シンクロナイズド・ダイバーズ
木天蓼 亘介
第1話 襲撃
星々が煌めく遥か天空の上、地球が丸いことを視認できる場所、衛星軌道上にそれは浮いていた。
それは、〈ピーピング・トム〉と呼ばれる巨大な宇宙ステーションだった。
眼下に広がる地球を一望できる底部には、何かを観測、もしくは監視するためのものと思われるドームが見える。
その内部では、多くの科学者や技術者、更には軍人たちが地上のある一点を捉えた映像を凝視していた。
そこは極寒の土地だった。
硬く分厚い氷の層に覆われた大地がどこまでも広がる場所、南極。
その真っ白い大氷原の真ん中に、突如として現れた黒い点。
それは、得体の知れない、地上すれすれに浮かぶ巨大な黒い球形の物体だった。
更に付け加えるなら、それをぐるりと囲むように造られたリング型の巨大な建造物も見える。
〝ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ“
突然鳴り響いた警報に、地上を監視するモニタールームにいた全員の顔に緊張が走るのが分かった。
「エンジェルハイロウに反応。ヘルゲート境界面に歪みを感知。揺らぎの発生を確認しました」
エンジェルハイロウ。
それは、謎の球体を土星の輪のように囲む巨大なリング状の建造物だった。
それを遠巻きにぐるりと囲む、タワーマンションほどもある12本の巨大な円柱に支えられた超巨大な壁が見える。
その円柱の上にある砲台の1つから、司令官の男性が双眼鏡を覗いていた。
鋭い眼光が睨みつける視線の先で、エンジェルハイロウと呼ばれるリングの中に浮かぶ巨大な黒球の表面にある変化が表れていた。
何事もなく静かだった球の表面が、緩やかに波を打ち始めたかと思うと、それが規則正しく広がる無数の波紋へと姿を変え始めていたのだ。
「揺らぎが波紋に変わりました。」
そう叫ぶ科学者の視線の先には、リングの内側に浮かぶ巨大な黒球が映像処理されCG化されたものが巨大なモニターに映し出されていた。
その表面では波紋が広がり続け、それがゆっくりと渦巻いていく様子がハッキリと分かる。
「出現率30%に上昇」
「全世界に警戒警報発令。GOTUNに出動要請」
「各国に電力の供給要請」
モニタールームが一気に慌ただしくなり、言いようのない緊張に包まれていく。
地球の周りに浮かぶ太陽光パネルから、極超短波に変換された太陽エネルギーを地上に送るためのアンテナが一斉に南極の方を向いた。
それに合わせて、地表を埋め尽くしていた灯りが次々に消えていくのが分かる。
電力が供給されなくなった為、世界中が停電したのだ。
宇宙ステーションのモニタールームでは、天空の各所から衛星を中継して南極に照射された極超短波が電気エネルギーに変換され、エンジェルハイロウへと送られていく様が数値化され映し出されていた。
「エンジェルハイロウ、エネルギー供給率120%。出力上昇へ」
「了解。超電磁コイル出力最大」
エンジェルハイロウと呼ばれるリング形の施設は、外側のリングと内側のリングが重なる二重構造になっていて、内側のリングが常に回転し続けている。
それが更に回転速度を増し、そこから発生したプラズマが竜の如くリングの内側を走り回る。
すると、その力に抑え込まれるかのように、黒い球が徐々に小さくなり始めた。
「ヘルゲート、収縮を確認。収縮率3%・・・5%・・8%を越えました。現在10%。順調に収縮中」
「よし、今度こそ成功せてくれ」
それを壁の上から見ていた司令官の男性は、自分自身に言い聞かせるように小さな声でそう呟いていた。
「収縮率50%を越えます」
オペレーターから伝えられたその言葉に、モニタールーム内でどよめきが起こった。
