第5話 ブリーフィング

 シャワーの後、マイはロッカールームで制服に着替えていた。

 だが、彼女たちのは、一般的な制服とは随分違っていた。

 彼女たちの制服は、マイが医療エリアで着ていた寝間着と同様の、肩口から太股までの長さの2枚の生地で身体の前後にあてがい、それを紐でつなげただけの貫頭衣で、しかも下着を身に着けていないため横からだと裸に見えてしまうという代物だった。

 だが、それにはちゃんとした理由があった。

 ギアの出撃は一分一秒を争ううえに、パワードスーツに搭乗する時は必ず全裸にならなければいけないため、いつでも出撃できるよう、このような制服になったのだ。

 ギアのパイロット、ギア・ファイターの証しであるこの制服は全ての少女たちの憧れであり、マイたちにとってもを着れることは誇りだった。

 そして、制服に身を包んだマイとアンナはブリーフィングルームにはいった。

 そこは大学の講義室のような広い部屋で前面の巨大なスクリーンの前に教壇があり、それをどこからでも見れるように、扇状に広がる机と椅子が、階段のように一段ずつせり上がりながらすり鉢状に部屋の奥まで並んでいた。

「マイ~っ」

「マイ」

「マイさん」

「マイちゃん」

 先に入室していたメンバーが駆け寄り、皆で久しぶりの再会を喜ぶ。

 その中で一番最初に口を開いたのはリーダーのハルカだった。

「マイ、もう、みんながどれだけ心配したか分かってる?」

「そうだよ」とリンが続く。

「ごめん」

「カプセルから出たらマイさんが意識不明って聞いてもうびっくり。

 しかも小型のブロッケンを生身で倒すなんて」とアヤ。

「ほんと、死ぬとこだったんだよ」リンが今にも泣きそうな声で訴える。

「え?それなんで知ってんの?」

「ストリート内に設置された防犯カメラの映像です」マイの疑問にエマが答える。

「ネットに公開されてますよ」

「え!マジで?」

「マジで、です」

 その時、ブリーフィングルームの前方のドアが開き、サンドラが入って来た。

「あ?」

「え?」

 ‶あれは誰だろう?″そんな戸惑いの表情を見せる4人とは対照的に、驚きの声をあげたのはマイとアンナだった。

 無理もない。

 サンドラに続いて2人の人間が入ってきたのだが、1人はその制服から技術部の人間だと分かる。

 問題はもう1人の方だった。

「私たちと同じ制服?だよね」

 リンが口にした通り、そこいたのは、マイたちと同じ制服に身を包んだツルギだった。

 マイを見つけたツルギがにこっと微笑み小さく手を振る。

 それに気付いたマイが顔を真っ赤にしてうつむくのと、彼女をガードするかのようにマイの前に立ちはだかったアンナが、ツルギに向かって思いっ切り舌を出し‶べ~″したのがほぼ同時だった。

 だが、ツルギはそんなアンナを上から見下ろすような余裕よゆう綽々しゃくしゃくの表情で見つめていた。

 そして、小馬鹿にするように舌を出した。

(なによ、あの女。うっき~~っ(怒))

