第53話
車が走り出して三十分と言ったところだろうか。後ろの女子達は未だわいわい楽しくお喋り中。真ん中に座った小梅ちゃんの自慢をその右隣、僕の真後ろにいる白雪が延々と語り、神楽坂先輩がそれに相槌を打っている。当の小梅ちゃん本人は、さっきから苦笑いが絶えない。
どれだけ妹自慢をしたがるんだと思うも、しかし、白雪が真後ろとか、その気になったら僕のことを物理的に攻撃出来るので、下手なツッコミは出来ないわけだ。それにしても妹好きすぎだろう。ドン引きだよ。
一方で僕たちの前に座る二人、助手席の大黒先生と中岸さんは、意外にも趣味が合うらしく。釣りに行ったやらサバゲーに行ったやらとアウトドアな話で盛り上がっていた。
中岸さんがサバゲーってなんか、割としっくり来る。スーツの中からハンドガンとか取り出しそう。かつては歴戦の老兵で、今は自分を拾ってくれた主人に忠誠を誓っている、みたいな。
大黒先生の場合は街のギャング的な。やばいな、これも簡単にイメージできちゃう。そんな凸凹な二人がコンビを組んで仕事をする話とか。次の小説はこのネタで行ってみようかな。や、銃撃戦とか書けないから無理だ。
「ほら、どうした智樹。次、お前の番だぞ」
「ぐぬぬ······」
そして中列、二列目に座っている僕と三枝はと言うと。
普通に大富豪してた。二人で。
戦況は芳しくない。僕の手札が残り六枚なのに対して、三枝はその半分である三枚。二人だけだから、ある程度は平等にカードが配られはするのだけど、それにしてもジョーカーとその次に強い2が全て向こうに渡るのは予想外というものだろう。だがまあ、勝つこと自体は容易なことだ。
ぐぬぬ、なんて唸っては見たものの。ようはこの大富豪、ある程度の定石を知っていて、場に出たカードを全て覚えておけばいいだけのシンプルな方法で勝てる。ババ抜きのように運の要素が強く絡んでいないから、僕が負ける道理はない。
場に出ているカードは11。イレブンバックの効果で擬似的な革命状態だ。つまり、数字の強さが反転している。そして三枝の手札は恐らく、8、6、ジョーカーの三枚だろう。僕の記憶違いでなければ。つまり、相手に手札を切らせた時点で僕の負けが確定する。
だがこのゲームにおいて、8やジョーカーを終盤にまで取っておくのは誰もが取る戦法だ。つまり、僕の手札も勿論例外ではなく。
「じゃあ、8で切って10三枚の十捨てで僕の勝ちだな」
「んなぁぁ!」
流れるように手札を全て使い果たすと、三枝から悲痛な叫びが上がった。ざまあみろ。
「大富豪で僕に勝とうなんて、百年早いんだよ。学年一位の脳みそを舐めてもらっちゃ困るぜ?」
「才能の無駄遣い、ここに極まれりだな」
「何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないね」
三枝は諦めたようにため息を吐くと、傍に置いていたペットボトルを開けてコーラを飲む。
これで三勝無敗。僕の完全勝利だ。いやぁ、勝った後のコーヒーは美味いなぁ。
「ねえ」
「······っ!」
不意に耳元で囁かれ、微かな吐息が耳朶に触れた。そのお陰でビクリと肩を震わせてしまい、危うく缶の中身を溢してしまいそうになる。僕の顔の直ぐ隣にあるパッチリと開いた二つの大きな目からは、胡乱な視線を頂戴してしまった。
「後ろから突然話しかけないでくれ······」
「あなたの後ろに座ってるんだから、後ろから話しかけるしかないでしょ」
「突然はやめてくれって言ってるんだ。 それに、そんな可愛い顔がすぐ近くにある男の心情も察してくれ」
「はいはい」
適当に返事をしつつも、白雪は顔の位置を移動させようとはせず。ピョコリと僕の肩口から顔を覗かせたままだ。全く聞いちゃいないな······。シートベルトちゃんとしてるのか?