"もしかしたら、今度こそ本当にうまくいくかもしれない”
その場に居た誰もがそう思った。
だが、人々のそんな願いをあざ笑うかのようにそれは起きた。
"ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ”
再び異常を知らせる警報が鳴り響き、モニターの数値が一斉に反転したのだ。
「ヘルゲート、膨張を始めました。膨張率、10%・・・15、・・20、・・25、・・・30、・・40、・・50%を越えます」
「バカな」
エンジェルハイロウの建造に関わったとおぼしき科学者が声を荒げる。
「何か他に打つ手はないのか?」
今度は軍服に身を包んだ男が叫んだ。
だが、その間にも黒球は情け容赦なく大きく膨らんでいく。
「膨張率200%。エンジェルハイロウの許容量を越えます」
「全世界に避難命令発令」
その瞬間。エンジェルハイロウは、その内側で爆発的に膨らんだ黒球に押され、はじけ飛ぶように崩壊していた。
"ズズズズズウウウウウウウンっ"
超巨大な建造物が落下し、大地に激突した衝撃で氷が爆風と共に舞い上がり轟音が響き渡る。
だが、それで終わりではなかった。
「磁力振動を探知。出現します」
「くそっ。場所はどこだ?ただちに出現ポイントを予測。避難命令の伝達を急げ」
「予想出現ポイントは、・・・まさか?」
「どうした?早く報告しろ」
「ここです」
「なに?」
〝ドガガガガガガガガガガガガがガガガガガガガっ″
上官が驚愕の声をあげるより早くそれは起きていた。
宇宙ステーションが激震に見舞われたかと思うと、観測ドームの3重構造の壁が隔壁ごと斬り裂かれ、
そして、その突如として襲い掛かった激震によって床に叩き付けられ、なんとか立ち上がった人々の目に映ったのは、ネコ科の猛獣のような姿のそれが宇宙ステーションの底部、観測用ドームに取り付いている様だった。
「・・・ブロッケン」
ブロッケン。
そう呼ばれた巨大な怪物は、容姿はトラのようだったが、その身体は頭から尻尾の先まで無数の鋭利な
そして、
目を守るように重なり合う外皮が、なぜか中心の部分だけ菱形に開いていて、《そこ》が太陽の如く炎を噴き出しながら、激しいまでの輝きを放っていたのだ。
皆が恐怖に凍り付き、何も出来ずただ見つめる視線の先で、ブロッケンの頭部を覆う外皮が大きくスライドし始めたかと思うと、それに合わせて頭が一瞬にして風船のように膨らみ、口が大きく開かれていた。
「総員退避」
それを見た人々は、ようやく我に返ったかのように、恐怖に怯えながら脱出カプセル目掛けて走り始めた。
通路の各所に設置されたモニターの中で、巨大な花が咲くのように割り開かれていくバケモノの口。
それが、宇宙ステーションをも上回るほどの大きさになった瞬間。
〈ピーピング・トム〉は丸呑みにされていた。
〝ドガガガガガガガガガガガガガガガっ″
その刹那、それは起きた。
宇宙ステーションを飲み込んだブロッケンが大口を開けるように、その身体が突然、後方に向けて猛スピードで移動し始めたのだ。
【ギャヤアアアアアアアアアアアアアアア~~~~~~~~っ】
絶叫と共に遠ざかるそれは、丸呑みにしたはずの獲物を吐き出していた。
かなり損傷してはいたが、原形と留める宇宙ステーションが見る見る小さくなっていく。
【ギャギャギャギャギャ~~~~~っ】
もがき苦しむように雄叫びをあげながら遠ざかるブロッケン。
よく見ると、その上顎から2本。首を挟んで下顎に1本ずつ、更には背中からも2本、計6本の紐状の物が伸びているのが見えた。
それは、巨大な身体に撃ち込まれた6本のアンカーにつながれた特殊合金製のワイヤーだった。
そして、背後から伸びるピンと張られたワイヤーの先には3つの飛翔体の姿があった。
