第023話  ゲテモノの味


1日目


 結局、その日はしばらく歩くと、休息を取ることにした。

 よくよく考えてみたら、ミミズに飲まれた時が夕方だったのだから、すっかり夜中になっている筈だ。

 幾度もの緊張と恐怖の連続に疲れていたのか、九郎とベルフラムは、腹の空いているのも忘れて折り重なるようにして直ぐに寝入った。


☠ ☠ ☠


2日目


「……きろ………起きろっベルフラム!」

「…………なによ……。まだ暗いじゃない……」

「ずっと暗いんだよっ」


 朝日が無くても九郎の、この世界で培われた体内時計は正確だ。

 暗い闇の中、九郎はベルフラムを揺さぶる。

 目を覚ましても暗いことにベルフラムがビクッと体を硬直させるが、昨日の事を思い出してため息を一つ吐き出すと、灯りの魔法を唱える。

 ベルフラムは、再び照らし出された穴を見ながら九郎に訴える。


「お腹すいた……」

「俺もだよ……」


 昨日の朝から何も口にしていない。

 その上、九郎にいたっては、昨日の朝の食事もミミズの腹の中に溶けだしているだろう。


「喉も乾いた……」

「俺もだよ……」


 そう言いながらも現在何も持ってはいない。


(何か見つかると良いんだがなあ……)


 九郎は頭を掻きながらベルフラムに近づくと、人差し指をベルフラムの口に持って行く。

 一瞬キョトンとしたベルフラムだったが、すぐさま目を輝かせて九郎の指に食いつく。


「本当に残り少ねえんだから、なんか見つけたら好き嫌いせずに食えよ?」

「………………わふぁってりゅ……」


 口に指を含みながらベルフラムは小さく頷く。

 ベルフラムにサボテンの果汁を与え終えると、九郎たちは再び歩き出した。

 しばらく真直ぐに進んで行くが、生き物の気配が全くない。

 あの大地を喰らう巨大ミミズ、ランドスウォームの通った後だ。よくよく考えても生物など居ようはず無い。

 九郎は考え込むと壁際まで移動し、右手を壁に沿わせながら進むことにした。

 これなら暗闇でも、方向感覚を狂わされることも無いだろう。もしかしたらモグラや鼠、蛇も見つかるかも知れない――――。


 壁の土は少し湿っていてざらざらしていた。

 壁に指を這わせながら九郎達は歩き続ける。


「ふひゃんっ!!! 何か踏んだっ!」


 突然ベルフラムが変な悲鳴を上げる。


「ぐにゃってした~……」


 ベルフラムは、気持ち悪そうに足元を見る。

 九郎もベルフラムの足元を見る。

 オレンジ色の光に照らされ、黒く長い影が残る。

 それは頭の潰された蛇の死骸だった。


「でかしたぞっ! ベルフラムっ!」

「ちょっと! クロウ! まさか食べるつもり!?」


 喜び蛇を拾い上げる九郎と、壁際まで後ずさるベルフラム。


「当然だろ? 蛇なんてご馳走って思えなきゃ進めねえぜ?」

「何とんでもない事口走ってんのよっ!」


 九郎は早速、砂山の方に走って行き、ミミズの糞の中にあるカラカラに水分を抜かれた木切れを集める。

 次に潰れている蛇の頭をナイフで落とすと、皮に切れ込みを入れて引っ張り、蛇の皮を剥く。ヘビの捌き方はこの世界に来る前から知っている。多少力はいるが、魚肉ソーセージを剥くのと殆んど変わらない。


(じいちゃんマムシよく獲って来てたよな……)


 猟師だった祖父を思い出し、九郎は過去を懐かしむ。

 木切れを握って火を点け、蛇を手で持ちながら炙り始めた九郎を、ベルフラムは遠巻きに睨んで来ている。


(俺は生でも死なねえけど、ベルフラムが腹壊しでもしたらいけねえしな……)


 そもそも生食を厭わない日本人は、実はサバイバル能力が高いのでは?

