第93話
誰とご縁を結ぶのかと聞かれたら。そりゃ勿論君とだと答えたい所なのだけど、素直に言えたら苦労はしないわけで。僕が言葉に詰まっている間に、再起動した理世が白雪に話しかけた。
「こんにちは白雪さん。白雪さんも縁結び?」
「ええそうよ。どこかの誰かに散々待たされてるから、いい加減不安にもなるもの。ご利益くらいもらっておいた方がいいじゃない?」
「そのどこかの誰かさんは別の女の子に鞍替えするかもねー」
「まさかそんな事があるわけないでしょ? あまりふざけたこと抜かしてるとぶっ飛ばすわよ?」
うふふあははと笑顔で会話する二人が怖い。周りからも、おいおい修羅場だよみたいな視線を感じるし、僕の肩身が狭すぎる。
「モテモテだねぇ少年」
「傍観に徹してる君は楽しそうでいいね……」
白雪の後ろについてきていた井坂が、いやらしい笑みを貼り付けている。そもそも、井坂が白雪を取ったりしなければこんな状況にはならなかった、とは言えないな、うん。理世が仁王門のところで待っていたのを察するに、同じシチュエーションがちょっと早くやって来ているだけだ。
「どうでもいいけど、君達こんな所で喧嘩はやめてくれ。並んでるのはうちの生徒だけじゃないんだぜ?」
平日とは言え、当たり前のように僕たち蘆屋高生以外の参拝客もいる。その人たちからも視線を頂戴してしまっているから、そろそろ本当にやめてほしい。あそこのおばあさんなんか、若いっていいわね、みたいな生暖かい視線を向けてきてるから。それが一番つらいから。
僕の一言に二人とも矛を収めてくれたのか、白雪はふんと鼻を鳴らして無表情に戻り、理世はニコニコと未だに笑顔でいる。
怖いなぁなんて思いながら内心震えていると、僕たちの番がやって来た。流れで一緒に並んでいた白雪と井坂も一緒に。
音羽の滝は、三本の滝が上から流れており、その真ん中の水に縁結びのご利益があると言う。それを一口だけ飲む。二口三口と飲むと、欲が深くてご利益が貰えないらしい。
まず最初は井坂から。柄杓に真ん中の滝で水を入れ、それを一つ口に含む。それが妙に様になっていて、井坂も普段の言動があれなだけで、十分に可愛い女の子なのだと、改めて思い知らされた気分だ。
「はい、次少年の番だよん」
「ん、ああ。ありがとう」
井坂から柄杓を受け取り、今まさしく彼女が口をつけたところに目が行く。直前の思考ゆえか、嫌にそこを意識してしまう。
そしてそれを悟られてしまったのか、井坂がメガネを妖しく光らせたと思うと、僕の耳に顔を寄せて囁いた。
「間接キスだね、夏目君」
「……っ!」
ゾワゾワ、と。背筋に悪寒が走る。
井坂の今の行いに対してではない。僕の背後の二人が発する、嫌なプレッシャーにだ。
「翔子?」
「翔子ちゃん?」
「ひゃいっ⁉︎」
聞こえた声は、鋭い氷のナイフを思わせるほどに冷えていた。それが、二人分。
そこから先は早かった。無表情の白雪と無言で笑顔の理世が井坂の両脇を抱えたと思うと、そのままどこかへと連れ去ってしまう。
「待って待ってお姫様方! ちょっと少年をからかっただけじゃん!」
「まさかこんなところに伏兵がいるとは思わなかったわ」
「あっちで私達とお話しようねー」
「にゃぁぁぁぁぁぁ!! 少年助けてぇぇぇぇぇ!!!」
哀れな井坂の叫びが、音羽山にこだまする。まあ、自業自得だろう。普段から僕たちを面白おかしく傍観してからかってくる罰だと思え。
「取り敢えず、これ飲んどくか」
あれだけ縁結びがご利益がと言っていた理世と白雪は、結局ここの水飲まずじまいだけど、いいんだろうか。
それにしても、いやはや全く。たかが間接キスごとき、なんて思っていたのが今や懐かしい。誰かに対する印象と言うのは、こうまで自分の考えやらを変えてしまうのだから。
杓子に残った水を飲み干し、それを背後に控えていた巫女さんに手渡し、彼女らが去っていった方へ足を向ける。どうでもいいけど、巫女さん凄い可愛かった。
さて三人はどこへ行ったかと周囲に視線を巡らせてみると、思いの外近くにいた。
「復唱要求。『私、井坂翔子は夏目智樹をどうとも思っていません』」
「私、井坂翔子は夏目智樹をどうとも思っていません!」
「続けて復唱要求。『夏目智樹は白雪桜のものです』」
「待って白雪さんそれはおかしい」
「ちっ」
出来れば他人のフリをしたいが、そう言うわけにもいかない。て言うか、井坂は魔女じゃないから復唱要求してもそれは赤じゃないぞ。
こんなネタが分かってしまう辺り、僕も大分白雪に毒されてるなぁ……。興味を持って色々調べたり観たりしてしまったのが間違いか。
「あ、智樹くん終わった?」
「僕はね。二人はいいのか?」
「いいのいいの。縁結びはここだけじゃないからね!」
「次は北側にある地主神社かしら」
なんてことなさそうな顔で言ってのける二人だが、その後ろにいる井坂はちょっと涙目だ。ざまあみろ。
