即興・短編小説集
法月春明
お題「ロケット」シチュ「レストラン」
高層ビルの最上階。展望レストランから眺める夜景はとても綺麗なものだった。
見上げる夜空には満月が輝き、見下ろす街はビルや車の灯りがきらめいている。とてもとても、綺麗な景色だった。
「この街も今日で最後ね」
「そうだな。初めてきみと食事をしたこのレストランとも……今日でお別れか」
運ばれてきた料理を名残惜しそうに口に運び、女性は呟く。その表情は暗く、楽しげに食事をする周りの客とは違う雰囲気を醸し出している。
「離れるのが嫌か?」
「当たり前じゃない。故郷ですもの」
「じゃあ君は残ればいい」
「冗談じゃないわ!」
思わず声を張り上げ、はっと口をつぐむ。周りの客には笑って誤魔化し、目の前の男は呆れたように肩を竦める。
「……ごめんなさい」
「いや、君の気持ちはよく分かるよ」
それから二人は黙々と食事を進めた。結局、食事を終え、手を合わせるまで二人が口を開くことはなかった。
「じゃあ、行こうか」
男は席を立ち、女性は後に続く。会計も早々に済ませ、街へと出た二人。待っていたのは、黒のタクシー。
「お待ちしておりました。もう、思い残す事はありませんか?」
頭を下げる運転手にこちらも頭を下げ、タクシーに乗り込む二人と運転手。
こちらもやはり、無言のまま目的地へと急ぐ。
程なくして辿り着いたのは空港。尚もタクシーを走らせ、漸く停まったのが滑走路の片隅。飛行機に混じり、ポツンと佇む奇妙な形をした中型の機体。
二人はその前へと歩き、戸に手をかける。
「深月様、ですね。お待ちしておりました」
中には既に数人の乗客がいるにも関わらず、異様な雰囲気に満ちていた。はしゃいでいるのは子供のみ。大人たちは青褪めた表情で頭を抱え、或いはぼんやりと虚空を見上げている。
「ねえ、あなた……」
「何も言うな」
女性の言葉を一蹴し、男は座席へと腰を下ろす。女性もまたそれにならい、静かに腰を下ろした。
「間もなく出発いたします。お席から離れないようお願いします」
無機質な声が響く。やがて大きな振動と共にゆっくりと動き出す機体。子供たちは変わらず無邪気だ。
「後悔は、ございませんね?」
無機質な声が問う。誰も答えない。
「明日以降、我が国は。いえ、我が星は滅ぶ事でしょう。人類の根を絶やすわけにはいかない。故に貴方がたは選ばれた」
「どうして、皆救えないんだ……」
誰かが呟く。それを皮切りにあちこちから嘆きがあがる。
「見殺しにするなんて出来ない」
「そうは言いましても。これが最後の便です。彼の星も、これ以上は受け入れられないと言っておられます」
「あいつを見捨てていくなんて……!」
「では貴方がこのフネを降りますか? そうすれば、貴方の言うあいつ、を救える事でしょう。それに、もうフネは動き出しております。後戻りなど、出来ない。それとも、窓から飛び降りますか?」
無機質な声に答える者はない。代わりに、嗚咽だけが機内に響いていた。
「それではサヨウナラ。私たちの地球」
無機質な声が告げると同時に機体は――ロケットは遙か彼方、まだ見ぬ星へと向け飛び立った。
即興・短編小説集 法月春明 @h_reiran
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