第25話 結界士と、結界破壊魔法の対抗戦 2-危険地帯

「おい、手紙きたか?」

「あ、ああ。中は普通の同期会のお知らせで、茶菓子は用意するからという事だったけど、茶菓子って何?」

「さあ? でも行くんだろう、お前も。俺のところの上司なんか休暇届を出したら、戻ってこなくてもいいんだぞってぬかしやがった。」


 そんな会話がスクーワトルア国内やタクラム・チュー皇国、タクラム・トー国やク・ビッシ国、ド・コーア国、ガルバドスンでもされていた。

 そして、どの国でも速やかに彼らは彼らの部署現在地から手紙で指示のあった国、旧タクラム・ガン国へと、向かった。正確には、その近くのカクシの森だったために、ある意味、不安を抱えたままだったが。


 そんな彼ら、彼女らの胸に去来するのは、あの「エテルナ」の鮮やかな魔法の輝きだけだった。あの学院卒業後の悶々とした時間を取り払うために、それぞれが自分のための行動を取った。

 国ではなく、自分たちのため。だが、それは、国にとっては害悪だった。


 だから、あちこちからこんな声も聞こえてきた。

「彼らは、用済みなのでは?」という声があったり、「何を言う?あれだけの容姿はそうそうあるものでは無いぞ」「では、手はず通りに……」「うむ、いつものようにな……」などの声が伝わってくる。

 だが、こんなことを画策するヤツの方がよほど害悪だと思うのだが……。


 俺が何故これらを把握できているかというと、スクーワトルア国エドッコォ領と旧タクラム・ガンへと続く火の道火もぐ・ロードを整備しておきたかったのだ。


 委譲された旧タクラム・ガン国の採石場から原石を採取して、自らの体として再構築していくその速度は見ているものを圧倒させた。今回は連絡用という事でサイズは一メル角の大きさで地表に二列に構築している。

 馬車を走らせるための石畳という形を取ったのだ、それなら馬車が走っている限りは疑われないだろう。

 ディノに頼んで突貫工事をして貰った甲斐があったというものだな。ちなみに、通信用の回路として、ミスリルの単結晶チューブとそれに付属する端末用の金糸の回路をそれぞれの石畳の上下左右の四面に設置している。ミスリルの直径は髪の毛ほど、端末用の金糸の回路の接点は一セチ角のピラミッド状になっている。


 ピラミッド状の回路に残っていた声はしっかり風貝かざかいに風で吹き込んで貰った。サザエのような見た目だが、そのトゲと言うかつのと言うかは謎だが、そのうちの一つを加工することで、何度でも音声を再生できるという代物だ。確実に後顧の憂いを断てるはずだからな。


 さて、手紙が届いてから引き継ぎを行ったり資料をまとめるなどの手続きをしっかり踏まえた上で、ルナの同期生の出立は、しく・・も同じ日で手紙が届いてから二週間後のことだった。

 もちろん、国の上層部には手紙は検閲隠れ読みされており、いつどこに向かうかの予測が立てられ、密かに追跡が計画されたのも当たり前のこと。


 それらの国の重鎮や、貴族たちの中で交わされる言葉はやはり、情報の漏洩を心配するもの。だからこそ、カクシの森には、各国の隠密部隊が隠れ潜んでいた・・



「でも、お茶菓子って何なのかなぁ、たっのしみだねぇ。」

 ク・ビッシに戻っていた女性魔法士三人。


 ク・ビッシとド・コーアと二〇年前にタクラム・チューに併合されてしまったタクラム・ガンとの国境にあるカクシの森に近づいていた。そこは、鬱蒼とした森で、入って無事に抜けてこられるものは無いとされている場所である。

 それは、魔物との遭遇であったり、暗殺者との遭遇であったり、別の遭遇があったりと、非道い噂の絶えない場所であった。


 俺が、その土地の移譲により主と化すまでは、だがな。

 まさしく、ヒリュキの危惧した光景が広がっていた。


 魔物が凄い多く棲息しており、危険地帯という事だったのだが、俺にとって、そこははっきり言って天国だった。

「モ、モフモフだぁ!」

 そう叫んで、森の主、魔物の元締めみたいな雪狼の白い巨体の首っ玉に囓りついたらしい………、ハハハ。

 見ていたヒリュキがどん引きするくらいのものだった。が、一番驚いたのは雪狼だっただろう。

 俺が気付いたときには、雪狼が苦笑いをしていたからな。




 迎えに行く・・・・・という事が手紙に書いてあったので、ド・コーアの国の仲間たちと落ち合うようにしていた。なのでこのカクシの森に向かって歩いていたのである。


「ルナのことだから、すっごいの用意しているかも……。」

「今は男爵夫人だったっけ? どんな服着ているのかな?」


「それよりも囲まれたわね。」

 良くない気配がカクシの森からダダ漏れになっていれば、誰だって気付く。彼女らとて、冒険者ギルドには登録済みのプロなのだ。ただし、未だにC級だが。それでも先程から、おしゃべりしながら術を準備していた。だからといって、先制攻撃するには情報が少なすぎた。

