第13話 メルクーア

 大将であるゴブリンジェネラルを失ったゴブリンの軍勢はただの烏合の衆と化した。

 連携も何もなく、ただガムシャラにメルクーアへと飛び掛かっていく。

 一匹たりとも逃げ出すつもりなどないようだ。

 大将の弔い合戦をしようというその心意義には感心するものもあるが、到底勝てるはずのない戦いに身を投じるのは無謀というもの。

 ゴブリンたちは為す術なくメルクーアの手により次々と絶命していく。

 メルクーアは顔色一つ変えずただ淡々とゴブリンを倒していく。

 気が付けばあれほどいたゴブリンも今や死体の山となっている。

 見るも無残な姿だ。

 ドサッと最後のゴブリンが切り伏せられ倒れる。

 これでこの村で起こったゴブリン騒動は終わりを告げることになるだろう。


「これで終わりましたね」


 あれほどのゴブリンを相手にしたメルクーアは全く疲れた様子を感じさせない。

 いったいどれほどの実力を備えているのだろうか。

 メルクーアは剣に付着したゴブリンの血液を振り払うと、村人たちの下へ歩み寄ってくる。

 すると、パリンと音を立ててシルトや村人たちを護っていた氷の柱が砕けた。

 メルクーアが魔法を解除したようだ。


「皆さん無事なようでなによりです」

「ありがとうございました。メルクーア様」


 村長や村人はメルクーアの下に歩み寄り、頭を下げながら感謝の言葉を口にした。

 村の住人たちがメルクーアを心の底から信頼している証拠だろう。

 最近では騎士が王都周辺の警護ばかりしており、王都から離れた土地では冒険者の方が信頼を得ていることが多い。

 それ故にこの状況は珍しいものともいえるだろう。




 メルクーアが村人たちに囲まれているときシルトとロゼはリヒトの下へと駆けよっていた。


「大丈夫か!? リヒト!」

「怪我はしてない?」

「大丈夫だよシルト兄、ロゼ姉」


 リヒトは力なく二人に答えた。

 リヒトの体はまだ小刻みに震えている。

 まだ恐怖は拭うことが出来ていないみたいだ。

 その姿を見たシルトはワシャワシャとリヒトの頭を撫で、


「立派だったぜ、リヒト。お前の勇気のおかげで俺たちは生きてる」


 優しい口調でリヒトを労うのだった。

 そんな三人の下にメルクーアが歩み寄ってくる。


「感謝します冒険者殿。あなた方のおかげで村の人々を救うことが出来ました」


 村人たちから村に起こったことの経緯を聞いたメルクーアはシルトたちへ感謝の意を述べる。


「俺たちは何もしてません。村の護衛という依頼を受けてきて、結局何もできなかった。自分たちの無力さを痛感しましたよ」


 シルトは何もできなかったことの悔しさを口にした。

 ロゼとリヒトも悔しそうな表情を浮かべている。

 三人を見回したメルクーアは一呼吸置いてから、


「初めから強い者なんていません。見たところあなたたち三人はシルバー級冒険者のようですね。数百体のゴブリンを前にして逃げ出さなかっただけでも凄いことだと思います。そして、障壁を張り全員で生き残る道を模索するというのは普通できませんよ」


