第1話 さかさまの肝吸い
20××年 7月22日 AM03:38 小笠原諸島近海
その日、漁師の
酉蔵は小笠原諸島で漁業を営んでいる中年男性であり、今朝は早くから船に乗って漁に繰り出していた。
本来ならばまだ魚を獲るにも早く、深夜とも呼べる時間なのだが、酉蔵はなるべく家に居たくない事情があるため早々に船を出している。
その事情とは、借金である。
家族と顔を合わせると借金の事をつつかれてしまう。酉蔵はそれが嫌で嫌で堪らないため、こうして借金返済の為に少しでも多くの魚を獲るという建前で早朝から一人で漁に出ているのだ。
漁師ならば船や漁具である程度の借金がありそうなものだが、酉蔵の借金は仕事とは関係の無い事が原因である。
酉蔵の借金は、酉蔵がディ○ニーを怒らせてしまった事に起因する。
始まりは幼い頃の娘を連れて幕張のランドに行った時。
海の男があんな子供だましの遊園地に出かけるなんて恥だと思っていた酉蔵だが、幼い娘がどうしても行きたいとせがむので嫌々二泊三日で千葉へと旅行に行ったのだ。
最初は文句を言いながらアトラクションの列に並んでいた酉蔵も、午後になるとスマホで効率の良いファストパスの手に入れ方を検索したり、夕方には黒い鼠の耳のカチューシャを付けて記念の自撮りをしたりと、妻が呆れるほどに熱中していた。
そして夜になってから、酉蔵は運命と出合う。
テンテレテンテン テレレレ テレレレ テンテレテンテン テレレレレン♪
テンテレテンテン テレレレ テレレレ テレレレテレレレテレテレテン♪♪
それは、かの有名なエレクトりかるなパレード。
光と音の共演の宴。
そう、酉蔵はランドの名物のエレクトりかるなパレードに心を奪われたのだ。
酉蔵は思った。なんだこれは。今までこんな物見たことが無い。この世界にこんなに美しいものがあるなんて。何故もっと早く出会わなかったのだ。
酉蔵は妻と娘をほったらかしにし、エレクトりかるなパレード夢中になった。
当然その後に妻にこっぴどく怒られたのだが、酉蔵は妻の説教を上の空で流し、翌日の東京観光中でも、帰りの船の中でも、瞼に焼き付いて消えないエレクトりかるなパレードの事を考えていた。
そして島へ帰るや否や、お土産を期待する島民達を振り切って自分の漁船へ一目散に駆け寄り、こっそりと東京観光中に秋葉原で購入していたLED電飾を漁船に取り付け、見様見真似でエレクトりかるな漁船を作り上げたのだ。勿論音楽を流す用にステレオも買った。爆音の物を。
酉蔵の作り上げた爆音エレクトりかる漁船は家族や漁師仲間からは大不評だったが、カラフルなエレクトりかる光が烏賊の何かを刺激するようで、漁に出ると毎回烏賊が爆発的に獲れ、酉蔵は毎日がウハウハになった。
そうなると最初は否定的だった他の漁師達もこぞって酉蔵の真似をし出し、気付いたら爆音エレクトりかる漁船は爆音エレクトりかる漁船群となり、夜の海にカラフルな光と爆音を撒き散らすエレクトリかるなパレード漁を行うようになり、烏賊が獲れまくって島民の大半がウハウハになる。
これには家族も大喜びで酉蔵を持ち上げたし、島の観光組合もここぞとばかりにインターネットで爆音エレクトりかる漁を宣伝した。
島には爆音エレクトリかるパレード漁を見る観光客が訪れ、写真を撮ってはインスタやツイッターに挙げ、取れたての爆音エレクトリカル烏賊に舌鼓を打ち、酉蔵達はインターネットで話題になった。
この時が、酉蔵と島民達のピークだった。
そして、とうとう届く、夢の国からの訴状。
請求内容は勿論、エレクトりかるなパレード漁について。
――莫大な金額だった。
それはもう、莫大な金額だった。
夢の国に詳しく無い島民達は戦う気でいたが、爆音エレクトりかる漁船の第一人者の酉蔵が戦う事を放棄したため、渋々島民達もそれに従った。