「よし、休め」

 怒りまくりのアンナをよそに、サンドラの号令がかかり、直立していた6人は着席した。

 そして、サンドラが重い口を開いた。

「皆、本来なら休暇のはずなのに招集してすまない。

 緊急事態だ。

 先の戦闘で数多くの犠牲者と負傷者がでた。

 その結果4つのチームが全滅し、6つのチームが活動停止状態に陥っている」

「え?」

「うそ?」

「なんで?」

「・・・」

 皆に動揺が広がる。

「知っての通り、50あったチームも実質稼働できるのは40にまで減っていた。

 それが今回の戦闘で一気に30にまで減ってしまった。この状況をどう見る?」

「・・・無理です」開口一番ハルカが話し始めた。

「これからも今までと同じペースでブロッケンが出現し続けると仮定するなら、単純計算でも出撃回数が今までの2倍近くになります。

 もしそうなったらパイロットも、いや、それだけじゃありません。ギアの整備とか私たちの生活を支えてくれる人たち全てがオーバーワークになります」

「その通りだ」

 ハルカの言葉をサンドラが引き継ぐ。

「我々もこの状況を手を見ているほどバカではい。

 活動停止している6チームにはパイロットの希望があればギア・アインを配備するか新兵を補充する」

 ギア・アイン。

 それは、元々はパイロットが単独で訓練を行うために開発された機体である。

 シュミレーターでの技能検定に合格し仮免となったパイロット候補生2人が実際に訓練機に乗り込むと、あまりの緊張から2人共パニック状態に陥ってしまうことがある。

 そこで、AIを搭載したアンドロイドが組み込まれたコックピットに1人で搭乗し、操縦訓練が行えるように造られた機体がギア・アインなのだ。

 だが、やはりと言っては何だがAIでは人間に劣る。

 たしかに反射速度や武器の選択、状況判断は的確かもしれない。

 が、パートナー同士が長年かけて培ってきた阿吽あうんの呼吸や忖度のようなものが失われることは、パイロットにとっては、一舜の判断ミスが即、死につながる戦場においては致命的だっだ。

「残りの6チームも、当面の間はAIギアを配備してしのぐ」

 AIギア。

 こちらも文字通りパイロットが1人も搭乗せず、全ての判断をAIが行い動かす完全自動化されたギアだ。

 これも、通り一辺倒な相手に対してなら効果もあるかもしれない。

 だが、状況に合わせて常に姿を変えるブロッケンには対応が追い付かず太刀打ちできないのが現状だ。

 そしてそれこそが、ギアがプログラミングや遠隔操作ではなく、人が直接乗って操縦するという時代遅れな方法をとらなければならない最大の理由だった。

「が、これでは抜本的な対策にはならない。

 新たなチームの編成も急いでいるが、実戦に耐えうるまでに養成するにはそれなりの時間が必要だ。

 そこで我々は、かねてからの計画を実行に移すことにした」

「計画?」

「オールラウンダー・プロジェクトだ」

 サンドラの言葉と共に、技術部の制服を着た女性が一歩前に出た。

「紹介しよう、彼女の名はメリル。

 ガリレオのギア技術開発部のリーダーだ。ここからは彼女が説明する」

 そして、サンドラと入れ替わるようにメリルが教壇に立った。

「チーム36の皆さん、初めまして。

 今、紹介に預かりましたガリレオのギア開発部門主任、メリルです。

 これからオールラウンダー・プロジェクトについて説明します。

 まずは、モニターを見てください」

 壁一面を覆う巨大なモニターに映し出されたのは、マイたちが搭乗するチーム36のギアたちだった。

 CGで描かれた3体のギアが6機に分離したかと思うと、マイが搭乗するディネス1がディネス2だけでなくヴァレリア1、2や、マギーネ1、2と次々に合体し5通りの姿になったのだ。