それぞれ姿形が違う3つの、いや、3機の飛行物体が、それぞれ2本ずつワイヤーを引き、つまりはその先端が捕らえたブロッケンを引っ張る格好で宇宙空間を飛行していたのだ。
「こちらチーム36。ブロッケンを〈ピーピング・トム〉から引きはがしました。目視で損傷を確認。至急救護班を送ってください」
3機のうち、先頭を飛ぶ機体のコックピットに収まるパイロットがインカム越しに呟く。
そのコックピットは、他の戦闘機と比べると、かなり異質な形状をしていた。
パイロットたちはパワードスーツを着用し、そのスーツごとコックピットに収まっていたのだ。
‶ビッ、ビッ、ビッ、ビッ、ビッ″
だが、その言葉を遮るかのように警報が鳴り、機体後方のカメラが捉えた映像がパイロットの眼前に投影された。
そこに映し出されていたのは、変形し始めたブロッケンの姿だった。
身体がタコのようになり、無数の触手が間欠泉の如き勢いでピーピング・トム目指して伸びて行くのが見える。
「あいつピーピング・トムを」
「ハルカ、あれを見て」
インカム越しに飛び込んで来た声と共に、ハルカと呼ばれた人物の前に機体後方を捉えた映像がカットインされる。
ブロッケンは、触手を伸ばしながらスライムのように、別のなにかへと姿を変つつあった。
その身体からアンカーが抜け落ちかける。
だが、
「スパイクアンカー、エレクトリックサンダー」
その瞬間。3つの機体から伸びる6本の特殊合金製のワイヤーを通じてアンカーへ、つまりはブロッケンの体内へ超高圧電流が流されていた。
「どう?一億ボルトの味は?」
「これでもやつらの動きを10秒しか止めることができない」
「今よ、ハルカっ」
「みんないい、オーバーブースト」
「了解」
ブロッケンの動きが止まったその隙を突いて、3機の飛行体は各所のバーニアから青白い光りを放ちながら爆発的に加速していた。
【ギャギャギャギャギャギャギャギャギャ~~】
だが、ブロッケンはすぐに息を吹き返していた。
しかし3機は、その時には咆哮をあげるブロッケンを引っ張るように大気圏に突入していた。
ブロッケンが〈ピーピング・トム〉を攻撃するために伸ばしていた触手を縮め、超高温の摩擦熱から自らを守るために身体に覆うように巻き付けようとしする。
が、3機は後方に向けて60ミリバルカン砲を浴びせてそれを許さず、そのままブロッケンもろとも真っ赤な炎に包まれ落下して行った。
南極でエンジェルハイロウを囲む壁の上。
防寒具に身を包んだ見張りの男性が、遥か上空を双眼鏡で見ていた。
それは、遥か上空で何かがキラッと光ったからだった。
そんな彼の目に、双眼鏡越しに飛び込んで来たのは、どこまでも広がる青空の中を貫くように、白い軌跡を描きながらこちらに向かって落ちて来る、真っ赤な炎に包まれた物体だった。
「総員、防御態勢」
3機の飛行体が、地上すれすれで急上昇する同時にワイヤーを切り離す。
そして、真っ赤な炎に包まれた異形の怪物は、天空から振り下ろされた槍の如く南極の大地に突き立てられていた。
〝ドゴゴゴゴオオオオオオオオォォォォォォ~~~~~~ンっ″
その場に居合わせた誰一人として、今まで聞いたことがないような大爆音が響き渡った。
その超高熱の物体が衝突した際に発生した天文学的なエネルギーによって、永久凍土の大地が瞬時に蒸発して大爆発したかと思うと、高温の蒸気を含んだ衝撃波が大気の壁となって、氷の大地を蹂躙しながら壁を飲み込んでいた。
〝ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ~~~~~~~~っ″
【ギニャァァアアアアアアアアアアア~~~~~~~~~~~っ】