夢の国の法務部が強力な弁護士を雇っているのは有名だったし、何よりも酉蔵自身がファンの身でありながらやりすぎたと理解していたのだ。
酉蔵達は夢の国の請求した金額を支払い、爆音エレクトりかる漁船を普通の漁船へと戻した。
幸いな事に爆音エレクトりかる漁船の儲けが多かったので請求金額の大部分を支払うことは出来たのだが、支払えなかった分の金額の事で大いに揉めた、
揉めた結果、代表という事で酉蔵が支払えなかった分を金融機関に借金をして立て替えてもらったのだ。
この一連の出来事により、酉蔵は家族から疎まれ、島民達からも腫れ物扱いをされる事になったのだ。
こんな酉蔵が…いや、こんな酉蔵だからこそ、早朝の海にそびえ立つ光の竜巻に気付くことが出来たのだろう。
エレクトりかるなパレードに魅せられた男が気付いた、前代未聞の脅威。
それはエレクトリかるなパレードのように神々しく、そして、夢の国の法務部のように残酷な力を持つ。
酉蔵は直ぐさま無線で海上保安庁へと連絡をし、光の竜巻が本州へ向かっていることを告げる。
既に気象庁から急に発生した謎の低気圧の報告を受けていた海上保安庁は、該当地区の近くに監視船を向かわせ、酉蔵の報告通りの稲光を伴う光る海上竜巻を確認する。
海上保安庁はその報告を受け、上陸の恐れのある静岡県、神奈川県、千葉県の県庁と、国にその存在を通達。
この報告に叩き起こされた内閣総理大臣は直ちに内閣府庁舎へと向かい、酉蔵の通報から一時間後には緊急災害対策本部を立ち上げる事になる。
「一年ぶりね」
続々と政治家達が庁舎に集まる中、一般職員用に割り当てられた休憩室で一人の女性がパイプ椅子に座ったままテーブルの上で指を組み、顎を乗せ、オレンジ色のレンズのサングラスに光を反射させながら出来る女を演出して呟いた。
「なにがいちねんぶりですか。はやくかいぎしつにおちゃをくばりにいきますよ」
「あ~んもう、勝美ちゃん。そこは『ああ、間違いない』って言ってよ。って、あれ、逆だっけ?」
「あにめごっこはひとりでしてください」
「ちょ、ちょっと待ってってば!って、あ痛っ!!」ドンガラガッシャーン
急いで立ち上がろうとしてパイプ椅子に脚を引っ掛けて転んんでパンツ丸出しになっているあざとい女性は
最近は異物混入を防ぐ為に急須で入れたお茶ではなくペットボトルのお茶を置くようになっており、彼女等はこれから会議室の机にペットボトルのお茶を綺麗に並べに行く所なのだ。
「いったぁ~……まあでも、今回の災害は彼の出番に違いないわ。至急連絡を取って」
パンツを丸出しにしながらも出来る女を演出し(しかしパンツはピンクに白の水玉模様でみかんのバックプリント)、勝子に指示を出す能美子。
実は彼女達はただのお茶出しパートタイマーではなく、国会議員たちも知らない秘密の役職がある。
「そういってむだによびもどすのがさんかいありましたが、ほんとうにいいのですね?」
「うっ!で、でも、今度こそ私たち超常生物対策室の出番に違いないわ!早く連絡をとって!!」
「はいはい、わかりました。それはそれとして、はやくおちゃをくばりますよ」
勝美は呆れながらも体内から通信機器を取り出し、ここには居ない超常生物対策室の三人目のメンバーへと連絡を取る。
既に能美子の勘違いでアメリカの研修を三度も途中で無駄にさせてしまっているが、今度は恐らく本当に彼が必要なのだろう。きっと、多分、もしかしたら。
まあ、もしも無駄になったとしても久しぶりに彼の顔が見れるのだから良しとする。どうせ責任は室長である能美子が取るのだから。と、思いながら勝美は通信機を操作し、成層圏の果てへメッセージを送る。
静岡に現れた超常生物の鎮圧、消滅に尽力し、自分を救った彼の元へと。
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