第99話

 阪神高速神戸駅で電車に降りてやって来たのは、神戸ハーバーランド。ここは昔工業地区だったらしく、都市再開発事業によって街開きしたウォーターフロントだ。

 対岸にはポートタワーやホテルオークラ、海洋博物館などが存在しているメリケンパークがあり、このあたり一帯の海沿いを指して神戸港とも呼ばれる。実際、神戸コンチェルトと呼ばれるレストラン船も遊覧しているのだ。

 さて、本日の僕たちの目的はポートタワーや海洋博物館ではなく、勿論レストラン船などでもない。

 そう、パンケーキである。


「めっちゃ並んでるし……」

「当たり前よ。ここ、人気なんだから」


 ハーバーランド内にある複合商業施設『umie MOSAIC』には、さすがに土曜なだけあってそれなりに人が多い。その二階、海や運河が見渡せるウッドデッキに、目的のパンケーキ屋があった。

 どうも全国的に有名な店らしく、元はハワイで人気の店なのだとか。ここはその関西二号店らしい。


「て言うか、また生クリームか……」

「何か不満でも?」

「ないです」


 水曜日に行ったモール内のパンケーキ屋と同じく、ここも塔のように盛られた生クリームが売りらしい。しかし前回の店と違うのは、パンケーキの生地やその上にフルーツが乗っていることだろうか。

 店員さんに渡されたメニューを見ると、生地にはチョコやナッツなどを入れることが出来るし、パンケーキの上にはブルーベリーやマンゴーなどのフルーツが散りばめられていて、色どりも綺麗なものだ。これはインスタ映えするやつ。間違いない。僕インスタとかしてないけど。


「今のうちに決めときなさいよ」

「じゃあ僕は、このミートプレートって言うのとライスで」

「却下」

「えぇ……」

「冗談よ。でも折角なんだから、パンケーキなりワッフルなりも食べたら? 私はそのあたり全部頼むし、前みたいに分けてあげるわよ」


 白雪が指したそのあたり、とは。パンケーキ、ワッフル、クレープのこと。ここはパンケーキ自体の量は、前みたいに山のように積み重なってる、なんてことはないのだけど。量が少ないから、その分色んなものを味わおうと言う魂胆か。本当、なんでそれで太らないんですかね。太りはしなくても、体の一部にちょっとでも栄養が行けば。


「今何か失礼なことを考えた気配がしたわね」

「気のせいだ」


 なんで分かっちゃうんだよ。怖い。

 昨日の夜の件でこの話題には敏感になってるらしい。あまり刺激しないようにしないと、今度は手が飛んでくるかもしれない。こんな公衆の面前で女の子に殴られるとか勘弁だ。

 とか思ってたら、繋いでる手がギリギリと嫌な音を立て始めた。


「あの、白雪さん?」

「なにかしら」

「いや、なにかしらじゃなくて、痛いんですけど……」

「で?」


 めっちゃ睨まれた。だから、怖いって。その一人や二人殺したことあるみたいな目、やめてください。女の子と手を繋いでるのに冷や汗しか出ないってどう言うことなの……。


「そう言えば白雪さ」

「なによ」


 声に若干の棘を感じる。折角ホテルから電車に乗ったときに機嫌を直してくれたと思ったのに。なにか適当な話題で話を逸らそうと思い口から出たのは、本当に、深く考えずに発しただけの言葉。


「君は進路どうするんだ?」

「進路?」


 二年生の二学期、それも十一月ともなれば、担任からチラホラとその類の話が出始める。僕は適当に県内の大学を受験しようと思ってるけど、そう言えば白雪とこの手の話をしたことがなかった。

 白雪はキョトンと小首を傾げていて、まさかとは思うが、その様子を見るになにも考えていないとか?