その衝撃はもまだ収まらない中、黒板にチョークを突き立てて字を書いた時のような、悪寒が背骨を通って頭に突き抜けるかのような甲高い声が辺り一面に響き渡った。
次の瞬間。
まだ高熱を発するクレーターから、目にも止まらない速さでなにかが飛び上がり、遥か彼方の場所に着地していた。
〝ドゴオォォォンっ″
そこは壁の上だった。
鋭い鈎爪が伸びる禍々しい巨大な足が、偶然にもその場にあったリニアカノンを装備した最新鋭の砲台を、まるで紙のおもちゃのように踏み潰していた。
そして、そのまま踏み抜いた壁を崩しながら滑り落ちるように着地したそれは、ゴリラのような姿の巨大な怪物だった。
全身を
それは先程まで宇宙ステーションを攻撃していた、ブロッケンと呼ばれる異形のモノが見せる新たな姿だった。
【ギャャイヤアアアアアアア~~~~~~~~~~~っ】
甲高い咆哮をあげるのと同時に、ゴリラ型ブロッケンが、その巨体からは想像も出来ないほどの軽やかな動きで、壁を登り始めた。
〝バババババババババババババババババババババアァァァァァンっ″
その時だった。
突然、ブロッケンの身体中から閃光と共に火花が弾け飛んだ。
それは対ブロッケン用に開発された60ミリ貫通型特殊鉄鋼弾機関砲による攻撃だった。
【!】
ブロッケンが砲弾が飛んで来た方を見ると、その視線の先には3機の飛行物体が見えた。
「陸戦型のパワータイプか。私たちはパス。マイ、アンナ、まかせた」
「了解。ハルカ、リン、エマ、アヤ。サポートよろしく」
「「了解」」
「いくよアンナ」
「OK」
インカム越しの声に威勢よく会話するマイとアンナ。
彼女たちが搭乗する機体がブロッケン目掛けて急降下を開始した直後、それは起こった。
急降下を始めた1機が2つに分離したかと思うと、それぞれが変形し人型の機動兵器=ロボットに姿を変えたのだ。
だが、2機は同じ人型をしているにも関わらず、見た目にもかなり違う形状をしていた。
アンナが搭乗するロボットはシャープなフォルムの人型だが、マイが搭乗する方は、マイのそれより身長もかなり高く、体型もがっしりした、人というより獣に近いフォルムの巨漢型だった。
「ダイバーズ・ギア、ディネス」
「モード・イエーガー」
「「クロスイン」」
2人の掛け声と共にアンナの巨漢型ロボットが変形し始めた。
そして、それに合わせて姿を変えたマイの機体がアンナの機体に合体し、ディネスと呼ばれる巨大なロボットが誕生していた。
だが、それで終わりではなかった。
2人が搭乗するコックピットはそれぞれの機体の胸部にあり、2機が重なるように合体したことでして、コックピットも前後重なる位置に移動していた。
2人を遮る隔壁が次々に開き、前と後ろから、装着するパワードスーツごとディネスの胸部奥に運ばれるマイとアンナ。
壁が2人を包み込むように球型に変形し、その内側が全面スクリーンになって外の景色が映し出される。
そして、スーツを装着したまま、前にアンナ、後ろにマイという格好で重なるように並んだ。
次の瞬間。
アンナのスーツの後面とマイのスーツの前面の装甲がスライドしながら開き、そのまま重ね合わさるように合体して1つになっていた。
背後から現れたアームによって、球型空間の中心に固定される合体したパワードスーツ。
その内部では、自分たちの動きをコンマ1秒でも早く正確に、そして確実に伝達するために開発された特殊な顔料を全裸の身体に、ボディペイントのように直接吹き付けられた2人が、まるで二人羽織りのように身体を重ね密着させてパワードスーツの中に収まっていた。
「今回も私たちで決めるよアンナ」
「もちろん」
マイの方がアンナより背が高いうえに身体を密着させているため、マイはアンナの肩口から顔を突き出すように前を見て会話をしていた。
