第5話 コロンブスの割れた卵(ver2.0)

 四人の証言を集めた事をメールで伝えると、俺の特等席である屋上で話を聞くと、紅雀楓は返信してきた。


 俺はそのメールを受け取るなり屋上に向かった。


 すると不思議な事に紅雀は俺よりも先に屋上にいて、俺が屋上に入るなり、右頬をつり上げて笑う紅雀独特の微笑をしていた。


「へなちょこ探偵、真実を見定める事ができたか?」


「多少……はな」


 四人に話を聞いた後、瀬名に今年の始業式の事を覚えているか? と試しに訊いてみると、尼子宗大の演説の時に生卵が尼子に当てられて大騒動になったのだと聞かされた。


 どうして俺は覚えていないんだろうか? と不思議に思ったのだが、その答えは瀬名が教えてくれた。


『お前、始業式にいなかっただろ? 風邪かなんかで休んでいたはずだから、あの大騒動を知らなくて当然だよな』


 だから、俺は四人の証言だけで何があったのかを推測しなければならない。


 それは紅雀楓も同じ事であった。


 彼女もまた高等部の始業式には出席してはいない。なにせ中等部の生徒なのだから。


「さあ、お前の推理をご開帳してもらおうか」


「俺への依頼は証言を集めたくるだけではなかったのか?」


「ふむ、その通りだ。だが、こういう条件はどうだ? 正解であったのならば、お前がへなちょこな推理をした事件の真相を語ってやろう。これならば承知せずにはいられないのではないか?」


 紅雀楓は腕を組み、俺の全てを見透かしていますと言いたげに不敵に笑った。


 あの事件の全貌が分かっているというのか、紅雀楓は。


「俺を謀っていないか? ならば問うが、あの事件はいつから始まっていたんだ?」


「答えは簡単だ」


 紅雀楓は組んでいた腕を解き、右手を前へと差し出し、人差し指を立てた。


「古城有紀の父親が無理心中に失敗した時にはもうすでに始まっていた。尼子宗大にとって他者はあくまでも自分よりも下の存在であった。それは子供の尼子美羅とて同じ事。下の存在の者達が死のうがどうしようが関係ない。自分こそ一番上でなければならなかったのだ。尼子宗大は自分が一番である事を証明し続けるのを自らの物語としている節がある。あの事件は、そんな尼子宗大の物語のほんの一部に過ぎなかったのだろうな」


「意味がイマイチ分からないんだが」


 ほんの一部?


 あれがか?


「分かる訳がない。自分が一番上の存在であると証明するために他者を蹴落とし、罠にはめてきた。だが、今回は古城有紀と直接対決をして負けたであろう事が想像に難くない。だから、尼子美羅が逃げおおせた。お前が見ていたのは事件のほんの一部だ。その一部しか分からなかった以上、お前の知る必要のない物語だ。狂言回しの役回りのお前には特に知る意味もない」


 俺と紅雀楓とでは、探偵としての『格』が違うとでも言いたげにそう断言した。


 俺が間違ってしまったのは、やはりあの事件とその背景全体を見渡していなかったからなのかもしれない。


「有紀が対決して勝ったというのか? 何故それが分かる?」


「そこから先は、お前の推理次第だ。だが、ヒントは古城有紀は尼子宗大の犯罪を曝いた。それを取引材料として使った、といったところか。だから、へなちょこ探偵には分かるはずがない」


「……尼子宗大の犯罪?」


 通り魔事件以外にも犯罪があったという事なのか。


 それは一体なんだというのだろうか。


「そこから先が知りたくば、さあ、始業式に何があったのかを推理せよ。そうしたら、あたしの推理を開示してやろう」


 紅雀楓は挑発的な笑みを浮かべて、目を細めて俺を見やる。


 好奇心にはやはり勝てはしない。


 俺が知ることができる事実があったのならば、知らなければならない。


 俺とて、一応はあの事件の関係者であるのだから。


「あの卵はアリーナの生徒から投げられたものではないのは確かだ。高梨直弥と依田美智代の証言が正しいとするのならば、だが」


「……」


 紅雀楓は何も言わず、目で先を促してきた。


「奇っ怪だったのは、卵が空中で割れたという証言だ。そして、卵が尼子宗大に当たった後に殻がステージの床に落ちたという話。卵が空中で割れるなんていうのはおかしい。それに加え、殻と中身が分離していたというのも妙だ」


「……ふむ」


「それはつまり卵を割って卵の中身を落として尼子宗大に当てた後、殻を捨てたという事ではないのか。卵を当てた人物はステージの上、つまり、照明とかがつり下がっているところにいた可能性が高いって事だ。この事件は……」


 俺は息を吸って吐き出すと共に、その言葉を紡ぎ出す。


「「自作自演」」


 俺の言葉に紅雀楓が合わせてきた。


「ステージに上がって、話をしているんだから、ステージの上部に誰かがいることくらい分かりそうだし、上から卵が降ってきたのも、すぐに気づきそうなものだ。気づいていたのに、卵を投げつけられた事にしようとしたと考えられる。いや、そうとしか考えられない」


「満点だ。だが、そんな自作自演の理由は分かるまい」


 なおも紅雀楓は挑戦的な笑みを崩さない。


 とりあえずの課題はクリアしたというのに、だ。


「……理由、か」


 自分が被害者になる利点は何であろうか。


 悲劇を演出できる。


 いや、それは違う。


 始業式の時点では、尼子宗大にはこれといった悲劇は起こっていないし、卵を投げられた程度は悲劇とは呼べない。


 そうなると……。


 演出したかったのではなかろうか。


「他者に……いや、学生にさえ恨まれているという演出、か。やがてその恨み辛みは、娘の尼子美羅に向けられていく。そう演出したかった……のか?」


 娘の尼子美羅にいずれはその恨みが向かっている事を暗示させるための小さな事件であったというのか。


 いや、待て。


 そこまでの事をして何になるというのだ。


「普通ならばそう考えてしまう。だが、卵を落とした実行犯が藤沼善治郎ならば、どうだ?」


 俺の思考を完全に掴んでいるかのようなタイミングで、そんな言葉が飛んできた。


「な、なんだって……」


 見つかったとしても恨んでいた相手なのだから、皆は納得するだろう。


『ああ、恨んでいた相手なのだから当然か』と。


 五千万円をもし本当にもらっていたとしたら、喜んでその程度の事には協力したに違いない。


 もし見つかったとしても、尼子宗大は許していたことだろう、藤沼善治郎の事を。


 そうなれば、心の広い人だと印象づけられる事となり、藤沼善治郎はあの事件を起こした後であれば、恨み深い人間と認識となる。


「その後、尼子美羅に恨みが向かったとしても納得できる相手であろう? そういった事まで計算していたのが、尼子宗大の物語シナリオだ」


 そこまで言うと、紅雀楓はこほんと咳払いをして、俺に好奇の眼差しを向けてきた。


「さて、約束通りあの事件の真相を紐解いてやろう。あたしに問え。お前が知りたい事を」



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