第23話 不発の竜巻とダメージ

「このバカ娘!」

 ごちん。


「あたたたたたた……、父さま~、なんでつの~」

 余りにもしたたかに頭頂部に親の愛なるゲンコツを喰らって、エテルナ改めルナが涙目になっている。ルナの子のパトリシアが一緒に涙目になっている。


 あれだけ、いい音がすれば、ね。つい、自分の頭を抑えてしまったくらいだもの。

 見たら、シャッカン・ポゥ皇帝もヒリュキもシャイナーも頭を抑えていた。


 前世の記憶が戻っている今では自分が為したことの大きさは分かるものの、記憶の戻っていないときの自分とはある意味別人と言ってもよく、本人としては何故たれ、もとい愛のゲンコツを喰らったのか、納得できないものがあるのは確かなところである。


「こ、このバカ娘! 理解わかっておるのか、お前たちの魔法が何を引き起こしたのか! 我が国ならず、近隣諸国にまで迷惑が掛かっていたのだぞ!」

 スクーワトルアの静かなる重鎮、宰相タク・トゥルの特大の猫が脱げていた。


 意外と熱い人だと分かった。

 ヒリュキが目を丸くしている。彼も知らなかったらしい。


「家ではいつもこんな感じ………よ。」

 涙目のまま、頭を抑えてしゃがんでいるその姿が笑いを誘う。


 そういえば、以前も何かやらかしてはこんな感じだったからな。

 俺と同時にヒリュキもシャイナーも、うんうんと頷いている。


「まぁまぁ、タク・トゥルさん。俺もルナに聞きたいことがあるのだけど、……いいかな?」

 既にここにいるメンツには、俺も素で話すことにしていた。人によって口調を変えていると自分でも混乱してしまうからだ。


 ああ、既にちょっとした話し合いがあるという事で、シャッカン・ポゥ皇帝の会議室にお邪魔している。外部からの茶々が入らないように装転移パワスタ済みだ。


 もっとも茶々は入らないが、俺の目の前に小窓があってたまに開いては、三〇〇鈴と交換にプリンかフラレンチ・トゥストが消えていく。部屋の外では、三〇〇鈴を入れることで開く箱があり、そこからシノブ母さんが品物を出す形にしていた。


「む、セトラ様のお言葉なれば、仕方ありますまい。このバカ娘にゲンコツを喰らわすことが出来るのも、あなた様のお陰なれば………。」


 そういえばその通りなんだけど、……なんだかなぁ。でも、今はこっちが重要かな?


「ねぇ、ルナ? 竜巻って、この世界で見たことってあるの?」

 これが俺の最大の疑問点だった。

 その現象を見たことがあれば、イメージは繋がる。暴走には至らない。

 でも…………理解共有することが、出来なかったとしたら、繋がらないイメージは暴走する原因の一つとなる。


「あるわよ。炎がよく渦を巻くじゃない……、なんて言ったっけ、アレ……」

「……ああ、ファイヤー・ストームだな」

「そう、それ!」

 シャイナーの溜息交じりの疲れた口調の言葉に、ルナがそれそれとばかりに乗っかる。


「マジか? ということは、それを参考にして詠唱を組み立てたんだな……。道理で風が無理をするわけだ。」

 俺がこの世界で目覚めたときに感じた、風の精霊の暴走による異常乾燥は、イメージの統一できていない集団魔法の迷走現象だったってことだ。


「え、どゆこと?」


「ルナは、その時の詠唱の言葉を思い出せる? 魔力を乗せなくていいから。」

「え、あ……うんとね。「風よ、彼方より集いて風の渦を成し、我らが敵に打ちかからん。ウィンド・ストーム」だったはず。」


 ああ、やっぱりミスっていた。しかし、ルナは前世でも、やったな、この手の騒動……。


「あのさ、竜巻ってトルネードだよ。ウインド・ストームは風の嵐だし。彼方より集いてって、どれだけ遠くから呼んだのさ……。ルナを核にして魔力を集めても、それぞれの魔法に対する明確なイメージが出来ていなければ、風たちだってどうやって実現したらいいのか解らなくなるよ。もー、ツッコミどころ満載だね。」