「一撃必殺でコアを潰す」
「了解」
【ギニャァアアアアアアアア~~~~~~~~っ】
おぞましい咆哮と共にブロッケンが大地を蹴ったかと思うと、それは信じられないほどの跳躍を見せ、ディネスに襲いかかって来た。
「「スクリューブースター・パァ~ンチっ」」
2人が呼吸を合わせ右の拳を同時に前に突き出すと、その動きを鋼の巨人がトレースする。
右上腕部から螺旋状に姿を現したスラスターから噴き出す青白い粒子。
その粒子の勢いのままに、青白い粒子が光りの渦を巻きながら、轟音と共に凄まじい速さで回転する拳が空を裂き、迫り来るブロッケンの顔面に必殺の一撃を見舞わせていた。
〝ドゴォっ″
特別に精製されたチタニウム合金製の拳と、鎧のような外皮が激突する鈍い音が響き渡り、ブロッケンが一瞬怯んだ。
「ビームブレード」
「了解」
ディネスの肘と膝頭から放出された眩いレーザーの光りが集束し、刃を形作る。
「エルボー」
「ニー」
「「ダブルインパクト」」
ディネスは一瞬の間も与えず、ビームブレードが突き出た肘と膝頭で、ブロッケンの頭を上下から
【ギャン】
頭が上下から異様な形に陥没し、外皮の隙間から、まるで血のように黄色い炎を撒き散らして悲鳴をあげるブロッケン。
だが、次の瞬間。
ブロッケンの激しく損壊した頭部がアメーバのようになりながら姿を変え始めた。
「いまだ」
鋼の巨人は大地を蹴ってジャンプすると、右膝から爪先にかけての部分が青白い光りの渦に包まれながら超高速で回転し、光の切っ先と化した。
「「スクリューブースター・キィ~ックっ」」
そのまま急降下し、ブロッケンに必殺の蹴りを浴びせる。
〝ドゴゴゴゴオオォォ~~~~~~~ンっ″
その衝突のあまりの凄まじさに、氷の大地が砕け、クレーター状に陥没し大音響が響き渡る。
そこから何かが起き上がった。
それは、ディネスだった。
「ハルカっ」
悔しさをにじませながら見上げるマイの視線の先に映っていたのは、コウモリとドラゴンを組み合わせたような翼竜に姿を変え、空高くへと舞い上がったブロッケンと、それに向かって急降下してくる、ハルカとリンが搭乗する機体だった。
「行くよリン」
「了解」
「ダイバーズ・ギア、ヴァレリア」
「モード・フリューゲル」
「「クロスイン」」
ディネス同様、分離し、それぞれが異なる形、異なる大きさの人型に姿を変える2つの機体。
だが、更に変形しながら合体したその姿はディネスとは大きく違っていた。
それは大きな翼を持つ鳥の姿をしていた。
「「シャイニング・スライサ~~~っ」」
合体したパワードスーツの中で、うつ伏せで両手を広げ前を見つめるハルカと、その下で身を重ねるリンが声を合わせて叫ぶと、急降下するヴァレリアの機体が光りに包まれながら瞬時に加速し、急上昇してきたブロッケンと交差した。
ドガっ。
その瞬間、激しい激突音と共に、ブロッケンの羽根が肩口から腕ごと斬り落とされていた。
【ギャンっ】
失速しそうになり、異形の怪物は空中で新たな姿に変形しようとした。
その一瞬をハルカとリンは見逃さなかった。
全身から発生させたビームブレードで、すれ違いざまにブロッケンを切り裂いたヴァレリアは、空中で急静止しながらクルリと向きを変え、変形中の敵に向け尻尾を突き出した。
「「ガトリング・テイル」」
機体後部にあるメインスラスターをぐるりと囲む無数の鋼の尾翼。
それが高速で回転しながら先端からビームの刃を撃ち出し、ブロッケンの身体を次々に串刺しにしていった。
【ギャギャギャギャギャ~~~】
手足を切り裂かれ、身体の半分を失い落ちていくブロッケン。
だが、それでも異形の怪物は生きていた。
「くそ、ヤツのコアはどこだ?」
