第37話 エンドオブザイヤー4

 恵介との出会いは高一の入学式だ。同中の人達から恐れられていたのか、恵介の周りはヒソヒソ声こそあれ、誰も寄り付かず、完全に悪目立ちしていた。俺は、黒髪メガネの人物だからインテリ系のちょっと嫌味な奴かなと思い込んでいたのだけれど。


 同じクラスだと気づいたのは入学式後のホームルーム。出席番号順に自己紹介していき、見た目に反して乱暴な物言いに驚いた。クラス内の拍手もまばらで、ちょっと変な奴なのかなと警戒したものの、まさかその後の休憩時間に突撃されるとも知らずに他人事だと思っていた。


 そしてキンコンカンコンとチャイムがなり終わったと同時。目の前にやって来た恵介はダンっと俺の机の上に手を置くと、こちらへのしかかるようにして威圧的に見下ろしてきた。


「お前、今日から俺の舎弟な?」


 目が点になった。これが恵介とのファーストコンタクト。すぐに健司が駆けつけてくれなかったら、今頃どうなっていたことか。なぜか恵介の経歴を把握していた健司が間に入ってくれていろいろ話した結果、分かったことがある。恵介は単に友達が欲しかったらしい。俺は自己紹介の時に一番緩そうで押しに弱そうで平凡そうに見えたから選ばれたそうだ。あまり嬉しくない理由である。ちぇっ。

 ちなみに、舎弟指定はその日のうちに解除された。やれやれ。


 こんな恵介だけど、中学までの噂を払拭して真面目になろうと努力していたし、つるんでいるうちに根は悪い奴じゃないことはすぐに分かった。たぶん、うまく人に頼ったりできないタイプなのだと思う。俺は中学までの友達とはクラスが離れて、知ってるのは健司しかいなかったし、恵介とも友達になるには二、三日もかからなかった。


 あれから一年半あまり。早いな。


 白い息を弾ませて、商店街を歩いていく。クリスマスが過ぎたら一気に街は正月モードだ。すっかり和風の飾り付けに変わっていて、音楽もお琴が奏でる迎春のメロディになっている。この変わり身の速さには毎年驚いてしまう。


 健司ん家の店は赤い屋根がついている。二階が自宅。店に入って、数人いた客の後ろに並んだ。レジはバイトのお姉さんがやっている。しばらくすると、奥の調理場からおばさん、つまり健司のお母さんが顔を出した。


「あら、要くん! いらっしゃい!」

「あ、どうも」

「相変わらずカッコイイわねえ。うちのも、もうちょっとなんとかなればいいんだけど。って、あ、そうそう! 愛ちゃんにもお世話になってるみたいで!」


 まくしたてるおばさんの勢いに押され気味になりながらも、慌ててこちらも頭を下げる。


「いえ、こちらこそ愛がお世話になってます」


 そうこうしているうちに、俺の番がまわってきた。お姉さんにオーダーを伝えようとしたその時。


「あ、要! すみれさん、俺続きやるよ。そろそろあがりの時間でしょ?」


 健司が奥から現れて、レジのお姉さんと交代した。ちぇっ。童顔なのに胸おっきくって声も可愛くって、たくさんオーダーするとわたわたするところとかツボなんだけどな。残念。

 俺は仕方なく健司相手にオーダーしようとした。


「要、それどうしたの?」


 頬の傷のことらしい。俺はそっと頬に手を当てた。


「ちょっと、な」

「ふーん」


 何か言いたげな健司。でもそれ以上は尋ねない。俺は早く話を変えたくて、メニューをに一息に言った。


「えっと、唐揚げ弁当と、チキンタツタ丼と、麻婆丼と、ヘルシーレディセットA、一個ずつ」

「愛ちゃんはチキンタツタだよね?」

「うん」

「よし!」

「別に多い目に入れなくていいからな」

「……デザートおまけするけど、要食べるなよ?」

「はいはい」


 愛がここにいるわけでもないのに、なんでオーラがピンク色なんだよ。吐き気するわ。


「年末年始はずっと店出てんの?」

「うん。来年はさすがに勉強するけどな。今年はまだ受験生じゃないし」

「え? 健司って進学組?」

「俺、これでも特進クラスなんだけど」

「そうでした」


 健司は俺からお代を受け取りながら話し始めた。いずれ店は継ぐつもりらしい。その前に大学出て、食品関連の会社に就職するか別の店で修行する。その後実家に帰ってきて継ぐつもりらしい。意外としっかり考えてるんだな。


「そこまでやんなきゃなんないの?」

「俺には夢があるからな」


 健司が、夢?

 健司はすっと店内を見渡した。小綺麗にはしているが、築何十年か分からないけれど年季の入った店。狭い間口。貼りっぱなしのポスターからは昭和っぽい雰囲気が醸し出されている。


「俺はうちの店をこんなちっぽけで終わらせるつもりはない。地元の農家とコラボしたり、イートインスペースを広くとって女の子がわしゃわしゃやってくるようなお洒落な弁当屋も出してみたいし。でもこのままじゃ駄目だ。世間出て、いっぱい勉強して、経験積んで、貯金も貯めて、またここに戻ってくる!」


 正直、こんなチャラい見た目の奴がそんな先のことまでちゃんと考えてるだなんて思ってなかった。ヤラレタ。そう感じた。なんだ。何も考えてなかったのって、俺だけだったのか。


「要、一緒にがんばろうな!」


 なんだか、置いていかれた感が強い。俺はすぐには何も答えられなかった。渡された弁当の袋が重い。健司はニヤニヤし始めた。


「愛ちゃんに聞いたぞ?」

「何を?」


 どうせろくでもないことだ。


「分かってんだろ? ま、上手くいかなかったら慰めてやっから。な? もうちょっと自信もっていきなよ!」


 ありがとな。そう言おうとしたのだけれど。


「あ、でも愛ちゃんはあげないからな! フラレたら、別の女にしろよ!」


 馬鹿。アレは妹だ。それから、俺はまだ愛と健司のことはちゃんと認めてないんだからな!



 年末は駆け足で過ぎていく。俺は相変わらず忙しい両親に代わって大掃除を取り仕切っていた。愛は何かと理由をつけては家を空けてしまうので、俺だけが働きアリよろしく身を粉にして働いている。


 そして大晦日。ようやく家族全員がピカピカになった家に揃ったわけだが、俺はぐったり。鴨入り年越し蕎麦を食べた後はベッドにスライディングした。


 そういや、最近読書できていない。ふと思い立って小説サイトにアクセスし、新着の活動報告リストを見てみると、ご飯のお供先生が何やら記事を投稿していた。どうやら年末年始は毎日二話ずつ更新するらしい。この小説は一話が二千から三千字と短めだけれど、一日二話は更新がきっと大変だろう。ファンにとっては大サービス万歳ってとこなんだけれど。


 小説のページを開くと、知らぬ間にたくさん更新されていた。知らぬ間にというか、俺が家の壁を高圧の水で綺麗にしたり、庭の草刈りやったり、フローリングにワックスかけたり、水周りを磨き上げたりしているうちにだ。


「お兄ちゃん、トランプやろ!」


 ノックと同時にドアが開く。もちろん正体は愛。


「俺、パス」

「えー、いいのー? 景品もあるよ! お父さんが用意してくれたの!」


 景品ってどうせ甘い菓子だろう。甘いものはあまり好きじゃない。俺はふくれっ面の愛をよそ目に小説の世界に飛び込んだ。


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