きれいなフランス人形。

透き通る歌声。




自分がこの世界でたった一人、誰にも気が付かれない存在になったと絶望していた時に救ってくれた声。


ただ一人俺に話しかけてくれる声。


この声が俺と世界の唯一の繋がりであり、すべて。


その声が歌を歌う。


綺麗な綺麗な歌を


とても整った綺麗な歌。


そんな歌が部屋中に響き渡った。



「どうでした?末松さんががっかりしないようにできましたかね?」



「すごく、綺麗な声でした。いい歌でした。」



間違いなく上手な歌で非の打ち所がない歌唱力であるのは間違いない。歌声も透き通り素晴らしい。

しかしなんだろう、この人は何を見てるんだろう?

何を考えて歌っているんだろう?

そんな当たり障りのない愛の言葉なんて聞きたくなかった。

彼女の歌は誰に向かっていっているのだろう。

綺麗な綺麗な言葉で紡いだそれが彼女の思いなのだろうか。


彼女は本当に歌が好きなのだろうか。

そんな印象を持ってしまう。


まるで彼女は、彼女の歌はとてもきれいなフランス人形のようだった。


そう思ってしまった。


これは決して彼女に表現力が無いというわけではない。しかし彼女の歌の中に彼女はいない。


そう思ってしまった。


そんなことを思っても俺は言えない。

言う資格もなければうまく伝える術もない。

ただわかるのは彼女の歌はこれだ!ということができない。

そんな感覚のような気持ちを彼女に伝えなければいけない。そんな気がした。


彼女を傷つけないように、ゆるーくまろやかに包んで、ふわっとした感じで伝えなければ。



「熊井さん……。熊井さんは歌ってて楽しいですか?」



「えっ?楽しいですよ!やっぱり変なこと聞きますね。末松さんは」



彼女は眉を寄せながら半笑いで答える。



「僕にはそう思えないんです……。

歌は上手いです。ほんとに僕が聞いたことある人の中で一番ぐらいに!

でも……でも……熊井さんは楽しそうじゃない。

歌の中に……あなたがいない……」



俺の言葉が終わった瞬間、彼女の大きな目に涙が溜まり、落ちそうになる。


オブラートに包んで言えたかな?

結果はCMの後で!!!


見事にオブラートに包めずそのまま直で思ったことを言ってしまった俺はなんと語彙力が乏しく、配慮にかけた人間なんだろう。



「ごめんなさい!ごめんなさい!傷つけるつもりはなかったんです!泣かないでください!ごめんなさい!」



「いえ、いいんです。同じようなことを今日事務所の人に言われました。

私って才能ないんですかね……」



俯きながら涙をこぼしている彼女にかける言葉が見当たらない。

自分が何年もかけてやってきたことをこんななんでもない他人に否定されるなんてどんな気持ちなのだろうか。

俺が発した言葉で彼女がどれほど傷ついたかは想像もできない。

それでも俺は言葉を続ける。



「俺は歌とかよくわからないんですが熊井さんの事がわからないんです。

俺は、俺は熊井さんの事を聴きたいんです!

何を思ってるか、何を考えているのか。

聞かせてください!あなたのことを!」



自分でも何を言っているのかよくわかないけれどこれが俺の思ってる本音なのだ。

別に聞きたかったのは綺麗で整った歌ではない。

人にどう思われたっていいそんな歌が聞きたかった。

『君を想うと』なんて当たり障りのない愛の歌ではなくて彼女自身のうた

俺を救ってくれた人のうた

彼女といううた


そんな歌が聞きたかった。


ある意味告白とも取れる言葉を聞き終わり彼女は涙を拭き顔を上げる。

だらんとなったギターを持ち直すと彼女は言った。



「もう一曲聞いてもらってもいいですか。

これは私が初めて作った曲です」



そう彼女は小さな声で呟くとギターピックを持った手を持ち上げた。

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