第9話 悪夢の果てに

「マイ、返事して」

「マイちゃん、ツルギちゃん、何か言って」

 皆の必死の呼び掛けにも全く反応が無くなってしまい、司令室は重い空気に包まれていた。

「司令、あれを見てください」

 オペレーターの少女が指さす方を見ると、下半身しかないブロッケンの脚が突然止まり、崩れ落ちるように大地に膝を着いていた。

 その腰の上では、球体がメチャクチャにうごめいていた。

 そして、ある一点が内側から突き上げられるようにいびつに膨らんだかと思うと、それを突き破って何かが飛び出していた。

【ギャギャギャギャギャ~~~~~~~~~~~~っ】

 ブロッケンの絶叫が響き渡る中、黄色い炎と、何か液体らしきものを血のようにほとばしらせながら、その鋭利なモノが球体を切り裂いた。

 そこから炎とともに噴き出した液体が滝のように流れ落ち、瓦礫と化した大地に降り注いだ。

 ‶ジュジュジュジュジュ~~~~~~~~っ″

 大地が、瓦礫ごと溶け落ちていく。

 その時、球体にできた傷口を力づくで引き裂きながら、中からが姿を現した。

 それは、全身の装甲がどろどろに溶け、まさに変形途中のブロッケンのような漆黒の巨人だった。

「あれは?まさかハーケリュオン?」

「うそ?」

 エマやハルカがそう思うのも無理なかった。

 切り裂かれた球体から辛うじて上半身だけを覗かせるは、その手に持つ、やはり溶けかかったランスがなければハーケリュオンだと分からないほ無惨な姿をさらしていた。

「あれ、ホントにハーケリュオンなの?マイちゃんとツルギちゃん生きてるの?」

 リンが不安そうな声で呟く。

「マイ、聞こえる?返事して」

 リンの声を打ち消すかのようにアンナが叫ぶ。

 その刹那、

 ハーケリュオンは両手でランスを持ち上げ、自らの足下の、下半身しかないブロッケンに深々と突き刺していた。

【ギィニヤャ~~~~~~~~~~】

 その胸の中心で燃えていることが辛うじて分かる赤い炎が、溶けかかる装甲の隙間を走るように腕を伝ってランスへ流れた瞬間、

 ドゴオォォォォォオンっ。

 ランスが赤い炎を噴き上げながら前にスライドするように打ち出され、ブロッケンの巨大な下身体を内部から破裂させていた。

 だがそれは、ランスの性能を遥かに上回る破壊力だった。

「なにが起きた」サンドラが叫ぶ。

「ランスが暴発しました。使用不能」

「腐食に耐えられなかったか」

 内部から破裂したブロッケンの身体は一瞬で崩れ落ち、ハーケリュオンは成す術なく崩落に飲み込まれ、その下敷きになっていた。



 

「・・・・い、マイ。おきて」

(・・・・・・)それは、遠くから聞こえる小さな声だった。

「・・・・・・・マイっ、お願い、起きてっ」

(だれ?どこにいるの?どこから呼んでるの?・・・どうして私を呼ぶの?)マイは周りを見渡した。だが、誰もいなかった。

「マイ、起きてっ、ツルギを止めてっ」

(・・・ツルギ、ツルギを止める?)マイにはその言葉の意味が分からなかった。何より激しい睡魔に襲われ、起きる気力も湧かなかった。

「このままだとみんな殺されちゃう。マイ、お願い。ツルギを止めて」

(・・・殺される?みんなが?なんで?)言葉は分かるが思考がまとまらず困惑するマイ。

 その時だった。

「マイ、起きろ~~~っ」

「!?」耳をつんざくアンナの声に、彼女は思わず目を開けていた。

 そして、その目に飛び込んできたのは異様なモノだった。

 マイの目の前でが蠢いていたのだ。

(何これ?尻尾?)