「適当に進学、程度にしか考えてなかったわね」

「それじゃダメだろ。一応、僕たちもそろそろ考えておいた方がいいと思うけど」

「そうだけど、最近は誰かさんのせいでそんな余裕なかったものだから。誰かさんのせいで」

「……悪かったよ」


 言葉に含まれる棘が増えた気がした。全くもって仰る通りなのでなにも言い返せない。


「でも、私やあなたの学力なら、県内の大学ならどこでもいけるでしょ」

「じゃあ僕と同じところってか?」

「それもいいかもしれないわね」


 クスリと微笑んでそう言った白雪は、本気でそう思ってるように見える。その笑顔が完全に不意打ちで、思わず言葉に詰まってしまった。

 冗談のつもりだったんだけど、実際僕と白雪の学力は似たようなものだし、ともに文系科目を得意としてるから、同じ大学に進んでもなにもおかしくはないのだろう。

 なにより、白雪と過ごすキャンパスライフというのが魅力的だ。うん、非常に魅力的。その時の僕たちの関係がどうなってるのかは、先の話なので分かりはしないけど。今よりもいい関係になっているとは断言出来る。


「……まあ、まだ焦るような時期でもないしね。僕もゆっくり決めるかな」

「決まったら教えなさいね」


 果たして、どこまで本気なのやら。でも、それで彼女と過ごせる時間が増えるのなら。なんて考えてるあたり、僕もいよいよ末期らしい。







 パンケーキ屋にて肉とパンケーキと白雪の笑顔を堪能した後、一転して上機嫌になった白雪に手を引かれ、僕たちはumieのあちこちを回った。

 歩いてみれば結構広くて、服屋で白雪に着せ替え人形にさせられたり、逆に白雪を着せ替え人形にしたり。ケーキ屋でチーズケーキの試食をしたと思えば、その次はアイスを買って食べる白雪に呆れたり。ゲーセンでシューティングゲームの協力プレイをして、最終ステージまでクリアしてしまったり。

 そのどのシーンを切り取っても、白雪も僕も笑顔を浮かべていた。

 そうして一通り楽しんだ後、僕たちはハーバードウォークと言う、海に沿った木製の遊歩道を歩いていた。


「海、綺麗ね」

「天気がいいから、余計綺麗に見えるんだろうね」

「そこは、君の方がーとか言うところじゃないの?」

「言って欲しいのか?」

「安っぽい口説き文句は求めてないわね」


 海から吹く風が、隣を歩く白雪の長い髪を靡かせる。白雪はその顔にまだ微かな笑みを携えたまま、自分の髪を片手で抑えようとして、その途中で動きを止めた。


「どうした?」

「いえ、あの子……」


 白雪の視線は右手側の段差に向かっている。その先を追うと、そこに腰を下ろし、泣いている女の子がいた。周りを見渡すも、親らしき人は見当たらない。それどころか、視認できる範囲にいるのは僕と白雪、そしてあの女の子だけだ。


「ちょっと行ってくる」

「あ、ちょっと夏目っ」


 繋いでいた手を離し、泣いている女の子の元へ向かう。僕が近づいて来たのに気づいた女の子は、俯かせていた顔を上げ、僕と目が合った。


「やあ、もしかして、迷子かな?」

「……おじさん、誰?」

「おじっ……。僕はただの通りすがりのお兄さんだよ。おじさんじゃない。君、お母さんかお父さんは?」

「わかんない……。パパもママも、いつのまにかどこかいっちゃってた……」


 なるほど、やっぱり迷子か。遅れてやって来た白雪に目配せすると、こちらの意図を察してくれたのか、頷きが返ってくる。


「よし、ならお兄さんとこのお姉さんに任せろ。君のパパとママを見つけてあげるよ」

「本当……?」

「ああ、本当だ。だからもう泣くなよ」


 しゃがみ込んで目の高さを合わし、頭をくしゃくしゃと撫でてやると、女の子は目尻に溜まった涙を腕で拭った。その表情はまだ明るいとは言えないけど。


「さて、取り敢えず迷子センターに向かおうか」

「そこに預けるの?」

「いや、普通の親なら、少し探しても見つからなかったらそこに向かうはずだからね。そうしたらアナウンスもあるだろう。どんな服を着てどんな靴を履いてる何歳ごろの女の子はいませんかー、みたいにね。もしかしたら、僕たちが聞き逃してただけで、既にそれがあったかもしれない」


 とは言っても、この子がどれくらい前に親と逸れたのか、それはどの辺りでなのかも分からない。もしここからそう遠なくないところで逸れ、それが数分前の話であるなら、迷子センターまで行くのは逆に悪手だ。


