浪人生物語

村木 諸洋

 これは、哀れで、救いようのない浪人生活を送ることになってしまいました、愚かにも私の話でございます。

 名は、吉森恭平と申し、そのとき、歳は十八でございました。高等学校は、地元にございます、俗にいう、進学校という類の所に入学いたしました。ところが、中等学校までは巧いこといっていた勉強に、高等学校に入るなり、ついていけなくなってしまったのです。このままではまずいと周りに囃し立てられれば囃し立てられるほどに、私は、勉強というものから遠ざかっていくのでございました。そのような心持のもと、大学受験の時期というものを迎えた私でございましたが、そんな私も、先生や親の勧めるままに、願書を提出し、受験というものをしてみたのでございました。しかしながら、当然の如くすべてにおいて不合格いたしました。英語や古文などといったものは、文法など微塵もわからず、文字通り、感覚で解いておりました故、至極自然な結果でございましょう。進学校でございましたので、周りは皆、当然の如く大学というものへと進むものでございましたから、入学した当初から、私自身も、なんとなくそこへ進むものだとばかり思っておりました。しかし、結果から、私がどうしようもないほどに不甲斐なき者と明かになってから、周りの者が皆私に愛想をつかし始めたのでございます。その当時、私も、大学というところへはもはや何の執着もございませんでしたから、さて、これからどうしたものかと少しばかりの焦りを感じていたのでございました。そんなとき、今のご時世大学ぐらい出ておきなさいと苦言を呈したのが、私の父でございました。父は、周りから見たら少し変わり者で、極端な人間でございます。そんな父と、折り合いがつかず、幾度となく揉め事を起こしてきた私でございますが、(無論、私は常に正論を突き付けているつもりでおりましたが、父は、子の反抗を一切認めないような人間でしたので、私に権利などというものはとうていございませんでした。)今回ばかりはぐうの音もでなかったのでございます。父は、私の否応なしに、浪人というものをするよう命じ、一葉の封筒を私によこしたのです。父の意向に従うほか、致し方がないと考えました私は、それを受け取ることにいたしました。その封筒を開けると、一枚の切符が入っていたのです。それを見た私は、愕然といたしました。飛行機の切符でございましたが、行先は、私の住んでおりましたところから、その飛行機を使ったとしても数時間はかかるようなところだったのでございます。父が言うには、誰も知り合いのいないところへ行き、そこで修業をして来るべしとのことでした。また、安易に帰ってこれないようなところへ行き、そこの寮へ入れ、手続きは済ませた、とも言っておりました。どこまで用意が周到なのかと思わざるを得ない一方、今一状況が読み込めていないという心持もございました。ですが、何も考えている暇はございません。急いで、荷物の準備にとりかかることになったのでございます。

 なにはともあれ、こういう所以で、遥か離れた遠隔の地で、私の浪人生活というものが幕を開けるのでございました。これから、見方によっては悲惨な生活を送ることになろうとは、このときはまだ、誰も知らなかったのでございます。

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