第1話 コピーキャットの可能性(ver2.0)



――――――――6月8日 18:55



 調べ物をしようと思い、学校帰り図書館へと寄り道をした。


 過去、ここ茜色市で通り魔事件が発生しているかどうかが知りたいと思ったのだ。


 過去の新聞を調べ始めてみるも全国紙でも掲載されていたような通り魔事件ばかりが行き当たってしまい、俺が知りたい情報に一向に辿り着けなかった。


 そうこうしているうちに、図書館の閉館時間が訪れ、俺はなんら成果を見いだせないまま追い出された。


「頼るとなると公僕が一番なんだが……」


 茜色市で実際に起こった事件について質問するのならば、うってつけの人物が一人いる。


 元警官で、今は警備会社の顧問という典型的なコースを歩んでいて、悠々自適な生活を送っているじいさんを一人ほど熟知している。


 不幸な事に俺に対しては厳しい、というべきか、忌み嫌われている。


 可愛い孫娘の姫子を俺に取られるのではないかと危惧していて、俺に辛く当たってくる人物なのだ。


 名は、八丁堀誠はっちょうぼり まこと


 八丁堀瀬名、姫子の祖父にあたる人物だ。


 幼い頃から瀬名に柔道や合気道を教えていた師匠であり、姫子を猫かわいがりしていた、じいさんだ。


 瀬名が文武両道の男と言われるようになったのは、ひとえに祖父のおかげなのだが、姫子が自由奔放なのは祖父が甘やかしすぎたせいだと俺は密かに思っている。


 さすが警官だけあって、姫子が俺の事を好きになったのを見抜くなり、俺を避けるというべきか追い返すようになった過去がある。


 姫子でその件でじいさんを『大嫌い』と言ってからは露骨には追い返しはしないようになっている。


 今は関係が微妙に進展しているのを見抜いてそうで、俺にいい顔をしないのが想像できる。話を聞きに行くのが憚られる。


「しかし、知っておかないといけない事だしな」


 足取りは重かったが、八丁堀誠の家へと行くことにした。


 八丁堀瀬名の家の隣にあるので、じいさんが留守なら、隣の家に行って、帰ってくるのを待つもよし、連絡してもらって電話で訊くもよしといったところだ。


 じいさんの家の前まで行き、覚悟を決めてから呼び鈴を押した。


「小僧、何だ?」


 防犯カメラから俺の顔を確認したのか、不機嫌そうな声がドアホンのスピーカーから漏れてきた。


「世間話……というか、ちょっと訊きたい事があって」


「お前と話すことなどない」


「じゃあ、姫子の事で少々」


「……入れ」


 間々あって、快諾といえないまでも、低く唸るような声で家に入る許可が下りた。


 俺はドアを開けて家の中に入り、靴を脱いで、勝手知ったる我が家といった感じで上がり込んだ。


 じいさんがいるとしたら客間だろうと当たりを付けて向かうと、当然のように客間で俺の事を待っていた。


 客間は畳部屋である。


 長老のような威厳を発しながら、じいさんは客間の中央で正座していた。


「久しぶりです」


「いいから座れ」


 座布団は当然用意されてはいなかった。


 正座をするのはあまり好きではなかったが、じいさんから話を聞きたい以上は機嫌を損なうのは避けたかったので俺は正座をした。


「最近、通り魔事件が起こっていることはご存じで?」


 儀礼的な挨拶は抜きにして、俺は本題を投げかける。


「学院の生徒が三人ほど襲われたという事件の事か?」


 じいさんの眉がぴくりと反応した。


 じいさんはこの件に関しては何も情報を得てない雰囲気があった。警察もまだ何も掴んではいないのかもしれない。


「ああ、それに関して関連しているかどうか不明だが知りたい事があって。過去、同じような通り魔事件がここ茜色市であったのかどうか知りたくてね」


「赤いロングコートの通り魔であったな……」


 ある程度の情報は耳にしてはいたようだ。


 じいさんは腕を組み、瞑目して記憶を掘り起こし始めた。


「あれは、瀬名が小学生になった頃ではなかったか?」


 右眉をピクリと動かしてから、ゆっくりと目を開けた。


「赤いロングコートを着た女が出没して、近所の子供達を追い回して、驚かせていた事案で複数回発生した。子供達の間で口裂け女が現れたと噂になり始めた。それだけならば良かったのだが、茜色市内全域にその噂話が伝わった頃、同じような特徴の赤いロングコートを着た女がナイフで人を刺して逃亡した事件が起こったのだ」


「ナイフで? そいつは捕まったのか?」


「いや、通り魔のような犯行であったのでな、解決はしておらん。容疑者の特定さえできないほど証拠のない事件であったな」


「……なるほど」


 今回の通り魔事件は、逃げおおせた犯人が再び犯行を繰り広げているというものだろうか。


 瀬名が小学生に上がった頃の事件となると、今から十年前くらいの事件になる。


 その犯人が白ワニ事件に関わっているものなのだろうか?


 その可能性を全て排除するのは推理の幅を狭めるため排除はしないが、可能性としては低いと言ってもいいだろう。


 その代わり、模倣犯、つまりはコピーキャットという可能性が浮上してくる。犯行を模倣する事で、犯人の個を薄めて、ぼかすことができる。それを通り魔は狙っているのではなかろうか。


「今回の通り魔は閑散とした通りで行われておる。土地勘のある者の犯行と見て、捜査をしているそうだ。目立つ格好をしているのにも関わらず、犯行後は忽然と姿を消したかのように目撃証言がないそうだ。どこかで着替えておるのか、住んでいる場所が近くなのかもしれん」


「よくそこまで調べたな」


「姫子が通う学院の生徒が三人も襲われたのだ。調べんでどうする。姫子が襲われたらどうするというのだ、小僧!」


「……は、はい!」


 それと、ちょっと単語が脳に澱として残っていたので、ついでとばかりに口にする。


「五千万という単語で連想させる事件とか、最近起こっていなかったか?」


「……五千万……五千万……ふむ、尼子ファイナンスの社員が五千万円の入ったアタッシュケースを強盗に奪われた事件があったくらいか。ん? 尼子といえば……お前が尼子なんぞの走狗になっておるとの情報が出て来たが、それは事実か?」


 どこからその話が出て来たのだろうか。


 恐ろしいな、元警官の情報網とやらは……。


 五千万といっても、強盗事件くらいなものなのか。なら、五千万で殺人云々のあの話は尼子美羅のただの例え話なのか?


「いいように利用されただけだ。使いっぱしりにはなってない」


「ならば良い。尼子宗大は人を駒のように使い捨てるから、好かんのだ」


 使い捨て、か。


 俺の悪い予感は的中しそうだな。


 あの考えが尼子美羅ではなく、尼子宗大が書いた物語ならば尚更……。


「娘の方は……痛ましい……と……いやいや、何でもない」


 じいさんが珍しく歯切れが悪くなった。何かあるのか、尼子美羅に。


「小僧! 忠告はしておくぞ。先日、姫子とデートをしたらしいが、手を出そうものならば淫行条例でお縄にしてやるからな」


「……」


 唐突に話題が切り替わって、じいさんの眼光の鋭くなったせいか、背筋に悪寒が走った。


 このじいさん、本気で言ってやがる……。




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