 そう。は、蛇ともトカゲとも違う鱗で覆われた、マンガやアニメに出て来るようなドラゴンの尻尾そのものだった。

「・・・」

 神々しい光りが消え、血のような赤い光りに満たされたハーケリュオンのコックピットの中を、所狭しと動き回る尻尾。

 マイは、それを呆然と見ていた。

 彼女の視線が尻尾をたどり、その付け根に到達した時に見えたのは、なんと人間だった。

 いや、人間と呼ぶのが果たして正しいのか?

 にいたのは異形の者だった。

 マイからは後ろ姿しか見えなかったが、体型からそれが女性なのだろうということは想像できた。

 だが、その頭からは左右に大きなツノが生え、その鍛え抜かれた背中からは翼竜を彷彿させる翼が生えていた。

 そして腕は、二の腕から先がうろこに覆われ、その指先からは鋭く尖る大きな爪が伸びているのが見える。

 更に視線を下げると、くびれたウエストと引き締まったお尻の下、2本の脚が腸骨のあたりから少しずつ広がる鱗に覆われるように太股の途中から一つになって尻尾へとその姿を変えていた。

 にいたのは、人間のような上半身と、龍の尻尾のような下半身を合わせ持つ生き物だった。

(なに、これ?私、まだ夢を見てるの?)それはまるで、昔見た、父が好きだったSF映画でも見ているかのようだった。

 しかし、そんなマイを置き去りにして、目の前のは、この世のものとは思えないほどの絶叫を撒き散らしながら、鋭い爪が伸びる手を縦横無尽に振り回していた。

『よくも~っ』

 そう叫びながら振り回す腕とともに、コックピットの内壁を通して見える外の景色に映る漆黒の腕も寸分たがわず動き、指先から伸びる刃物のようなツメで眼前に迫る敵を一撃で切り裂いていた。

 全方位から襲い来る残る6体のブロッケンに対し、眼前の異形の者はただ力任せに腕を振り回しているようにしかマイには見えなかった。

 が、その一撃一撃の破壊力は凄まじく、あるブロッケンは巨大な爪に頭をもぎ取られ、またあるブロッケンは、マイの目の前で妖しくうねる尻尾に合わせて動く、ムチのようにしなる装甲の鎧に覆われた巨大な尻尾に叩き潰され、そこに襲い掛かろうとした別のブロッケンは、取って返した尻尾の先端に胸を刺し貫かれ、最後に残ったブロッケンも、その長すぎる尻尾に全身をぐるぐる巻きにされ、バキバキに締め上げられながら、もう片方の手の爪で頭を斬り落とされ、その傷口に突っ込まれた腕にを引き抜かれていた。

 は、5本の爪に捕らえられた、黄色い炎を噴き上げる塊だった。

「・・・あれは、コア?」マイは戸惑いながらもその様子を見ていた。

 確かにそれはブロッケンのコアだった。

 だが、その形は今まで見てきたものとは明らかに違っていた。

 そして、ブロッケンの身体の表面がドロドロに溶け落ちて、中から何かが姿を現した。

「!?」を見たマイは言葉を失った。

(なにこれ?夢でも見てるの?)