ハルカたちを嘲笑うかのように、イカのような姿に形を変えながら、ブロッケンは巨大な水柱をあげ海中に消えた。
「エマ、アヤ。お願い」
「まかせて。行くよ、エマ」
「はい」
そう言うと、エマとアヤの2人を乗せた機体が海面目掛けて垂直に急降下を始めた。
「ダイバーズ・ギア、マギーネ」
「モード・レーヴェン」
「「クロスイン」」
その掛け声と共に、機体はまたも2つに分かれ、人型から更に姿を変えて空中で合体し、そのまま海中に突入していた。
【ギニヤャャャャャ~~~~~~~~~~~っ】
その瞬間。
無数の太く長い触手が、その機体に一斉に襲い掛かった。
レーヴェンは、エマが操縦する人型を、アヤが操縦する巨大な人型が変形し挟み込むように合体して完成する、海洋性哺乳類のような姿の機体だ。
その鋼の全身を、全方位から巻き付いた触手が有無を言わせず締め上げる。
しかもそれと同時に、その触手の付け根の中心で、信じられないぐらい大きく口が開いていた。
ブロッケンは、その奥に螺旋状に並ぶ、刃のような歯を超高速で回転させながら、レーヴェンを正面から丸呑みにしようと襲い掛かって来ていた。
「女の子だからって、なめてかかると」
「大怪我しますよ」
叫ぶアヤとエマ。
2人は、ヴァレリアのそれと同様に重なりながら寝そべって身体を密着させていた。
だが、その操縦方法は根本的に違っていた。
2人の重ね合わされた脚が収まるパワードスーツの下半身は人魚のようにモノフィンになっていて、エマとアヤが息を合わせて行う水を蹴る動作が推進力へと変換されて水中を進んでいた。
「「トリトン・バスタ~~っ」」
2人が声を合わせてそう叫ぶが早いか、レーヴェンの背びれと胸びれの周りの外装がドーナツ状に開き、そこからせり出したリング型の物体が神々しい輝きを放ちながら超高速で回転し、眩い光の渦が放たれた。
〝ババババババババババババババババババババババババっ″
光りの渦は、大きく開いたブロッケンの口を、その中で回転する歯ごと粉砕し、そのまま身体を突き抜けていた。
【ギュワギャギャギャギャギャギャ~~~っ】
身体を真っ二つにされ、断末魔の叫びをあげながら、再び地上に這い上がるブロッケン。
その視線の先にはディネスが立っていた。
【ギィギィギィギィギィ】
ブロッケンは、悔しそうな悲しそうな、それまで聞いたことがないような声を張り上げると、かなり小さくなってしまった身体を、再び全身の外皮から無数の鋭い角が生えた豹のような姿に変え、ディネス目掛けて突進してきた。
それに対し、ディネスもまた大地を蹴ってブロッケン目掛けて駆け出していた。
「ダイバーズ・ギア、ディネス」
「モード・ファングっ」
「「クロスイン」」
掛け声と同時に、ディネスが前転でもするかのように前に飛び出したかと思うと、その手脚にマイの機体の手脚が合体して獣型の四肢になり、人型の頭に覆いかぶさるように獣型の頭が 現れ、収納されていた尻尾が伸びてディネスのは人型から獣型へとその姿を変えていた。
そのコックピットの中では、四つん這いになったアンナの背中に、マイが身体を密着させる格好で四つん這いになってパワードスーツの中に収まり、球体の中心にアームで固定されていた。
「行くよアンナ」
「OK」
そして、疾風の如く駆け抜ける2機の鋼鉄獣が、氷の大地で激突した。
【ギニャァァァァァ~~~~~~~~っ】
「「スレイブ・ソード・アタァ~~ック」」
〝ドガガガガガっ″
激しい激突音を残し、それぞれが着地した時、すでに決着はついていた。
ディネスは、機体のあらゆるところから出現させた光りの刃=レーザー・ブレードを輝かせながら、ブロッケンの身体の中を突き抜け、木っ端微塵に斬り刻んでいた。
対するビーストモードのディネスは、鋼の牙が連なるその口に、黄色い炎を噴き上げて燃える、何か塊のようなモノを
