第39話 ミーニングトゥイグジスト2

 アイは城門近くにある衛兵の詰所へと走り込んできた。両手でドアを開け放つ。ジェイの話では、聖女と孤児達は城門前からここへ移動しているはずだったのだが、中はもぬけの殻だ。アイは、詰所内にある事務机や木箱を軽々と持ち上げて、辺りをキョロキョロし始めた。


「相変わらずの怪力」


 少し遅れてやってきたケイは、ボソッと呟く。


 アイが持ち上げた木箱には、横行する悪徳商人の不正取引を摘発した際に徴収した魔石や、異国の珍しい魔道具、価値ある骨董品などが入っていた。当然、普通の男性数名が力を合わせても簡単にはピクリともしない重さ。それを軽々と持ち上げる姿は、もはや乙女とは言えないだろう。


 アイは急に顔を赤くして、何やら言い訳を始めた。


「えっとね、たぶんね、これからの女の子は、きっと力持ちじゃないとモテないんだからね!」


 無表情なまま固まってしまったケイ。元の世界でもとりわけモテる方ではなかったので、女の子に気の利く言葉をかけるというスキルも持っていない。顔はアイがいる世界でも通用するぐらいそこそこ見栄えがするだけに、挙動が伴っていないのは非常に残念である。


 対するアイは「やっちまったぜ!」と、これまた乙女らしからぬ叫びを心の中であげ続けていたため、その場にはいたたまれない沈黙が降りていた。

 そこへガチャガチャと金属がかち合うリズミカルな音が近づいてくる。現れたのは一人の衛兵だった。


「あ! アイ様! こちらにおいででしたか! 孤児達がここに入り切らなかったため、聖女と名乗る女性と共に向かいの棟の客間へ通してあります!」

「客間?!」


 アイの頭に嫌な予感がよぎる。客間は、城の中でも最も手入れが行き届き、高価な家具などで揃えている部屋。つまり、王城としてなけなしのプライドを最大限に表現した場所。そこへ礼儀作法も知らぬ大量の孤児が投入されたらどうなるか。アイが目眩を起こしそうになったその時、衛兵の背後に白い光が差したように見えた。


 見えただけだ。

 いつの間にかそこに佇んでいたのは、白いローブの女性。目深に被ったフードからは長い黒髪がおりていて、緩やかなウェーブを描いている。


 聖女だ。

 アイとケイは、はっとした。たおやかに礼をする女性。優美だが、隙のない動きにも見える。どうやら単なるか弱い女性ではなさそうだ。ケイはアイと聖女の間に立ち塞がり、アイを庇うように腕を広げた。


「うふふ。あなたは相変わらず勇者様頼みなのね。仮にもお姫様なのに情けないこと!」


 この声。この嫌味な言い回し。アイには大変聞き覚えのあるものだった。


「エイ?!」


 女性は、すっとローブを脱ぎ捨てた。それは確かに見覚えのある美女。しかし、髪色が紫から黒に変わり、化粧がこれまでとは異なるせいか、ケバケバしさや妖艶さは少ない。聖女と呼ばれるだけあって、清楚さを兼ね備えた美しさがあった。


「私の正体、なかなか気づいてくれないものだから、こちらから来ちゃったわ」

「こんな格好して、しかも慈善活動なんかしてたら、さすがにアンタだなんて誰も気づかないわよ!!」


 すぐにも聖女改めてエイに噛み付こうとするアイをケイはなんとか窘めた。


「で、魔女さんはここに何しにきたの?」


 ケイの質問に、エイは髪をかきあげながらクスリと微笑む。


「あなたを迎えにきたのよ、ケイ」

「俺は国の破壊行為の後に慈善活動するようなイカれた神経の奴に身売りするつもりはさらさら無い。とっとと山に帰れ!」

「私の故郷、誰が山だなんて行ったのかしら? 私の故郷は東京よ!」


 ケイの動きが止まった。広げていた腕がだらりと下がる。見開いた目は、じっとエイを見つめていた。


「東京って、東京? 日本の?」

「えぇ、そうよ。日本の首都、東京。あそこからここへ転移してしまって、もう三百年は経ったかしら。やっと見つけたわ。私の仲間」


 アイは混乱していた。日本という単語は知っている。どこか遠くにある国で、ケイの故郷。東京という単語もチラリとは耳にしたことがある。けれどエイは、その場所のことをよく知るばかりか、ケイと同じく故郷だと言ったのだ。


「エイ、もしかしてあなたも異世界人なの?!」

「そうよ。私のこと、ただの物知りな女だと思っていたでしょう?」

「ちがうわ! ただの残虐お色気ババアよ!」

「なんですって?! 私はずっと元の世界に帰れる方法を探し続けてきたんだから! 大変だったのよ?! 好きで男漁りしえいたわけじゃないんだから!」


 女子の喧嘩は厄介だ。お互い罵りあっているが、当然すぐに決着はつきそうにない。ケイはやれやれと深いため息をついて、取っ組み合いを始めた女共をなんとか引き剥がした。


「ケイ。あなたが異世界人だってことは薄々気づいてた。でも確信をもったのは最近よ。アイが近くの森で大量発生したスライム狩りで、日本語を使った魔法を使っているのを見たの。日本語なんて、単なる偶然で突然身につくものじゃない。あなたが教えたんでしょう?」


 ケイはためらいながらも、最終的にはゆっくりと頷いてみせる。ケイも、自分と同じ境遇の人物がこの世界にもいるのではないかと考えたことは一度や二度でない。城の図書館にあった文献も調べ尽くした。だが確定的な記述は見あたらず、もう同胞と出会うことは諦めきっていた。


「よりによって魔女が日本人だなんてな。世も末だ」

「つれないわね。もうちょっと感慨深いだとか、まともなコメントできないの?」


 これまでのエイの行いは、部外者のケイから見ても目に余るものがあった。そんな人物と一括りにされたくないという思い。そして久々に聞く『東京』という言葉の響き。懐かしいような、くやしいような、何とも言い表せない感情が溢れてくる。


 困った表情になってしまったのは、アイも同じ。アイの分からぬ次元でケイとエイは通じあっているように見える。アイの手が届かない場所へ、二人が手を取り合って走り去っていくような気がして。焦りや虚しさが募っていく。


 エイは、一歩ケイの方へ歩み寄った。


「ケイ。私と来ない? 一緒に日本へ帰る方法を探しましょう? ここで、おっぱいと魔法と怪力だけが取得な馬鹿姫と居ても、何にも始まないわよ?」


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