第13話 光の行方

 砂漠の守護者がこの世界を去った。

 ソレイユとシナアはゴーレムへの追悼を行っていた。

 巨大すぎるゴーレムは埋葬することが難しいため、そのままになってはいるがその巨体はまるで墓標のようになっている。

 護り続けてきた砂漠の民に看取られることもなく、さらに長年忘れ去られていたにも関わらずゴーレムはこの世界に生まれたことを幸福だと言っていた。

 その言葉を聞いてからソレイユとシナアはいたたまれない表情を浮かべ続けている。

 悲しいことだと。

 ゴーレムとの約束通り砂漠の人々に遺言を伝えるつもりのソレイユだが、伝えたとしてもすぐに記憶から消えてしまうのだろうなと予想を立てている。

 おそらくそうなるだろう。

 今を生きる砂漠の民にとってゴーレムという存在はただの伝説上の話なのだ。

 その証拠にゴーレムのことを魔物だと思っていたのだから。

 確かにゴーレムは人を傷つけた。

 しかし、誰も操られているなどとは考えなかったのだ。


 しばらくその場所で祈りを奉げた二人は、


「帰ろっか。シナアちゃん。守護者との約束を果たさないといけないし。」

「うん。」


 重い足取りでその場所から踵を返した。


『祈りは終わったかい?』

「……!?」


 ゴーレムの亡骸からソレイユとシナアの背中に向けて声が掛かる。


「何者だ。」


 ソレイユは剣を引き抜くと体を反転させる。

 しかしその場所にはゴーレムの亡骸しかない。

 だが、空耳などではないことは確実であった。

 ソレイユとシナアの背中越しに掛けられた声に二人は不快感と悪意を感じていたのだ。


「どこにいる。姿を現せ。」


 ソレイユはゴーレムの亡骸の付近を見つめたまま問いかける。

 シナアもおずおずとアンサラーを手にして辺りを警戒する。


『君たちには感謝しているんだ。』


 またしても何者かの声が聞こえてくる。

 しかしどこから発されている声なのか判断できない。

 まるでゴーレムの亡骸周辺で反響しているかのようだ。


「感謝だと。」

『そうだ。感謝だよ。こいつを破壊してくれてありがとう。』


 謎の声の主はゴーレムを倒したことに感謝しているようだ。

 しかし、砂漠で暴れるゴーレムがいなくなったことに感謝しているようには思えない。

 そんな声のトーンなのだ。

 とても愉快そうに聞こえる。

 それがソレイユとシナアを腹立たせる。


「ゴーレムが破壊されてそんなに嬉しいのか?」

『嬉しいとも。これでようやく目的を達成できたからね。』

「目的?」

『フフフ。すぐに分かるさ。』


 ソレイユとシナアは未だ声の発生源が特定できておらず、辺りを警戒している。

 そのせいで目前で起こっている異常に気付くことが出来なかった。

 破壊され輝きを失っていたゴーレムの核に光が灯り始めていたのだ。

 紫黒色をした禍々しい光が。


『では僕はこの辺で消えるとするよ。』

「ふざけるな! 何の目的があってここに現れた!?」

『フフフッ……』


 不敵な笑い声は空間に霧散していった。

 その刹那、


 ドゴォン


 ゴーレムの強烈な拳がソレイユを襲った。


「ガッ……!?」


 謎の声に気を取られていたソレイユはもろにその一撃を受けてしまった。

 ソレイユは吹き飛ばされ砂の山に叩きつけられる。


 先ほどまでは膝を着き前傾姿勢をとっていたゴーレムが完全に立ち上がっていた。

 胸部の中心にはまるで穴が開いてしまったかのような紫黒色の光を帯びている。


 その姿を見たシナアは先ほどの声の主が言っていた目的を悟ったようだ。

 ゴーレムを完全な支配下に置き砂漠を、世界を破壊するという目的を。


「ソレイユ!!」


 シナアはソレイユが吹き飛ばされた方に向かって呼びかける。

 しかし、反応はない。

 ソレイユが叩きつけられた砂山には砂塵が舞い、ソレイユがどうなっているか目視することが出来ない。

 ゴーレムのあまりにも強烈な一撃をまともに受けてしまったのだ。

 即死でもおかしくない。


 だが、シナアには反応が無いソレイユをいつまでも気にしていられる余裕はなかった。

 ゴーレムの次のターゲットはシナアなのだから。

 シナアは10メートル以上の高さから見下ろされている。

 すでに魂の籠っていない目で。


 人工生命のゴーレムだが、つい先ほどまでは魂の籠った優しい目をしていたのだ。

 役目を果たせない自分を恥じながらも砂漠の民を慮る守護者としての優しい目を。

 それが今はただ破壊を行うだけの操り人形になっている。


「守護者……」