バリンっ。
ディネスはそれをあっけなく噛み砕いた。
「こちらチーム36、ハルカ。任務完了。ブロッケンを撃破、コアの破壊を確認しました。壁に損害多数。救援を要請。これより人命救助にあたり、救護班到着後に帰還します」
そう。ディネスが噛み砕いた炎の塊こそ、ブロッケンのコアだった。
「待ってチーム36」
インカム越しに飛び込んで来たのは女性の声だった。
「今そちらに新しいエンジェルハイロウを送ったわ。それが到着するまで任務続行をお願い」
「司令。既に超過任務です。私たちは2時間前から休暇のはずですが・・・」
「わかってる。この任務が完了したら休暇の36時間延長を認めます。これならどう?」
「了解。チーム36。任務を続行します。通信終わり」
通信が切れた途端、3機のコックピットは歓喜の声に包まれた。
「やったね、みんな」とリン。
「聞いた?休暇延長だって」とアヤ。
「ええ、もう少し頑張りましょう」とエマ。
「あ~~~疲れた。早く帰ってメシにしようぜ」とマイ。
「もう、マイったらお行儀が悪い」とアンナ。
「はいはい」とマイ。
「よし。任務完了まで頑張るぞっ」とハルカ。
「「「お~~っ」」」とマイ、リン、アンナ、アヤ。
〝ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ″
その時だった。
激震がディネスを襲った。
見ると、太く長い槍のような物がディネスの身体を串刺しにしていた。
しかもそれは1本ではなかった。
ビーストモードの両肩、両肘、両手首、両股関節部、両膝、両足首。
そして、頭と腹部と胸部。
それは計15ヶ所を同時に貫いていた。
「な?なに?」
慌てて槍が伸びて来た方を見たマイたちの目に飛び込んで来たのは、壁を貫き、こちら目掛けて真っ直ぐに伸びる無数の黒い槍だった。
そしてそれらと同じ槍の束が更に2組、壁を突き破って伸びていた。
その1組は、ディネスの近くで、もう1組は前方の海上で直角に曲がり、それぞれが真下と真上に伸びて、ヴァレリアとマギーネを同時に串刺しにしていたのだ。
しかも、壁の上に陣取る11の砲台も同時に槍に貫かれていた。
〝バババババババババババババババババババババアァァァァァンっ″
砲台が次々に爆発していく。
「そ、そんな、こんな短時間に2体目が出現するなんて」
そう。それは、ヘルゲートからの新たな攻撃だった。
(しまった)
ハルカは思わず唇を噛んだ。
文字通りヘルゲートを塞ぐ役割りを果たしていたをエンジェルハイロウもなければ、それを監視していたピーピング・トムも機能していないのに、ブロッケンを倒した安心感から監視を怠ってしまった。
その考えの甘さに自分のバカさ加減を呪った。
「くそ、身体が動かない・・・」
そう。変形し合体したままの状態で各駆動系を貫かれた3機は、ヒューマノイドモードへの変形はもちろん、分離することも出来ずにいた。
〝バキバキバキっ″
胸部装甲を貫いた黒い棘が、その奥の球体を突き破り、コックピット内に侵入して来た。
すると、その先端が
次の瞬間、それは起きていた。
2人を守っていた鋼鉄の鎧がバラバラになって下に落ちていた。
身数の黒い糸がスーツを切り刻んでいたのだ。
全ての支えを失ったマイとアンナは下に落ちた。
いや、2人は落ちてはいなかった。
裸で身体を重ね合う2人は、そこから落ちる前に、全方位から襲い掛かった黒い糸に全身をがんじがらめにされ、蜘蛛の巣に捕らえられた蝶の如く身動きがとれないでいた。
全身に巻き付いた細い糸が、腕を、脚を、胸を、腹部を、そして首を締め上げていく。
「・・・っかぁ」
糸が食い込む箇所があっけなく切れ、血が滴り落ちる。
