第024話 生者の行進
6日目
「……ん~……なんか硬いのが難点よねー」
ベルフラムがミミズの切れ端に歯を立てながら不満を漏らす。
(逞しくなったと思うべきか、荒んだと嘆くべきか……)
九郎はその光景に苦笑しながら立ち上がる。
(ま、なんか吹っ切れたみたいだし、いいか)
泣き事を言ってても始まらない。それは九郎がこの世界に来て最初に学んだ、生きるための気持ちのありようだ。
「そろそろ行くぞ? 負ぶってくか?」
九郎の問いかけにベルフラムは首を横に振ると、ミミズの肉を口に詰め込み立ち上がる。
「ふろうこひょ、ふぇんふぇん食ふぇてなひひゃない」
「何言っているか解んねえよ。ちゃんと食ってから話せ」
動き出した九郎の後をベルフラムが追いかける。
「ん、ん。もう! クロウこそ全然食べて無いじゃない? 私より体が大きいんだからちゃんと食べないとダメよ?」
「俺も食ってるよっ! 早食いなんだよ、俺は! ったく、子供はそんな心配しなくても良いんだよ!」
そう言って九郎はベルフラムの頭をワシャワシャ撫でる。
「もうっ! いつも子ども扱いするっ!」
九郎の手を払いのけながらベルフラムが文句を言う。
「今日は何か見つかると良いんだけどなー」
天気の話でもするように九郎はのんびりと呟く。
「そうねぇ……。ミミズも少なくなってきたものね……」
九郎の肩に掛かるミミズを見ながらベルフラムも頷く。
「でも、私もう家が落ちぶれても生きていける気がするわっ!」
自慢げに笑顔を向けるベルフラムに、九郎はもう一度苦笑する。
洞窟は未だ先の見えない暗闇を映していた。
☠ ☠ ☠
8日目
「ねえ、クロウー……。これ食べれると思う?」
ベルフラムが小さな木の枝で生き物を突(つつ)いている。
「ん~……
九郎がその生き物を掴み首を捻る。
「しゃこ?」
ベルフラムも九郎と同じように首を捻っている。ただその疑問は名称にあるようで、発音がなんだか奇妙な感じがする。
(よく考えてみりゃ、エビとかカニも地上にいりゃ虫や蜘蛛と変わんねえもんな……)
彷徨った距離、これまで見て来た景色を思うに、今いる場所はかなり大陸の中央にあるのだろう。海を知らない可能性もあるのかと、一人納得して九郎は獲物を掴みあげる。
「とりあえず捌いてみっか!」
「そうね。昨日は何も食べれなかったから、食べれると良いんだけど………」
「しっかし、どう捌くんだこいつ……」
九郎の提案にベルフラムは頼もしいセリフを返してくる。
初めて目にした生き物――それも多足類に食指を伸ばす少女の言葉に九郎は苦笑を返しつつその生き物を観察する。
見た目は拳大くらいの大きさの
大きなはさみを持っているが、背中を掴まれて今は大人しい。
色はオレンジ色の光の中では自信が無いが、灰色な気がする。日本では数少ない虫食が盛んな地域の出身の九郎も、
「焼いちゃえば?」
どうやって解体するか悩んでいたら、ベルフラムがにべもなく言った。
「そだなー……」
本当に逞しくなって来たな――とベルフラムを眺めて九郎は手を炎に変質させる。
螻蛄はナッツの味がして結構美味しかった。
☠ ☠ ☠
11日目
「ねえクロウ………」
「んー………?」
暗闇の中、九郎の腕の中でベルフラムが小さい声で呟く。
――いったいどのくらい歩いたのか、九郎も解らなくなって来ていた。
時間も、多分正確では無いだろう。
起きて、歩いて、寝る。ただその繰り返しで過ぎていく時間は、精神を蝕んで来る。
暗闇の中で寄り添うように寝るベルフラムがポソリと言った。
「私ちゃんと帰れるのかなあ……」
声が少し震えていた。当然だろうと九郎も思う。
先の見えない暗闇の中の行進。大人の男の九郎でさえ、心細い。
「心配すんなって……。ちゃんと家まで送り届けてやんよ」
「……そうよね……ここまで歩いたんだもの……もう少しよね………」
ベルフラムの背中を軽く叩きながら、九郎は何度目かの言葉を口にする。