 同様にヴァレリアやマギーネも他の機体と合体し、次々に姿を変えていく。

「・・・これは?」困惑の声を漏らしたのはアンナだった。

「知っての通り、ギアは特定の機体同士でしかクロスインできません。

 これは、それを解消する事によって、いかなる状況にも臨機応変に対処できるようにすることが目的です。

 そして何より、これが最も重要な事ですが、によりパイロットの生存率は格段に上がります。

 ですから、このプロジェクトは何としても成功させなければなりません。

 それにあなた達チーム36が選ばれました」

「・・・あの、質問よろしいですか?」

 手を上げたのはアヤだった。

「もちろんです」

「何故私たちなんですか?他にもっと優秀なチームがあると思うのですが・・・」

「もっともな疑問だと思います。でも撃墜率が良いのとチームワークが良いのとは、全く別の話です。

 あなたたちは撃墜率もさることながら、チームワークの良さが群を抜いています。

 これは機密事項ですが、チーム36は元々この計画の候補に上がっていたんですよ」

「では、何故今なんですか?」それはハルカだった。

「パイロットの養成が進み、欠番のチームが復活してからでもいいのではないでしょうか?」

「敵は現れるたびに強くなっています。そして何より、今回ガリレオが直接攻撃を受けたことで、最高評議会は最早もはや一刻の猶予もないと判断したみたいよ。

 そしてその時、タイミングよくと言ったらなんだけど、あなた達の機体がオーバーホールしなければならないほどの損傷を受けてガリレオのハンガーに入った」

「じゃあ、私たちのギアは?」

「はい。すでに大改造に入っています。生まれ変わるために」

「いつまでかかりますか?」ハルカが矢継ぎ早に質問を飛ばす。

「それは分かりません」

「え?」それはハルカにとって、いや、他の誰にとっても予想だにしなかった答えだった。

「こんな大改造はメカニックの人たちにとっても初めての事だし、それに計画自体が急に前倒しになったから大変なの。

 でも期待通りに、いいえ、それ以上に完璧に仕上げるわ。私たちを信じて」

「じゃあ、私たちは?」

「もちろん休んでるヒマなんてないわよ。

 みんなには新しい機体、新たなクロスインを少しでも早く体験してもらうためにシュミレーターに乗ってもらいます。

 既に専用のシュミレーターも作ってあります。

 しごくから覚悟して」

 そこでサンドラが話に割って入った。

「ただし、シュミレーターの調整にあと1日かかるから、今日は長時間の治療でこわばった筋肉と関節をほぐすための水中リハビリをしてもらいます」

「プールですか?」とリンが嬉しそうに笑う。

「ええ」そう言いながらサンドラもニコッと笑った。

「では、他の質問は?」

 サンドラがそう言うのと同時に手がスッと上がった。

 皆がそちらを見ると、手を上げたのは、マイのすぐ横に座るアンナだった。

 だが、その瞬間、彼女を除く5人は言葉を失った。

 アンナの顔が、今まで誰も見たことがないほど怒りに満ちていたのだ。

「司令、その隣にいるもう1人の女性は誰ですか?」

「あぁ、紹介しよう。・・・名前は決まったのか?」

 サンドラにそう言われたツルギが‶うん″とうなずいた瞬間、彼女はその場からシュっと消えていた。

 そして皆が、「え?」と思わず声を漏らして瞬きするより早く、ツルギはマイの隣に座っていた。

「わ!!」

 皆が驚愕の声をあげる中、マイの腕に自らの腕をからませ、甘えるようにもたれかかる。

「私の名前はツルギ、ツルギだよ」

 そう言いながら満面の笑みを浮かべるツルギとは対照的に、アンナは額からツノが生えたのではないかと思えるほどの怒りの表情で彼女を睨み続けていた。

「あ、アンナ?ど、どうしたの??」とハルカ。

「アンナさん?」エマも‶どうしたらいいか分からない″といった様子で彼女を見つめる。

「アンナちゃんが怖い」リンに至っては、今にも泣きそうな声で怯える始末。

 だが、そんなみんなの声も今のアンナには届いていなかった。

 彼女は怒りの表情そのままにサンドラに食って掛かった。

「司令、彼女をどうするつもりなんですか?まさか36に配属するなんて言いませんよね?」

「そのまさかだ。彼女の、ツルギのたっての希望で・・・」

「反対します」

「え?」

「チーム36は全員一致で彼女の配属に反対します。

 それが受け入れられない場合は最高評議会に異議申し立てをします」

「は?アンナ、あなた何を言ってるの?」

 あまりに唐突なアンナの言葉に戸惑うハルカ。

「え?ワケが分かんない」と、リンも続く。

「いや、て言うか、いつ全員一致したの?」とエマ。

「その前にツルギさんて誰?そして何者?」と、アヤがもっともな疑問を口にした。

「残念だがそれは無理だ」

 が、アンナの提案はサンドラにあっけなく一蹴されていた。

「何故ですか?」食い下がるアンナ。

 だが、

「すでに最高評議会の承認を得ているからだ」

「え?」

「それに、命の恩人をそう邪険に扱うものじゃない」

「え?」

 サンドラのその言葉を聞いてアンナの、いや、マイを除く全員の視線が一斉にツルギに注がれた。

