第27話 結界士と、結界破壊魔法の対抗戦 4-トラウマ

「じゃ、お休み。ルナ、後はよろしく。」


 そう言って俺は、「転移」によって姿を消したはずだった。だが、確か空間系が少しとか言っていたヤツが居たために、「転移」した先にはゴロゴロと、転がる物体が………。


「あぁ、眠っ。あれ? な、何で。お前ら、ここに居る?」

 そう、疑問を持っても不思議のない光景だった。


「………『風呂』って聞こえたから。シャワーしかないからココ。あるなら、貸して欲しいなって……」


 そう言われて、あぁそういえばそうだったっけと思い返した。

 こちらの世界では、今はまだ風呂は一般的ではない。


 水が余り豊富ではない上に、五年前の熱風による乾燥でほとんどの国が少量の水で済むシャワーか、清拭せいしきと呼ばれる七十度のお湯による汗などの拭き取りで済ませていた。よく病院や介護施設で見る光景だな。


 この清拭はお風呂の効果に似ていて、タクラム・チュー皇国などの砂漠を擁する地域では、黒い樽に水を張り昼間の熱を受け熱水にして、夜その清拭とともにマッサージで体の疲れを取る商売があるのだが、ほとんどが貴族などに依頼されているために庶民的な価格帯には無かった。


 いくら上級の魔法士であっても、おいそれと利用できるものでは無い。


 そして、火と水があれば風呂は出来そうなものだが、いままでの彼女や彼にとって風呂というのは、一般的じゃない状態だった。


 それを常識として持っているのなら前世のことを想い出さない限り、風呂というものには全く縁のない話だった。それこそ、それが当たり前のことだったのだから。


 だが、記憶を思いだしてしまった以上、いまの風呂のない状況は耐えられるものでは無かった。だから、かすかな声で話していたとしてもおそらく全員が聞き逃さなかったという事なんだろう、いまの状況をかんがみるに。



「で、ルナを含めて全員で掴まって・・・・・来たという訳か?」

 そう、そこに転がっていた物体は転移による高度差・・・・・・・・(立っている場所などから他の者と一緒に跳ぶときにはその高度差を術者が補完する必要がある。)で、転んでしまった者たちだった。


「「「「「「「「「「「「「えへへ、よろしくお願いしま~す」」」」」」」」」」」」」


 悪びれた様子の無い元の世界の仲間たちに、「ま、いっか」と無理矢理、納得する。


「セトラ様、お食事は?」というアトリに、ひとまず簡単なものをということで俺を含めた四十二人分を頼んだ、魔物の森でゲットしていた食材、主に肉の関係を層庫から取り出して渡した。


 雪狼たちの狩りによる百足鶏レッグスは、その姿は地球に居たクジャクに酷似している。

 が、生えている羽の一本一本に補足サブレィという足があり、その足の多さから処理に手間取るため、食材としては本来見向きもされないものなのだが、味は結構美味い。

 層庫には何匹か入っていた。今回のは、羽根枕を作るために風で羽をむしったのをそのまま、渡した。大きいヤツだったから食べ甲斐は、あるはずだ。




「食事もしたいけど、先にお風呂戴いてきてもいいよね?」という女性陣の要望(脅迫?)に応える形でワームコインを一人一枚ずつ渡した。


 当然見たことも無かったので説明すると、放り投げようとしたから、それがないと入場することすら出来ないことを説明した。

 仕組みを教えて、人数分のお湯にはならないことを急遽きゅうきょ説明して納得して貰った。特にワームを乾燥して造っているということに女性陣はある種の嫌悪感を持ったようだが、ここの風呂では必需品だ。