「ねえ夏目。その子のカバン」

「カバンがどうかしたか?」

「肩がけのところよ。この子の名前と、電話番号が書いてるわ」


 言われてそちらを見れば、白雪の言う通りそこには、『佐伯 千佳』と言う名前と、090から始まる十一桁の数字が並んでいた。

 これはラッキーだ。対策をちゃんとしている親で良かった。


「えっと、千佳ちゃん、でいいのかな?」

「うん」

「君のパパとママ、すぐにここに来れると思うから、お兄さんとお姉さんと、少しお話しして待ってようか」

「本当っ⁉︎」


 暗かった千佳ちゃんの表情が、一転してパアッと輝く。僕の後ろでは白雪がスマホを取り出して、この子の親に電話をかけているところだった。

 段差に座るよう促して、僕もそこに腰掛ける。電話が終わった白雪も千佳ちゃんの隣に座り、僕たち二人で挟む形になった。


「どうだった?」

「そう遠くないところにいるみたいよ。直ぐに来るって」

「そっか。それは良かった」


 これは、迷子センターに向かってたら行き違いになってたかもしれないな。白雪があの名前と番号に気づいてくれてよかった。

 近くに設置してある時計をチラリと見ると、時刻は十五時半。一応、今日は十七時までにホテルに戻るよう言われているけど、これだと間に合うかどうか微妙なところだ。まあ、説明すれば許してくれるだろう。


「千佳ちゃんは、今日はなにしにここに来たの?」

「アンパンマンに会いに来たの!」


 白雪が尋ねると、先程までの様子が嘘のように元気に答えてくれる。うんうん、子供は元気が一番だ。


「アンパンマン、凄かったんだよ! わーってなって、ぎゃーってなって!」


 アンパンマンとは、このumieにあるアンパンマンミュージアムのことだろう。僕たちがいるのは、丁度そのアンパンマンミュージアムの裏だ。しかし、女の子でもアンパンマンって好きになるもんなんだな。もうちょっとプリティでキュアキュアなアニメの方が好きなイメージあるけど。

 暫く、白雪と千佳ちゃんの会話に耳を傾ける。白雪が歳の離れた小さな子供の相手をしている姿なんて初めてみたから、とても新鮮な感じだ。同級生やひとつ下の後輩には情け容赦なく毒林檎を投げつける癖に、さすがの白雪も小さい子には優しいらしい。その優しさを、もう少し周りに振り撒けないものか。


「ねえねえおじさん」


 白雪と話していた千佳ちゃんが、僕の方に振り向いた。どうやらこの子の中では、僕はおじさんで固定されてしまったらしい。若干凹む。


「おじさんじゃない、お兄さんだ」

「おじさんじゃないの?」

「なあ白雪、僕ってそんなに老けて見えるか?」

「小さい子の言う事を真に受けてどうするのよ」


 いや、ほら、だって、ねぇ? この歳の子は素直で純粋だから、思ったことをそのまま伝えて来るし、つまり僕が老けて見えるからおじさん呼びされてるってことじゃん。


「いい、千佳ちゃん。この人はおじさんじゃなくて、お兄さんよ」

「わかった!」


 白雪が肩を震わせながらも、千佳ちゃんに言い聞かせる。笑うな。

 何故だ。何故白雪の言うことはちゃんと聞いてくれるんだ……。あれか、可愛いからか。幼女まで虜にしちゃう白雪さんマジパネェっす。


「で、どうしたんだい千佳ちゃん?」


 母性の象徴はない癖に母性に満ちた笑みを浮かべる白雪から、千佳ちゃんに視線を移す。千佳ちゃんが僕にまた振り返ったところで、白雪から鋭い視線が飛んで来たから、多分今の思考もバレてるんだろう。

 さてはて僕なんかに幼女様がどのような質問だろうかと身構えていると。


「お兄さんとお姉さんは、らぶらぶなの?」

「ぶふっ!」


 なんてこと聞くんだこの幼女様は。僕と白雪はこの子の前でそんな素振り見せた覚えはないのに。いや、この子の前じゃなくても、今日はそんな感じじゃなかったはずなのに。多分。そんな感じじゃなかったよね?