 シナアの呼びかけには応えない。

 守護者に声が届くことは決してないだろう。

 なぜなら、守護者はソレイユの手によって死んでしまったのだから。

 今ゴーレムを動かしているのは守護者の魂などではなく、おぞましい何かだ。


 ゴーレムは腕を振り上げると地面に叩きつける。


 ドーン


 シナアは地面を揺さぶるような一撃を間一髪で避ける。

 凄まじい砂塵が舞う。

 そんなことはお構いなしでゴーレムは幾度も拳を叩きつけ続ける。


 砂塵によりゴーレムからも視界が取れていないおかげか、シナアに攻撃が直撃することはなかった。

 シナアの体では一撃当たれば致命傷だろう。

 しかし、シナアは完全に砂塵に飲み込まれ前も後ろも分からない視界ゼロの状況だった。

 ゴーレムがこのまま攻撃を続ければいずれは当たってしまうだろう。


 その頃ソレイユは砂山の中で意識を取り戻していた。

 ゴーレムからの一撃で気を失ってしまっていたのだ。

 流石はソレイユと言ったところで、幸いなことに重傷になるような怪我は負っていないようだ。

 ソレイユが目を覚ましたのは継続的な地響きが続いているからだ。

 ゴーレムがシナアへ攻撃を行っている影響は各地に出ていた。

 ソレイユとシナアが一泊したオアシスでは地響きを感じていたし、ハトラーダの街にさえ僅かな振動が伝わっていたのだ。


「シナアちゃん……」


 ソレイユは痛む体に鞭打ち立ち上がる。

 しかし砂塵により視界が取れない。

 そのため先ほどまで埋まっていた砂山を上ることにした。

 砂山の上からなら多少は視界が取れると考えたからだ。

 ソレイユが上っている砂山はそれなりに高さがあり、頂上からはしっかりと視界が取れた。

 頂上に辿り着いたソレイユはシナアとゴーレムを探す。

 ゴーレムの巨体はすぐに見えたがシナアを見つけることはとてもじゃないができなかった。

 砂塵が舞い過ぎているのだ。

 だが、ゴーレムが足元に向かって攻撃していることから砂塵の中にシナアが居てこのままでは命の危険があることを察した。


「ゴーレム! こっちへ来い! 相手は私だ!!」


 ソレイユは腹の底から声を張り上げゴーレムの注意を引く。

 ゴーレムもソレイユの存在を認識したようで一歩一歩確実にソレイユへと歩みを進める。

 足元にいるであろう見えない存在よりも目に見える存在を標的にしたようだ。


 ゴーレムが歩みを止める。

 ソレイユのいる砂山の前へ辿り着いたからだ。

 ソレイユがいる場所とゴーレムの目の高さは同じくらいの高さだった。

 ゴーレムを眼前にしたソレイユは、


「守護者の体を返しなさい。彼の体は貴様のような邪悪なものが弄んでいいものじゃない。」


 と静かな怒りを込めた声で語り掛ける。

 しかし反応はない。

 それどころかゴーレムは肘を曲げて拳を引くと、ソレイユへ向けて突き出した。

 強烈な正拳突きが再びソレイユを襲う。


 ドゴォン


 先ほどと同様にソレイユへと直撃した。

 しかし、先ほどとは違いソレイユはゴーレムの拳を受け止めていたのだ。


「見えていればどうってことないわ。次は私の番ね。」


 そういうとソレイユは跳躍し、ゴーレムの顔面に拳を叩きこむ。

 およそ人間から放たれたとは思えない一撃を受けたゴーレムは、仰向けに地面に叩きつけられた。

 ソレイユはそのまま空中で態勢を整えると剣を引き抜き、ゴーレムの胸部へ目掛けて降下していった。

 砂塵の中でも邪悪な色をした核は目立っていたからだ。


 バキン


 ソレイユは落下の勢いそのままに核へ剣を突き立てた。

 剣は深々と核を突きさしている。

 しかし、邪悪な光は消えることがない。

 それほどまでに凶悪な呪いが掛かっているのだろう。

 しかし、ソレイユは全く慌てることなく、


「守護者さん。安心して。あなたの体を蝕んでいた呪いもこれで終わりよ。」

『汝の魂に永遠の安らぎを ―― エターナルレクイエム ――』


 砂漠に一筋の光の柱が立ち上った。

 その光の柱は空の彼方まで届き、砂漠中に住まう生きとし生けるものたちの目を釘付けにした。

 なんと神々しい光景なのだろう。

 温かい気持ちになるわ。

 と気づけば人々はその光の柱へ向けて、胸の前で手を合わせて自然と祈りを奉げていた。


 わずか数分のことではあったが、砂漠に建てられた眩いばかりの守護者の墓標は、彼の愛した砂漠の民から確かに祈りを奉げられたのだ。

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