李色の恋

犬野サクラ

第1話「ことの始まりと、目覚め」



「ごめんなさい。他に好きな人が出来たの。じゃあね」




ボクは、彼女に裏切られた。

それから、誰も信じられなくなった。

八つ当たりみたいに、色んな女性と付き合ってみたけど、うまく行かなくて。ただ空しくなって。



だからボクは、裏切らない人間を愛した。

自分を守ってくれる人、自分にご飯をくれる人を好きになった。

でも、人だって来ない日もある。その時はただ寂しかった。

どうして毎日来てくれないんだろう。どうしていつも傍に居てくれないんだろう。

それはきっと、彼女がボクと違う種族だから。



ボクは、ひとりぼっちだ。





ある日、ボクらの縄張りにお客さんが来た。

ずっと動かないでいるけれど、綺麗で愛らしい人だった。彼女は人間と違ってどこにも行かなかった。

ボクは彼女が好きになった。

ボクはずっと傍に居て、彼女と一緒に生活するようになった。

ボクと同じ様な寂しい思いをさせてはいけない。そう思って、ずーっと傍にいた。

ご飯の時も、なるべく離れないように心掛けた。

ボクらはいつも一緒だった。


ある日、ボクはなんだか身体がおかしくなった。お腹いっぱい食べても、元気にならなくなってしまった。

なんだかふわふわしていて、周りもよく見えない。

でも、彼女がずっと傍にいてくれたことはわかった。滅多に動かない彼女が、ボクの傍に来てくれた。そのことが嬉しかった。彼女はボクを心配してくれたのだろうか。


ボクは幸せな心地のまま、意識を手放した。

きっと目が覚めても、彼女は傍に居てくれる。そう思うと、安心して眠れた。





「ふわぁー……んっ…」

目が覚めた。久し振りに良く寝た気がする。

寝過ぎたのか、身体のあちこちがガチガチだ。腕を伸ばして、筋肉を解す。

「んーっ…」

なんだか上手く伸びができないな。まぁ良いや。

ボクは寝惚け眼を擦り、ふわぁと欠伸をした。


……あれ?ボク、眼を擦った?

眼を擦るなんて初めての体験だ。驚いて自分の腕を見てみる。

いつもの平べったい腕じゃない。自分の腕が人間みたいな、関節のある腕になっている。

「わぁ……っ」

慌てて全身を確認する。上半身は見慣れた模様の毛皮を着込んでいるけれど、以前より胸が膨らんで、お腹が引っ込んでいる。足は前と比べてすらりと伸びていて、毛皮がなくつるつるとしていた。ボクの左腕に付いていた紫色のリングは、手首に移動して腕輪みたいになっている。

ボクはどうやら、人のような姿になったみたいだった。

ボクは嬉しくなった。ボクはきっと、大好きなあの人と同じ種族になったんだ。そう思うと、自然と笑みが溢れた。




今までとは違う自分の身体が気になって、あちこちをぺたぺた触っていると、後ろでがさっ、と音がした。

はっとして、ボクは振り向く。

そこには、ばつの悪そうな顔をした女の子がいた。

「あ、あのー…あはは、お邪魔しました。」

彼女は小さくそう呟くとその場から去ろうとする。

「わーっ!待って待って!」

ボクは慌てて呼び止めた。



「なるほど、それじゃ貴方は今年の噴火で生まれたフレンズさんなんですね。」

「うん、たぶん。フレンズとかよくわからないけど、目が覚めたらこうなってて。」

砂浜を眺めるように座りあって、話をするボク達。

彼女はアデリー。ボクと同じペンギンのフレンズらしい。呼び止めちゃったけど、ちゃんと話を聞いてくれる良い人だ。

「なんか、話を聞く限り、フルルさんだと思いますよ。その大切な人。」

「フルル……!」

ボクを見守ってくれた人は、やっぱりこの島にいて、しかも有名な人なんだ。

ボクはワクワクした。その人に会ってみたい!

「ねえ、どこに行ったらそのフルルに会える?」

「あー……。みずべちほーのらいぶ会場に行けば、会えると思いますよ」

「そうなんだ……」

「良ければ道案内しますよ。」

「ホント!?ありがとう!」

「どういたしまして」



「あ、そうだ。名前!」

「え?」

「ボクの名前はまだ言って無かったよね?」

「フンボルトペンギンじゃないんですか?

皆自分の種族の名前で呼び合いますけど」

「ううん、ボクには付けてもらった名前があるから」

左腕の腕輪を見ながら、ボクは続けた。



「グレープって言うんだ」

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