 そのように言葉を掛けた。

 そしてメルクーアの言葉に続くように、


「その通りだぜ」

「魔法を使うという良い経験させてもらったよ」


 と村人たちが口々に三人を称賛した。

 その言葉を聞くことで三人は自分たちの努力が報われるような気がしたのだった。




 その後、王国騎士の一部隊が村に到着した。

 騎士たちはテキパキと作業を行い、ゴブリンの死体は徐々に片付けられていった。

 撤去作業と同時に、村に起こった事態の聞き込みも行われた。

 ゴブリンの軍勢はどのようにして現れたのかと。

 シルトたちも情報提供に協力し、気が付けば昼を迎えていた。

 三人が騎士への報告を終えたとき、メルクーアが三人に声を掛けてきた。


「お疲れさまでした。疲労しているのにこのようなことに付き合わせてしまい申し訳ない」

「大丈夫です。今後もこのようなことが起きる可能性があるということですよね?」

「はい。ですが、実を言うとすでに各地で同様の事件が起こっているのです。今回私が村を離れたのもその事件絡みでした」


 メルクーアが言うには、各地の村や街で魔物の大量転移が確認されているというのだ。

 そして、メルクーアがこの村を離れた理由は救援のためだったということらしい。

 確かに、あれほどまでの魔物の相手ができる人間などそうそういないだろう。

 シルト、ロゼ、リヒトが納得していると、


「……ん!?」


 シルトが間の抜けた声を出した。


「どうしたのシルト?」


 ロゼが聞く。


「いや、メルクーアっていう名前をどこかで聞いたことがある気がしてたんだけどさ、今思い出したんだよ!」

「これだけ強い騎士様だもの、どこかで噂になってたんじゃないの?」


 シルトはメルクーアの方を向き、目を輝かせながら問うた。


「あなたは、天環の騎士団のメルクーア様ですよね!?」


 その言葉を聞いたリヒトとロゼはバッとメルクーアの方を向き、顔を凝視する。


「えっ!?」

「天環の騎士団……!?」


 そして自分の記憶と照らし合わせると、


「「本物だぁ~~~!」」


 と絶叫した。




 天環の騎士団。

 それはアヴァロン王国騎士団の中でも屈指の実力を誇る騎士団だ。

 今までに立てた武功は計りしれない。

 天環の騎士団最大の特徴は構成人数だろう。

 騎士団は基本的に数十~数百人単位で構成されるが、天環の騎士団は10人という少数精鋭だ。

 さらに、メンバー全員が20代というかなり若い騎士団なのだ。

 次代を担うと言われている天環の騎士団は若い世代の憧れの的になっているのだ。

 そして、メルクーアは天環の騎士団の一員なのである。




 メルクーアはシルトからの問いかけに、


「“元”天環の騎士団のメルクーアよ」


 と返答した。

 その返答を聞いたシルトたちはかなりビックリしたようで、


「“元”ってどういうことですか!?」

「辞めたんですか!?」

「どうして!?」


 と矢継ぎ早に質問を繰り返す。

 メルクーアはやれやれといった感じで、


「落ち着いて。説明するから」


 と三人をなだめる。

 シルトたちは喋るのを止め、メルクーアの次の言葉を待つ。

 そして少し時間を置いた後、メルクーアは静かに語り出した。


「元っていうと聞こえが悪いかもしれないけど、私が今、天環の騎士団として活動していないのは本当よ。というか天環の騎士団自体が活動休止中なの。だから私は単独で行動しているの。この村に駐留していたのも私が上層部に無理言ってのことだったのよ」


 メルクーアの言葉を黙って聞いていた三人だが、おそるおそるといった感じでシルトが口を開いた。


「なぜ、天環の騎士団は活動休止中なんですか?」

「聞きたいの?」

「憧れの存在なんです。俺も皆さんみたいに強くなりたいって思って修行してました。だから……」

「団長が失踪したのよ」

「えっ……!?」


 メルクーアからの告白にシルトは言葉を失う。

 失踪とは一体といった表情だ。


「本当に突然だったわ。やりたいことができたからちょっと出かけるね! そう言っていなくなったの」


 そのときのことを思い出しているのかメルクーアは少し苛立って見える。


「もう半年近く経つわ。昔から自分に正直な人だったから……」


 今どこで何をしているのかすら分からないとのことだ。

 メルクーアは団長のことを心配しているようで、話し終えるとシュンとしてしまった。

 シルトたちは寂しげなメルクーアに掛ける言葉が思いつかないのだった。

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