普通幽霊の禁術詠唱。
鼻いっぱいに広がる甘いかほり。
まるで春の野原にいるのかと思うような感覚に襲われる。
これは夢だ。自殺したことも、ある女性を命の危機から救ったこともすべて夢だったのだ。また目を開ければ他愛のない就活生活が広がっているのだろう。
そういえばまだ卒論も終わってなかったっけ。やることがたくさんありすぎて嫌になるよ、ほんとに。
「あれ、俺Tシャツ持ってね?」
そう言葉を発した瞬間彼女の脱ぎたてのTシャツが俺の手をすり抜けて落ちる。
冷静になるのだ。末松和彦。
この状況を一から分析してみよう。
間違いないなく俺は今Tシャツをもっていた。
そして
そして
この位置にTシャツ落ちているのは間違いなくやばい!
洗面所の真ん中にTシャツが単体で落ちてるのはどう考えても不自然!
とりあえずあったところに戻さねば!
俺はおもむろにTシャツに手を伸ばす。
しかしTシャツは手をすり抜ける。
どうやってTシャツを掴んだ俺!
思い出すんだ!思い出せ!
このまま熊井さんが帰ってきたら俺がクンカクンカしていたことがバレてしまうではないか!
ハァ、ハァ、ハァ
ありとあらゆる手段を試してみたがことごとく失敗した。
無駄に手に力を込めてもダメ。
慎重に触ってみてもダメ。
ちょんとつつく様に触ってみてもダメ。
etc……
どうすればいいんだぁぁぁ
このままでは
「末松さんは最低ですね。もう出て行ってください。アニメは諦めてください」
ということになってしまうではないではないか。
ああ。これが神が俺に課したGuiltyなのか。
しかたない。俺はこのGuiltyを背負って生きて行こう。
まぁ再三になりますが俺死んでry
クンカクンカしていたのがバレたくない感情が溢れだしていたために忘れていたがこの『ものに触れる』というのは今回が初ではないと一旦冷静になって考えてみる。
昨晩も間違いなくチャイムは触れた。
今回のTシャツを合わせるとニ回俺が再降臨してから『もの』に触ったことになる。
俺はふと気になり、玄関をすり抜けチャイムに触ろうとした。
昨晩は間違いなく触れた。
しかし今回はチャイムに触れることはできなかった。
このことによって特定のものなら触れるかもしれないという仮定は崩れ去った。
何をトリガーにして俺がものに触れるのかということを理解しておくことが今後の為になるのは間違いないだろう。
というアニメの主人公顔負けの設定を手に入れた俺はご満悦だ。
制限された力……
この世を滅ぼしかねない力……
クッ……
俺の封印されし力が……
大学生になっても中学生の時と変わらない発想に脳が震えますね。
そんなぁぁぁことぉぉよりもぉぉぉ!
とりあえずTシャツ戻さないとぉぉぉぉ!
誠に残念ながら世界を滅ぼしかねない力を手にしていたとしても目の前の現実を変えることができないということに再度脳が震えた。
熊井さんが帰ってくるのは何時だ!
現在16時27分。
メモ書きには夜には帰ってくると書いてあった。
夜とは何時だ!
仮に19時から夜と考えると残り約2時間半!
それまでにどうにかしてこのTシャツを元あったカゴにもどさねばならない!
すでに5時間以上このTシャツに触るために努力したが一向に触れる気配がしない!
もう頼むから昇天してくれと願うが神は一向にそれを受け入れてはくれない。
「神は死んだ」
俺はふと呟く。
洗面所のTシャツの前に座り込みながらこの言葉を吐く。
まさに画になる光景ではないだろうか。
というよりこの言葉言ってみたかっただけなのだけれど。
『神は助けてくれない』という意味合いで発したのだがこのシーン的には『神は死んだ』のほうが間違いなく合うはず。
まぁアニメの主人公的には言葉のチョイスって非常に大事ですしね?
何かがトリガーとなり俺は普段触れないはずの『もの』に触ることができる。
この設定は俺を大いに酔わせた。
もはや自分がアニメの主人公になった感覚。
他の人にはできないのに自分にはできる。
今までそんなことが一つもなかった俺には初めての快感。
何をしても今まで人より秀でることはできなかった。
運動しても中の中よりの下。
勉強に関してもクラスの真ん中ぐらいの成績だった。
確かに人より秀でるものがなかったが逆を言えば人より格段に劣っているものもなかった。(容姿は除く)
どんな運動も勉強も人並みにはできた。(容姿は除く)
それこそが自分の持ち味であり、長所だと信じて今まで生きてきた。
だからこそ今!初めて手に入れた人よりも秀でた能力よ!我に!
「地に根ざした四脚の光明。目醒の時、呼び醒まし万物の心象を空転する証。八百万の無機品な盃。無為なる者が持つ神雷。光と闇が開闢せし刹那、契約をもって!我に力を!」
右手に力を込める。
アニメなら自分を中心に円状の風ともいえない何かが周り始めるような感覚。
目を閉じ、右手を伸ばす。
その刹那。
ガシャ
回る鍵。回る世界。
「ただいま帰りました。あれ?末松さんどこにいらっしゃいますか?」
時間は18時43分。
彼女の声が部屋に響いた。
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