第12話 砂漠の守護者

 ソレイユとシナアはハトラーダから出立するために進路を妨害するゴーレムの討伐を引き受けた。

 ターバンを頭に巻き心機一転し、目的地へ向かって歩き出す。

 相変わらず砂漠の移動は二人を苦しめたが、人は適応する生き物であるというのを体現するかのように最初のころよりもかなりスムーズに移動することができている。


 そうしてしばらく歩くとハトラーダから一番近い距離にあるオアシスへと到着した。

 砂漠地帯にはオアシスがいくつか存在しており、人々はそのオアシスを経由することで砂漠から別の土地へ行き、また別の土地から砂漠へとやってくるのだ。


 オアシスには建物がいくつも建っており、いうならば砂漠の村という表現が適当だろう。

 オアシスで生活する者も少なくない。

 オアシスにある宿屋や酒場は旅人や商人たちにとって旅の疲れを癒すために重宝される施設だ。


 ソレイユとシナアが辿り着いたオアシスも砂漠都市であるハトラーダから近いこともありそれなりの規模があり活気があった。

 活気があるといっても、ソレイユたちのように王都方面へ向かえない者たちが立ち往生しているにすぎないのだが。


 二人がオアシスに立ち入るとおばさんが話しかけてきた。


「あんたたちも王都へ向かうところかい?

 残念だけど、命が惜しいなら今向かうのはやめときな」


 おばさんはゴーレムのことを忠告してくれたようだ。

 見ず知らずの二人に対して忠告してくれるとても親切な人だ。


「ゴーレムが現れたんですよね?」

「あら? 知ってたのかい!」

「知ってた。」

「なら何でこのオアシスへ来たんだい? ハトラーダの街の方が過ごしやすいだろうに」

「ゴーレムを倒しに来たんです!」

「あんたたちがかい!?」


 二人がゴーレムの討伐に来たと伝えると毎度おなじみのような反応をされる。

 砂漠の人からすると余程頼りなく見えるのだろう。

 確かに二人ともあまり日焼けしていない白い肌をしていることから、どこぞのお嬢様が旅行に来ていると思われてもおかしくはない。

 筋骨隆々な見た目をしているわけでもなく女性らしい見た目をしていることも要因の一つだろう。

 二人とも武器を携えてはいるが、このご時世別に珍しいことでもない。

 このような要因があって、驚かれるのだろう。


「そんなに驚くことですか?」

「そりゃあ驚くよ。あんたたちみたいな可愛らしいお嬢ちゃんがゴーレム退治なんて。本当に行くのかい?」

「もちろんです! これでも冒険者ですから!」


 そう言いながらソレイユは身に着けているドッグタグをつまみ、おばさんへ主張する。

 ゴールドアメジス級のドッグタグを見たおばさんは、これもまた恒例となった反応をする。


「ゴールドアメジス級なのかい! そんなに若いのに、すごいんだねぇあんたたち!」

「それほどでもない。」


 素直なおばさんの感嘆の声に、二人はほっぺたを掻いたり少し俯いたりして照れたような仕草をする。

 それと同時にゴールドアメジス級という称号がどれほどの力を持つのかということを実感する。

 シルバー級やゴールド級冒険者では間違いなくこんな反応はされないだろう。

 自分たちの立場を実感し、それに恥じないように頑張らなければと心の中で決意するのだった。


「お嬢ちゃんたち! 今日はこのオアシスに泊っていきな。ゴーレムがいる場所はここからちょっとばかり距離があるからね。今向かえば深夜になっちまうよ。私は夫と二人でそこにある宿屋を経営してるのさ。特別料金で泊まらせてあげるから!」