「チーム45、サイガイア、識別信号消えました」

 しかし、リストバンドから聞こえて来たオペレーターの少女の悲痛な声が、それが現実だということを教えてくれていた。

 そう。コアを失ったことで黒いアメーバー状の物体が流れ落ち、目の前で無惨な姿を晒すそれは、間違いなくギアだった。

 そして、間髪入れず目の前の異形の者が、何かを握り潰す仕草をすると、ハーケリュオンがその手に握るコアを切り刻むように握り潰していた。

「サイガイアのパイロット2名、生命反応ロスト」

「え?」

 リストバンドから聞こえた言葉の意味が分からずマイが戸惑っていると、そこにサンドラの声が飛び込んできた。

「マイ、聞こえるか?聞こえるならツルギを止めて撤退してほしい」

「ツルギを止める?司令、それはどうゆう意味ですか?」

 だが、こちらからの声は届いていないらしく、サンドラは一方的に話し続けていた。

「今、ハーケリュオンが戦っているのはチーム22と45のギアだ。ブロッケンに機体を乗っ取られている」

「!?」

「ヤツらはコックピットブロックをコアにしていて、しかもその内部でパイロットたちは生きている」

「・・・そんな」

「おそらくは、いや間違いなくブロッケン化したギアを我々に攻撃させないためだ」サンドラが言葉を絞り出すように話し続ける。

「ブロッケン化されたギアを止めるにはコアを、コックピットブロックを破壊するしかない。だが、それではパイロットの命が失われることになる。

 かと言って攻撃を躊躇すれば被害が更に増え、今後も多くのギアがブロッケン化されるだろう。

 ヤツらの目的は、自らの手を汚さず我々に同士討ちをさせ、戦力を消耗させることだ」

「・・・そんな、ブロッケンがそんなことを思い付くなんて」

「ヤツらは我々が考えるよりずっと高等な生命体なのかもしれない・・・だから今はツルギと一緒に逃げてくれ」

「・・・ツルギ?」

 マイは改めて目の前の異形の者を見た。

 その者の頭からは2本の大きなツノが生え、真っ赤な宝石のような瞳からは血の涙が流れ落ちていた。

 だが、半狂乱になって叫び続けるその横顔にマイは見覚えがあった。

「・・・ツルギ?ツルギなの?」

 そう。それは、変わり果ててはいたが、間違いなくツルギだった。

(なに、これ?どうゆうこと?)マイはワケが分からなかった。

『よくも~~~~っ』

 しかしその間にも、ツルギ同様に変わり果てた姿になったハーケリュオンが新たに攻撃を仕掛けて来たブロッケンを斬り裂き、コアを引きずり出して破壊していた。

「チーム45、マクナリウム、信号消えました。パイロット2名の生命反応ロスト」

「・・・つ、ツルギ」

 マイは立ち上がった。

 いや、立ち上がろうとしたが身体に力が入らず、竜のように姿を変えたツルギの、敵を威嚇するコブラのように真っ直ぐに起立する下半身に、倒れるように背後から抱き着くのが精一杯だった。

「ツルギっ」

 ツルギを見上げながらマイが呼び掛けると、ツルギは振り返りながら彼女を見下ろした。

 「ツルギ、聞いてっ」

 その瞬間、マイは丸太ほどもある尻尾に薙ぎ払われ、コックピットの内壁に叩き付けられていた。

「がはぁ」

『邪魔をするな~~っ』血を吐きながら崩れ落ちるマイを尻目に、ツルギはそう吐き捨てると、尻尾で押し潰され、形を変えながら起き上がろうとしていたしたブロッケンの胸の中心に腕を突き立てていた。

 腕はブロッケンの身体を背中まで貫通し、鋭く尖る巨大な爪が伸びる指がコアを切り刻むように握り潰していた。

「チーム45、スカイグレイブ、信号消えました。パイロット2名の生命反応ロスト」

「・・・くっ」起き上がろうとした瞬間、マイの全身を激痛が走った。

 それは、厳しい訓練に耐え、数え切れないほどのブロッケンと死闘を繰りひろげてきた者でなければ、確実に意識を失っていたほどのものだった。

「くっ、ごほっ、ぐはぁっ」

 身体を起こしただけで激痛が胸から全身に走り、食いしばる歯の間から泡まじりの血を吐き咳き込む。

 どうやら折れたあばら骨が肺に刺さったらしい。

「・・・っ」

 それでも彼女は何とか立ち上がると、一歩足を引きずるたびに全身を襲う激痛に顔を歪めながら、今度はツルギの前に出て、そそり立つ竜のような下半身に倒れるように抱き付いた。

 そして、ツルギを見上げた。

「ツルギ、私よ、マイよ、こっちを見て」

 だが、次の瞬間。彼女の巨大な爪が伸びる禍々しい腕が、まるでハエでもはらうかのようにマイを払い飛ばしていた。

 しかも、その一瞬の間隙を縫って、獣型へとその姿を変えた3体のブロッケンが3方向から同時にハーケリュオンに襲い掛かっていた。

 自らを薙ぎ払おうとする巨大な尻尾の直撃を受け、その鋭い爪に斬り刻まれながらもハーケリュオンに取り付き、その肩口や背中や腰に深々と牙を立て噛み付いていく。

 すると、ブロッケンの身体の表面がアメーバーのように溶けながら、3方向からハーケリュオンを飲み込むように、侵食するかのように広がり始めた。

「ヤツら、ハーケリュオンもブロッケンにするつもりか?」

「マイっ」アンナが叫ぶ。

「っつ、うぅぅぅ~~~」その頃マイは、血がにじむほど唇を噛みしめ、飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止めていた。