 そんなことを考え少し焦げ目が付く位じっくりと焼き上げると、毒見がてらに一口齧る。

 ――悪くない……。どころか結構美味い。死んでから間も無かったのか臭みも無く、毒による舌の痺れも感じない。

 鳥と魚の中間のような味だ。


「ホレっ。結構旨いぞコレ」


 なにやら恐ろしいモノでも見る目で九郎を見ているベルフラムに、九郎は笑顔と共に蛇を手渡す。


「渡さないでよっ! 食べないわよこんな物!」


 突き返すように拒絶するベルフラム。


「食わねえと力がでねえぞ? それにさっき言ったじゃねえか。好き嫌いせずに食えよって」


 人差し指をベルフラムの目の前に持って行きながら、勝ち誇った顔で九郎が見下ろす。端から見れば咎めているように見える仕草も、実はサボテンで釣っているだけだ。

 それでもベルフラムは数分迷って――意を決したようにチビっと啄ばむ位の量を齧る。

 九郎はそれを見て再び歩き始める。

 後ろで「あら……意外にいけるわね……。」とベルフラムの小さな呟きが聞こえた。


☠ ☠ ☠


3日目


 九郎は歩き続ける。

 今日はまだ何も見つかっていない。


(水分はまだ、サボテンの果汁が少し残ってる……。しかし、少ししか・・・・残っていない・・・・・・……)


 ベルフラムは背中で眠っている。昨日歩き続けたせいか、今日は、昨日の半分ほど進んだ頃にへたりこんでしまった。

 まだ歩けると強がっているベルフラムを、有無を言わせず背負い、九郎は闇の中を進む。

 ベルフラムが寝てしまったので、魔法の光は消えてしまい、九郎の行く先を照らすのは、右手に持った松明モドキの乾いた木切れだ。

 魔法の光と違い、わずか先しか照らさない、か細い光は頼りない。


(あーあ……水降ってこねえかなあ……。って土の中じゃ無理だよなぁ……。よくよく思い返してみると、この世界に来てから一度も雨に降られてねえなぁ……)


 晴れ男と言われ続けていたが、今はそれが恨めしい。

 松明の光の届かない暗い天井を見上げながら、九郎は神にでも祈ろうかと手を合わせた。

 ―――何処の神とは考えもせずに………。


☠ ☠ ☠


4日目


 瞼を叩く気配に、九郎はいつもより早く目を覚ました。

 目を擦りながら、体を起こす。

 つむじに何かが当たる感触。


「!! ベルフラム!! 起きてくれっ!!」


 隣で寝ているベルフラムを激しく揺さぶる。


「もう少しだけ……寝かせてよぉ……」

「少しだけで良いんだ! 魔法の光を頼む!」


 眠たげに答えるベルフラムを強引に引き起こす。


「………も~……なによぉ……」


 寝ぼけながらも、ベルフラムは魔法を唱え光を発生させる。起きてからの日課になりつつあるからか、その口上には淀みが無い。

 少女の口から零れる寝起きの声で、闇の中に朝が来る。


「祈って……みるもんだな……」


 人工の太陽に照らし出された光景に、九郎が感嘆の呟きを溢していた。

 目の前には信じられない様な光景が広がってた。


 巨大な洞窟の中、幾筋もの糸が魔法の光を反射してきらきらと輝いていた。

 地上で雨でも降ったのか、天井から染み出るように洞窟に幾筋もの水の筋が落ちて来ていた。

 ベルフラムもそれに気が付いたのか、眠そうだった目が完全に開かれている。

 九郎は目の前にしたたり落ちてくる水を、手のひらで受け止め啜る。

 毒も無い、純粋な水。九郎は4日振りの水に喉を潤す。


「飲んでも大丈夫だ!」


 興奮した声でベルフラムに告げると再び水を掬う。

 ベルフラムも手のひらに水を掬うとそのまま飲み干す。

 何度かそれを繰り返すと、ベルフラムは九郎を見上げ、


「水ってこんなに美味しかったのね」


 はにかんだような笑顔を浮かべた。


「初めて会った日の俺の言葉は正しかったろ?」


 九郎はその笑顔に負けない笑顔を返し、そう言って再び水を掬った。


「ちょっとクロウ……。向こうに行っててくれない?」


 十分に水を堪能したベルフラムが、唐突に言ってくる。


「は? 何で?」


 今や水を頭から全身で味わっていた九郎が尋ねる。


「……も………から……」


 ベルフラムが顔を赤らめながら小さく答える。


「ん? 何て?」

「だから……私も水浴びしたいから……」


 恥ずかしそうにベルフラムが俯く。


「すりゃあいいじゃん」


 九郎が事無げに言う。


「だから! 恥ずかしいから、あっち行っててよっ!」


 ――どうやら自分がいると恥ずかしいらしい。

 今は殆んど全裸と変わらない格好の九郎からしてみれば、「俺の立場は?」と言いたくなる。


(10歳だろ……? そんなもんなんかな?)


