第12話 王国騎士

 リヒトとゴブリンジェネラルは一定の距離を保って対峙している。

 正確に言えば、リヒトがゴブリンジェネラルから常に距離を取っているのだ。

 ゴブリンジェネラルが一歩近づけば一歩離れるという具合に。

 しかし、一定の距離を保ちながらもリヒトはブルブルと体を震わせている。

 今リヒトが保っている距離感こそが、限界ギリギリの距離だということだ。

 あと一歩でも近づけば、大剣の錆になってしまう。

 ギリギリの緊張感と恐怖の中でリヒトは立っているのだ。

 

 二者の実力の差が明らかなのは傍目から見ても一目瞭然である。

 引き攣った表情を浮かべて震えているリヒトに対して、ゴブリンジェネラルは不敵な笑みを浮かべている。

 ゴブリンジェネラルからしてみれば、リヒトなど取るに堪えない相手なのだろう。


「逃げろ」

「敵わない」


 と村人たちの悲痛な声が掛けられる。

 どうせ殺されるなら君だけでも逃げろと。

 しかし、リヒトはその場所に立っていた。

 この場に戦えるのは自分しかいないんだと、自分を鼓舞しながら。

 どうやら逃げる気など毛頭ないようだ。


『かかってこないのか?』


 今の状況を楽しんいるかのようなゴブリンジェネラルは、怯えているリヒトを挑発する。

 しかし、リヒトが挑発に乗ることはない。

 それは、ゴブリンジェネラル相手に安易に仕掛ければ一瞬で殺されることが分かっているからだ。

 近づけば一撃で命のない肉塊へと変貌する、というイメージばかりが頭の中を巡っているようだ。


『では俺様の方から行かせてもらうぞ。』


 ついにゴブリンジェネラルが動き出した。

 ドスンドスンと威嚇するようにわざと大きな足音を踏み鳴らしながら。

 その巨大な体躯から放たれるプレッシャーはとてつもなく、まるで巨大な山が近づいてくかのようだ。

 ドスンドスンと一歩ずつリヒトとの距離を詰めていく。

 どうしようもない緊張感が辺りには漂っている。

 近づいてくるゴブリンジェネラルに合わせてリヒトも後退する。

 だがいつまでも後退できるわけではない。

 ついにリヒトが後退できない所まで来てしまった。

 リヒトのすぐ背後に村人がいるのだ。

 このまま後退し続ければ村人に被害が及んでしまう。

 そしてゴブリンジェネラルの足音が止まった。

 リヒトの目前にゴブリンジェネラルが到達したのだ。


『どうやら此処までのようだ。』


 ゴブリンジェネラルは喋りながら大剣を振り上げる。

 そして、


『死ね。小僧。』


 大剣は風を切りながら凄まじい勢いでリヒトへと振り下ろされる。

 その場にいる誰もがリヒトの死を想像し、村人たちは顔を背け目を瞑る。


 ガキン


 村中に何か硬いもの同士がぶつかり合うような音が響いた。

 何が起こったのかと村人たちが恐る恐る目を開くと、そこには無傷のリヒトが立っていた。

 どうやらゴブリンジェネラルの剣はリヒトに届くことはなかったようだ。

 何故リヒトに剣が届かなかったのか。

 それは、ゴブリンジェネラルとリヒトの間に強固な氷の壁が立ちはだかっているからである。

 氷の壁が大剣を受け止めたのだ。

 先ほどまでは間違いなくこんな氷の壁はなかった、それ故に魔法によって生成されたものだと考えることができる。


『氷の壁だと!? まさかこんな魔法を隠していたとはな。』


 ゴブリンジェネラルは自分の剣を弾いた氷の壁に驚きを隠せなかったようだ。

 まさか氷に剣を止められるとは予想もしていなかったのだろう。

 しかし、それはリヒトも同様のことだった。

 なぜ自分が生き残っているのか分からない、先ほどの剣の一振りで死んだものだと思っていたようだ。

 ましてや氷に護られるなど予想もしていなかったらしい。

 魔法の発動者を探すように辺りをキョロキョロと見回している。


 リヒトが発動した魔法でないならいったい誰が発動したのだろうか。

 この村の中でそれなりに魔法が使えるのはシルトやロゼだけだ。

 しかし、それは考え難い。

 なぜなら、シルトやロゼはすでに魔力を使い切っているからだ。

 それならば誰が発動した魔法なのだろうか。

 その場にいる村人やゴブリン全員がそう考え、辺りに意識を向ける。


 すると、ドドドと村の外から馬が駆ける音が聞こえてくる。

 ずいぶんと近い距離からの音だ。

 そして、女性と思われる声も幽かに聞こえてくる。


『…… ―― フロストバレー ――』


 魔法の詠唱が聞こえたかと思えば、何本もの氷柱が地面から立ち上がる。

 その氷柱はシルトやロゼ、村人たちを取り囲むように立ちはだかる。