 ツルギの爪は彼女の右腕を斬り落し、背中にも幾重にも並ぶ深い傷を刻んでいた。

真っ赤な血が、背中に並ぶ傷口からどくどくと溢れ、腕の切り口からも滝のように滴り落ちていく。

いた。

 マイは瀕死の重傷だった。

「くっ、うぅぅ」彼女は歯を食いしばり、膝をガクガク震わせながら何とか立ち上がった。

 だが、唇は紫色に変色し、顔からは生気がみるみる奪われ土気色になっていく。

 マイは霞む目でツルギを見た。

 ハーケリュオンはアメーバー状のブロッケンに首を絞められていた。

 もがき苦しみながら必死の抵抗を試みるように喉元を掻きむしるツルギの首に、どす黒い痕が巻き付くように広がっていく。

『が、はぁ』

 しかし、ハーケリュオンの首を絞めるアメーバーは水のように掴むことも斬ることもできず、ツルギは泡唾を吐きながら、のたうち回るしかなかった。

『うぅ』ツルギが白目を剥いた。

 ズサズサズサズサズサズサズサズサズサズサズサズサっ。

 その時だった。

 ハーケリュオンをその体内に飲み込むように、1つに融合しようとしていた3体のブロッケンの全身に、突如として巨大な槍のようなものが次々に突き刺さった。

 ドゴォオオオオオオオォォォォォォォォンっ。

 しかもは、次の瞬間には耳をつんざく轟音と共に大爆発していた。

「サンダーアロー、全弾命中」オペレーターの少女が叫ぶ。

「間に合ったか」サンドラが思わずほっとしたかのように見つめるモニターには、こちらに向かって飛来する無数の巨大な影が映っていた。

「AIギア部隊、現着しました」

「よし、ブロッケンへの攻撃を続行しつつハーケリュオンを救出する」

「了解」オペレーターの少女がキイボードを叩くと、AIギアはハーケリュオンを取り込もうと融合するブロッケンを空中から包囲し、その手に構えた巨大な火器が一斉に火を吹いた。

 バババババババババババババババババババババババババババババババババババッ。

 ブロッケンがみるみる串刺しになり、次々に巻き起こる爆発の連鎖に飲み込まれていく。

「司令、こんな攻撃をしてコアは大丈夫なんですか?」アヤが心配そうに訊ねる。

「大丈夫だ」サンドラはモニターから視線を逸らさず、そう答えた。

 元々サンダーアローはブロッケンのどこにあるか分からないコアを攻撃するために開発された、体内の奥深くまで突き刺さり爆発する兵器だ。

 だが今回は、コアの位置が胸の中心だと分かっているので、サンドラはこの兵器を別の目的に使っていた。

 それは、ブロッケンの内骨格となっているギアの、胸部以外を完膚無きまでに破壊すること。

 そうすれば、ブロッケンはギアに寄生する意味を失い撤退するか、ハーケリュオンへの融合をより急ぐか、いずれにせよ今のままではいられないはずだ。

 ツルギとマイなら、その間隙を縫って今の状況を打破できるはずだとサンドラは確信していた。

 バババババババババババババババババババババババババァァァアンっ。

 その間もサンダーアローは間断なく射ち続けられ、が爆発する度にブロッケンの身体がえぐられるように大きく変形し、元に戻ろうとするに新たなアローが撃ち込まれ、更なる爆発と爆音の連鎖が辺り一面を埋め尽くしていく。