 こうしてソレイユとシナアは言われるがままにおばさんの経営する宿屋へと宿泊することとなった。

 おばさんの宿屋はこのオアシス内ではかなり大きい建物で宿泊客もたくさんおり繁盛しているようだ。

 そして宣言通りかなり安い値段で泊めてくれた。

 おばさんの旦那さんはひょろりとした気弱そうな方だったが、


「ゴーレムの退治に行くのかい? 怪我はしないようにね。無理はせずにいつでもここに帰っておいで。」


 と、とても優しい方だった。

 夫婦揃って親切で優しいことから、この宿が繁盛する理由もうかがえる。


 すっかり仲良くなったソレイユとシナアは夫婦から砂漠の話しを聞いたり、馴れ初めを聞いたり、逆にソレイユとシナアの出会いや遺跡での出来事などを語り合った。


 そうして次の朝、


「あんたたち無理するんじゃないよ。それからゴーレム倒したらまた泊りに来な! 部屋は取っとくからね!」

「いつでも帰っておいで。」


 優しい夫婦に見送られて二人はオアシスを後にした。


 ゴーレムがいるところまでは、おばさんが言っていたようにそれなりに距離があった。

 休憩を挟みながら進み、夕方より少し前に到着することができた。


 砂漠の中、優に10メートルはありそうな巨体が佇んでいる。

 なんとも神秘的というか幻想的な光景にも見える。

 だが、この巨体は魔物であり、討伐すべきターゲットなのだ。


 ソレイユとシナアは少し離れたところからゴーレムを見ているのだが、一向に動く気配がない。

 まるで時が止まっているかのようにその場で静止を続けている。


「あれがターゲット?」

「そのはずなんだけど……今まで聞いてた話しと違って全然動いてないね」


 ソレイユとシナアは徐々にゴーレムへと詰め寄っていく。

 そして、目前まで近づいたが依然として動く気配がない。


「誰かが倒しちゃったのかな?」

「そうかも。」


 全く動かないゴーレムはまるで抜け殻のようだ。


「どうしたもんかな~」


 果たしてこれは依頼が達成されたと言えるのか、そのような考えを浮かべながらソレイユはゴーレムに触れてみる。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 ゴーレムの巨体が地響きのような音を出しながら動き始める。

 突然の起動にソレイユとシナアは抜剣し距離を取る。


 しばらく両者の間には沈黙が続き、ソレイユとシナアはただならぬ緊張感を抱いていた。

 だが、ゴーレムが攻撃してくるようなことはなく、またソレイユたちも斬りこめず幾何の時間が流れる。

 沈黙に耐え兼ねソレイユが斬りかかろうと剣を握りなおしたその時、


『……小さきものよ……我を解放してくれ』


 ゴーレムが二人へ向けて言葉を投げかけた。

 突然のことで驚きを隠せない二人であったが、ゴーレムから敵意を感じないことから武器をしまい話しをすることにした。


「解放ってどういうこと?」

『我を壊してくれということだ。』

「どうして?」

『我は遥か昔、この砂漠を守護するものとして生み出された。しかし、魔王が倒され世に平穏が訪れると我の役割も無くなり封印されることとなったのだ。』


 ゴーレムはかつて人間の手により作り出された兵器だったのだ。

 だが、役目を終えたあと封印を施されていたらしい。


「それがどうして今封印が解け人々を襲っているの?」

『人々を守るのが我の使命。本意ではなかったのだ。数日程前、我の封印されていた遺跡へ何者かが訪れ封印を解除していったのだ。そして何か邪悪な術を我に施したのだ。我は自我を失い、気づいたときには人々を傷つけていた。これ以上は傷つけまいと自らの機能を停止したのだ。』

「封印を解除したのはどんな奴だったの?」

『分からぬ。フードを被っていたからな。だが、邪悪な気配を放っていた。普通の人間とは思えぬ。』


 ゴーレムを長きに渡る眠りから呼び起こしたのは邪悪な存在だったという。

 ソレイユとシナアの脳裏には先日対峙したネクロマンサーの姿が思い起こされた。

 今回のゴーレムの封印解除も魔物の手によって引き起こされたのではないかと。


『そろそろ我を破壊してくれ。時間が経てばまた自我を失いそなたたちを手にかけることになってしまう。』

「……分かったわ」


 ソレイユが剣を構え一歩一歩地面を踏みしめながらゴーレムの傍へと近づいていく。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 再び地響きのような音を立てながらゴーレムは動き出した。

 ソレイユの前に膝を着き体を前に屈めた。


『胸の中心部にある核を破壊してくれ。そうすれば我は解放される。』


 ゴーレムの胸の中心部には淡い光を放つ球状の器官が埋め込まれている。

 これが核なのだろう。

 

 ソレイユは剣をゴーレムの核に向けて構える。


「それじゃあ……破壊するわよ」

『このような役目をさせてしまい申し訳ない。そして、もう一つ頼まれて欲しい。』

「なに?」

『砂漠の民たちにすまなかったと伝えてほしい。守護者の務めを果たせずにすまなかったと。』

「分かったわ。必ず伝える。」

『ありがとう。最期にそなたの名を聞かせてほしい。』

「ソレイユよ。守護者のゴーレムさん。」

『ソレイユ。良い名前だ。……我はこの世界に産み出されて幸せであった。』


 パキン


 ゴーレムの最期の言葉を聞き遂げ、ソレイユは核へと剣を突き立てた。

 淡い光を放っていた器官は徐々に光を失っていき、しばらくすると光らなくなった。


「……依頼達成ね」

「……うん。」


 ソレイユは剣を引き抜くとシナアへと向き直り、そう言葉を交わした。


 かつて砂漠を護り抜いた守護者は役目を終えてこの世界を旅立った。

 たった二人に見送られながら。


 守護者は砂漠の片隅でひっそりと封印されていた。

 もし、砂漠の民たちが彼への信仰を失っていなければ。

 護られた感謝を後世へと語り継ぐことが出来ていれば。

 今回のような事態にはならなかったのかもしれない。


 ソレイユとシナアは旅立った彼に祈りを奉げるのだった。

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