二十一
翌日の日曜日の朝、唯介が美名と宏司の昼食を用意すると、
「休日は忙しいから、午前のうちに仕込みしとかないと店が昼過ぎにたいへんなことになるから」と言い、10時からの勤務にもかかわらず、9時前にマンションを出てファミレスに出勤した。
美名は食欲がなかったが、とりあえず朝食を食べることにした。
ダイニングテーブルにひとり座りご飯と味噌汁を食べながら、リビングのテレビを点けると、日曜の朝の政治家が出演している討論番組が映った。
テレビ画面の右上の片隅に、「本当に必要?大型ダム総工費2兆円」という字幕が出ていた。
「えー、今議論になっている多目的ダムは灌漑、生活用水、工業用水のみならず、治水効果も見込んでおりまして、現在の堤防その他の設備では、100年に一度の洪水には耐えられないということがわかっております。野党の方々は『水は足りている』ということを建設中止の根拠としておりますが、危機管理の側面があることを是非ご考慮いただきたいと思います。洪水に限りませんが、地震台風その他、我が国は不幸ながらも災害が頻繁するのでありますから、それに対する備えとしては、これまでの公共工事費の水準は決して十分ではないと考えます」
政調会長という肩書きの政治家が、そんなことを言っていた。
昨晩は、結局真子は家に帰って来なかった。最近あきらかに、留守にする頻度が以前よりも多くなっている。
朝食を終えて着替えると、スマホに理佐からのメッセージ受信があった。
”美名ちゃん、昨日さっそくインストールしたアプリを動かしてみたんだけど、こっちは特に異状なかった”
美名はすぐに返信する。
”こちらも異常ありませんでした。実は今日、わたしの学校の友人で心霊現象とかに詳しい人がうちに来てくれることになってるんです”
”そう。わたしの家も見てもらおうかしら”
”たぶん、あと30分くらいで来ると思うから、聞いてみます”
”ありがとう”
そんなメッセージのやり取りをしていると、インターホンが鳴った。
昨日から、小さな物音にも過剰に反応してしまうようになった美名は、インターホンの音でさえも身体が過剰に反応してしまう。
玄関に出てのぞき窓から見ると、ピンク色のやたら派手なTシャツを着た莉乃の姿があった。ドアを開けると、
「おはよ。やっぱここで良かったんだね」と言った。
中学校のころに莉乃を自宅に招待したことは何度かあったが、最近は絶えていた。きちんと部屋の番号まで覚えてくれていたことを、美名は少しうれしく思った。
「おにいちゃん、部屋でまだ寝てるかもしれないから、静かにしてね。お父さんとお母さんは出掛けてるから、とりあえず部屋入って」と言って莉乃をリビングのほうへ招き入れた。
「おじゃまします」と莉乃は小声で言い、靴を脱ぐ。
水色のソファに座ると、莉乃は背負っていた小振りなリュックサックを足元に置いた。
そしてリビングのあちこちを、何かを探すかのように見回してから、
「どう? あれから何かあった?」と言った。
「ううん、特に何も……。301号室の人も、昨日は一晩中寝言アプリを動かしてたらしいんだけど、何もなかったって。どうなの? うち、霊的な何かがいるの?」
「いや、わたしは霊感ないからわからないんだけど、それを調べるために、これを持ってきたのよ」
莉乃はリュックサックのファスナーを開けると、中からデジタル時計のような長方形のモノクロ液晶が付いた、手のひらくらいの大きさの機械を取り出した。
「なに、それ?」
「この前、言ったでしょ。これ、レイガーカウンターって装置なのよ。幽霊が出す特殊な周波数を検知して、幽霊の怨念の強さを測るもの。昨日やっと届いたんだけど、まさかいきなり実戦で使うことになるとはね」
たしか先日、莉乃はそんなことを言っていた。実際に見るその機械は、美名が想像していたものよりはるかに小型で、まるでおもちゃのようだった。
「霊が出す波動にも三種類あってね、アルファ波、ベータ波、ガンマ波って言って、それぞれ特徴が違うんだけど、これは最新のやつだから、三つとも全部測れるのよ」
正直なところ、そのレイガーカウンターという機械が信頼できるかどうかはかなり怪しかったが、ほかに頼るべきものはない。
「ガンマ波がいちばん一般的なもので、いわゆる地縛霊ってやつね。アルファ波はめったに検知することがないんだけど、これは場所ではなく人に憑くタイプのもので、内部から長く悪影響をもたらすものだと言われてるから、いちばんタチが悪いのよ。しかも自己増殖すると言われてる。ベータ波はその中間くらい。でもベータ派は自然環境のなかでもふつうに少しだけ発生してるし、その場所の地面を構成してる鉱物によってはかなり強いのが出るらしいから、これはあんまり参考にならないのよ。それじゃ、アルファ波から計測してみるね」
莉乃はレイガーカウンターのスイッチを入れて、液晶のすぐ下についているボタンを操作した。
しかし、レイガーカウンターの液晶画面に「0.00」という表示が出たものの、その数値は上がるようすはまったくない。
「アルファ波はゼロみたいね。次、ベータ派いくわよ」
ボタンを押すと、液晶が「0.02」を示し、小さい音が「ピ、ピ、ピ」と心電図の音のように周期的に鳴り始めた。
「ベータ波は検知したみたいだけど、これは誤差の範囲内ね。一般的には、どの波も5.00くらいまでは問題ないって言われてるから。これだとむしろ小さいくらいかもしれない。それじゃ、最後ガンマ波いくわよ」
莉乃が液晶の下のボタンを押して、感知する電磁波の種類を切り替えた。
すると、レイガーカウンターはまるで壊れたかのように、「ピピピピピピピ」という警告音を連続して発し始めた。
「え? 何これ。こんなことあるの!?」
美名が液晶を覗き込むと、液晶は「999.99」の値を表示していた。
莉乃は、嘘でしょ、とつぶやいて呆然としてたが、やがて、
「ちょっと、音うるさいから一回電源切るね」と言ってレイガーカウンターの電源を切った。
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