 座標イメージも希薄、敵のイメージも希薄、ファイヤー・ストームと竜巻のイメージの違い。違ったままの全開フル魔力エーテル駆動ブースト

 とどめは火の国ザンソルに対しての敵対する思いが募る時期だったってことか、だから二重三重に発動地点がズレた。


 火の国ザンソルにしても、自分たちの仕掛けた魔法なら制御できただろうが、魔法の発動した場所は全然別の場所、特級一名プラス上級四〇名の全魔力、単純なファイヤーボールだったなら対抗呪文も多彩にあるし、解呪ディスペルすることも不可能ではない。でもそれは、その魔法がなんなのかを知っていればの話。


 身から出た錆とはいえ、火の国ザンソルにとっては寝耳に水の状態。各国の反撃も伴って、あっけなく滅んでしまった。


 が、問題はそのあと。近隣諸国に残った異常乾燥の日々。


 集団魔法の怖さは魔力とは足し算じゃないってこと。

 その魔法に対するイメージの強さで何倍にも膨れあがる。


 このときはこれが火の国ザンソルに対しての敵意でさらに膨れあがった結果の現象だったってことだ。


 だから、どこか・・・の国で大雨が降らなければ、今もまだ各国は乾燥状態のままだったってことだな。


 俺の説明の途中から、ルナの顔色がどんどん悪くなる。蒼白になったまま、動けなくなってしまった。

 明確な共通イメージと信じていたものは術に対してのものではなく、単なる敵意だけ。

 だから・・・、それぞれの心にダメージが残った。トラウマという形で。


 ルナは、最終的にダメ出しされて膝を抱えて座り込んでしまった。


 慰めようと、シュッキン・ポゥが近づこうとするが、タク・トゥルのひとにらみで退散する。だが、魔王のサンサイド・シャイナーがシュッキン・ポゥに向かって、声を掛ける。

「お前は下手な慰めよりも相手を気遣うことを覚えよ。今のエテルナに必要なことを考えよ。それは民にも通じるものだ。そうでなければ、この国はお前の代で終わるぞ……………、また・・。」


「また?」

「そうだ、また、だ。」

 またの言葉に、深く考え込んでしまった彼。気付くか気付かないかは、それぞれ。

 気付けば……いや、気付かなくても、ひとは歩むだけなのだが。







「また? 私は繰り返すところだったのか………」

 そう言って、辺りを見回す彼の目に涙がにじんでいた。

 気付いてしまったか………、もう、あの時とは違うことについて行けなければ、そこは辛いだけの世界となる。それでも良いのだろうか? 耳に心地よい言葉を弄する者も、独裁的な行動も、ここでは………。すぐに………。

「お久しぶりです。気象魔法士ウェザードの老師」

「想い出してしまったか。やれやれ……」




「ねぇ、ルナ。その時のメンバーって覚えてる?」

 伝説を創ったといっても、ある意味トラウマになっているレベルの失敗だ。

 そのまま、宮廷魔法軍や王国魔法軍に所属してもどうしても脳裏にチラつくだろう、これが失敗したら……、と。魔法力や応用の原理は解っても、現実の戦力には成りきれない。

 だから、彼らは上級の力を持ちながら、発揮できない魔法士になっているのではないかと危惧したのだ。


「覚えているわ。各国から集った最強といわれていた同期だけど、今はみんな、閑職に就いているらしいから、すぐに会えるわね。でも、どうしてかしら、在学中は本当に有能なメンバーだったのに………?」


「ルナは? ルナはどうなの?」


「え、あたし? あたしはこの子がいたから……」


「でもさ、そんな結界破壊魔法を成功させようという気構えがあったら、素直に拉致られたままでいるのが君だったかい?」


 その言葉で深く考え込んでしまったルナに、僕ら・・四人は、優しい心を向ける。


















「そうね、そんなのあたしじゃないわ!」

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