 するとブロッケンは、その中心にハーケリュオンを閉じ込めたまま、まるで波打つように、メチャクチャにアメーバー状のひだを広げ始めた。

 そしてが、ムチのようになりながら四方八方に伸びたかと思うと、自らを攻撃する複数のAIギアの全身に巻き付いてり寄せていた。

 ギアがムチに締め上げられ、全身をバキバキにへし折られてブロッケンに飲み込まれていく。

「AIギアが吸収されます」オペレーターの少女が悲痛な声で報告する。

「まさか、破壊された内骨格をAIギアのパーツで補うつもりなの?」エマは驚きを隠せない様子で隣にいたアンナの顔を見た。

「司令、これでは逆効果です」だがアンナは、そんな彼女の言葉を聞く素振りも見せず、サンドラを詰め寄るような視線で見つめていた。

 皆の間に動揺が広がっていく。

 だが、サンドラは冷静だった。

 彼女が手元の赤いボタンを押した。

 その瞬間、

 ドドドドゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォンっ。

 大地と大気を震わすほどの轟音が響き渡り、ブロッケンの身体が、内側から引き裂けるように、破裂するかのように大爆発していた。

 サンドラが飲み込まれた複数のAIギアを自爆させたのだ。

【ギャギャギャギャギャギャ~~~~~~~~~~っ】

 その瞬間、ブロッケンはハーケリュオンを捨てるように3体に分離すると、それぞれが禍々しい漆黒に鎧のような装甲に覆われた、獣、翼竜、海竜へとその姿を変えていた。

 その刹那、翼竜型ブロッケンの胸を貫いて、鋭く尖るが飛び出していた。

 黄色い炎を噴き上げるコアをわしつかみにするハーケリュオンの爪だった。

「つ、ツルギ待って、それは・・・」

 マイが必死の思いで呼び掛ける。

 だが、その声はあまりに弱々しく、その耳に全く届いていないかのようにツルギ=ハーケリュオンはコアを握り潰していた。

「チーム22、ガルーシア、識別信号消えました。パイロットの、ミラとリンダ両名の生命反応ロスト」

 そうオペレーターの少女が報告する間にも、海竜型ブロッケンがワニのように口を大きく開き、その内側に並ぶ鋭利な歯を、まるでチェーンソーのように回転させながら、空中を飛んでハーケリュオンに襲い掛かっていた。

