名を知らしめる他モテる道が無い事に九郎は項垂れるばかりだ。


「大丈夫? 私も歩くわよ?」


 荷車の藁の中から頭だけ出したベルフラムが心配そうにするのを九郎は笑っておどけて見せる。


「ちびっこ共くらい増えても減っても変わんねえよ。なんなら屋敷のベッドも積んでくりゃあ良かったかもな」


 実際、今の九郎であれば屋敷の5,6人は寝れるであろうベッドも片手で運べる自信があった。

 荷車に乗らない事と、そもそも扉から出す事が出来なかったので諦めたが、荷車に何の負荷も感じていない事を九郎はベルフラムに説明する。


 笑って荷車を引く九郎の目の前に突如飛び出す影を見ると、いきなり藁の中から飛び出したデンテが、上半身を雪に突っ込んでいる。


「クロウしゃまお肉発見でしゅ」


 雪の中から顔を引き抜いたデンテの手の中には、雪の中を移動していた兎が捉えられていた。

 すでにぐったりとしている兎を片手に誇らしげに掲げるデンテに皆が相貌を崩す。

 兎の耳を持ち、躊躇なく地面に叩きつけて息の根を止めるデンテに、『大地喰いランドスウォーム』の穴の中でのベルフラムの逞しさを思い出しながら九郎は苦笑を溢した。


「今日の飯も美味そうだな」


 冬の早い落日に、赤く染まった雪原の光に九郎は眼を細めた。

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