第20話 ストマック・ブロー

 こう言っちゃなんだけど、タクラム・チュー皇国ってのは節操ないねぇ。


 あっちの建物はガルバドスン様式の建物で、こっちに建っているのはスクーワトルア系で、どっちでも無いのがタクラム系、ただ、魔王様の言葉によるとそれらの建物の隙間を埋めるようにして、高層へと伸びているのがこの国の最近のトレンドだそうな……。


「これが済んだら、ひとまずスクーワトルアの工事を再開させないと。誰かさんたちの妨害で途中で止まったままだったからな」

 俺は、というより魔王様一行は、まだタクラム・チューの城まで届いていない。何でも、結界の張り直し作業中であちこちが通行止めになっていたからだ。だから、適当な店の庭先で、お茶だけを貰いながらフラレンチ・トゥストを魔王様一行と共に味わっていた。


「俺のところも「床暖房」の工事をして欲しいのだがな」

 シャイナー君がポツリとこぼす。

「報酬は? それとこれ、どう考える?」

 この期に及んでの結界張り直し工事とか、あからさますぎるが魔王様は何か考えているのだろうか?


「まぁ、これは一人でも多く確保したいという事だろうな。なんといっても魔王の俺、「床暖房」のセトラ、魔人としてのシノブさん、『真実の瞳』のヒリュキ、スクーワトルアの宰相を務め、今出奔中のタク・トゥルさんと来れば、一人として逃がしたくないはずだ。」


 冷静にそこら辺を見抜く力は衰えちゃいないな。いま、候補に挙がらなかった二人は、フラレンチ・トゥストを懐に抱いて、土の中から俺たちを護衛しているはずだ。

 コーネツたちが土の中に消えて、会話が漏れ聞こえてきているのだが、


『元々ワームを食してきた我ら、最近の乾燥ワーム・コインが久々のご馳走であったが、このフラレンチ・トゥストは別格だ……………コラァ、それはワシのだ。持って行くではない!』

『え~コーネツ様だけぇ、ズルいですぅ』

『あら、あなた。いい物食べてますわね。わたしの分は有るんでしょうね』

『あっ、ネッツ……………ぐぬっ……。主様からの褒美ほうびだが、仕方あるまい。これだ。』

『あなた……、ん…。』『お、お前………』


 ……………………護衛しているはずだ、たぶん。


『ディノ姉ぇ、わたしたちも欲しいですぅ。』『……欲しいですぅ。』『……欲しい。』『……です。』『……。』


 …………護衛……うん、どちらも同族にたかられているようで何よりだ。


「ワームだ!」「ワームが出たぞ!」「冒険者ギルドに連絡しろ!」

 ワームまで引き寄せたとか、…………有るまいな?


「やれやれ、お前の作ったフラレンチ・トゥストはワームまで引き寄せたか………。この天敵のたかっている場所だっていうのにな。確かに美味いのだがな。こぼれ落ちるパンくずでさえ、狙っているものがいるし……。」

 俺たちの足元には、他の場所から弾き出された傷だらけの小鳥たちがたかっている。


「作ったのはセーラ母さまで、確かにレシピは俺だけど……。なにも特殊なものは入れてない……ぞ。」

 俺が降らせた雨で育ったブドウのワインを絞った後の皮をエサにした鶏の卵と、同じエサの牛のミルク、自生していた甜菜から作った砂糖を使っているだけだ。そう口にしたら、呆れられた。

「ああ………、ソレだ」「ええ、ソレね」「自覚が無いってのは怖いな。」

 魔王様とシノブ母さんが頷いていた。ヒリュキもが頷いていた。


「あ、あんたたち。こっちにワームが向かってきているって話だ。逃げないと、死ぬぞ! 一度通り過ぎるとしばらくやってこないが、被害は大きいんだ。この前は人が十人は食われた。この程度のことでは、皇帝様の紫軍シグンも動いてはくれないんだ」

「悠長に食べている場合なんかじゃ無い! う、美味そうだけど………」

「今、冒険者ギルドにも行ったが、討伐レベルに達しているパーティは出払っているという話だ。あんたたちは生きてくれ! う、美味そうだけど………」


 タクラム・チューのお膝元、このナイ・ギンの街中にワームが出没するということは、そう珍事でもない様で、達観している人がほとんど。一部、何かに気を取られているようだが……。


「……というわけだ。セトラ、よろしく」と、魔王様が言う。

「俺? それって、魔王様じゃ無いの?」と、返す。

「セトラでしょ。」と、シノブ母さんにダメ押しされた。

 まぁ、いいか。

「『コーネツ、やれ!』、褒美はあるぞ!」


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おうさ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


「あ~、何人返事した?」

「さ、さぁ? それより、褒美って何?」

 ヒリュキも気になるらしい。

「いや、フラレンチ・トゥストだけど。大人気だし……」

 俺的にはもう一つ用意があるが気に入るかどうかは分からん。


「俺の『瞳』には別のものがしっかりと写っているのだが……。ちゃんと言っとかないとシノブさんが泣くぞ?」

 ヒリュキ、『瞳』のレベルが上がったのか? あ、リンクしていたっけか?

