第22話 後始末と伝説の魔法

 癒やしの雨が層転移クラスタしている現在の時空との境目に満ちていくことによる結界解除が進む中、ヒリュキとシャイナーは、それぞれお目当ての人と話し込んでいる。

 タク・トト・トゥルは、二人の側にいて、穏やかに微笑んでいた。


 何せ、そのためにこの国まで来たようなものだからな、三人とも。


 で、俺は、というと………。


 皇帝に差し出したもの、はっきり言えば、プリンとフラレンチ・トゥストの店頭販売員のような立場に陥っていた。整理券を配っているのはシノブ母さん。しっかり、三〇〇鈴を貰っている。


 あなた今まで何処どこに行ってました?

「お手洗い花摘みに行っていたわよ。スクーワトルア城まで、ね。」

 これには、シュッキン・ポゥだけじゃなく、俺もガックリきた。


「この今度こんどたご作何さくなんたら結界って抜け出せるけど、あたしには解除は無理ね。」

 金剛こんごう胎蔵たいぞう曼荼羅まんだら結界です、シノブ母さん。今度たご作何たら結界って、どんな結界ですか!


 そんな会話をしつつ俺の層庫の中から取り出すのは、黄色い衝撃の第一弾。


「そ、それがプリンというものなんですか?」

 恐る恐る近づいてきた女性の皇族の方々が非常な食いつきを見せる。


「?…!!!!!!!! あぁ………」

 一口、木の匙スプーンすくって口に含んだ瞬間、彼女の表情は物の見事に歓喜を表現していた。その姿に誘われるように、女性達は一斉に並び始めたのだ。


 砂漠が近い関係で、暑さのために塩は十分に確保されているのだが、甘味料の類いや果実水の類いなどは、それほど種類が無い。余剰の水分は、全て作物の方へ回されるため人の嗜好のためには、ほとんど費やされない。


 そこへ持ってきて、皇帝に対して俺が取り出したのがプリンだ。

 

 その姿は瑞々しく、甘く、ぷるぷると震える様子は皇族の女性陣の皆さまのハートをぶち抜いた。

 皇族の方々ですら、初めて食するものだったし、その味と形状とともに見た目も衝撃が大きかったらしい。



「あ~、セトラ殿? 私の国にも「床暖房」の工事をお願いできまいか?」

 タクラム・チュー皇帝のシャッカン・ポゥ・ムラ・ラムダが、戸惑いながら敬語で話しかけてくるのだが。すまない、さぶイボが……。


「お前の方が偉いだろっ、いつもの調子で話せよ!」

 しまった、こっちが素で怒鳴ってしまった……。ま、いーか、今更だし。


「……だいたい、こんな暑い国に必要ないだろ?」

「昼はな……、夜になると放射冷却であっという間に冷えるんだ。たまに凍死者も出る。」


 マジか? 砂漠ハンパねぇな。


「こんな国の前に私の国が先だぞ? 風呂も入りたいからな、エドッコォ領で作られている共同浴場の建設も頼みたい」


「こんな国言うな、シャイナー。あと風呂? 共同浴場? エドッコォ領の共同浴場に入るための条件ってどういう風に設定しているのだ?」


「農作業の後のひとっ風呂という感じで、男と女を別棟にしてあるけど……、熱源は火モグラ達だな。ワーム・コインの作成従事者ちびっ子たちは基本無料。あと成人した者たちはワーム・コインを購入して、共同浴場の木戸に入れるとかんぬきが外れる仕組みだったな。どーなっていたっけ?」


「ああ、それだったら、あたしが知っているわよ。一人ずつ入るようにって回転扉になっているわ。作りやすいように中心軸に四枚羽根ね。木戸の扉にワーム・コインを差し込んで取っ手を押すと、閂が外れるのよ。」

「誰が考案したんでしたっけ、それって?」

「意外なことに、あの人なのよ。」

「へぇ、意外ですね。父さまですか?」

「そう。なんか思いついたって言ってた。」


 意外だ。


「う~む、なるほどな。ある意味、全自動なんだな。」

 シャッカン・ポゥ皇帝が重々しく頷く。

「全自動って、どんなところが?」

「ああ、話を聞いていて分かったことだが、成人した者たちが買うワーム・コインは何処で売っている?」


 そう言われて気付いた。確かに全自動と言われるほどには、システム化されているわ。

「あ、成る程ね。水を火モグラ達の力でお湯にする。その火モグラ達のエサはワーム・コイン。コインの作成者は一日の仕事終わりに自分の名前の入ったコインの形の木札を貰い、成人した者たちはそのワーム・コインを共同浴場で購入する。購入した代金で、伯爵領の治水をする。しかも木札とワーム・コインの大きさは一緒だから閂を外すことは問題ない……と。」

