十八
翌朝は土曜日で学校は休みだった。昨晩、ベッドの中に入っていろいろと考えているうちに、いつの間にやら寝ていたらしい。目覚めたらすでに午前11時の少し手前だった。
土曜日と日曜日は、唯介は郊外にあるファミレスに、朝10時から夕方5時までパートに出ている。主夫で料理が得意な唯介はこの仕事を気に入っていて、また休日のファミレスは家族客の来店が多く忙しい割りに時給が安いためパートの定着率が悪いらしく、職場では歓迎されているようだった。
リビングに出ると、焼きそばが盛られた皿がふたつあり、ラップがしてある。皿のすぐそばに「レンジで温めて食べてください」と書き置きがあった。
真子も、仕事なのか不倫相手のところなのかはわからないが出かけているようで、いない。
確認するまでもないが、宏司は部屋にいるだろう。
台所の鍋にはみそ汁があり、炊飯器のなかにごはんも炊けていたが、美名はあまり食欲がなく、すでに昼前であるため、朝食は摂らないことにした。
洗面所に行き、顔を洗って歯を磨いた。自室に戻り、とりあえず黒い薄手のワンピースに着替えたものの、今日も明日も、特に予定はない。家にはなんとなく居たくないので、莉乃を誘ってショッピングモールにでも買い物に行こうか、それとも公園のベンチに座ってゲームでもして過ごそうか、と思ってスマホを探したが、いつも置いてある机の上に置いてあるはずのスマホがない。
探すように辺りを少し見回し、ようやく、インストールした「寝言アプリ」を起動したままのスマホを、本棚の天井の近いところへ置いたままにして寝たのだということを思い出した。
背伸びしてスマホを取り、画面を見ると充電がすでに残り14%になっていた。
とりあえずコンセントから伸びる充電ケーブルを差し込むと、寝言アプリの録音を停止した。すると美名が寝ているあいだに、何らかの音声をキャッチしたらしく、「7件の録音が有ります」という表示が出た。
録音したリストを表示してみると、録音開始の時間と録音ファイルの容量が一覧になって並んでいた。
録音開始 音声ファイルサイズ
01:32 3KB
02:28 28KB
04:17 58KB
04:47 89KB
05:15 140KB
10:57 18KB
11:03 26KB
下の二件は今日の午前10時57分と午前11時03分なので、さっき自分が起きて着替えているときの物音を録音したのだろう。
少し怖いという感情を押し殺しながら、それらを再生してみる。午前10時57分のものは、「あ~」と言う唸り声のような自分の声に続いて、「ゴホゴホ」咳の音が録音されていた。続いて、ドアが開いてしまる音がした。
たしかについさっき、寝起きで喉が渇いていたため、軽く咳をした覚えがある。そしてその後、リビングに出たときの音だ。
午前11時03分のものは、扉をバタンと閉める音に続いて、小さくガサガサという音だった。これはリビングから帰ってきて、着替えているときの音だろうか。
それでは、夜中の1時32分に始まり午前5時04分まで、断続的に録音されている5件のファイルは、いったい何なのだろう。
おそるおそる、それらをひとつずつ再生してみる。
午前1時32分。非常に小さな、バタン、バタンという音が録音されていた。これは美名もたまに聞く、隣の宏司がドアを開けてトイレか風呂に行く音が響いてきたものだろう。宏司はいつも、みんなが寝静まったころにこっそり風呂に入っているらしい。
午前2時28分。「うーん、うーん」という唸り声のようなものに続いて、「次の時間、数学だっけ?」という声が聞こえてきた。最初の唸り声を聞いたときはドキリとしたが、これはどうやら美名自身の寝言らしかった。まさか自分がここまではっきりした口調で寝言を言っているとは想像もしなかったので、誰もいない部屋でひとり少し照れ臭くなった。
残り、三件。これらもきっと、寝言か隣の宏司が何か物音を立てただけなのだろう。
そう思って、午前4時17分のものを再生開始すると、いきなりスマホから、「ドン、ドン、ドン」という小さな音が再生される。まるで、扉を間を開けながらノックしているような音だった。いったい、何の音だろうか。外で何かがあって、その音を拾ったのだろうか。
再生は止まることなく、引き続き「ドンドンドンドン、ドンドンドンドン」という音が続く。それはさらに激しく大きくなっていき、最後には「バーン!」と何かが爆発するような破裂音がして、ようやく止んだ。
「え……、これ、いったい何よ……?」美名は思わずつぶやいた。
朝方の4時にこんな大きな音が自分の部屋で鳴っていたなら、おそらく目が醒めているはずだし、唯介やとなりの部屋の宏司が気が付かないはずがない。
「きっと、何かの間違いよね。素人がプログラミングしたフリーのアプリだから、きっと誤作動しただけ」自分に言い聞かすように美名は言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます