バレバレ

 JHK特集『にっぽんのゴミ、世界へ』は九十分の番組として放送され、たちまち話題になった。視聴者の多くの人は日本の廃棄物が世界へと輸出され、輸出先の国の経済発展や生活向上に貢献する一方、環境汚染をもたらす懸念もあることを知らなかったのだ。経済に注目すれば国際静脈物流となり、環境に注目すれば公害輸出すなわち廃棄物汚染の国境を越えた拡散となる。経済か環境か、これが新たな国際問題であることを本郷ディレクターは絶妙なバランス感覚で描いていた。環境に配慮しながらも資源の国際循環は進展させていかなければならないという両論併記の結論だった。本郷の実力とJHKの底力を見せつける番組となった。

 しかし、時代はもう次のステージに移っていた。再生資源の国内循環か国際循環かという番組で紹介されたジレンマをそっくり飲み込むため、世界最大のスクラップメジャーであるSMGが日本の廃棄物資源を求めて虎視眈々と上陸を狙っていた。さすがにその思惑までは紹介しきれなかった。もしもそんな観点から番組を構成したなら、タイトルは『にっぽんのゴミ、世界から狙われる』となっていただろう。確かにこの話題はテレビ番組として放送するには時期尚早だった。

 驚いたことに、王寺のインタビューは番組冒頭で採用されていた。

 「ゴミは資源なんだよ。せっかく日本が世界から買ってきた資源なんだよ。だからね、ほんとは中国に売ったらだめなんだよ」トーンを変えた王寺の肉声の背景でスクラップ船が接岸した。まるで計算したみたいに絶妙のタイミングだったことに驚かされた。

 王寺以外の登場人物は、業界の大物ばかりだった。大安商会の馬代表は「ゴミは資源なのに日本人はお金を出して棄てている。中国では廃棄物は置き場所を間違えた資源だと言う」と強調した。TRSの三善社長は「中国への廃棄物輸出は一時的なものだ。いずれ中国でも廃棄物が溢れるようになる。その時のために日本国内の資源循環システムをきちんと維持していかなければならない」と力説した。洲屋の杉林社長は「日本で廃棄されている家電の八十パーセントはまだ十年でも二十年でも使えるんです。日本のラジカセは五十年使えます。使える製品は使い続けてこそエコなんです。日本ではまっとうできないメードインジャパンの天寿を世界のどこかでまっとうさせてやりたいんです」と訴えた。

 さらに本郷が現地のメディアから入手したと言っていた貴嶼(グイユ)の板焼きの様子や、基盤から金を回収するためドラム缶に王水を流し込んだ時に生じる猛毒の二酸化窒素のオレンジ色の煙などショッキングな映像が流れた。

 番組の放送が終わった直後、王寺から伊刈に電話が入った。「えらいことになったよ。俺だってことダチにばれちまったよ」

 映像にぼかしを入れ、音声のトーンを変えてあっても、仲間には素性を隠せないものなのだ。しかも冒頭シーンは印象に残りやすい。伊刈は申し訳ない気がした。

 「男になりてえ」が口癖だった王寺は、放送の直後に行方不明となった。番組への出演が原因ではなく、闇金にだまされて負債を背負った仲間を助けようとして組織から追われる身となったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る