 しかもそれは、獣型ブロッケンとの同時攻撃だった。

 ドガガガガガガガガガガガガっ。

 海竜型と同様に、刃のような歯を回転させる口を大きく開き、獣型ブロッケンがハーケリュオンの顔に噛み付いていた。

 ギャガガガガガガガガガっ。

 いや、その牙は顔面の直前でハーケリュオンに受け止められていた。

 ドゴォオオオオオオンっ。

 それと同時に、海竜片ブロッケンが大きく開いたその口にフルスイングで放たれた尻尾を叩き込まれ、そのまま瓦礫の大地に叩き付けられていた。

 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパァァァァァァンっ。

 上下に無理矢理開かされた口の中で高速回転する歯が、ハーケリュオンのツメに当たり次々に破断していく。

 そしてハーケリュオンは、大地に打ちのめした海竜型ブロッケンの胸の中心を尻尾の先端で貫きながら、目の前の獣型ブロッケンをそのまま上下に引き裂いていた。

 バキバキバキバキバキバキバキバキっ。

 2つに裂けた身体からコアがこぼれ落ち、その手がを空中で掴んだ。

「ツルギ、だめっ」

 マイは再びツルギの大蛇のような下半身に背後から抱き着いた。

「ツルギ、私よ、マイよ。ねぇお願い、やめて」

 だがツルギは全く聞く耳を持たず、を握り潰していた。

「チーム22、ダリアント、信号消えました。パイロット2名、ミラとリンダの生命反応ロスト」

「ツルギっ」マイが叫ぶ。

 その間にも、ハーケリュオンの蠢く尻尾が胸を貫いた海竜型ブロッケンをそのまま持ち上げ、目の前に運んでいた。

 そして、その手が尻尾に刺し貫かれたコアを掴み引き抜いた。

「ツルギ、待って、やめて」血まみれもマイが息もえに懇願する。

 しかし、コアはあっけなく握り潰されていた。

「ツルギっ」

「チーム22、グラスティア、信号消えました。パイロット2名の、レインとヨーコの生命反応ロスト」

「ツルギ」マイが声にならない声でそう叫んだ直後だった。

 彼女の首に何かが巻き付いたかと思うと、マイは一気に持ち上げられ、そのままツルギの眼前に運ばれていた。

 マイの首に巻き付いていたのは、彼女の尻尾だった。

「・・・っ、ツルギ」首を容赦なく締め上げるを、なんとか振りほどこうともがく。

 が、重傷を負ったうえに、片腕を失った今のマイにはどうすることも出来なかった。

 力無く空を蹴る足を伝い、血が雨のように滴り落ちていく。

「・・・くうぅ」マイは、首に巻き付く尻尾を掴んでいた手を離し、ツルギの方に伸ばした。

「・・・つ、ツル・・・ギ」

 ツルギはそれを敵意剥き出しの目で見ていた。

 そして、その薬指にはまる指輪に気付いた。

『!?』

 ツルギが躊躇ちゅうちょの表情を見せた、その一瞬を突くように、マイはそのまま血まみれの手を伸ばし、彼女の頬に触れた。

 そして、彼女の唇に自らの唇を重ねた。

『!?』

 驚いたツルギが思わず尻尾を緩め、支えを失い落ちそうになったマイは、慌てて彼女の首に抱き着いた。

 いや、抱き着こうとしたが、身体が全く反応せず、彼女は成すすべなく落ちた。

 はずだった。

「!?」

 だが、彼女は落ちてはいなかった。

 ツルギが咄嗟とっさにマイを受け止めていた。

 しかも、ツメでマイを傷つけないように、腕で包み込むように抱き締めていたのだ。

 そして、そのことに一番戸惑っていたのは他ならぬツルギ自身だった。

 ‶どうしていいのか分からない″

 そんな表情でマイを見つめるツルギ。

 2人とも裸のため、身体が重なり合うことで、互いの大きな胸も密着し、それらが互いをはじくようにたわわにはずむ度に、その中に埋もれたつんと尖る桜色の蕾がこりこりと擦れ合う。

 その感触に戸惑うツルギの手が、ぴくっ、ぴくっと小刻みに震えるのを自分の肩越しに見たマイは、最後の力を振り絞って左手を伸ばし、右の肩越しに見えるツルギの左手を恋人つなぎで握った。

『!?』

 その瞬間、驚きの表情でただ呆然とマイを見つめるツルギに、彼女は再び不意打ちのキスをした。

『!?』

 そして、それが不意打ちであるにも関わらず、ツルギも顔をそらすことなくを受け入れていた。

 何故かはツルギ自身分からなかった。

 でも何故か、拒否することも突き放すこともできなかった。

 すぐに鼻だけで息をすることが苦しくなり、自分の唇をこじ開けようとするかのように舐めるマイの舌に誘われるかのように、ツルギは口を開け、戸惑い気味に彼女の舌を受け入れた。

 どうしていいか分からずちぢこまるツルギの舌を、その存在を確かめるようにマイの舌先がなぞったかと思うと、今度は全体を舐めあげ、すくい上げた舌に自らの舌を絡ませていく。

「・・・ぅん、っふぅ」

『・・・っうぅ、んふぅ』

 甘い吐息を漏らしながら互いに求め合う唇の中で、舌の先同士でツンツンつつき合ったり、互いの舌を吸い合ったり、舌がまるで別の生き物のように唾液にまみれながら絡み合い、重なる口元から、唾液がまるで愛液のようにしたたり、あごから首へと流れ落ちていく。

 いつの間にか、ツルギから怒りが消えていた。

 そしてマイは、ようやく唇を離した。

「・・・ツルギ」

「・・・・・・・・・ハニぃ?」

 ‶何故自分がここにいるのか分からない?″

 ようやく我に返ったツルギは、キョトンとしながら、そんな声でマイを呼んだ。

「おはよう。寝過ぎだぞ、ツ・・・ル・ギ」

 そう言いながらマイは、崩れ落ちるように意識を失った。



                                〈つづく〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る