第26話 蜜蜂ブンブン

「あったわね」

「あるね」

「どうする?」


 三人の目前には木にくっついている大きな蜂の巣がある。

 これがメディーカから依頼された蜂蜜が採れる蜂の巣だ。

 どうやら貴重な蜂のようで、生息地がかなり限られているとのことだった。

 そのため、市場にはあまり出回らない最高級の蜂蜜がとれるのだとか。


 現在、巣の周りにはブンブンと蜂が飛び回っているが今のところは安全な様子だ。

 好戦的な蜂じゃないようで、こちらから手を出さなければ刺されることもないだろう。


「近づかないことには蜂蜜採れないんだけど、巣を触ったら流石に刺されるよな」

「そりゃそうよ。家を攻撃されたらどんな生き物だって怒るに決まってるじゃない」

「でも、何とかしないといけないんだよね」


 三人はそれぞれが最善の策を考え込む。

 しばらくの間、ブンブンという蜂の羽音だけが森の中には響いていた。


「蜂って、煙で燻るとおとなしくなるって聞いたことがあるんだけど、どうかな?」

「それは確かな情報なのか? どうせ蜂蜜を採りに行くのは俺になるだろ? その作戦で行って刺されまくったら死んじまうぜ」

「毒性はかなり強いらしいから、刺されたら死ぬわね。それに、私たちは誰も治癒魔法が使えないし」

「絶望的じゃねえか! 魔法で蜂を倒すってのはどうだ?」

「ダメよ。まず一匹一匹に当てるような的確な魔法は使えないし、それに私たちの都合で蜂を全部殺すなんて許されないわよ。家を壊しちゃうことにはなるけど、命を奪うのはダメ」

「そうなると、煙しかないか……」


 ということで、草に火をつけて煙を出し蜂の巣を燻すという作戦を取ることにした三人。

 ただ、少しでも効果を上げるために、火種にする草を睡眠草にすることにした。

 睡眠草は睡眠促進効果や安眠効果があり、お香などとして使うことがポピュラーだ。

 そこまで珍しい草でもないので森の中ならば容易に見つかるだろう。


「あったわよ! 睡眠草」

「こっちにもあったよ!」


 睡眠草は辺りを少し探せばわんさか見つかった。

 なるべく多くの煙が出るようにこんもりと睡眠草を積み重ね、これで準備は整った。


「シルト兄、行けそう?」

「待ってくれよ、心の準備がまだ……」

「時間かけても結果は一緒よ。ここは男を見せなさい」

「そんなに言うならロゼが行ってもいいんだぞ?」

「……私は、ほら、ズボンじゃないし木に登りにくいから、シルトにゆずるわ」

「リヒト……」

「僕は、風の魔法で煙を操るから無理かな」

「恨むぞ、お前ら」


 後はシルトが心を決めるだけだ。

 だが、なかなかシルトの心は決まらない。

 数分は沈黙が続いた。

 ロゼとリヒトも口出しできないので黙っていることしかできない状態だ。


「よし! 行くぞ!」


 シルトは自分の頬をパンと叩き決心を固めたようだ。


「じゃあ煙を蜂の巣に当てるね!」

『―― イル ――』

『そよげ精霊の吐息 ―― ブリーズ ――』


 ロゼの炎魔法で睡眠草に火を点けるとリヒトが風魔法で煙の昇る方向を操作していく。

 モクモクとした煙が蜂の巣を包み込む。

 しばらく煙を当てていると、先ほどまでは元気に飛んでいた蜂がポトポトと地面に落ち始めた。

 どうやら蜂にも睡眠草の効果は絶大なようで、眠ってしまったようだ。

 そのまま蜂は落ち続け、蜂の巣は無音になった。

 おそらく全ての蜂が眠ってしまったのだろう。


「よし、じゃあ行ってくる」


 意を決したシルトが木を登り始める。


「ちょっと待ってシルト兄!」

「止めてくれるな! 俺は覚悟を決めたんだ!」

「違うよ! そのまま行ったらシルト兄も眠っちゃうでしょ!」

「あっ、そうか」


 せっかくの決意が揺らいでしまいそうだが、一旦シルトは木に登るのを止めた。

 そして、シルトに対して、


『そよげ精霊の吐息 ―― ブリーズ ――』


 と風魔法をかけて体を風で護るように包み込んだ。

 これで、煙を吸い込むこともないだろう。

 ようやく準備完了したところで、シルトは木を登り始めた。

 蜂の巣は地上5メートルくらいのところにある。

 シルトは木のぼりが割と得意なようで、スルスルと登っていき、あっという間に巣のところへと辿り着いたのだ。


「よし、着いたぞ! 今から巣を取るからな」


 シルトは下にいるロゼとリヒトにそう告げると、小さなナイフを取り出して巣を切り離し始めた。

 普段素材回収に使用しているナイフが役に立っているようだ。

 ザクザクと巣を木から切り離すと、それを抱えて木を降り始めた。

 そして、無事に地上へと降り立ったのである。


「ふ~。なんとか成功したぜ」

「流石シルト兄だね」

「頼りになるわね」


 三人は持ってきていた袋に蜂の巣を詰めると、メディーカの下に帰るため歩き始めた。

 蜂蜜を採る経験などしたことがないため、そこはメディーカに任せることにしたのだ。


「ごめんね、蜂さん」


 その場を離れるときにロゼはそう呟きながらも、これも自然界では仕方がないと割り切り、その場を離れて行くのだった。

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ラスト・バスティオン伝説 ~最後の勇者と最後の砦~ Tea @teascenario

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