が、彼女たちにはどうすることも出来なかった。
意識が
3機を貫いた棘の束は、串刺しにした獲物を包み込んで黒い塊になりながらヘルゲートの周りの集まっていた。
その塊が雑巾でも絞るかのようにギュっと収縮した。
その瞬間。
〝バキバキバキバキバキっ″
金属が捻じれ断裂する音と共に、マイとアンナが閉じ込められた球体も捻じれ、壁に無数の亀裂が走り、あちこちで火花が散り、小規模な爆発音が起こった。
「・・・っげほっ、・・・マイ、・・ハルカ、・・たす・・け・」
インカム越しに微かに届いた悲痛な叫び。
それはエマの声だった。
互いのコックピットを捉えたモニターを見ると、ハルカとリン。そしてエマとアヤもまた自分たちと同様に、黒い糸に全身の自由を奪われていた。
だが、その中の一組にだけ、他とは決定的な違いがあった。
エマとアヤだけが水の中にいたのだ。
「!」
それを見て、2人の身に何が起きているのかをマイは一瞬で理解していた。
そう。棘に串刺しにされた時、マギーネは水中にいた。
棘がコックピットの球体を刺し貫いた時、内部に大量の海水が流れ込み、そのまま機体が包み込まれた為、2人は閉じ込められてしまったのだ。
南極の冷たい海水の中に。
しかも裸の状態で。
「・・・エマ、・・・アヤ・・」
だが自らが死に直面した今のマイには、いや、マイ以外の誰にも2人を助けることなど出来るはずもなかった。
〝ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ″
その時だった。
凄まじい衝撃が2人を襲い、次の瞬間には、マイたちは再び何かに激突するような衝撃に見舞われていた。
辛うじてモニターを見た、マイのぼやける視線が捉えたのは、自分たちを押し潰さんとする3つの黒い塊が落下し、氷の大地に激突する様だった。
それと同時に3つの繭が崩壊し、その中からヴァレリアが、自分たちが搭乗するディネスが、そして大量の海水に押し出されるかのようにマギーネが姿を現していた。
見ると、3機を閉じ込め、締め上げていた棘が全て切断されていた。
それと同時に、マイたちの全身を締め上げていた黒い糸も
そしてマイは見た。
ヘルゲートの真上に
それが足元のヘルゲート内に潜んでいるであろうブロッケンに巨大なランスを突き立てていたのだ。
〝バシュンっ″
炸裂音が大気をつんざき、人影の身長ほどもある巨大なランスの円錐刃が黒球の奥深くへと打ち込まれる。
すると、そこから真っ赤な炎が血しぶきのように吹き上がり、もがき苦しむように暴れまわっていた棘が、まるで糸が切れた操り人形のように、一斉に大地に崩れ落ち、崩壊していった。
真っ赤な炎を返り血のように全身に浴びたまま、ランスを引き抜き立ち上がる巨大な人影。
「ギア?」
それを見たマイは消え入りそうな声でそう呟いていた。
そう。それはマイたちが搭乗しているのと同じダイバーズ・ギアだった。
だが、その形状は彼女たちのそれとはかなり違っていた。
全身を覆う黒鋼色の装甲の各所には、攻撃と防御を兼ね、見る者に威圧と恐怖を与えるであろう無数の角を有し、しかもその装甲の隙間からは真っ赤な炎が溢れ出ていた。
それだけではない。
額から突き出た鋭く伸びる2本のツノと真っ赤な炎のような光りが溢れる4つの目、そして何より特徴的だったのは、その胸部だった。
幾つもの装甲が重なり合う胸部の中心になぜか穴のような菱形の隙間があり、そこから、煌々と赤い炎が燃え上がる様が見えていた。
そう。それはまるで・・・。
「・・・ブロッケン」
そう呟きながら、マイは気を失っていた。
〈つづく〉
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