中古家電輸出

 辻間が言っていた中古家電輸出の大手、三島市の洲屋は、この業界では知らない人がいない有名企業で、たびたびメディアでも取り上げられ視察者も多かった。伊刈の名声は静岡にも届いていたため、二つ返事で訪問のOKが出た。

 東名高速のICを降りて三十分ほど走ると、大きな倉庫を連ねた洲屋のリユースセンターが見えてきた。

 「建物が立派な割に入り口は小さいんですね」喜多が言ったとおり、洲屋の入り口は町中の小さな廃品回収業者といった感じで、とても年間数百万点の中古家電を輸出している国内トップシェアの中古家電商社には見えなかった。ここが視察者が引きも切らさず、経済産業省も家電リサイクル法成立前からの業態として一目置いている施設だとは信じがたかった。

 表門の正面にプレハブの事務所があり、右手に持ち込まれた廃家電を査定する小さな置き場があった。事務所前の駐車場は数台のスペースしかなかった。その駐車場に車を入れている間に、伊刈を出迎えるために、杉林社長が自ら玄関先に出てきた。隣には専務の羽馬が秘書役として付き添っていた。小柄な社長は工場の外観と一緒で町工場の工場長といった趣だった。ただし社業が上向いていることは表情の明るさから伺えた。

 「ご苦労様です。事務所で一服されてください。事業紹介のビデオもございますので」羽馬が言った。

 「できれば現場を先に拝見したいんですがかまいませんか」伊刈が杉林に言った。

 「もちろんかまいませんよ」杉林が答えた。「どこからご案内しますか」

 「入荷から出荷までの流れをお聞きしたいんです」

 「そうですか。入荷と言っても当社はいろいろな拠点から回収しておりましてね、買子さんがここに直接持ち込んでくるものは少ないんです」

 「かいこさんとは?」

 「使用済み家電の回収業者ですよ。買子さんが持ち込むものは品質のいいものが多いので、一点一点ここで査定して買取っています。ミシンや編み機なんかですと二万円くらいになりますよ。たいてい嫁入り道具で持ってきたまま二十年くらい使わないでいて、引越しの時に出てくるんですよ」

 「二十年前のものでも売れるんですか」

 「フィリピンとかに売りますね。フタがないとダメですけどね。フタがないとコンテナに積めないからね」

 「向こうに積んであるのはラジカセですか」夏川が指差した方向を見るとラジカセやCDコンポなどのオーディオ製品が山積みされていた。三十年も前に発売された角ばったシルバーボディの大型ラジカセやアナログ時代のオーディオアンプなどがあった。

 「懐かしいですねえ」伊刈が開口一番に言った。「このアンプはアキューフェーズですよね。昔は超高級品だったけど今でも売れますか」

 「アンプは直せればマニア向けにいい値になります。部品取りに壊れてても買います。ラジカセはアフリカで一番人気の商品なんですよ」

 「どうしてアフリカで」

 「屋外で使っても昔のラジカセはスイッチが機械式だから壊れないんですよ。新しいのは雨がかかれば一発で壊れちゃうから屋外じゃ使えません」

 「でも二十年前のものですよね」

 「もっと前ですが、これからまだ二十年でも三十年でも使い続けられるんです。日本で廃棄される家電は修理しなくても動くのが多いんです。テレビなんか基盤のほりこを水で洗うだけで直るのがほとんどです。家電リ法で出すとスクラップにされちゃうんですけど、地球全体の資源を考えるなら、スクラップにしないで長く使い続けた方がいいでしょう。家電製品の寿命に挑戦することがうちのモットーなんですよ」

 「家電リサイクル法違反にはなりませんか」夏川が指摘した。

 「大丈夫です。シール(家電リサイクル券)が貼られたものはうちは買いません。逆にうちが買ったものでも売れないものはシールを貼って家電リ法の指定収集場所に出してます。自治体の置き場に粗大ゴミで出た家電だと一割位はどうしても売り物になりませんからね。あと日本だけの規格の横長テレビも輸出はできないですからね。だけどうちが買ってあげないと自治体も困るだろうから、いったん全部買ってるんですよ」

 「じゃその分は赤字ってことですか」伊刈が聞いた。

 「まあその一台は赤字ですが、いいものも安く入れてもらえるからね。だいたいうちが中古家電の輸出を始めたのは、家電リ法が施行される十五年も前だからね」

 「そんなに早くですか」

 「親父がやってたスクラップ屋を継いだんけど、鉄が安くて会社が潰れる寸前だったんだ。ところがベトナム船に乗ってきたバイヤーが捨てられてる家電を買って行くのを見て自分でも売ってみるかと思ったんだ。それがきっかけですよ」

 「それじゃ家電リサイクル法はありがた迷惑ってことですか」

 「そんなことないですよ。法律のおかげで輸出玉(ぎょく)が足らなくなって価格が上がりましたからね。それに廃家電には価値があるってことが浸透したのはいいことですよ。まだまだ動くものを潰すのはもったいないからね。だけど変な輸出基準があるのも困るねえ。うちはメーカーごと形式ごとに輸出できるかできないか細かく決めてるんだ。国の輸出基準は電源が入るかとかブラウン管に傷がないかとか素人の基準なんだ。電源なんか簡単に直るしね、ブラウン管はガラスだから傷があっても現地できれいに磨けるんですよ。それより向こうの電波を受信できるかどうかがが大事でしょう。まあメーカーは新しいのを売りたいんだから、国内でも海外でも中古がいつまでも出回るのは迷惑かもしれないけどね。逆に自動車は中古が売れるから新車も売れるわけだけどね。なかなか難しもんだよ」

