追跡劇

 日が暮れてからフェリーは埠頭をゆっくりと離れた。伊刈は大萩ディレクターと船上で落ち合って二人だけで船倉に降りた。フェリー会社から取材許可を取っていなかったので、本格的な機材は持ち込まずにホームビデオで大萩が自ら撮影することにした。

 「これですよね」伊刈はカーキ色のシートを被せたオープンタイプのセミトレーラを指差した。

 「伊刈さんには何も説明が要らないのね。これどう思う?」

 「未選別のミックスプラを梱包したベールですね。生ゴミ臭もしますね」

 「これってリサイクルできるの?」

 「これはムリです。焼却するにしても塩素が多いですし、最終処分するとなると生ゴミ混じりだから管理型になりますし、どうにもならないものですね」

 「それじゃどこへ行くと思う?」

 「九州の最終処分場でしょうね」

 「管理型ね」

 「いいえ管理型は高いからたぶん安定型でしょう。以前は安定型に容リの残渣を埋め立てるのを黙認していたんです」

 「今は禁止なのよね。でも待って。そもそも残渣じゃなくて生じゃないの」

 「そうですね」

 「それって法律的にはどういうことになるの」

 「未処理の容リは一般廃棄物ですね。それを産廃の処分場に捨てるわけですから」

 「不法投棄ね」

 「処分場の無許可事業範囲変更です」

 「なんだか難しいわね。なんでもお見通しの伊刈さんならどこの処分場かもうわかってるわね」

 「だいたい行き先の見当はついてます」

 「すごいわね。でもまだ言わないでね。追跡の臨場感がなくなるでしょう」

 「見失ったら教えますよ。それより他の荷も見ませんか。追跡してきたトレーラ以外にも産廃の臭いがするものがありますよ」

 広々とした船倉の一角にブルーシートを被せたトレーラが並んでいた。伊刈はその一台に向かって歩き始めた。

 「もしかして伊刈さんが追ってる会社のもあるの」

 「ああそれはですね、あのブルーシートかもしれないな」

 伊刈の読みは当たっていた。ブルーシートがかぶされたトレーラの積荷はビバリーヒルズ・インターナショナルにあったベーラーで梱包されたものだった。ただしビバリーにはもうベーラーはなかった。他社に移動したものが稼動していたのだ。

 「どうして見ただけでわかるの。ゴミの種類が違うの?」大萩が呆れたように言った。

 「ベーラーごとに微妙に大きさと形、それに番線の張り方が違います。同じベーラーは一つもないです」

 「まるでゴミの鑑定士ね」

 「警備員に見つかる前に船室に戻りましょう。車上狙いと間違われたらかなわない」

 「そうね」

 伊刈は大萩と別れて一等船室の狭いベッドに一人で横になった。明日の夕方には徳島港につくはずだった。大阪に行く荷物ならそこで降りるはずだ。

 廃棄物を積んだ一群のトレーラーは徳島港では一台も下りず、すべて最終寄港地の北九州港まで向かった。伊刈は取材クルーの車に同乗してフェリーを降り、ヤードの一角でセミトレーラが出て来るのを待った。自走できないトレーラは他の車両がすべて降りてしまった後で現地のトラクタが船内に入って、一台ずつヤードに移動するのだ。廃棄物を積んでいると思しきトレーラは全部で八本あった。さらに一時間ほど待っていると、次々とトラクタがヤードに出されたトレーラを引き取りにやってきた。取材クルーが追跡してきたトレーラも移動を開始した。

 「わくわくしてきたわ」

 「いったんどこかで積み替えると思いますよ。トレーラのままじゃ最終処分場には行かないですよ」

 「どうして」

 「トレーラじゃダンプアウトできません。それにトレーラは目立ちます。どうせ埋めてしまうんだからきっとダンプで運びますよ」

 「そうか」

 伊刈が言ったとおりセミトレーラは北九州市内の積替保管場に入っていった。そこで十トンダンプに積替えて次の処分場に向かうのだ。

 ベールを積み込んだダンプは二時間ほど一般道を走行して大分県との県境に近い山間の処分場に消えた。

 「北九州エコランドマークね。ここが最終処分場ね」大萩が処分場の看板を見ながら言った。

 「ここは最終処分場の許可が取消されています」

 「ほんとなの。もしかして不法投棄をやったの」

 「無許可拡張ですね。まあ不法投棄と同じことです。だけどなぜか最終処分の許可だけ取り上げられて中間処理の許可は取消されなかったんです」

 「どうして」

 「わかりません。処分される前に会社を分けたということでもないようですし」

 「政治力かな」

 「かもしれませんね。たぶん中間処理で受注したことにして最終処分場に投げちゃうんですよ」

 「許可がないのに最終処分したら不法投棄でしょう」

 「いえそれも無許可事業範囲変更です」

 「ほんとにややこしい法律ね」

 「ベールを最終処分場に投げたところの画が撮れたら決定的ですね」

 「突撃取材すべきですよね」

 「それはやめたほうがいいですね。ここは本物のアウトローだから危なすぎます。塀の外から覗く程度にしたらどうですか」

 「それじゃいい画が撮れないわ」

 「この処分場は大きいですから、谷津の反対側に回り込めばどこかに覗ける場所があるはずですよ」

 「伊刈さんてほんとにすごいのね。まるで来たことがあるみたいだわ」

 伊刈のアドバイスどおり谷津の対岸に回りこむと処分場を一望にできる場所があった。そこで待ち受けていると追跡してきたダンプがベールをダンプアウトしていた。カメラマンはその様子をばっちりビデオに収めた。

 「これでゴールね」

 「いいえまだ先がありますよ」

 「まだあるの?」

 「ダンプアウトしたベールはダンプ一台だけですよ。あとはどうなったと思いますか」

 「そうか数が合わないわね。あとはどうしたのかしら」

 「売れそうなプラはベールをばらして中国に持っていくかもしれませんね」

 「それじゃ中国まで追跡しろって言うの」

 「今度の機会にしますか」

 「ほんとにもう伊刈さんはどこまでもきりがないわね」

 取材クルーが四日間の完全尾行で撮影した映像は、『特報スペシャル』という全国ネットの番組で放送された。

 この番組は茨城と福岡で大きな話題になり、福岡県庁が北九州エコランドマークの全面許可取消しに踏み切る端緒となった。体を張った取材報道がきっかけとなって、アウトロー業者が一つ消えたのだ。だが容リを流出させた茨城県の麻上市では反対にテレビ・ジャパンを捏造映像で訴えるという愚挙に出た。番組の影の立役者が伊刈だということは誰も知らなかった。

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