 チラッと白雪の方を見てみると、頬を染めて「うわようじょつよい」とか意味わかんないこと言ってる。


「な、なんでそう思ったのかな?」

「ママがね、パパとママはらぶらぶなのーって言って、いっつもおてて繋いでるの。お兄さんとお姉さんも、さっきパパとママと同じことしてたから」

「そ、そっか、千佳ちゃんのパパとママはラブラブなんだね……」

「うんっ!」


 曇りなき目と輝かしい笑顔で元気に頷く千佳ちゃんが、僕にはあまりにも眩しかった。両親からの愛情を、その小さな体にたっぷり受けて育っているのだと、よく分かる。


「千佳ね、らぶらぶなパパとママが大好きなのっ!」

「そっか」

「お兄さんは? お兄さんも、お兄さんのパパとママ、好き?」

「……っ」


 その質問自体も、とても純粋なものだ。悪意や害意なんてものとは無縁の小さな女の子から放たれた、他愛ない言葉。それでも、喉の奥に突っかかりのようなものがあって、その質問にすぐ答えることが出来なかった。

 白雪が心配そうに、僕を見ているのが分かる。大丈夫だ、心配しなくてもいい。そう伝える意味も込めて、千佳ちゃんに笑顔を向けた。


「ああ、僕も、父さんと母さんのことは大好きだよ。僕の父さんは、なんたってプロ野球選手だったからね」

「やきゅうせんしゅ?」

「昔、テレビに出てたんだ」

「そうなんだ! お兄さんのパパすごいね!」


 過去に二度。僕はこのトラウマを、振り切ったつもりでいた。文化祭の時と、樋山との初対決の時に。

 結局それは、つもりでいただけで、僕の奥深くに眠ったままだったんだ。あの時の白雪と同じ。心の底に封じ込めて、見て見ぬ振りをしようとしただけ。

 千佳ちゃんがそんなことを知る由もないし、知ったとしても、悪意を持ってこんな質問をぶつけてくるわけがない。だから、僕が勝手に反応して、勝手にトラウマを掘り起こしただけ。