 九郎はそんなことを考えながら、ベルフラムから視線を外し砂山の方へと歩き出す。

 九郎この世界に来てから、『ほぼ全裸』の状態の方が長いからか、見られる事にもあまり気にしなくなっていた。――どうやら年齢は関係無さそうだ。

 九郎は砂山へと移動すると、水を溜める物が無いか探してみる。

 そうそう都合良く見つかるはずも無く、九郎は神妙な面持ちで腰のナイフを引き抜く。


(水だけはぜってー絶やせねえもんな……)


 自分は間違い無く大丈夫だろう。だがベルフラムは大丈夫では無い。水が絶えたら死んでしまう。

 だが、この先いつ水にありつけるか解らない。

 意を決して九郎は大きく息をとめると、ナイフで腕に傷を付ける。


(……ぐ…ってぇ………)


 九郎の腕に一筋の赤い線が走り、腕に血が伝う。

 急いで近くに滴り落ちて来る水の柱に腕を晒す。

 流れ出た血が、洗い流されるように水に溶け落ちる。


(この技まで生活に役立つ技状態なのは、何とかしてえが……『運命の赤い糸スレッド・オブ・フェイト』!!)


 赤い粒子が伸び、溶け落ちた水を削り取りながら九郎の腕に戻る。

 サボテンの果汁と同じく、九郎は水を削り取って蓄えようとしていた。

 今の九郎の体の中には、自分の体積以上の残骸が入っている。頭の中に昔不思議に思っていた、大量のアイテムを持ち歩くゲームの主人公が過る。彼等もこう言った方法で物を持ち運んでいたとしたら、途端に思い出がグロに変わる。


 意識を別に逸らしながら、九郎は痛みに耐えて何度も腕に傷を付ける。何度やってもこの痛みだけは慣れて・・・くれない。


 どのくらいの量の水を削り取ったのだろうか。かなりの量を蓄えたと思っているが、九郎の見た目には何の変化も無い。


(そう言えば、犬の歯とかも入ったまんまだしなあ……)


 感覚的には大量の水が有るのが解るのだが、自分の体のいったい何処に入っているのかは答えが出そうにない。


(まあ、人間の6割は水分だって言うしな……)


 未だ解らない事だらけだが、今はそういう事にしておこうと、九郎は疑問を棚上げにする。


「おーい! そろそろいいかー?」


 九郎は、ベルフラムが水浴びしているであろう場所へ、声を掛ける。

 少ししてベルフラムの声が返ってくる。


「もう少しだから待っててー…………きゃああああああ!」


 後半聞こえるベルフラムの悲鳴に、慌てて九郎は走りだす。


「どうしたっ!?」

「きゃー! 何これ!? 何か降ってきたの! ちょっとクロウ! 何とかしてよ!」


 ベルフラムの足元に蛇のような何かが、のたうち回っていた。

 躊躇うことなく九郎はそれを掴み、ナイフをその頭に突き刺す。


「……こりゃあ……」

「……な、何なのよ……?」


 言葉を失う九郎に恐る恐るベルフラムが尋ねてくる。

 彼女の頭上で漂う光に照らされたそれは――ミミズだった。

 腕程の太さの大きな――ミミズに食われた九郎が言う話でも無いが――ミミズ。

 頭を突き刺されても元気に蠢いているミミズに、ベルフラムも声を失う。


「3日は持ちそうだなっ!」

「ちょっ!! あなた、まさかソレも食べる気っ?!?」


 ニヤリと笑う九郎に、信じられないといったベルフラム。


「なんで? 魚も喜んで食うんだし結構旨いかもよ?」

「ば、ばっかじゃないの? なんでそんな発想になんのよっ! 仮にも私は貴族の令嬢よ? なんで魚と同じものを食べなきゃならないのっ!」


 ベルフラムは自分の胸に手を当て抗議してくる。


「―――貴族って言ってもよお……」


 九郎は半眼でベルフラムを一瞥し、再びミミズを押さえつける。


「――今のお前はただのガキだぜ?」

「??? なんで………―――――――――!!!!」


 九郎は軽く鼻で笑って、ミミズの腹をナイフで割きはじめる中、自分が裸だという事に、やっと気づいたベルフラムは、顔を真っ赤にして服の方に走って行った。


 ――焼いたミミズは烏賊イカの味がした。

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