 狙われる理由は数が多すぎて、よく分からないためだ。


 前後左右に合計二十人以上の嫌な気配。動けないでいると、妙な光りかたをする装甲馬車が彼女たちの前方に現れ、近づいてくる。


「嫌なヤツが現れたわね。」

 レイ・コイトーがぼそりと呟く。


「クククク、お嬢さん方、ここから先の道は使えませんよ? この馬車にはあなた方の得意とする攻撃は通じませんから、ね。素直にお乗り頂けないと、少々痛い目に遭って頂きますよ?」

 各国の各主要都市の裏に棲息すはびこやから、つまりは奴隷商人というヤツだ。正式に認証もされていないが、彼らを贔屓ひいきにする貴族は多い。


「そう………、休暇届受理の裏で情報を流していたという事、か。やってくれるわ、あの馬鹿ども。」


「そうね、レイもジュウンもあいつらのことを袖にしてきたもの、ね」

「だって、あれは近寄りたくないわよ。実力も成果も無いくせに親の力を誇示するのよ。しかも、何? あの脂ぎった顔。まだ、豚の方が清潔よ!」


 レイがぶち切れた。


「ま、その通りなんだが、ね。私たちにも、利のある話なので、ここは引けませんよ。」

 歯に衣を着せない啖呵に馬車の中から何か壊れたような音がするが、ここをクリアしないとルナに会えない。何としてでも、押し通る。


 覚悟を決めた、その時。


 周囲にいた嫌な気配の者たちが音も無く、掻き消える。

「何事です?」

 目の前の者たちの仕業では無いらしい。


「たかだか二年くらいの間、雲隠れしていたら、こんな奴らが蔓延はびこっているとは、ね。これは、調教が必要かしら。ね、セトラ、ここは『助さん格さんやっておしまいなさい』でしょ!」


「俺に押しつけるなよ。何でみんな、こっちに尻ぬぐいさせるんだ?」


 話している言葉の割に声は幼い。どうも、ルナが連れてきたひと? って、セトラ?

 なんか、どっかで聞いたことの有るような名前ねぇ。


「ねぇ、レイ。セトラって名前どっかで聞いたこと無い?」

「珍しいわね、イクヨが反応するなんて。」

 ジュウンも「なんか? ねぇ」とか言ってる。


「一番珍しいのは、ルナが素直にあのひとにタメ口言葉を言ってることよね。」


「おい、この馬車の積み荷って言っていいのか? ひとだな、獣人も含んでいる。こっちでは奴隷商人って合法なのか?」

「んなわきゃ無いでしょう!」

 戸惑っている俺の声に鋭く反応するルナの声。掛け合い漫才か?


「そうか、そこなものたちよ、旧タクラム・ガン国改め、我が国パレットリアに侵入しておる。直ちにその積み荷を置いて、立ち去れ!」


「はぁ? ここはタクラム・チューの国になっていただろう? お前らに用は無いんだよ、ぶっちらばるど!」

 はぁ、まだ新しい情報は流れていないのか? 


「では、タクラム・チューの裁量として行動させて頂こうか? 私は、タクラム・チュー公子シュッキン・ポゥである。そこな者たちよ、その馬車を置いて立ち去るが良い!」

 シュッキン・ポゥの言葉に彼らの顔は青くなった。


「い、いや、ここはまだ三国間の公道上だ。タクラム・チューに言われる筋合いではない!」


 キン! という、澄み切った音が突如、響き渡る。

「な、何だ? 結界?」

 カクシの森を含む一帯に半透明の結界が構築された。シュッキンの結界だ。中々、早いものだな。


「いやいや、魔王の私が全てを飲み込んでしまおうか?」

 悪役が板についているな、魔王シャイナー。ディノが再構築した巨体が周囲を圧倒する。


「…………………?」

 もう、そこにいたのはガタガタ震えるだけの置物。


「さぁ、返答やいかに……?」と。

 三人の女性魔法士も、奴隷商人たちも俺の登場とともに、静かになった。

 雪のように白い毛皮の巨大な雪狼に跨がっていたからな……。


 名前は「ジョン」にしました。前世で、小っちゃい頃に飼っていた犬の名前です。

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