「えっ、あたしが泣くってどういうこと?」

 シノブ母さんが、気付く。

 こんなことを話している間にも、ワーム五匹対火モグラ二〇匹以上の怪獣大決戦が進行中だ。

「セトラが彼らの褒美に用意しているもののパート2の内容ですよ。……………プリンです」

「…………………………なにぃ! そういうことは早く言え、馬鹿者!」

 シノブ母さん……いや、シノブ・カラスマ・エドッコォ様、怒りの降臨を果たした。






 ~少々、お待ちください。場外大乱闘、勃発中です~










「ハァ…ハア…、倒した…ぞ。褒美を寄越せ……、ハァ……でないと、泣くぞ!」

 あぁ、涙目になっている………アレ、母さん、ミミズ嫌いだったよね。強くなったなぁ。


 プリンの一言に、ワームに振り向けたシノブ様の瞳は地上の数匹には目もくれず水の渦を伴って砂漠の中へ潜ってしまった。地球にいたミミズと同じ皮膚呼吸のワームたちは面白いように吹き上がってきた……地上まで。

 それもほぼ、瀕死の状態でした。


「別に、順位を決めて褒美の多寡たかを決めようなんて思っていなかったんだけど、ま、良いか。倒しちゃったものは仕方ない。魔王様、あんたのアイテムボックスにも一〇匹くらい入るだろ? 入れといてくれ。後は俺の層庫で引き受けるよ……」

 タクラム・チューの街ナイ・ギンの人々が呆れるくらいの量のワームが、タクラム砂漠の砂の上に散乱していた。


「こんなに、居たのか………、何回も襲ってくるわけだ」「こんなに倒したのか? あの人が? 泣きながら、なんか食べてるし……。美味そうだな」


「あぁぁぁぁぁ、あま~い。んふふ~ん。美味し~い!」

 五〇セチは有ろうかという特大のガラスの器にプルルンと揺れる魔物、縦横高さ三十セチの特大のプリンに、ブドウの木のスプーンを突き入れては口に運ぶ姿に、周りの女性が羨ましそうな目で見ている。

 シノブ・カラスマ・エドッコォ様は、ご機嫌で笑顔爆散中である。


「あぁ、美味しそう! 何処で売っているの?」

「今まで、あんなの見たこと無いよ」

「一口、くれないかしら?」

 などなど、徐々に周りの女性たちの気配がドス黒くなっていく。



「……セトラ、これどのくらい在庫があるの?」

 やっと、周りの視線に気付いたのか、ガン無視していたのかは知らないが、シノブ様の問い掛けに素直に答える。


「まぁ、カップサイズで一万食くらい……?」


 ヒリュキに目をやるシノブ様。頷くのを見て、呆れる。

「なんで、そんなに用意してあるのよ?」

「腹が減っては戦ができぬ?」

 周りにある材料で、簡単に作れるものがこれくらいだったからな。基本プリンもフラレンチ・トゥストも必要なものは、卵、ミルク、砂糖。セーラ母さまの腕では………心配。


「あ……あぁ、確かにセーラやアトリでは不可能ね。納得いったわ」

 良かった、納得してくれたか。でないと、不可抗力の一撃アメイジング・スマッシュを食らうからな。この人には……。

「じゃあ、攻略を開始しましょう。タクラム・チューの胃袋を掴んでしまうわよ」

 は………、攻略? 

「さすがです、シノブさん。胃袋への攻撃ストマック・ブローですか!」

 ヒリュキと魔王様が、さっさと屋台を準備していた。


「エドッコォ原産のプリン屋。一個、三〇〇鈴リン!」


「さ、三〇〇鈴? 定食が食えるぞ?」

「定食はいつでも食える。でも、アレはあいつらが初めてだ、次はいつ食えるか?」

「だな……よし、俺らも並ぶぞって、うわっ女性陣並ぶの早えぇぇぇ!?」






「ちなみにだが、魔王様。三〇〇鈴って幾らだ?」

「価値を知らんのか?」

「ブラック企業の社長に酷使されていてね。「床暖房」の工事で疲れ切ってしまうから、本すら読めない。」

「そうね。今は転移しても「とっ捕まえ隊」が走ってくるもの、ね。」

「そりゃ大変だな、ククク」








 行列の出来ない人々の意識改革にもなった一件でした。

 話を聞いた皇帝様の使者が来たときには、既に売り切れてました。合掌。

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