 伊刈は廃棄物の流れが不法投棄から中国へと移りつつあるのを感じた。もはや不法投棄コネクションの時代ではなかった。

 「倉庫の中も拝見していいですか」喜多が言った。

 「いいですよ、どこでも見てくさだい。うちは見学禁止の場所も撮影禁止の場所もないですから」

 杉林の案内で三人は三棟並んだ巨大な倉庫に入った。中にあったのはプラスチックフィルムできれいに梱包されたエアコンやテレビだった。エアコンには外機と内機をセットにするためのナンバーが書かれていた。テレビには杉林が無用だと力説していたブラウン管を保護するためのシートが貼られていた。冷蔵庫と洗濯機は梱包されずにそのまま置かれていた。家電リサイクル法の4品目が輸出の主力商品になっているのを見てちょっと意外な気がした。

 「どれが一番儲かりますか」伊刈が杉林に尋ねた。

 「四品目の中ではエアコンですよ。二百ボルトのものだと五千円以上になります。百ボルトだと半値ですね。外国は二百ボルトが主流ですからね。日本は何もかも遅れてますよ。テレビでもラジカセでも昔の日本製品は壊れないから人気だったんです。メードインジャパンは耐久性なんですよ」

 「やっぱり中国へ行くのが多いんですか」喜多が聞いた。

 「いえ中国は中古品は輸出禁止です。香港には出しますけど中国には出しません」

 「中国以外だとどこですか」夏川が聞いた。

 「フィリピン、アフガン、アフリカ、ペルー、どこにでも行きますよ」

 「アフガンですか」

 「そのルートはうちが開拓したんです」

 「アフガンて戦争で経済がひどいんじゃないですか」

 「それだから日本の中古家電が必要なんですよ」

 「アフガンをスルーしてパキスタンとかイランとかに流れたりはしませんか」

 「それは逆ですね。パキスタンのカラチ経由でアフガンのカンダハールに行きます。そこからまたロバに乗せて山越えでパキスタンに戻りますよ。イランにも行くでしょうねえ」

 「東南アジアでは日本のカラーテレビは使えないんじゃないですか」夏川が言った。

 「よくご存知ですね。日本はアメリカと同じNTSC、東南アジアはフランスと同じPALですから確かにカラー信号方式が違います。だけどベトナム人の技術はすごいですよ。自分で基盤を作って簡単に直してしまうんだ。でもいまはベトナムも経済がよくなりすぎて、中古品は売れなくなりましたよ。最近はブラウン管テレビはほとんどフィリピンに行きますね。大きいのは家庭で使うし小さいのはカラオケとかで使うんじゃないですかね」

 倉庫を出ると、コンテナへの積み込みを見守っている黒人の四人組が目に入った。

 「あの人たちは?」伊刈が聞いた。

 「ナイジェリアから買い付けにきたバイヤーですよ。一か月も待ってるんです。うちは宿泊所を作ってあるから、そこに泊まって毎日ほしいものを集めてるんです」

 「さっきのラジカセとかですか」

 「そうですね。コンテナ一本集めれば八百万円で売れます。それだけあれば向こうじゃ一生の稼ぎですよ」

 「アフリカでも壊れたら直すくらいの技術はあるんですか」

 「ラジカセくらいなら何度でも無料で直してくれる販売店がありますよ」

 「これからアフリカもよくなりますか」喜多が言った。

 「今だっていいとこですよ。価値観の違いですよ。外国では一番の贅沢は何かと言えば、何か月間も長い休暇をとって家族でバカンスを楽しむことなんだ。ヨーロッパだって中東だってロシアだってみんなそうなんだ。日本人の贅沢の基準はおかしいですよ。日本人は中古家電しか買うことができない途上国の人が貧しいと思っているかもしれないけどね、世界で一番貧しいのは長期休暇もとれずに何十年も働き詰めで、お金で買えるものしか自慢するものがない日本人なんですよ。住宅だって外国じゃ金持ちは眺めのいい一戸建てに住むんですよ。都心は銀行街以外は貧乏人のスラムだからね。六本木とか新宿とかあんな風俗街、金持ちが住むところですかね。あんなとこに住んだって悪い遊びを覚えるだけで、ほんとの贅沢はなんにもありゃしない」

 「メードインジャパンの底力はデザインでも性能でもなくロングライフだっておっしゃいましたね。日本では製品寿命をまっとうできない家電が海外で使い続けられることで、やっと真価を発揮できるっていうのは面白いですね」

 「昔のはそうなんだけどね。最近の日本のテレビは壊れるみたいだからね。メードインジャパンも危ういね」

 倉庫の影に隠れて見えなかった奥のヤードには自転車が数千台置かれていた。

 「あれは自治体から買い取った放置自転車ですよ」

 「日本製の自転車ですね」

 「いやほとんど中国製だよね。日本製の自転車はフレームに継ぎ手があるけど、中国製のは直接溶接してあるから見ればすぐわかります。継手があると耐久性が全然違うからね」

 「どこへ売るんですか」

 「中国製の自転車だから中国には売れないね。北朝鮮に輸出するんだ。向こうでベアリングを取るたいみたいだよ」

 「ベアリングですか」

 「いいベアリングはなかなか作れないみたいだね」

 「まさかウランを濃縮する遠心分離機を作るんじゃないですか」喜多が言った。

 「さあどうだろうね」杉林社長は答えをはぐらかしたが真相は知っているようだった。

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