 まるでゴブリンの軍勢から身を護る城郭のように。


『一体何が起きている!?』


 ゴブリンジェネラルは、またも目前で氷の壁が出来上がるさまを見て驚きの声を上げる。

 そして、魔法を発動した女性がリヒト、ゴブリンジェネラル、シルトとロゼ、村人、ゴブリンの軍勢の前に姿を現した。

 その女性は白馬に跨り颯爽と現れた。

 騎士の鎧を身に纏っていることから王国騎士団であると考えられる。

 先ほどの魔法といい、この状況にも物怖じしないその凛とした美しい姿といい、まるで戦場に舞い降りた女神のようだ。


「メルクーア様……」


 村長が騎士に向かってそう呼びかける。


「遅くなってしまい申し訳ありませんでした、皆さん。ひとまず皆さんが無事で良かった。」


 メルクーアと呼ばれた騎士はその場にいる村人たちに視線を向けると微笑みながら優しい声を掛ける。

 たったそれだけの動作でその場にいるシルトとロゼ、村人たちは緊張が和らぐのだった。

 そして、メルクーアは馬から下りるとゴブリンジェネラルに視線を向け、


「あなた方を殲滅します。」


 そう宣戦布告したのだ。


『俺様たちを殲滅だと? フハハハハハ! 笑わせてくれる。』

「冗談を言っているつもりはありません」

『この数相手に勝てると思っているのか? まあ、手下のゴブリンどもがお前に殺されたとしても不思議ではない。先ほどの魔法と言いかなりの実力があるようだからな。しかし、俺様は殺せないぞ。』

「そうですか」


 メルクーアはゴブリンジェネラルの言葉など意に介さず、帯刀していた剣を抜き、構えた。

 彼女が装備している剣はこれと言った特徴のないもので、おそらく王国騎士の基本装備なのだろう。

 しかし一瞬の隙も見当たらない見事なまでの構えは、彼女が熟練した騎士であることを物語っている。

 そして、メルクーアは恐れることなくゴブリンジェネラルとの距離を詰める。

 メルクーアとゴブリンジェネラルの距離が双方が剣を伸ばせば届くほど狭まった時、先に動いたのはゴブリンジェネラルだった。

 大剣を上段に構え袈裟切りをみまった。

 キンッと金属同士が掠ったような音がする。

 メルクーアが大剣を受け流したのだ。

 メルクーアの流れるような動作は、まるで見るものたちを魅了するかのようだ。

 現にシルトは、


「スゲェ……」


 と声を漏らしていた。


 その後もゴブリンジェネラルはメルクーアに対して重い一撃を繰り出し続ける。

 体にかすりでもすれば致命傷は免れないであろう攻撃をメルクーアは器用に捌き続ける。

 傍から見ればメルクーアが押されており防戦一方に見えるだろう。

 なぜならメルクーアは一度も攻撃していないからだ。

 しばらくその光景が続くと明らかな変化が訪れ始めた。

 ゴブリンジェネラルの攻撃にキレが無くなり手数が減り始めたのだ。

 ゴブリンジェネラルはハアハアと荒い呼吸をしている。

 其れに引き替えメルクーアは全く息が上がっていない。

 この状況は、勝負あったと言っても過言ではないだろう。

 メルクーアがゴブリンジェネラルを圧倒しているのだ。


『なぜ攻撃が当たらない!? 貴様何者だ!』


 ついにゴブリンジェネラルが攻撃の手を止め抗議を行う。

 なぜ攻撃が当たらないのかと。


「簡単なことです。あなたが弱いから攻撃が当たらないのですよ」

『……!?』


 メルクーアはさも当然だと言わんばかりに答える。

 この場合、ゴブリンジェネラルが弱いというよりもメルクーアが強過ぎるという表現の方が正しいのだろう。

 なぜならゴブリンジェネラルに勝てるものなどそういないのだから。

 メルクーアの一言はゴブリンジェネラルのプライドを砕くのに充分過ぎた。


『弱いだと……俺様のことを弱いと言ったのか!!』


 額に青筋が浮かぶほどに怒りを露わにする。

 そして激昂したゴブリンジェネラルは大剣を振り回しメルクーアへと突撃していく。


「そういうところが弱いと言うのです。」


 メルクーアは静かに呟いた。

 まるで呆れているかのように。

 そして、ドシュッという音が聞こえたかと思えば、ゴブリンジェネラルの首が宙を舞った。

 目にも止まらない一閃が的確にゴブリンジェネラルの首を捕らえ、撥ねたのだ。

 首を失ったゴブリンジェネラルは、その場へ崩れ落ちるように膝を着く。

 先ほどまで頭が在ったところからドバッと血が噴き出す。


 ゴブリンジェネラルは絶命した。

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