白雪に背後から声をかけられることにはそろそろ慣れて来たのだけど、こんなに顔が近づくのは未だに慣れない。
「ひゃー、お兄さん、平気でそう言うこと言っちゃうんですねー」
「そう言うことって?」
「いや、なんにもないですよー」
白雪の隣に座る小梅ちゃんが小声で呟いた。広くもない車内では当然僕の耳にも届くのだけど、小梅ちゃんはにっこり笑って、無理矢理誤魔化された。
「で、どうしたんだ?」
「大富豪、私達も混ぜなさいよ」
改めて要件を問うと、無表情のままシートに放り出されたトランプを見てそんなことを言う。
て言うか早く離れてくれ。さっきから君が喋るごとに息が耳に当たって擽ったいんだよ。
「紅葉さんもやります?」
「うん! 秋斗君よりは強い自信あるよ!」
「いやいや、智樹が強いだけで、俺だって結構強いんですよ?」
隣では三枝と神楽坂先輩がいちゃついてる。余所でやれ、余所で。
しかしまあ、見た感じお互い自然に会話出来ているし、距離感も夏休み前よりかなり近くなっているのではないだろうか。どうやら、ここ数日で色々とあったのは本当らしい。色々と言うのがなんなのか、まだ聞きそびれているが。
「じゃあ取り敢えず、みんなでやるか」
放り出されたままのカードを回収してシャッフルし、全員に配る。二人でやっていた時よりも幾分か頭を使わなければ大富豪は目指せないが、その方がやり甲斐もあると言うもの。
僕の連勝記録は誰にも止められないぜ。
左右に山が聳える高速道路を、僕達を乗せたハイエースはひたすらに進んで行く。
僕の住んでる浅木市は山も近いからそれ自体は見慣れたものだが、こうして山に囲まれた道と言うのは随分と幼い頃の記憶しか残っていない。
「なんや、三人は寝とんか」
「大富豪ではしゃぎ過ぎたんですよ」
五人全員での大富豪バトルロイヤルは、終始僕が一位、つまりは大富豪の地位を保ち続けた。そしてその下が白雪、小梅ちゃんと続き、貧民と大貧民は三枝と神楽坂先輩が入れ替わりながら。
六回ほどゲームを続けたのだが、神楽坂先輩が疲れたからと抜けてしまい、その次に小梅ちゃんが。その流れでトランプはお開きとなり、気がつけば僕と白雪以外の三人は眠ってしまっていた。
後ろを振り向けば、小梅ちゃんが白雪の肩に頭を乗せて、小梅ちゃんの肩に神楽坂先輩の頭が乗っている。微笑ましい光景だ。神楽坂先輩の寝顔から発せられる癒しオーラと、小梅ちゃんの年相応に幼く可愛らしい寝顔でトランプの疲れも吹き飛ぶと言うもの。
因みに、三枝もこちらに寄りかかって来そうだったので、向こうに思いっきり押し返した。その後寝息すら聞こえなくなったが、まあ気のせいだろう。しんでしまうとはなさけない。
「そろそろパーキング寄ろう思っとったんやけどな」
「このまま真っ直ぐ参りますか?」
「運転代わらんで大丈夫ですか?」
「ええ。慣れていますから」
「すんません、そんじゃお願いします。お前らもそれでええか?」
「僕は大丈夫ですけど」
「私も大丈夫です」
なんてやり取りをしている間に、ちょっと大きめのパーキングエリアを通り過ぎた。どの道、寄ることは出来なかっただろう。
「君は寝なくていいのか?」
「私は平気よ。小梅は今日が楽しみで、あまり寝れなかったみたいだから」
「まるで自分は違うとでも言いたげだね」
「事実その通りだもの。昨夜はいつも通りぐっすり眠れたわ。まあ、楽しみにしていたのは否定しないけれど」
聞こえて来た最後の言葉は、どこか優しげな声色だった。後ろを向いて話しているわけでもないから、彼女の表情は見えないけれど。きっと、穏やかに微笑んでいるんだろう。
それが見れないことを残念に思いつつも、見れなくて良かったと思っている自分もいる。どうせ、またその笑顔に目を奪われてしまうだろうから。
「そう言えば」
「なに?」
「あの後、樋山から連絡があったよ。たまにでいいから、練習に来ないかって」
樋山との対決から翌日。つまりは昨日。文芸部の面々から送られてきたラインを返した後、夜にその様な旨のラインが樋山から送られてきた。
彼とは連絡先を交換していなかったのだけど、特訓中に僕と連絡先を交換した小泉から教えてもらったらしい。
「良かったじゃない。また、野球が出来るわよ?」
「ああ。そうだね」
実は、結構嬉しかったりする。なんでもキャプテンである新井からのお誘いの様で。同じピッチャーとして負けられないやらなんやら言っていたらしい。
白雪からは随分と手酷い仕打ちを受けていたし、随分なチャラ男らしいけど、野球に対しては真摯なようだ。そう言うやつは、嫌いじゃない。
「夏休みもたまに顔出しする予定なんだけどさ。君も来ないか?」
「私?」
ちょっと唐突な誘いだったろうか。声には疑念の色が滲んでいる。あからさまに嫌がられていないだけマシだと思おう。
「またどうして?」
「どうしてだろうね」
「なによそれ。はっきり言いなさいな」
「別に僕はここで言ってもいいんだけど、君はいいのか? 先生と中岸さんも聞いてるぜ?」
少し考えるような間があり、後ろから「あっ」と言う小さな声が聞こえた。どうやら、心当たりに思い至ったらしい。
「ま、まあ、一応考えておいてあげるわ。一応ね」
「それはありがたい」
多分、白雪の頬は薄く朱に染められているのだろう。なぜかって、僕も今まさしくそんな状態だから。自分で言い出した癖に。
けれどまあ、取り敢えず。これで、夏休み中に白雪と会う口実が出来た。そのことは、ちょっとくらい喜んでもバチは当たるまい。
この後大黒先生から「車内でイチャイチャすんな」とか言われたり、大きな声で二人揃って否定すると後ろの二人が起きてしまったりしながら、車はまだまだ進んでいく。
ところで、三枝のやつは起きなかったんだけど、本当に死んでたりしないよね?
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