ベルフラムも自分を奮い立たせるように呟くと目を閉じた。
☠ ☠ ☠
15日目
「ねえ、久しぶりの食べ物ね!」
ベルフラムの弾んだ声に九郎は答える。
「しばらくは持ちそうだなっ!」
九郎の腕には、頭を落とされた大きめの蛇がのたくっている。
「クロウの言ってた通り、蛇が一番のご馳走になっちゃったね?」
ベルフラムの言葉に九郎は複雑そうな顔をする。
「あー、俺は
「一昨日の幼虫は不味かったもんね?」
――丸2日振りの食事だ。九郎は慎重に蛇を捌くと、焼きはじめる。もう皮は剥かない。例え舌に触ろうとも、少しでも栄養になるのであれば無駄には出来ない。
「今考えると、お肉って美味しかったのねー」
肉の焼ける匂いにベルフラムが思い出したかのように言う。
待ちきれない素振りで目を瞑り、はにかむ仕草に九郎は眦を下げる。
(―――大分やつれて来た……。どこまで続いてやがんだ、この穴は……)
九郎の頭に焦りが出てきていた。
可愛らしく微笑み、台所の母親を見上げる仕草のベルフラムだが、頬はこけ目には惨い隈。光の所為でそう見えているのではない。彼女が言った通り、物を口に入れるのが『久しぶり』なのだ。
空腹は考える力を奪って行く。それを身を持って知っている九郎は、先の不安を見せないよう眉に力を込める。
(暗闇を進むのも、もう2週間だ。ベルフラムも強がっちゃいるが、限界に近い……)
九郎はそんな考えを悟られないように努めて明るく答える。
「今考えなくても
穴の先は未だ見えない。
☠ ☠ ☠
16日目
「ふうっ。ごちそうさまっ……」
ベルフラムが九郎の指から口を放す。
「クロウって不思議よね。蜜蟻がなんだか知らないけど、体に水分を溜められるなんて……」
「言っとくが人の60パーセントは水分なんだぞ?」
「私も勉強不足なのかなぁ……」
口元に伝った水を指で拭ってやりながら、九郎は自分でも分からない不思議を笑って誤魔化す。ベルフラムは少し照れながら、その答えで疑問を引込める。
水はあれから降っては来ていない。
しかし、九郎はあの時大量の水を削り取っている。
(水の心配はねえ……)
九郎は体のどこかに溜まっている水を確かめながら、ベルフラムの頭を軽く撫でる。
最近ベルフラムは頭を撫でても何も言わない。
何度言っても聞かない九郎に諦めたのか、それとも心が弱っているからか。
「今日は負ぶってくから――、楽さしてやんぜ?」
「またそうやって子供扱いする……」
ただ子ども扱いされることには未だに思う所があるようだ。
口を結んで不貞腐れたベルフラムに、九郎は大人を気取る。
「うっせ! たまには大人に格好つけさせろっ!」
「もーしょうがない大人ね」
ベルフラムは九郎の大人らしからぬセリフに肩を竦めて、九郎の首に手を回した。
九郎は軽々とベルフラムを背負うと歩きはじめる。
最近は2日に1日はベルフラムを背負いながら歩くことにしていた。
歩幅も体力も違うのだ。ベルフラムがいくら強がっていても、体力が持たない。
「寝ててもいいぞー」
「でも私が寝たら灯りが消えちゃうじゃない……」
ベルフラムの心配に九郎が鼻を鳴らす。
「よくよく考えて見りゃあ、一本道で障害物もねえし問題ねえよっ!」
「気持ちの問題よっ! 暗くなっちゃうじゃないっ!」
九郎の首に抱きつきながら、ベルフラムがまた拗ねた。
☠ ☠ ☠
17日目
足裏から伝わる感触の変化に、九郎は辺りを見回す。
後ろを歩くベルフラムから、カツン、カツンと硬質な物を叩く音がする。
今まで土の床だった洞窟が岩に変わっていた。
「前より歩き易くなったわね」
ベルフラムがそんな感想を漏らす。
だが、前を歩く九郎の顔は焦りの色が色濃く出始めていた。
悪い予感が九郎を苛んでいた。
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