 乾燥させた上で、断面を見せないように薄い紙で覆っているのだ、理解して貰いたい。


 というか、俺の工事している「床暖房」も「風呂」もこのワーム・コイン有りきだからな。熱源に対しての感謝がもっているものなのだから。


『最近はフラレンチ・トゥストが転送されてござるので輪番制で、ケンカにならないようにしているでござる。』と、コーネツから想転移が入る。




「ふぅぅぅぅ、いいお湯。」などの会話がされたものと思う。


 男女の湯船は完全に別れていて、不埒ふらちなことの出来ないようになっている。 普段の使用では、完全に人種は入り交じっているが。


 本日のいまの時間は、俺の貸し切りにさせて貰っている。

 既に夜も深いし、モフモフだのケモミミだの尻尾だのに免疫があればいいが、逆にアレルギーでも持っていたら大変だからな。


 やんどころのない方々は、順番を決めて真ん中の家族風呂に入り、ルナだけは同期の連中とともに女湯に入った。その後は知らない……、そういうことにしておく。


 火モグラたちにも、超過勤務の手当は出すことにしており、取り合いにならないように、コーネツにまとめて渡しておくのが無難なところだろうな。










 いい感じに綺麗に茹で上がった彼らは、俺の家の食堂ではなく、たった今ディノと一緒になって造ったゴーレムハウスの中で寛いでいる。

 もちろん床暖房で暖かくなっている。


 食事は一階の広間、階段を昇った先にある二階奥に女性陣の寝室。男性陣は三階。

 やんごとなき方々は、俺の部屋の隣にある客間になる。


 一応、何かあっても困るので、ゴーレムハウスは移動可能になっているし、結界も張られている。………もちろん二重の意味で。








「え~、コホン。再会の夜を提供して頂いたセトラ君との親交の場に、いま居られることを祝して、乾杯!」


「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」


 しょうがないんで再度、転移して都合の付く関係者を呼んできました。

 まぁ、全員来ました、お忍びで。


 で、ここで宴会を開いているという感じです。

 誘い文句は一言。

「風呂に行くか?」でした。


「「「「「「「行く!」」」」」」


 明日からの実習や、その説明もあるにはあるけど、いまは再会とお風呂の喜びと食事に乾杯! かな?






 だが、いつまでもお開きにならない宴会に俺はしびれを切らした。




「そ~だよねぇー」とか、盛り上がっていますが、そろそろお開きにしませんと明日つらいですぜ、皆さん。


「え~何で~まだ、い~でしょう?」

 とは、ルナの弁。


「ルナ、何のために集まって貰ったのか、説明したんだよね? もちろん?」

 俺の指摘に、蒼くなるルナ。


「ま、まだ。し、してない。」

 そうだよね。そうだろうと思ったよ。余りにもノー天気な騒ぎっぷり。普通は出来ないよ、こんなにダラダラとは。



 俺を含め、やんごとなき方々の雰囲気が変わる。


 でも、それは、明日の実習には関係ない……よ。することして、自分たちのことを再認識して貰わないと、もう既に働いているんでしょう? 貴方たちは……。

 それとも、もう一回、学舎まなびやに戻りますか? シュッキン・ポゥと同様に。


 酒も入っていないのに、くだを巻く人たち。その責任を感じていないとか、この面子の中では通じない……よ? 言葉に注意しないと、命を縮める可能性が出てくる……よ?

 仮にも、前世では、その責任ある位置に居た人たちだからね。


「では、ルナに変わって、説明しましょう。 君たちとルナの全員に明日の実習を受けて貰います。これは、既にここに居る、やんごとなき方々のご配慮によるもので、その実習次第で、あなた方の待遇が変わります。良くも悪くも、既に近隣の国たちも幾つかの事象から、原因に気付きつつありますからね。」


 特に俺が………、いや、俺の魔法が。特殊だからかも知れないが……ね。

 いまなら、抑えられる。今しかないと言っていい。これを逃すと、危険すぎる。

 かつての、君たちの友としてもね。


「い、いきなり、何を言っているの?」「ルナ、どういうことなんです?」「俺は帰る。」「わたしも……」


「その言葉は当然発せられるべきものではあるが、今、この時点で帰ることは君たちの命を縮めかねない。」


 その困惑の言葉が、今までの和やかな雰囲気を吹き飛ばした。


「ルナ………、あとは任せる。」


「ルナ?」


「あたしたちが、学院で成したこと、覚えているでしょう? 学院の結界に挑んだこと。最後に挑んだ魔法とほぼ同じ術式で、旧タクラム・ガン国、今はパレットリア新国だったかしら、それの結界に挑むことなの。」

 ルナの言葉に耳を澄ませる各員だが、


「だって、あれは……あれは失敗したもの」「俺、もう結界にはチョッカイ掛けねぇって思ってんだ」などの否定的な言葉しか出てこない。


「やっぱり、トラウマっていたか?」と、呟く俺に。


「トラウマ……っていうことは、今の……、現状の私たちに何かがあるっていう事?」

 そうレイが返す。


「呑み込み早いな、レイ。君たちが、五年前にその術に失敗したことは聞き及んでいる。 特級一人、一級四十人もの魔法士が集って結界に挑んで何も出来なかったことだな。だが、それは魔法をイメージすることで新しいものが創られていくことでもあるのだが、…………それに失敗し、魔法にならなかったと君たちは断定したようだが、もし、それが成功していたとしたら、どういう感想を持つだろうかな?」


「あの魔法は出来ていたの?」


「そう出来ていた。思いもよらない形で魔法は成った。」


 その言葉に、宰相、王子、皇帝、公子、そして魔王が頷いた。


「「「「「「その魔法は三年間保持ほじされ、二年前にやっと終息した。」」」」」

 俺を含めた六人が、口を揃えて話した。

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