「たしかに、ここままじゃチームがまとまるまでにひと悶着もんちゃく起きそうだから特別に見せてあげる」

 サンドラがそう言うと、彼女の後ろの巨大モニターに映像が映し出された。

 それは、南極点でチーム36を壊滅寸前まで追い込んだブロッケンを、漆黒の巨人が、見る者に瞬きする間さえ与えないほどの速さで、しかも一突きで撃破する様子だった。

「あれは、ブロッケン?」

 自身の全高を越えるほどの巨大なランスを手に持ち、ヘルゲートの上に立つその姿にリンが呟く。

「違うよ」とツルギ。

「え?」

「あれが私たちのギア、ハーケリュオン。この世界の唯一にして最後の希望」

「・・・あれが、ギア?」エマも困惑の声をあげる。

 無理もなかった。

 全身を覆う、無数のツノを有する黒鋼色の装甲。

 しかもその隙間からは真っ赤な炎が溢れ、4つの目が赤く光る顔に至っては、額から鋭い2本のツノが伸びていた。

 その姿は、ギアというよりブロッケンそのものだった。

「そして彼女は、正確には彼女とマイだが、我々を、ガリレオを救ってくれた」

 サンドラがそう言うと、映像が切り替わった。

 そこに映し出されたのは、小型のブロッケンによって見るも無残に破壊され蹂躙じゅうりんされたミルキーウェイ・ストリートだった。

「あ、マイちゃん」

 リンが思わず声を荒げ、モニターを指さした。

 その先には、まさに満身創痍の状態で瓦礫の中に倒れるマイの姿があった。

 真っ白だったはずの寝間着は汚れてボロボロに切り裂かれ、身体中が血まみれだった。

 右腕がながら、ありえない方向に曲がり、更には、みぞおちの辺りから真っ赤な染みがどんどん広がっていく。

 今すぐ病院に連れて行かなければ、もはや死が免れないであろうことは、誰の目にも明白だった。

 そして、ネットに公開されている映像はここまでだった。

 だから皆、マイはこの後すぐに救助されたと思っていた。

 だが、映像の中では、パワードスーツとブロッケンが死闘を繰り広げ、マイの存在は完全に忘れ去られたかのように、誰も彼女を助けに来なかった。

「え?え?これどういうこと?」

「なんで誰も助けに来ないの?」

 エマとリンが思わず声をあげた。

 その時、紺色の袖なしワンピースに身を包んだ少女が突然現れ、マイの顔をのぞき込むように立っていた。

「あ?あれって、ツルギさん。だよね?」

 アヤの言う通り、はマイの隣に座るツルギに間違いなかった。

 ツルギはマイの目と鼻の先まで顔を近付けると、笑顔で何やら話しかけた。

 そして、彼女を肩に抱えたままブロッケンの群れの間をすり抜け、あの母子を助けていた。

「・・・すごい」アンナが思わず呟く。

 そして2人は、隔壁を突き破って現れた、あの黒いギアに胸の穴の中に姿を消した。

 すると、その全身から溢れ出る赤い炎が眩い黄金色に変わり、ギアは空中に開いた黒い穴の1つの中に飛び込んで行った。

 その直後、映像が北極点に切り替わると同時に、異形の怪物を取り巻く黒い穴の1つから黄金の光りを炎のように纏ったハーケリュオンが飛び出し、その勢いのまま巨大なランスと共にブロッケンの身体を突き抜けていた。

「すごい」ハルカもそれ以外の言葉が出てこなかった。

 そこで映像は終わった。

「今の映像を見てもらえば分かる通り、我々が置かれている状況をかんがみてもツルギとハーケリュオンは絶対に必要な存在だ。

 そして彼女は自らの意志で36への加入を希望した。

 それを否定する理由も拒否する理由も、何よりそんな悠長なことを議論している余裕も今の我々にはない。分かるな?アンナ・ササザキ」

「・・・」

 そう言うサンドラに対し、アンナは何も言い返せなかった。

「それって、今後マイさんはハーケリュオンに搭乗するということですか?」

 それはアヤだった。

「え?じゃあディネスはどうなるの?ギア・アインになっちゃうの?」

 リンが、核心を突く事を思わず口に出してしまう。

「もしくは新たなパイロットを補充するか?」

 ハルカも疑問を率直に口にしていた。

「今のところ、そのどちらも予定はありません」

「え?それってマイが両機のパイロットを兼任するということですか?」

 メリルの言葉にエマも思わず驚きの声をあげた。

「それも含め全てが未定です」

「だからあなた達も憶測で話をするのは止めなさい」

 メリルの言葉をサンドラが引き継ぐ。

「今はこれからのリハビリに集中して。浮ついた気持ちでいると逆にケガするわよ。

 では解散」

 その号令と共に、チーム36全員が起立し敬礼した。

「ハニー、プールだって。楽しみだね」

 ツルギがマイの横顔を見ながらニコッと笑う。

 だが、マイからの反応はなかった。

「ハニー?」

「マイ?」

 そしてそれは、アンナに対しても同じだった。

 マイは虚ろな目でただ前を見ていた。






                           〈つづく〉











 

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