 白雪が気を遣ってくれたのか、千佳ちゃんとの会話を引き継いでくれている。自分も両親と妹が大好きだとか、母親は小説家なのよとか。

 いやちょっと待て今なんか物凄い情報が紛れてたんだけど⁉︎

 それについて問い詰めようとしたのだけど、それよりも早く、千佳ちゃんがあっ! と声を上げて立ち上がった。


「パパとママだ!」


 小さな体がぐんぐん駆けていく。その先には、まだ二十代半ばほどに見える女性と男性が立っていた。女性は駆け寄って来た千佳ちゃんを抱きしめ、涙目になっている。

 あの二人が、千佳ちゃんの両親に間違いないだろう。僕と白雪も立ち上がり、そちらに向かった。


「先程電話させていただいた、白雪桜です」

「あなたが白雪さんですか! 本当に、うちの娘をありがとうございます!」


 深々と腰を折る千佳ちゃんの両親に、白雪が慌てた様子で顔をあげてください、なんて言ってる。年上の大人の人にあんな謝られた経験なんて、彼女にはないのだろう。

 アワアワして使い物にならなくなってる白雪の代わりに、僕が前に出て会話を引き継いだ。


「本当に、なんてお礼を言えばいいか……!」

「いえ、僕たちは大したことはしてませんから。千佳ちゃんと話してるのも楽しかったですし」

「けれど……」


 なかなか折れてくれないのは、千佳ちゃんのお母さん。どうやら、千佳ちゃんは本当に両親から愛されているらしい。

 そしてそれを宥めるように声を掛けたのは、メガネを掛けた千佳ちゃんのお父さんだった。


「お前、あまり言いすぎると、彼らにも迷惑だろう。一旦落ち着こう」

「そ、そうよね。ごめんなさい」

「いえいえ」


 お父さんは落ち着いた性格なのか、静かな声音で奥さんを諭す。しかし、その表情と声に喜色は隠しきれていなかった。


「しかし妻の言う通り、なにもお礼をしないと言うのも失礼だと思うんだ。君たちさえ良ければ、この後食事でもどうだろうか? 是非千佳の話し相手になってもらいたいな」

「お誘いは嬉しいんですが、あいにくながら僕たちは修学旅行生でして。もう暫くしたら、大阪のホテルに戻らないといけないんです」

「そうだったのか……。それは無理を言ってしまったね」

「いえ、お誘いだけでもありがたいですから」


 これが修学旅行なんかじゃなくて、普通の旅行だったら。喜んでご一緒させて頂くのだけど。

 僕は腰を下ろして千佳ちゃんと目を合わせ、右手の小指を差し出した。


「もう迷子になったらダメだぞ? パパとママを困らせちゃうからね。お兄さんと約束だ」

「うんっ、約束! お兄さんとお姉さんは、千佳の友達だから、友達の約束は破っちゃダメなんだってお母さんが言ってた!」

「そっか」


 指切りげんまんから始まるお馴染みの歌で、小さな友達と小さな約束を交わす。白雪も僕を倣って、千佳ちゃんと小指を結んだ。

 友達と言っても、もう会うことはないと思うけど。いや、そうだな。お礼が貰えると言うのなら、ダメ元でこう言う提案をしてみてもいいかもしれない。


「すいません、差し出がましいようですけど、一つお願いしてもいいですか?」

「ええ、勿論です! なんでも仰ってください!」


 食い気味な反応のお母さん。うーん、ちょっとこのお母さん心配だな、色々と。お父さんの方が落ち着いた人だから、釣り合いは取れてるのだろうけど。

 と、そうじゃなくて。


「なら、これからも白雪と連絡を取ってやってくれませんか? こいつ、友達少ないんで、千佳ちゃんとこれからも電話で話したりしてあげて欲しいんです」

「ちょっ、夏目? あなたなに言ってるのよ?」


 困惑の声が後ろから。僕としても、本当にダメ元だ。迷子の娘を保護してくれたとは言え、あちらからすると僕たちは見知らぬ赤の他人。なんなら、断られる可能性の方が高い。

 千佳ちゃんのお父さんが少し考える素振りを見せ、視線を下に移して千佳ちゃんを見る。


「千佳は、このお姉さんと友達になったのか?」

「うんっ! お姉さんだけじゃなくて、お兄さんも友達だよ!」

「また、お姉さんとお話したいと思うか?」

「うんっ!」

「そうか。千佳もこう言ってますし、是非お願いします」


 え、いいの?


「あの、お願いしておいてなんですけど、そんな簡単にいいんですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。私はこう見えても警察をやってますから」


 暗に、娘に妙な真似をしたらタダじゃおかないぞ、と脅された。いや、まあ、妙な真似とかするつもりないんだけどさ。


「あとは白雪さんさえ良ければ、ですが」


 全員の視線が、白雪に集まる。急に注目されたことで少し狼狽えるも、直ぐに立て直して頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします……」


 尻すぼみな白雪の声。千佳ちゃんでもその言葉の意味は理解できていたのか、嬉しそうに白雪に抱きついた。白雪も、それを受けて優しい笑顔を浮かべる。

 うんうん。人生一期一会。こんな出会いで小さな友達が出来るとは、思いもしなかったけれど。それも、修学旅行の最中に。

 その後何故か、僕も千佳ちゃんのお父さんと連絡先を交換し、千佳ちゃん一家は仲良く手を繋いで、僕たちと別れた。

 最後に千佳ちゃんが大きな声で「おじさんばいばーい!」なんて言うもんだからまたちょっと凹んだけど。あの歳でジョークが言えるなんて、将来有望すぎるでしょ。


「さて、私たちもそろそろホテルに戻りましょうか」


 時計で時間を確認した白雪が、ちょっと疲れたような、でもどこか嬉しそうな無表情を浮かべながら言う。

 時刻は十六時ほど。なんだかんだで、千佳ちゃんを保護してから三十分が経過していた。流石に今からホテルに戻っても、十七時には間に合わないだろう。

 だから。


「いや、悪いんだけど。もうちょっとだけ付き合ってくれないか? 今度は、僕の話に」


 今からどれだけ遅れたところで同じだ。

 相変わらずこの遊歩道に人はいない。白雪は僕のその言葉からなにかを察したのか、真剣な顔で頷いてくれた。

 シチュエーションは絶好。邪魔なものはなにもない。

 さあ、答えあわせといこうか。

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