次に向かうのは、白雪の提案通り、地主神社になった。石と石の間を目を瞑って渡りきったら、とか言うあれだ。
なんだかんだで四人でそこへ向かうと、やっぱりここもそれなりに人がいた。恐らく僕たちと同じで、音羽の滝からこちらへ流れてきたのだろう。蘆屋高校の制服を着た女子が、目を瞑って石の間を歩く友達に声をかけている。もっと右だとかそこは真っ直ぐだとか。真っ直ぐ歩くだけなのに、そんな声かけが果たして必要なのか疑わしい所だ。
そんな石に向けて並んでる列に、また四人で加わる。
「あの石、縄文時代からあるそうよ」
「へぇ。まあ、神様が祀られてるんだから、そんだけ昔からあっても不思議じゃないか」
「それと、誰かの声とかを頼りに辿り着くのは、それそのままに『他人の力で縁が結ばれる』ってことになるらしいわ」
「白雪さん、詳しいね」
「ちょっと調べればこれくらい出てくるわよ」
調べたのか……。
「姫は凄いんだぜい少年。清水寺の中結構回ったけど、それはもう驚くほどに色々知ってたんだにゃー。これは前日に頑張って色々調べたに違いない」
「旅行先のことを予習しておくのは普通でしょ」
素っ気ない風に無表情で言う白雪だが、その頬は少し赤い。割と楽しみにしてたのかもしれないぞこの子。なんだそれ可愛いなおい。
「ほら、私達の番だにゃー」
「最初は智樹くんからだね」
「えっ、なんで僕から?」
「いいからさっさと行きなさい」
半ば強制的に一番槍を務めさせられた。相変わらず強引は女性陣にため息を吐きつつ、石の前に立って目を閉じる。
対して難易度が高いわけではない。ここから真っ直ぐ、十メートル先の石に辿り着けばいいだけなのだから。
頑張れー、なんて理世と井坂の声を聞きながら歩き出す。胎内めぐりなんて比じゃない暗闇。目を閉じているのだから当たり前だ。そんな中で歩くのは、平衡感覚が狂ったり足取りが不安になったりするものの、ただ歩くだけならそこまで問題ではない。
「っと、こんなもんかな」
暫く歩き目を開くと、丁度十メートル先の石に辿り着いていた。やっぱり、そこまで難しいものでもないじゃないか。
僕がゴールしたのを見計らって、次は白雪がスタートするけど、その白雪の足取りも迷うことなく真っ直ぐに反対側の石へ向かって来ている。そして程なくしてゴール。
「思ったより簡単ね」
「まあ、真っ直ぐ歩くだけだし」
二人揃ってスタート地点に戻れば、何故か呆れ顔の理世が。なんでだよ。
「相変わらず、無駄に高スペックだよね、智樹くん」
「無駄とは失礼な」
「私的には、姫が普通にゴール出来ちゃったのが不思議だけどにゃー。ほら、姫って運動音痴だし」
「あんまり関係ないと思うわよ、それ」
と言うわけで。
続いて理世の番だ。
「見ててよ智樹くん! 二人みたいにばっちり渡りきって見せるからね!」
「頑張れ、と言っても、普通に真っ直ぐ歩くだけだから、そう肩肘張らなくてもいいと思うぜ」
僕の助言を聞いてるのかどうか、理世はふんすと鼻息荒く、目を閉じて歩き始めた。
出だしは好調だったものの、三メートル付近から雲行きが怪しくなり始め、大体半分を過ぎた頃には完全に左へ左へと寄って行ってしまっていた。歩き方もフラフラしてて危なっかしい。ガラスの靴貰いたてのシンデレラでももっとちゃんと歩くぞ。
そしてそれを見た白雪が、クスリと笑みを一つ。
「もっと左に行った方がいいんじゃないかしら」
おい。嘘を教えるな嘘を。
しかし理世はそれを間に受けたようで、更に左へと進んでしまう。やがて足を止めて目を開いた理世は、ゴールである石からかなり離れた位置にいた。
肩を落としながら帰ってくる理世を見ていると、なぜか僕が罪悪感に駆られてしまう。嘘を教えたのは白雪なのに。
「残念だったわね」
「白雪さん、嘘教えたでしょ」
「私は左に行った方がいいって言っただけよ? そこにゴールがあるとは言っていないわ。そもそも、目を閉じてるだけで真っ直ぐ歩けないあなたが悪いんじゃない」
「そっちと一緒にしてもらったら困りますー!」
「あら、無駄に高スペックでごめんなさいね。お生憎様、出来ない人の気持ちは分からないものだから」
ふっと嘲笑を浮かべる白雪と、騙されたことにプンプン怒る理世。見るからに怒ってる今よりも笑顔の方が怖いってどう言うことなんだろう。
「まあまあ二人とも。取り敢えずここ離れようぜい」
「井坂はやらなくていいのか?」
「ああ、まあ、うん。私は別にやらなくてもいいかにゃー……」
どこか遠い目で、自嘲気味なため息を漏らす井坂。さっき白雪と理世に何を言われたんだ……。
知りたいけど、これは絶対に開けてはならない、パンドラの箱だと確信した。
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