 頷きながらも、そこには工事のこの字もないのだが……………。やはり………、ブラック企業のまま…か。


「それも考えた本人が常に見張っていなくても、勝手に循環しているな。」


「さすがにスクーワトルア国でさえ、誰かの茶々のお陰で「床暖房」工事が終わっていないのに、シャイナーん所と、ラムダん所までは、そうそう手は回らないぞ。そのうえ共同浴場までってどーすんだよ……」


主様あるじさま、主様。それがしら火モグラの一族が協力いたしまする。今は換装岩団ディノもおりますし、自分たちの安全と繁栄のためにもこのシステムは命綱なのでござりまする。」


「ま、工事はいい。あの親父のことだ、絶対に外貨獲得だって言って、このチャンスは見逃さないだろうからな。だが、あいつの要求とは別に俺にも対価を寄越せよ。でないと、逃げまくってやる。今回の一件で、新しい転移の開発のメドがたったからな。」



 タクラム・チュー皇国に二〇年前に吸収された、旧エドッコォ家の治めていたタクラム・ガンの領土は以前は豊穣だったが、木々の伐採や度重なる砂漠からの風による浸食が激しい。だが、未だ地下の鉱山からの物資の産出量があるというのに、俺を指名、領土を委譲すると言ってきた。


 皇帝になって五年のシャッカン・ポゥと魔王になってまだ二年、二歳児のシャイナーと、スクーワトルアの宰相タク・トゥル、ヒリュキ・スクーワトルアの連名でそれが了承された。

 ………………、お前ら、マジか?





 さて、最高強度の結界だと思っていたのにあっさりと覆され、項垂れていたシュッキン・ポゥに皇帝自らのお言葉が……。


「シュッキン・ポゥ、今一度、あの学舎で学んでくるが良い。あの学院の卒業証明なくば、皇帝への道などないことを。今のお前への唯一のチャンスだ」


「魔王の私からも一つ。セトラと共に行動せよ」

「お前の常識を徹底的に破壊してくれるだろうさ、四代目の小僧シュッキン・ポゥ

 ヒリュキも声を掛ける。







「セトラも相変わらず、モテモテね。」





「はい…………だ、誰?」

 誰って、一人しか該当しないよな。だけど、知らん顔していたかったんだよ!


「シャイナーとヒリュキに聞いたわよ。今も気象魔法士ウェザードを名乗っているんでしょう?」

「その話し方だと、完全に思い出してしまったようだね、ルナ。」

「ま、ね。でも、こちらでも魔法の関係者になっていたなんて思いもしなかったけどね。」

「経験者だったからこそ、魔法学院であんな伝説を打ち立てるんだな?」

「……は? 伝説? 魔法学院で? アアッ!」


 ~ガルバドスン魔法学院のルナティック・マジック~の伝説の一部。


 校舎に張られた結界の強度を試すとか言って、星屑スターレット嘆きブラストという、メテオ・ブレイカーの亜種を創って一斉砲撃してみたり、天空に向かっての垂直射撃に挑戦してみたり、天候を操ろうとしたりした。その他にも、結界挑戦部を創設し、日々、結界の破壊に努力していた。


 星屑の嘆きバルカン砲は学院の結界をぼろぼろにし、垂直射撃は星の自転による落下のズレによって学院の結界を直上から直撃し、一時的に大穴が開いた。天候を操ろうとしたものは発動すらしなかった。そのための魔法の魔力はどこかに食われたままになっているそうな……………って、アレ?


「ねぇ、ルナ? その時の天候を操るって何をしようとしたのかな?」

 怒らないから、オジサンに話してみないか?

 ちょっと、エラいことに気付いちゃったみたい。


「学院の結界に、竜巻をぶつけようとしたけど、発動すらしなかったわ。結界挑戦部の面々、約四〇名の全魔力をつぎ込んだのに…ね」


 やっぱり。


「タク・トゥルさん、ルナの、いやエテルナさんの学院での伝説で発動しなかったのはこれだけですか?」

「確か、そのように聞いていますが何か、関係が…………、あっ、もしかして? いや、まさか………」

「ねぇ、ルナ、今からだと何年くらい前に挑戦したか、覚えてる?」

 本当に嫌な予感がするのですけど。ねぇ、タク・トゥルさん?

 俺もタク・トゥルもだらだらと背中に嫌な汗をかいていた。

「ん~、今からだと。五年前くらいかな。火の国ザンソルの戦争があったときだから。」

 うわっ、大当たりビンゴ!!

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